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母が亡くなってから初めて、父と一緒にお買い物に出かけました。場所は、ここにも前書いたことのあるダイヤモンドシティー。あそこへ初めて行ったときは、入院していたもののまだまだ元気そうで、入院が長くなるだろうから時々ダイヤモンドシティーへ行けるなと思っていたのでした。あれからたった1週間ほどで逝ってしまうとは誰も思っていなかったのです。娘が靴や服を買って、私もジーンズを買いましたが、いつもなら母が横で服を選んでくれていたので、母のお墨付きがない状態で買い物をするのがものすごくさみしかったです。ジャスコの食料品売り場を3人で歩いていても、近くに母も一緒に歩いているような気がして、父も同じように感じていたらしく、いないことが不思議に感じると言っていました。いつでも何をしていても母のことを思い出して、それが話題になります。こういう時間がいったいいつまで続くのかな?ダイヤモンドシティーの中にジョルダーノが入っていて、あの懐かしいロゴを見たら香港が恋しくなりました。そろそろ帰る日程をたてなくちゃね。
2004.09.29
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余裕が出てきたので バサバサになっていた髪を切りに行って来ました。約18年前、結婚してすぐに買ったPerson’s 限定バイク、父がまだそれに乗っているので、私も久しぶりにそのバイクで近所のショッピングセンターまで行きました。バイクに乗るのは本当に久しぶりで、秋風に吹かれるのは本当に気持ちが良かったです。ヘアサロンは私が高校生のころから利用しているところで、母も私につられてそちらに通うようになっていました。いつもカットしてくれるお兄さんに母の死を告げると、本当にびっくりして声もありませんでした。知らない人たちに話すのもつらいけれど、知っている人に声をかけられるのも本当につらいです。でも仕方ないですね。
2004.09.28
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母が亡くなって一週間です。あっけなかったな。というのが家族の口癖です。今朝も父と朝ご飯を食べていて、ついこの間までこうして朝ご飯を食べていたのにと信じられない気持ちで二人しんみりしていました。だって、8月18日に母が落ち着いているからと言うことで、私、娘そしてだんなの3人で香港に戻ってから、母が亡くなった9月19日までたったの1ヶ月だったのです。もちろん母がそんなに長くないということはずっと前から覚悟していたけれど、もし仮に体調を崩しても1ヶ月ぐらいで亡くなるなんてぜんぜん考えていませんでした。今回は9月2日に黄疸で入院してなくなるまでたったの17日間、それになくなる3日前までは自分でトイレに行っていたのです。間に危ないことはあったけれど、そのたびにまだまだ大丈夫に見えたのに…人間の命ってはかないです。親孝行は何一つしていないのです。親孝行できていないなと思っている人は、とにかくできるだけ早くご両親に暖かい言葉をかけてあげてほしい。いつどうなるかなんてわからないですからね。父は何かがあるのか、毎朝毎朝お墓参りしています。私は何もしていないけれど、毎朝母に話し掛けています。返事はないけれどね。
2004.09.26
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母が家に戻ってきました。日ごろ使っていたお化粧品で娘がきれいにお化粧をしてくれてとても嬉しそうです。お悔やみにきて下さるみんなが驚くぐらいいつもの母の顔で今にも喋りだしそうです。こんなきれいな顔をもう一度見ることができたこと、あまりにもかわいいので本当に自慢したいぐらいの顔です。ただ、危ないという知らせを受けてすぐにかけつけたのですが、母は待ってはくれませんでした。それが心残りです。ちりめんは、その日お見舞いにきてくれていた一番仲の良かったおばが、あのちりめん着せてあげたかったという話をしていて、それを聞いていた看護婦さんが機転をきかせてくれて、もしものときはそれを着せてあげたらという提案をしてくれました。さっそく父に電話をして交代のときに持ってきてもらいました。それが8時、その後私たちは家にもどり、息をひきとったのが11時40分でした。おかしくなってきてからたったの40分でした。娘が香港から駆けつけてくれた翌日、ちりめんが届いて数時間、安心したのかな?最後に買ったちりめんは母にものすごくお似合いで、袖を通すことができて良かったとつくづく思います。明日、あさってとしっかり母を見送りたいです。みなさん今まで応援の言葉ありがとうございました。
