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その頃、青森港に停泊していた羊蹄丸の船長は、台風が通過したはずなのに、気圧計の針が、予想よりも下がらないのを見て、なぜそのような現象が起きているのかその理由が分かりませんでした。そうした自分の気象に関する経験と知識の不足から出航の決断が出来なかったのだそうです。 いつまでも出航しないので、乗客からはかなりの不満が出たり、羊蹄丸の船長は意気地なしだとこれ見よがしにいいふらす乗客もいたようです。 それでも、現在の気象状況を理解できず自信の持てなかった船長は青森港を出航することはありませんでした。プレッシャーの中でも、自分自身に自信が無いことに慎重であったことが、結果として事故を未然に防止することになりました。 また、函館港で乗客や貨車を降ろした大雪丸は、次の船のために岸壁を離れていました。港の中も漂流する船が出始めるなど、安全ではないと判断した船長は、港の外に非難することを決断します。先代の船長の頃から大雪丸に乗っていた二等航海士が先代から聞いていた、「南西の風の場合は、木古内へ行け」という言葉を船長に進言したので、それにしたがって木古内に向かいました。 大雪丸の場合は、他の船の場合と違って積荷や旅客がいなかったなど、幸運だったこともありますが、船長が「木古内へ」という二等航海士の進言を冷静に聞き入れたことが、沈没を免れた最大の理由でした。 青森で、出航を見合わせたままだった羊蹄丸の乗客たちの中には、洞爺丸転覆の知らせを聞いて、羊蹄丸の船長は命の恩人だという人もいたようです。
September 30, 2007
今回の出張の合間を縫って、どうしても行きたい所がありました。それが七重浜です。 今から50年以上前の昭和29年9月26日に、青函連絡船の洞爺丸が座礁転覆したのが、この場所でした。この台風では、ほかにも4隻の青函連絡船が沈没し、タイタニック号の事件に次ぐ、世界の海難史上有数の大事故になってしまいました。 実は、そんな中でも青森港に停泊していた羊蹄丸と函館港外に避難していた大雪丸は、大きな損害は出しながらも、なんとか沈没は免れました。それぞれの船での偶然と船長の決断が明暗を分けたことになります。 当時の気象観測では、現代のように気象衛星があるわけでもないので、今の予報のように正確な状況判断はできません。その中で、船長は過去の経験や知識、港の状況で出航の判断をしなければなりません。洞爺丸の船長は、当時の連絡船の船長の中で気象に関する知識では右に出る者はいなかったといいます。 函館港に吹いていた風が収まり、青空がのぞいたときにそれを台風の眼と誤認したのが最大の判断ミスだったのですが、この様子は誰もが台風の眼と思ったようです。船長は自分の気象に対する知識も経験も、これから波も収まり、好天に向かうと自信をもっていたのではないでしょうか。もちろん、鉄道連絡船として少しでも遅れを取り戻そうという焦りもあったと思います。
September 29, 2007
都心のお客さんの所で打ち合わせが終わったあと、相模原市内の別のお客さんの会社に向かいました。神保町の駅からは乗り換えなしでまっすぐ橋本まで行くことができます。時間的にも、まだそれほど混んではいないので十分座れました。 それほど眠たいつもりはなかったのですがいつの間にか居眠り。気が付いたら次の駅がもう終点の橋本です。新宿も調布も気が付かないほど熟睡していたみたいです。 出張疲れがとれてないのかもしれませんが、どうして、電車の中ではあれほど眠れるのか不思議です。
September 28, 2007

