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後日編集予定彼女がいなくなる、そう考えると僕はひどく悲しい気持ちになった。僕の世界から、今日で彼女が消える。この気持ちはきっとどこにも吐き出すことはできない。しこりのように頑固にかたまって僕を圧迫し続けて、喉の奥にさらなる悲しみを呼ぶ。泣けたらどれだけ楽になれるだろう。単純でくだらない悲しみには涙を流すことができるのに、本当の悲しみは、どうしても捨てることができない。そういうものなのだ。 「ねえ」と彼女は言った。「海に行こうよ」 僕らは自転車に乗って浜まで向かった。下り坂を走って、海沿いの歩道に自転車を止め、階段を駆け降りた。「海だ」と僕は言った。「うん、海だね」と彼女は言った。11月の海は穏やかに泣いていた。夕空を赤く染める太陽は、今日も孤独に死にそうだった。僕らは波打ち際を並んで歩いた。濡れた砂を踏みしめると、僕は僕の存在を感じられた。確かに僕によって砂は形を変えている。確かに彼女によって僕は生きている。夕日が水平線の下に沈み込もうとすると、暗いけれど青さを取り戻した空に、水色の半月が浮かび上がってきた。わずかな陽光によって息を保っている暗転寸前の空は幻想的だった。鰯雲はさっきよりも足を速めて、月を隠したり際立たせたりしていた。彼女は麦わら帽子を頭から取ると、それを僕の頭の上にのせた。それから、「今日からこれはあなたのよ」と言った。長い髪とスカートが波風に揺らされた。僕の核ともいえよう部分も、風に揺れた。着古したジーンズに突っ込んでいた右手を出すと彼女の左手を握った。太陽が完全に沈んでしまうと、僕らは歩くのをやめ、砂浜に座った。上を見上げると綺麗な月が光っていて、海を青く照らしていた。「どうして月はあんなに綺麗なの?いつだってひとりなのに」と彼女は言った。「確かに」と僕は言った。どうしてだろう?太陽はすぐに死んでしまうのに。「あたしは」と彼女は俯いた。 「あたしは消えたくない」僕も彼女に消えてほしくなんかなかった。「消えないでくれ」そう言うと僕は右手を横に出した。まだ消えないで。彼女は消えていた。さしのべた右手は冷たい砂を掴んだ。右を見ると、微かな匂いを残しただけの空白があった。
2007.10.28
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惑星は死んでいた。惑星は完全に死に絶えていた。星を取り巻く宇宙にはかすかにオルゴールの音が聞こえているだけで、ほかにはなにも存在しなかった。絶対的な無と、死んだ惑星と、音。そんなところに僕は飛び込んでしまったのだ。***季節は、秋風が北風に変わる頃だった。僕は絶望、と呼ぶに十分ふさわしいであろう喪失感を感じていた。ずっと溜めこんできていたのだ。それが爆発しようとしていた。ビッグ・バン。かろうじて息をし続けている夕日の中、僕は電車に揺られて、地元の駅の名前がアナウンスされるのを聞いた。もうすぐ電車という極めて有限でくだらない社会からあなた方は解放されますよ、と車掌の声がする。ホームに降りると、少し安堵感を覚えた。しかしそれはいつものように束の間のことだ。僕はすぐに次のドアを見つけてしまう。ずっと向こうにあるそれ。ひとつの社会にドアはひとつしか存在しなくて、そこからしか人間は逃れることができない。空はアクリル絵の具で塗られた壁で、地平線の向こうには地平線がある。全ては有限な世界で、全ては無機的に時を浪費する。僕はため息をついた。僕らは所詮人間という歴史的な理由のみによって保たれている、理不尽なほど頑丈な鎖に繋がれているんだろう。そう思うと、僕は背中の皮の下にある貯金箱に、また新しい喪失感を沈めたことを実感した。*水たまりがあった。踏切の目の前にあるそれを、僕は踏んだ。すると僕の足はそれに埋まった。僕はバランスを失って、水たまりに飲み込まれた。*それは実に不思議な感覚だった。水に足を突っ込んでいるのに、泥に身をうずめているような気分だった。ゆっくりと体が傾いて、ゆっくりと沈んでいった。でも、僕はそれを予想していた。僕は自分から水たまりに足を入れたんだ、と僕は思った。それがドアに繋がる階段だと悟って、社会からの永続的な開放を求めて、水たまりに浸かった。水たまりの下には、多くの水と巨大な暗闇が存在していた。安心できる温かさに身をまかせながら、僕は着実に沈んでいった。夕焼け空が光の点になって、電車の車輪の音が、聴覚的な直線になった。光の点が暗闇に飲み込まれて、聴覚的な直線が暗闇に飲み込まれた。僕も飲み込まれていることを確信した。僕はひとりだ。僕は闇に支配されている、でも。僕は抜け出したのだ。久しぶりに僕は声をあげて笑った。古ぼけた柱時計の頭の上にかぶさった埃のような色をしたその声は、ぼこぼこ、という音に変換されて、水泡になって上の方に浮いていった。君たちは戻りたまえ、影のない、影に覆われた世界に。それにしても、水中で笑うっていうのは、妙なものだよ?僕は目を瞑った。眠った。***目を開けると、すでにそこには宇宙が広がっていた。もっとも、そこは水中と同じように暗闇だったから、自分がすでに社会から逃れたことに気づくには少し時間がかかった。口が渇いていた。かさかさの唇を舌で舐めると、現実の味がした。オルゴールが鳴っている。懐かしいメロディーだったけれど、僕にはそれがどういった音楽なのか思い出すことができなかった。それから、僕は少しずついろんなことを思い出せなくなった。オルゴールのメロディーがなんなのか分からなくなったことが引き金になって、僕は自分の目的を失って、自分の名前を失った。自己の喪失は世界の終りへと、時の流れを極めてスムーズに導く。見上げると、死んだ惑星が浮かんでいた。時空の歪みを不器用に渡るように、それはゆっくりと揺れて、なおも死に続けていた。*果たして、と僕は考えた。果たして僕は人間によって作られた、慢性的な束縛を基盤にした腐った世界から逸することができただろうか。僕には答えを見つけることができなかった。宇宙空間には限りのない広大さを感じたし、きっとそれは事実なのだろうけれど、しかしそこには僕と惑星とオルゴールの音しか存在していなかった。そういった意味では、あるいは僕の今いる場所は完全に閉塞的なところなのかもしれない。限りない、有限な社会。「僕は、一体何から逃れることができたのだろう?」と、僕は惑星に聞いてみた。僕の声は、まるで僕に憑依した誰か別の人間の口から発されたもののように感じられた。圧倒的に乾燥した音だった。惑星は答えなかった。あたりまえじゃないか、惑星は死んでいるんだぜ?僕は静かに涙を流した。
2007.10.06
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