2004.09.20
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なんとかがんばってくれています。明日 娘が日本に戻るのでそれまでもうちょっとしっかりしていてくれればいいんだけどね。たった一人の孫がわからないまま逝ってしまうことにならないで欲しい。トイレに歩いて行く姿は誰の目にも耐えがたいもので、今日はついに管をつけてもらいました。それにおむつも…おむつをしたあとすぐに血がまざった便がいっぱい出たので、それを見たときはさすがにもうだめかと思いました。でも血圧、心電図、貧血も問題なくてどうにか乗り切りました。今の母を娘には見せたくなかった。夏休みに見た元気な母を覚えておいて欲しいと思ったのだけれど、娘がそれでは納得できない何かを母に感じているみたいで、父も娘が帰ってきてくれることを望んだので明日戻ってきます。今日、熱痙攣みたいな症状が出たときももうだめかと思ったし、1人だったので恐くてたまらなかったけれど落ち着いてくれて良かった。心配で手をにぎっていたら、にっこり笑って私のほうを見て、それまでほとんど寝てばかりだったのに、大きな声で「なんやおまえか!」と叫んだのにはびっくりした。誰だと思ってにっこり笑ってたのかな?でも寒いと震えながらなんだかわけのわからないことを言っていたときは、「お父さん」と言う言葉は聞き取れたので、なんやかや言いながらお父さんがいてくれるのがいいのかと感じました。毎日思わぬことが起きて大変ですが頑張ってます。
2004.09.17
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せっかくがんばってつらい治療も受けたけれど、良くなるどころか悪化してる。「これやらないと元気になられへんから頑張ろうな」と励ましたのに私は嘘つきや。主治医の説明ではもうそんなに長くは持たないらしい。わかっているけれど、はっきり言われるとつらい。最初は普通に聞いていたけれど最後に泣いてしまった。眠っている母の顔を見るのはつらい。朦朧としているのに歩いてトイレにいく母を見て泣いてしまった。泣いたらあかんのに。でも、去年の今頃同じ悲しみを味わうはずだったのに、1年間も時間をもらえたことに感謝してる。家で比較的普通に過ごせたこと良かったなと思う。今夜はどうも眠ることができないかも。こんな夜 ずっとずっと前にあったな。母の病気のことを医者をしている友人からメールで知らされた夜かな?泣いて泣いて朝を迎えたな。明日は元気な顔でまた病院へ行こう。
2004.09.15
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日本にもどってちょうど1週間 生活のパターンができてきているのだけれど、家と病院の往復にちょっと疲れてきたみたい。それに母の具合が決して良いとは言えず、毎日 寝ているか、起きても、「ああ しんどい」といってうなだれている姿を見るのもつらい。ドクターのお話もあまり良い話ではなく、やっぱり覚悟しておかないといけないみたいだ。今日は特にしんどかったみたいで、食事は本当にちょっとしか食べない。寝てばっかりなので時々起きてはとぼけたことを言うので、ちょっとぼけてきたの?と心配になってくる。実は、ドクターの話では病状がすすむとぼけてしまうようなことを言っていた。つまりアンモニアを分解できないために、頭にアンモニアが運ばれてしまうのだ。そうなるとぼけてしまうということで、ちょっととぼけたことを言うと、ぼけてきたのか?と不安になるのだ。明日はまた肝臓の処置が行なわれる。それによって少しは病状が回復すると嬉しいけれど、今の母を見ていると多くは望めないと思う。つらいなあ。つらいけど、あまりにもそこにはまってしまうと自分がだめになってしまいそうで、昨日 引継ぎの合間に映画を見に行ってきた。Villageという映画、あまりにも期待しすぎて、途中でストーリーが読めてしまったときはショックだった。シックスセンスみたいなのか?とホラーサスペンスを期待して行っただけに、期待はずれもいいところ。でも恋愛ものと思って見たらまあまあかな。ホアキンがなかなか素敵だった。今までホアキンの映画、どれもへんてこで、なんでリバーの弟がこれなの?と思っていたけれど、はじめて素敵だと感じた特殊な映画だった。まあこうやって息抜きはしているんだけれど、くら~いなにかにおおわれているのは確かだ。
2004.09.12