連絡船摩周丸 前の日に頑張ってほとんどの仕事は終わらせたので、今日は仕事のほうはそれほど大変ではありません。もうすっかりお休み気分なので、朝のうちにホテルの窓から見えていた、青函連絡船の摩周丸を見に行ってみました。大昔の学生の頃になりますが、この摩周丸に乗って北海道に渡ったことがあります。入場料を払って、乗船デッキから船に乗り込むと昔の様子が思い出されて懐かしい感じがしました。 赤レンガ倉庫 午後からは、赤レンガの倉庫街を見たり、司馬遼太郎さんの小説「菜の花の沖」の主人公である高田屋嘉平衛ゆかりの場所や資料館などを見たりしました。ただ、展示の内容はゴローニン事件のことが大きく取り上げられていて、社会事業家としての高田屋嘉平衛の側面についてはあまり展示がないようです。 市内を走る路面電車 最後には、市電の終点谷地頭から歩いて数分のところにある函館市営の谷地頭温泉に行きました。鉄分を多く含んだ茶色い色をしたお湯です。温度も適当ですし、これまでの疲れもかなりとれたような気がします。 夕方の函館港 温泉を出ると、もう夕方であわてて飛行場に向かいました。最終便の出発は、午後7時45分。前日の函館山からの夜景にも増して、飛行機の窓から見える夜景が印象的でした。
September 27, 2007

相模大野からバスで飛行場に行こうとしたのですが、満席で予約がないと乗れないとのことです。仕方がないので、電車を乗り継いで行くことにしました。電車で行くほうがかなり安上がりなので、まあいいだろうと自分に言い訳などしてみました。 函館に向かう飛行機 飛行機も飛んでしまえばたったの一時間位であっという間に到着です。学生の頃鈍行電車と青函連絡船で丸一日かけてようやく到着したのとはえらい違いです。 今日は、バスや市電で何箇所か役所をまわるのですが、市役所も法務局も、渡島支庁もまったく土地勘がないし、観光案内には役所は出ていないものですから、色々な人に道をききまくりです。皆さん親切で、渡島支庁に行くときには、見知らぬおじいさんが役所まで案内してくれました。 渡島支庁 夕方早めに今日の役所まわりが終わったので、渡島支庁から程近い五稜郭に行き、ついでに840円も払って五稜郭タワーにまで上ってみました。ここからも函館の街が一望できます。 タワーから見た五稜郭 夜、今度は函館山へ。夜景ははっとするほどきれいなのですが、風が冷たくてスーツを着ていても寒いです。 函館山からの夜景(携帯電話だとこの程度にしか写りませんでした。) 歩き回って疲れた足を足湯で癒して今日はホテルに戻ってきました。
September 26, 2007
今日は朝一番の飛行機で函館まで出張することになったので、朝4時前に事務所に出てきました。時々出張や行事などで、色々な所に出かけているのですが、飛行機での出張はさすがに久しぶりです。7時半すぎに羽田を離陸すると9時前には函館に着いてしまうので、時間的には山梨あたりに行くのと大して変わりません。 せっかく函館まで行くのですから、仕事を効率よく終わらせて、あちこち見て回る時間をとりたいと思っています。 朝4時半過ぎにバスターミナルを出る羽田行きのバスに乗ります。では行ってきます。
September 25, 2007
事件簿などと言うと、一体どんな「事件」の事だろうと思ってしまいますが、これは普段からつけている業務記録簿のようなものです。 行政書士法では、この事件簿を作成してその帳簿を閉鎖してから最低2年間は保存しておくことが義務付けられています。怠れば罰則規定もありますから、事件簿の記載は結構重要な業務です。 とは言うものの、これがなかなか難しいのです。以前は、記録や記憶を頼りに後からまとめて書いたりしていたのですが、業務量が増えてきたこともあって、一年くらい前からすべての仕事に受注番号を付けて、事件毎のフォルダを作成することにしました。このパソコン上のフォルダと実際に作業するための書類を入れるクリアフォルダを作成することで、それがそのまま事件簿となる仕組みです。 これまでは、ただ面倒な作業だった事件簿作成ですが、事件簿とフォルダを見れば仕事の進捗状況や担当している事務員さんの名前まで一目で分かるので今では無くてはならないデーターになりました。
September 24, 2007
先日、神奈川県綾瀬市にある産業廃棄物の中間処分の業者や関連の会社など70箇所に、廃棄物処理法違反の疑いがあるとして、神奈川県警の捜査が入りました。この業者は、中間処分の許可しか受けていないのに、勝手に山を切り開いて廃棄物を埋めてしまったということのようです。 埋め立て処分は、廃棄物の最終処分なので、その許可がないのに埋め立てを行ったのは、当然違法ですが、もちろんこの業者は違法を承知で操業していたのだと思います。そうなると、きちんとした設備もなく埋め立てをしているのでしょうから、土壌や地下水の汚染が心配です。
