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「立っているだけで感動する」と言われる、20世紀最高のバレエダンサー、ユダヤ系ロシア人のプリマ、マイヤ・プリセツカヤと、能楽界の第一人者・梅若六郎の一夜限りのコラボレーション。舞台は世界遺産の上賀茂神社です。なんだか、最高の食材を寄せ集めて、骨董の鍋で煮込んだらどうなるか、というような(めちゃめちゃ例えが悪い)イベントにも見えますが、果たしてどうなることやら。数少ないプラチナチケットを友人が取ってくれました。立っている姿を見るだけで感動するという人が生で見られるというだけでわくわくします。ところが、賀茂別雷大神のお力も届かず、天候は雨。しかも、気温は明らかに10度を下回ってます。会場は上賀茂神社の細殿で、観客席にはテントがなく、配られた雨合羽と毛布で耐え忍ぶしかない、という最悪のコンディションでした。風がなかったのがせめてもの救いでしょうか。内側にステテコとジジシャツという完全防備で臨みました。これなら大丈夫なはず。上賀茂神社の細殿前には、パイプ椅子がザザッと200席くらい、並んでいました。NHKのハイビジョンカメラが4カメくらいいたでしょうか。テレビの撮影があるだけあって、照明はバッチリです。演目は、1)能「羽衣」2)「アヴェ・マイヤ」:曲は「アヴェ・マリア」で、それをマイヤ・プリセツカヤ向けに振り付けして、編曲されたもの。今回は両手に紅白の扇を持っての上賀茂バージョンでした。3)笛の独演(曲名は何だったのか、わかりません)4)ボレロ:能の舞いとバレエのコラボレーション。このコンディションのため、間に休憩はなく、一気に上演されました。やはり、印象に残ったのは、マイヤ・プリセツカヤの凛々しいお姿です。今年で83歳になるとは到底思えない体のライン。スラリと伸びた背筋、スッキリとした首筋、昔と変わらぬ(過去の名演をYouTubeで予習しました)しなやかな動き。衰えを感じさせないどころか、逆年齢詐称ではないかと思えるほどです。森光子や由美かおるも及ばない、段違いのアンチエイジングぶりです。確かに「立っているだけで感動する」の意味がよくわかりました。マイヤ・プリセツカヤのスゴさは、そのストイックな自己管理だけではありません。1943年にモスクワのボリショイ・バレエ団に入団後、父親をスターリンの迫害で亡くし、母親も地方に追放されてしまいます。自らも、共産党体制の圧力の中でもがき苦しみ、海外公演に出てもホテルに監禁されるかのような自由のない生活(ドッグフードを食べさせられたことも時折あったのだそうです)を強いられました。その生き様をどのように想像したらいいのか。僕らの想像を遥かに超えるものでしょう。そういった背景も、オーラに変換してしまったような舞台でした。ボレロでは、能の装束をふわっと両腕にかけて舞います。そのアレンジも上品で無理のないものでした。途中、向かい風で右腕から装束が外れてしまいましたが、踊りのしなやかさが失われることはありませんでした。午後6時半開演で、午後8時過ぎに終了しました。見とれているうちに、あっけなく終わってしまいました。周りはあまりの寒さに途中退席する人が続出しましたが、最後まで見れば、そのオーラに感じ入った人は多かったはず。できれば良いコンディションで見たかったなあ。でも、あの83歳はありえない...背筋を伸ばし、徹底的な自己管理をすることの素晴らしさを教えてくれたように思いました。感動しました。
2008年03月30日
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神輿が激しくぶつかり合い、時には死者が出ることもあるという、勇壮な灘のけんか祭り。毎年10月14日と15日に行われていますが、今年は見事に週末と重なりました。祭りがクライマックスを迎えるきょう、ここぞとばかりに行ってきました! 祭り会場の最寄駅・白浜の宮に着いたのは正午前。公式サイトでは祭りの段取りがよくわからなかったので、駅構内で売っていたパンフレット(200円)を購入。駅を降りてすぐ、この祭りの神様を祀る松原八幡神社があります。この神社は763年創建と非常に古いのにはビックリ。由緒あるお祭りなのです。祭りの主役となる屋台を担ぐのは、この地区の7つの村(東山・木場・松原・八家・妻鹿・宇佐崎・中村)です。それぞれ赤・オレンジ・ピンク・黄色・緑・青...などと色分けされていて、練り子(=担ぎ手)たちは所属の色の鉢巻をしめています。先っちょにそれぞれの色のポンポンがついた長い竹もかなりの数にのぼり、祭りの華やかさを一層増しています。練り子は半被にふんどし姿、鉢巻きをしめて、黒足袋をはきます。危険なお祭りということで、怪我のないようにと左腕にハンカチのような腕守りを巻く人も多数いました。きょうの本宮で登場するのは、6台の屋台と3基の神輿。3基の神輿は7つの村が毎年持ち回りで担当していて、これを「練り番」といいます(今年は<八家>が担当)。神輿は神社に帰属していて、屋台は村に帰属しています。形は似ていても呼び名が違うのはこのためではないかと思います。屋台が小型車で、神輿はやや小さめ、くらいのイメージです。最も重い屋台はおよそ450kgあるとか。境内には、すでに3台の屋台がいて、ふんどし姿の男たちが休憩をとっていました。土ぼこりがすごく、汗くささを伴って、早くもむさくるしい感じ。