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今日は久しぶりにお天気くずれています。台風のときでさえ降らなかったのに…実は病院からバスに乗って4つめぐらいのところに、ジャスコを中心とした大ショッピングモールがあるのを発見!今日も午後から父と交代なので朝からそのモールへ行ってこようと思っています。ヴィレッジバンカード、タワレコも入っていて楽しみにしています。ここには映画館もあって、明日から香港で見損ねたVillageという映画が始まるので、時間を見つけて映画にも行けるので、この切羽詰った時期だけど息抜きができそうです。これで母の黄疸さえおさまれば言うことないのだけれど、こっちは長くかかりそうな感じです。昨日はCTをとりました。まだ結果はわかりませんが、CTの機械をはじめて見ましたがめっちゃでっかいのでびっくりしました。というわけで、夜はダイヤモンドシティー(全国展開しているみたい)の報告しますので楽しみにしていてくださいね。-------------------------------------------------------行ってきたよ。ダイヤモンドシティーPuuちゃんがダイヤモンドシティーとはなんぞや?ということなので説明しときます。ダイヤモンドシティーとはジャスコを中心にした大ショッピングモールでアメリカの郊外にあるような巨大モールみたいなおしゃれなComplexでございます。全国展開していて、ダイヤモンドシティー○○○○と下の名前が違うのです。病院の近所にあるのはアルルね。さっそく行ってみたところ、想像以上にでかくて広い!ジャスコの店舗もかなり広いので今日はジャスコはパス専門店のみをあちこちのぞいてきました。今日は服など衣料品を買う予定はなかったので服屋はほとんど見なかったけれど、生活雑貨のおしゃれな店も多いし、レストランもいっぱい入っていて休みの日でかけるにはちょうどいい場所です。たぶん日曜日のシティープラザみたいには絶対ならないだろうしね(笑)私が行ったのはタワーレコード、ザリブレットという本屋、そして最近よく名前のきくビレッジバンカードというちょっと変わった店などをのぞいて、結局本ばかり数冊買ってきました。モールの中には映画館もあってかなりいい感じ。外国みたいな感じね。ひょっとしたら明日映画に行くかも。ここから母のいる病院までバスで10分以内で行けてしまうのが嬉しい。ハンバーガー屋さんでチキンバーガーのセットを買ってお昼は母と一緒に食べました。このハンバーガー屋は見た目ほどおいしくなかったな。スパムサンドもあったよ。母は少しずつ食欲も出てきて元気もちょっと出てきたようですが、まだ黄疸は引かず、でも見た目はちょっと薄くなってきたかなとも思いますが、減黄処置のために詰まっているほうの胆管から流れているほうへパイプをいれて流れるようにする処理をします。それは月曜日の予定なのだけれど、うまくいくと黄疸は改善するかもしれない。今の母を見ていると、先が短いとはとてもじゃないけれど思えない。だからうまく行くと信じているのだけれど甘いかな?また明日も病院へ行ってきます。アルルのサイトはここ
2004.09.10
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今朝も自然に目が覚めてダイニングにおりていくと、まだ7時前!夕べも寝たの遅かったのになんでこないに早く目が覚めるのだ!というわけでさっさとおいしくない朝ごはんをもそもそ食べて、父の洗濯を手伝って、その後は簡単にキッチンと廊下、お風呂、トイレなどを掃除した。日本って便利なものがいっぱいあるので重宝している。特にフロアモップが今のお気に入りだ。香港でも使っているけれど、コピー品なので純正のように工夫がされていない。キッチン、ダイニング、廊下などはこのモップでほこりをきれいに取った後、WetTypeのモップでさっと拭き掃除をしておくと、それはそれはきれいになる。このぬれているシートは裏表で使えるので、1枚で十分掃除ができてしまう。もちろん、こういう紙だって毎日使えば資源の無駄使い、雑巾を使えばいいんだけど、この手軽さにはまってしまっているのだ。母が病気になってから家事をこなしている父も私と同じ感覚だと思う。だって、便利そうな掃除用具、洗剤類をどうも買わずにはおられないようでいっぱいストックがあるのだ。フロアモップは私が前回帰ったときに買ってきたものだけれど、ぬれているタイプは父が買ったものだ。このセットを使えば、掃除機の回数が格段に減ることになって労力がぜんぜん違う。日本の主婦ってええなあ。香港にも当然、日系のスーパーに行けばこの手の物はいっぱいあるだろうけど、香港ではケチケチ生活をおくっているので、こんな無駄なものは絶対買わないだろうと思う。家も狭いから掃除機と雑巾で事足りるもんな。ちょっと落ち着いたら病院へ出かけます。