September 23, 2007
毎年恒例の、行政書士制度強調月間が近づいてきました。行政書士会の相模原支部でも、無料相談会などの準備が忙しくなってきました。 今日は、夕方から地元のコミュニティラジオ局で番組の収録がありました。これまでのような、数分間の放送ではなくて、1時間の収録です。実際の放送は、30分の番組で2回に分けて放送されます。気楽な感じでなかなか楽しい番組になりました。 写真:スタジオの様子
September 22, 2007
化石燃料の燃焼によって二酸化炭素が放出されることで地球温暖化が進んでいるということ自体は、最近の観測結果からもほぼ明らかになってきました。ですから、化石燃料に頼らないで別のクリーンなエネルギーに転換していくという政策そのものは間違っていません。 ただ、最近欧米を中心に温暖化防止のために二酸化炭素の放出が少ない原子力エネルギーを活用しようという論調が現れていて、新たな原子力発電所の建設がはじまりつつあるのが少し気になっています。 核廃棄物をはじめ安全性など多くの問題が将来への先送りになっている段階で、必ずしもクリーンとは言えない原子力発電所を安易に建設していくことには十分慎重になるべきだと思います。
September 21, 2007
地方の町に請求した戸籍が速達で届きました。相続に関係する戸籍だったので、既に除かれた原戸籍が何通かあってもいいように、数千円分の定額小為替をいれておきました。 いつものように、余ったお釣りは100円とか50円の小為替で戻ってきましたが、それと一緒に小さな紙切れが入っています。 そこには、「お釣りの無いようお願いします。お釣りが必要な場合は切手でお返しすることがあります。」と書いてあるではないですか。郵便小為替の手数料アップに対抗して、高額の小為替を役所に送って、お釣りを50円と100円というように、何枚かに分けてもらうことで手数料を節約しようなどという悪だくみは、すでに見抜かれていたようです。うーん残念。
September 20, 2007
県の行政書士会から500円分の図書カードが送られてきました。そういえば、少し前に行政書士会の会報に相模原支部関係の記事を書いていたので、そのお礼ということみたいです。 行政書士会から貰ったものなので、本来の目的としては自分の業務に関係した本を購入して、少しは行政書士業務に精通しろということなのではないかと思います。ですが、貰った図書カードで仕事に関係する本を購入しても、経理上「新聞図書費」に計上できなくなってちょっと損なので、ここは少し仕事から離れたものにしようと思います。
September 19, 2007
外出から戻ったところ、書留郵便の不在配達票が入っていました。これまでは、配達当日の夜10時過ぎに郵便局まで行けば、夜間窓口で受け取りできたので、そのつもりで郵便局まで出かけました。 すると、集配局の統廃合の関係で当日の分は翌日以降でないと窓口で受け取れません、とのこと。もう深夜になっているのですから、不在の郵便物が集配局に戻っていないなんてことはないはずですし、何より仕事の関係もあって、こっちも早く受け取って対応しないといけません。 事情を色々話したら何とか出してくれたのですが、郵政民営化を前に、どうも細かいところで不便に感じることが多くなってきたような気がしてなりません。
September 18, 2007
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斎藤由香さんの著書、「窓際OLトホホな朝ウフフの夜」という本を読みました。この方は、どくとるマンボウシリーズで知られている作家の北杜夫さんの娘さんです。実は、そうとは知らず、CSRでは日本のリーディングカンパニーでもあるサントリーの女性社員が社内の様子を書いた本で、大変面白いという話を聞いたので、是非読んでみようと思ったのです。 会社の様子が手に取るように分かって、確かに面白いのであっという間に読んでしまいました。会社全体にとても明るい自由な社風と風通しの良さを感じます。後半では、斎藤茂吉の孫、北杜夫の娘としての想いがかなり大きなウェイトを占めるようになりますが、文章の調子はそれまでと全然変わりません。 先入観もあるかもしれませんが、やはり北杜夫さんの娘さんだな、と感じました。とても底抜けに明るいのですが、奥のほうに凄く固い生真面目な部分があるのです。学生時代にかなり読み耽った北杜夫さんの小説やエッセイに通じるものがあるような気がしました。
