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2024年06月30日
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テーマ: 日本のお城(214)
カテゴリ: 城郭




延元3年(1338) 、南朝方の公卿、北畠親房は義良・宗良両親王を奉じて海路を東国に向かいますが、途中暴風に襲われて船団は四散します。北畠親房は常陸国東条ヶ浦に漂着し、その地の南朝方地頭であった東条氏に案内されて神宮寺城に入ります。この城を拠点に南朝方武士の糾合を図ろうとしますが、その年の10月に北朝方である佐竹氏や大掾氏らに神宮寺城を攻められ落城、親房は阿波崎城へ逃げ込みます。さらに小田城に移りそこで『神皇正統記』を著すことになります。

かくのごとく、由緒のある神宮寺城は茨城県指定史跡であります。昔は酷い竹藪でしたが、現在は綺麗に切り払われて見学しやすくなっております。以下、写真をご覧下さい。











神宮寺城は稲敷台地上の平地に築城されているように感じますが、実は三方を谷津に囲まれております。起伏図を見るとこんな感じ。赤丸が神宮寺城の遺構が現存する場所。青破線部分も堀だったのかもしれません。

(国土地理院webの陰影起伏図を引用し加工した)





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最終更新日  2024年06月30日 00時00分12秒
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