2004.09.09
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今日はまた検査があるということで心配性の父が病院へ行ったので私は家の掃除をしたり、洗濯をしたり、アイロンをかけたりと普通の主婦のような一日をのんびりおくっていた。香港にいると働いているしゆっくり家事をするってことはないし、仕事をしていると一日ってあっという間に過ぎていくけれど、ここにいると1時間がなかなか過ぎなくてしんどかった。病院へ行くつもりで7時前に起きていて、7時半には朝ごはんも食べて、それから洗濯、掃除とすべて終わったときはまだ9時半だった。「ええ~っ?まだ9時半?」ってことは香港は8時半、さあ今から仕事に行こうかって頃。台風が行ってしまってからは結構涼しく、あちこち窓をあけておけば涼しい風がぬけていく。ワイドショーみたいなものを見ていたらいつの間にか眠ってしまっていたようで、電話の音で目が覚めた。あわてて電話に出ると「プーッ」よく見るとテレビに出ている男性も電話で話しているではないか。テレビからの電話の音と間違えてたようだ。しばしたまっていたアイロンをかけながらテレビを見た。12時までまだまだ時間がある。本当に香港にいるときの1時間と今の1時間が同じ1時間とは到底思えない。午後からはインターネットをちょこっとして夕食の用意をしたり、乾いた洗濯物を取り入れてまたアイロンをかけて、それからWowowで「陰陽師」を見ていたらまた寝てしまった。よく寝れるよね。私 日本で主婦をしていたころこんな生活してたんやなあ。でも娘もいたし、車に乗ってあちこち行ってたし、泳ぎにも行ってたから1日はこんなに長くなかったような気がする。この一日と病院で母につきそう1日とどっちが長いかな?明日は午後から病院へ行って父と交代するので、午前中はまた同じような感じかな?でも今日はきれいに掃除したから明日はすることなさそうやな。読みかけのペーパーバックでも読もうかな?明日は、詰まった胆管から胆汁を抜くために再度内視鏡で管を刺す処置をするかどうか決めなければならない。弱虫の母はいやがっているそうだけれど、黄疸をすっきりなくすためにはどうしてもしなければならないようだ。頑張れお母さん!
2004.09.08
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今朝は朝早くから病院へ行ってきた。「おはよう」と病室へ入っていくと、「遅かったな。あんたが遅かったからちゃんと朝ごはん食べられへんかった。」といきなり叱られた。見た目は元気なお母さん。でも黄疸のため顔が黄色い。もちろん皮膚はすべて黄色くて頭の先まで黄色かった。特に目があざやかなレモン色で恐い。胆汁はかなり出ているようで、早く黄疸が引けばいいけれど、医者の話ではビルビリン値もかなり高かったらしく、黄疸が引くのには時間がかかるだろうということだ。実際はもっとシビアなこともあるらしく、母の前では楽観的かことを言っているけれど内心は違うことを考えておられるのだろうと思う。ただ、普通に話しもして、トイレも自分で歩いて行けるし、食事も五分がゆ以外は普通のおかずが出ている。だから先が短いとは思えない感じだ。おしゃべりをしながら普通に過ごして、午後は母は昼寝、私もテレビを見ていたら台風のニュースばかりで退屈になりしばし私も寝てしまった。夕方、父と弟がやってきて母に食事を食べさせて帰ることにした。とにかく、どんな状態であれ、もう一度退院できるといいんだけど。 そうだそうだ、朝 トイレ掃除をしてたら、いきなりドーンって誰かが何かにぶつかるような音がしたのでびっくりして出て行くと、それは地震だった。しばらくグラグラと揺れていた。いきなりだったのでびっくりしたけれど、地震は何度も経験しているよね日本人として…午後はすごい風が吹いていたけれど 幸い奈良県はそれほどきつくなかったみたい。
2004.09.07