September 17, 2007
先日も、チャーリーチャップリンの映画の著作権保護期間に関する東京地裁の判決が出たばかりですが、また9月14日に日本人監督の黒澤明監督の映画「生きる」「羅生門」「姿三四郎」などの作品について、著作権保護期間について争った裁判の判決がありました。 この裁判では、1943~52年に公開された「生きる」「羅生門」「姿三四郎」などの10作品について、旧著作権法による保護期間がいつ切れるのかについて争われたようです。旧著作権法によれば、法人等による著作の場合には保護期間は公表から33年、個人の著作の場合には著作者の死後38年となっています。 判決は、チャップリンの映画と同様に、作品中に「監督 黒澤明」などの表示があることから個人の著作物に相当すると判断されました。廉価版のDVDを発売していた会社は控訴して争う姿勢ですが、これから戦後製作された色々な著作物について、保護期間の問題が生じるようになるかもしれません。
September 16, 2007
月周回衛星の「かぐや」を積んだH2Aロケットが、種子島宇宙センターから打ち上げられました。この衛星は、月のまわりを周回しながら月の全体を観測します。高い技術力を用いた精密な観測で、これまで知られていなかった多くの発見が期待されるところです。 衛星の「かぐや」という名称は、一般から公募されたのですが、結果を見るとやはり月と言えば「かぐや姫」なのですね。ちなみに私は、竹取の翁がさぞや1000年前に別れたかぐや姫に会いたかろうと、「おきな」というネーミングでチャレンジしようとしましたが、10位内にも入っていませんでした。
September 15, 2007
横浜の入国管理局や行政書士会のある産業貿易センターに行った帰りには、よく山下公園など横浜港を見渡せる所に寄り道をしていきます。大桟橋に停泊する客船や山下埠頭や新港埠頭にやってくる色々な船を見ていると、ちょっとのんびりした気分に浸れます。眺めていると大型の船には当然のように煙突があるのですが、この煙突に色々なデザインのマークが描かれているのがわかります。 船の煙突のことをファンネルと言って、この煙突に描かれたデザインで船の会社などを知ることができます。煙突にかかれたマークなのでファンネルマークと呼ばれているのだそうです。 現在の船は、排気がかなり少ないので実用的には細いパイプがあればよく、それほど大きな煙突は必要ないとのこと。でも、ファンネルマークを描くために煙突が大きく作られているのだという話をききました。 写真:おがさわら丸(http://encyclorecorder.jp/より)
September 14, 2007
たとえ子供の落書きであっても、そこには著作権が発生します。著作権を得るための許認可は存在しないので、著作物を作成すれば自動的に権利を取得することができます。 そのように何の手続もなく勝手に発生する著作権ですが、この著作権には著作物を勝手に複製させない権利や、改変させない権利など非常に強力な多くの権利が与えられています。 最近、知的財産のひとつとしての、著作権が注目されるようになってきました。アメリカからの圧力もあって、著作権の保護期間をこれまでの50年から70年に延長しようという動きがあります。日本の企業でも、著作権が企業価値を構成している重要な資産のひとつであることをしっかり認識して、著作権を含めた知的財産戦略をしっかり考えることが必要だと思います。
September 13, 2007
イギリスの化粧品メーカー、ザ・ボディショップの創業者、アニータロディックさんが亡くなられたというニュースを見ました。この会社は、化粧品メーカーには不可欠だった、動物実験をいち早く廃止するなどの活動をはじめ、原料のフェアトレードといった社会環境や自然環境への配慮など、早くから企業の社会的責任を重視してきました。既に、ブランドはフランスの化粧品会社に移っていますが、創業者精神を大切にしてほしいと思います。 それにしても、まだ64歳という若さです。これから多くの活動ができたであろうことを考えると、大変残念です。