中央に進むと、続々と屋台が「宮入り」。神社の入口の楼門をくぐる際に、屋根の上についている擬宝珠(銀色でしずくの上半分のような形をしたもの。ここに神が宿るとされています)と、露盤(台座のこと)を取り外します。「ドーン・ドドン」という太鼓の音にあわせて、「ヨーイヤサー!」と掛け声がかかって、屋台が拝殿の正面にやってきます。すぐ近くまで近寄って見られますが、屋台の動きが予測できないので、屋台が勢いよく近づいてくると、逃げ切れずに怪我をするおそれもあります。このお祭りの特徴のひとつは、複数の屋台が“おしくらまんじゅう”をするようにせめぎあう「練り合わせ」。境内でも行われていました。先に屋台を下ろしたほうが負け。勝ったほうの屋台は機嫌を良くしたかのように踊ります。まるで屋台が生きているかのよう。「練り合わせ」は何度も繰り返されます。ひととおり「宮入」を見たところで、祭りのクライマックスが行われる「広畠」に移動しました(このため、残念ながら、拝殿前での神輿のぶつかり合いは見られませんでした)。ここは屋台の目的地・御旅山に登る手前の踊り場のようになっていて、神社からはおよそ1kmほど離れています。屋台がぶつかりあう“練り場”は、テニスコート一面を一回り大きくしたくらいの広さ。学校のグラウンドのように細かい土ぼこりが舞います。会場に着いて驚いたのは、古代ローマの競技場のようなすり鉢状の地形が、段々畑のようになっていることです。自然の地形とは言え、見事です。段々は桟敷席になっていて、ムシロ一枚分の席料が何万~何十万円もするとか。確かに、桟敷席には地元の企業の横断幕がかかっているところもありました(その企業がことごとく建設業関係だったところに、今の地方経済の現状がうかがい知れます...)。すでに観客(一見、地元の人が多いように見受けられました)はお昼の弁当をつついて、屋台の登場を待っていました。そんなプラチナチケットを持っていない僕は、桟敷席の通路でなるべく視覚の邪魔にならないところに場所をとりました。もちろん斜面に立ちっぱなし。場所をとって、それほどしないうちに先頭の露払いの壇尻がやってきました。白木で出来た小さめの神輿で、中に一人太鼓をたたく乗り子が入っています。テ・テン・テテンと、相撲の土俵入りのような軽めの音がします。この壇尻が高く持ち上げられては、真横になって地面にバーンと7回たたきつけられます。地響きがして、土煙が上がり、観客から乗り子は大丈夫かとどよめきます。でも、これは祭りが無事に進行できるようにと願いを込めての荒行で、太鼓を止めてはいけないルールになっているのです。乗り子はおそらく壇尻に体を縛り付けられているのでしょう。でも腰を打ったらどうするんだろう? それにしても人も壇尻もよく壊れないものです。続いて、3基の神輿が登場しました。36歳以上が担ぐ「一の丸」、26歳から35歳までが担ぐ「二の丸」、25歳以下が担ぐ「三の丸」に分かれていて、それぞれに祀る神様が異なります。この神輿同士のぶつけ合いが実に激しい! 勢いが激しいほど神意に沿うということですが、勇壮というか豪快というか乱暴というか...「けんか祭り」の語源はここにあるのだそうです。ガツーンという音がして、相手の神輿が倒れるまで押し合います。大抵は10秒以内で決着がつきます。「一の丸」の神輿は、「三の丸」とのぶつかり合いで屋根が破れてしまいました。ぶつけ合いを終えた神輿はどれも、山を登り始めるときには埃だらけで屋根が破れてボロボロでした。その後は、屋台が次々と登場しました。狭い練り場には3台の屋台が精一杯ですが、3台が同時に練り合わせられると、その迫力と練り手の掛け声とカラフルなポンポンが入り混じって、クライマックスにふさわしいダイナミックな光景になります。この練り場に至るまでに、練り子たちの中には相当疲弊している人も多いようで、屋台が持ち上がったと思ったらまたすぐに着地してしまうこともしばしばありました。一番元気だったのは、最後に登場した<東山>の屋台でした。「練り合わせ」にことごとく勝利していましたし、掛け声も元気よかったです。すべての屋台がお旅山に登っていったところで、帰路につきました。午後5時ごろです。きょうは人出が多く、祭りの進行はかなり遅れていました。が、その後、山から下りてきた屋台が、再び練り場で最後の練りあわせをすることを知りました。その頃はきっと日没後だと思いますが、屋台には電飾がついて幻想的に見えたことでしょう。祭りの公式パンフレットを読むと、そういうことがわかりやすく書いていなかったのが残念です。次回行く機会があれば、ぜひ見てみたいです。屋台は持ち上げられるたびに地面をズシンズシンと打ちつけます。そのショックで壊れないかと心配になりますが、かなり頑丈に出来ているようです。屋台の彫り物は繊細で美しいのですが、祭りではお構いなし。まるで岸和田のだんじり祭りのような荒々しさでした。祭りは勇壮で豪快で華やかでスリリング。でも練り場や参道に観客が残っていたり、パンフレットや場内アナウンスがわかりにくかったりと課題も多いように思いました。それから、クライマックスの「広畠」で見るときは、砂ぼこりが激しくて、急な坂道を上り下りするので、靴はスニーカーなどの動きやすく汚れてもOKなものにすることをオススメします。
2006年10月15日
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