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母の体を心配しつつ、今日再び日本に戻ってきました。ANAで戻ったのですが、途中台風を避けて大きく東に進路をとり飛んだらしいので予定より30分ほど遅れるはずだったのですが、意外と問題なく、途中ゆれることもなく、定刻どおりに到着しました。7時55分の実家の最寄の駅に着く空港バスに乗るために走ったけれどタッチの差で乗り遅れてしまいました。機内はエアインディアに比べて、やっぱり日本のエアラインはええなあと思うこといっぱい。特に今日のフライトは快適だったよ~。エアインディアのときは香港人が多いせいか、みなひっきりなしにトイレに立つけれど、ANAの乗客は日本人がほとんどで、トイレに立つ人も少なくて、本当に快適な旅でした。機内食はチキン、マッシュポテト、ブロッコリーがメインで、スモークサーモンとパストラミが入った野菜の酢漬けのような感じでこれまたさっぱりしていておいしかったし、あとはいつもどおりおそばね。最近ANAの機内食はかなり改善されていると思います。ただね、エアインディアにあったボンベイサファイアがANAにはないのが残念。そして実家にもどってきて、生まれて初めて母のいない家を体験しました。いつもベッドに寝ているはずの母がいないのはとってもさみしいもんでした。母の容態は、相変わらず黄疸はあるものの、胆汁も順調に流れており、見た目は入院したときにくらべてかなり改善しているらしい。でも主治医はかなり厳しいことを言っているらしく、父の口から、もう覚悟しとくように言われました。明日、朝から病院に行くつもりです。入院している親を見るのは初めてなのでとても不安。また報告します。
2004.09.06
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楽天メンバーのくみりんさんの送別会が夕べ行われました。本当の送別会は11日なのだけれど、それに参加できない人たちが昨日急遽集まられるということで、実はそこに来られる面子が誰なのかをほとんど知らないで参加してきました。細かく言うと、一人のメンバーは2年ぐらい前に一度だけお会いしたことがあったのだけれど、他のメンバーはまったく知らないのでした。場所はすぐにわかったので、家族の食事の用意をしてから、ちょっと後れて行ってみると、店は満員でどこにおられるのかわからず店の人にヤップンヤンのグループはどこ?と聞いてみました。すぐにあそこあそこと言われてそのテーブルを見てみると、見た顔が一人、そしてメールで目印に聞いていた天童よしみ風の女性がその中にいたので確信がもてました。メンバーは数ヶ月前に行われた楽天香港オフ会で初めて出会ったとは思えないほどの打ち解けようで、もうずっと前からお互い知り合いちがうん?と思えるような感じでした。いろいろ話しているうちに、メンバーの一人は名前だけだけれど、香港に来てすぐから知っている人だということがわかって、もう一人の女性と私と共通の知人がいることもわかって、やっぱり香港の世間は狭いなあとつくづく思いました。それに過去行われた「関西人の会」に参加していた某女性とその方がよく似ていて、一瞬同一人物なのか?とずっと思ってたんだけれど、そうではなく、でもでもその彼女と共通点があって、つくづく不思議でした。肝心のくみりんさんですが、次のバーと最後のバーでお話ができて、SARSのときの大変さなどを伺うことができたし、相棒君とのなれ初めなども教えていただけ、最初で最後の会話を楽しむことができました。日本に帰ったら相棒さんと幸せなご家庭を築いてくださいね。おめでとうございます。こんなわけで、にぎやかな楽天オフがよりいっそう盛り上がったところで、私とくみりんさんは家路につきました。宮沢りえ似の方の隠れ家バーはすごく落ち着けるいいバーですので、私もこれからちょくちょく使わせてもらいます。明日から日本に帰って母の世話をしてきますが、その前にみんなと出会えていろいろお話できたことは、明日からの私のためには本当に良かったと思います。さそってくださったZさんありがとうございます。
2004.09.05
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最近 砂鍋でごはんをよく炊いています。今夜は炊き込み御飯に挑戦。適度におこげもできて、ふっくらとおいしく仕上がりました。明日は、写真ものせて「砂鍋のすすめ」というページを作る予定でいます。鍋本体は30ドルほどだし、ごはんもの、その他煮物にも使えてほんと便利です。みんなでいろんなレシピを教えあったりすると楽しいかも。実は私にはItacoさんという師匠が存在するのですが、彼はもっぱら日本にいながら香港の炊き込み御飯(○仔飯)を作っているので、ちょっと私と赴きが違うんですが、そのチャレンジ精神にあっぱれです。砂鍋ページは明日アップします。
2004.09.01
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