September 12, 2007
ちょうど6年前に起こった2001年9月11日のアメリカの同時多発テロの直後から、市内にある米軍施設の警戒がこれまでに見たことがないほど非常に厳重になりました。日本国内も含めて、新たなテロがどこで発生するかわからないという状況下だったので、見るからにものものしい警戒になるのは仕方がないなと思っていました。 ところが、こともあろうに、施設の警戒をしている米軍兵士は、常に銃口を門の外、つまり一般の市民が歩いている通りに向けているのです。もちろん、弾が入っていないなんてことはあるはずもなく、引き金を引きさえすれば撃てるようになっているはずです。 いざとなれば、米軍施設だけが守れれば市民が巻き添えになってもいいということなのかと思ってしまいました。何となく軍隊の本性を見たような気がします。 その後、市から厳重な抗議をしたようで、さすがに銃を外に向かって構えている姿は外からは見えなくなりました。
September 11, 2007
今回の栃木旅行では、密かに期待していたことがありました。それが、栃木にしかないローカルな飲物、「レモン牛乳」をぜひ味わってみたいということでした。 日足トンネルに向かう途中に立ち寄ったドライブインで、皆がお土産などを選んでいる隙に、私だけコンビニへ。中に入ってみると、期待通りありました。ごく普通に乳飲料などの棚においてあります。早速購入して飲んでみました。パックには、大きくレモンという文字とレモンの絵が描かれていますが、無果汁です。 見た目は薄い黄色をしていて、ミルクセーキのような味がします。思ったよりも甘すぎないですし、クセになりそうな感じです。 写真:コンビニに並ぶレモン牛乳。今回購入したのは「関東レモン」です。
September 10, 2007
行政書士会の行事で、栃木県から群馬県に抜けるルートで旅行に行ってきました。土曜日はちょうど台風が過ぎ去って、台風一過のいい天気になりました。当初は日光側から、金精峠超えのルートが予定されていたのですが、台風の影響で通行止めです。仕方がないので、急遽日足トンネル経由で沼田方面に出ることになりました。緑の濃い山の中を走るのも、とても気分がいいですが、これは紅葉の時期にはさぞかし綺麗な姿になりそうです。 この日は、老神温泉という所で泊まることになっています。着いてみると、少しレトロな感じのする静かな温泉地です。あまり人もいないので、久々の温泉に浸かってゆっくりできました。 写真:温泉の近くにある吹割の滝
September 9, 2007
行政書士会の研修会があったので、なんとか夕方からの懇親会には間に合うように仕事を終わらせて、相模川のそばにある市立の「清流の里」という施設まで行きました。 到着したら、懇親会の始まる時間よりも少し早く着いたので、相模川の川岸まで行ってみました。いつもなら、穏やかな流れなのですが、今日はまさしく川幅いっぱいの濁流で、怖いくらいです。 川の流れ以外は、すっかり穏やかでもう秋の風情です。ススキの穂も出ていました。
September 8, 2007
今回の台風は、これまでどこにも上陸していないせいか、ほとんど勢力が衰えていないようです。そのうえ、相模原が台風の東側になるので、暴風雨も強力です。自宅や事務所は大丈夫そうですが、被害が少なければいいのにと思っています。 今日は、午後から行政書士会の研修会があります。私は業務の都合もあって、研修後の懇親会だけの参加になりそうですが、午後になれば台風も過ぎて天気は回復しそうです。8日からは、やはり行政書士会の会合で栃木県まで出かけます。こちらも台風の影響をあまり受けないですみそうで助かりました。
September 7, 2007
台風が近づいているので、電車が止まってしまっても困るので事務員さんたちには、午後早めに帰ってもらうことにしました。夕方からは、事務所周辺でもだいぶ風雨が強くなってきて、風の音が聞こえてきます。既に嵐の様相です。 さすがに、今日ばかりは歩いて帰るのも大変なのでタクシーで帰ろうかと思ったのですが、皆考えることは同じ。すでにタクシーなんて一台もいません。 今夜半から明け方にかけて、相模原周辺を通過していくようです。早めに帰って、色々なものが飛ばされないように準備しないといけません。
September 6, 2007
一度帰った事務員さんが、また戻ってきました。事務所前の廊下に名刺入れが落ちていたとのこと。中を見てみると、当然名刺も入っていますが、他にも免許証やらクレジットカードやら色々入っています。 これは困るだろうと名刺にあった携帯電話の番号に電話して、預かっていることを伝えると、30分ほどで事務所に見えました。 やはり落とした方は困って探しているところだったそうです。お礼にと、お菓子をたくさん頂きました。親切はしてみるものですね。
September 5, 2007
以前、お客さんの工場を訪問した時に、驚いたことがありました。 その工場には、印刷物や何百枚も積まれた紙を切断する大きな装置があるのですが、切断する物をセットしている間に切断用の刃が降りてこないように、両手を使わないと切断するスイッチが作動しないようになっています。 ところが、現場の作業員さんが、それでは使いにくいと思ったらしく、ガムテープで左手側の安全装置のスイッチを押したままの状態で貼りつけてしまっているのです。片手でスイッチが押せるので、便利なのでしょうが、これでは左手が台に乗っていたままでも刃が降りてくる可能性があって、たいへん危険です。 聞いてみると、案の定何度か誤って作動させたことがあるとのこと。幸いこれまで事故は発生していませんでしたが、すぐにガムテープは剥がしてもらいました。 作業に慣れると、大丈夫だろうと思ったり、効率が良くなるからという理由で、知らず知らずのうちに安全意識が低下していることがあります。こうして油断した時に、思わぬ事故が起こるものです。 企業コンプライアンスも同じで、長い間にいつの間にかコンプライアンス意識が低下していることがあります。そうした隙をついて、企業不祥事が発生することが多いです。現場の安全も、企業コンプライアンスも常に意識を低下させないようにする施策をとることが重要です。
September 4, 2007
以前、ある役所で出された名刺が、人によってデザインが全くバラバラなので、それぞれ工夫して名刺を作っているのかと思ったら、なんと「名刺は公費ではなくて自腹」だと言われて驚きました。それ以来、役所に行って打ち合わせなどをする時には、なるべく名刺を貰わないようにしています。 自分で作成した名刺も、そのデザインでなんとなく人柄が垣間見えたりして面白いといえば面白いのですが、いくらなんでも、名刺くらい公費で作ればいいのにと思います。
September 3, 2007
昨日は防災の日。事務所に出るのを遅くしてゆっくり朝寝をしていたところ、突然市の防災訓練のサイレンの音で目が覚めました。朝8時過ぎから始めることでもないだろうと思わないでもなかったのですが、災害はいつ起こるかわかりませんから文句は言えません。 いつ何が起きてもいいように、日頃からの準備が大切だといいますが、頭でわかっていてもなかなかできることではありません。やはり年に一回くらい再確認する日がないとダメそうです。さっそくタンクに保存している水の入れ替えや道具の点検などをやってみました。
September 2, 2007
行政書士の仕事をはじめてから、今日で8年目になりました。大きな企業の中で身の丈よりもはるかに大きな仕事をこなすのも実は嫌いではなかったのですが、自分だけの力でどこまでできるのかと、かなり無謀だと思いながらも上司同僚の忠告も聞かずこの世界に飛び込んでみました。 自宅の一室に電話とパソコンを置いただけの小さな事務所でした。数年間は、売り上げも安定しませんし、貯金は目に見えて減っていくという日々が続いて少し後悔したこともあります。そこから数年経って、ようやく一息つけるようになった頃、今のメンバーが集まって平成17年1月1日に「のぞみ合同事務所」が立ち上がりました。 よく考えてみると、ここまでやってこられたのは、自分の力というよりもむしろ出会った多くの人達に助けられての事だったと実感しています。
September 1, 2007
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