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おとといは、運転免許の更新で出かけてきました。 今までは、東陽町にある、免許更新センター(うろ覚え)に行ってたのですが、今回、はじめて、家からはずっと近い、大手町の近くの更新センターに出かけたのです。 わたしの携帯はツーカーで、あいかわらず電波がよく届かないのか、わたしの部屋だけ圏外になったりするので(メールを何度か送っても返事がなく)、来年当たりは、いよいよauに機種変更をするか、とも考えてるのですが、とにかく、今すぐに「EZナビ」付携帯がほしい!っと痛感するほどの方向オンチ。 おとといも案の定、地下鉄の大手町の駅を出て、右か左かどっちに行くのかわからず。 そんなとき、わたしはいつも根拠のない自信で、こっちだ!と決然と歩き出すわけですが、ほとんどあっていたためしがなく。 やっぱり迷ってしまい。 いつも必携の100円ショップダイソーで買った都内地図のミニ本を持ってくればよかったと後悔したのですが、あとのまつり。 結局、歩けばものの5分もかからないところにある更新センターに行くのに、30分くらいかかってようやくたどり着きました。 更新センターは空いていて、てきぱきと手続きが終わり、自信のない視力検査の番。 実は、前回も視力検査でひっかかり、結局2日がかりでクリアした経験ありのわたしなのです。 今回は、ひきつった笑顔のまま答え、ちがっていると背中に冷や汗をかきながらまた答え…、1回目は何度かミスったのですが、幸運にも2回目でどれもクリア。 2回までは、なんとか猶予してくれるのか、そこのところはよくわかりませんが、今回は、出直しということもなくて、ほっとひと息。 コンタクトかめがねにすればいいのですが、日常的には、ほとんどいらず、車にも乗らず(乗れず?)、ダメだったら出直してめがねを作るか、ぐらいの気持ちで、いたって気楽に出かけたわたしなのですが、やっぱり視力検査はすこしハードルが高かったなと。 やっぱり視力は落ちてるよな~と、改めて実感。 前回はゲームのやりすぎだったけど、今回は、ここんとこ、毎日パソコンに向っているし、考えてみたら、テレビの画面みたいな20インチのディスプレイに、めりこむように身を乗り出すのは、目の健康にとってもよくないし。 それにしても、なにかあると、ムムっと目を開き、わ、まぶしーっ!と身を引いて、ひとりで「うんうん」とうなずいたり、「え~?」とか反応したりして。 そのうち眠くなり、数秒眠ったかと思うと、はっとして起きて、またまた熱心に見入る、のくり返し…。 これら一連の動作で、またたく間に時間はたって、寝不足ともなる最近。 せめてメリハリのある生活!と思っていたのですが、パソコンの果てしなさとおもしろさの前に、なかなかそれもままならず。 すこし前にブログに書いたように、頭のクールダウンとともに、目のクールダウンも心がけなければまずいかも、と痛感してしまう、今日このごろのわたしです。
2006.11.30
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わたしがよく遊びに行く豊年満作さんのブログで、「彼女にいいプレゼントがないか、見つかったら日記に書いてほしい」という話になって、わたしもプレゼントを探してみました。 ダイヤ・イヤリング値段は13,500円です。ピアスを開けていなければ、イヤリングもいいかなと思います。けっこうシンプルだけどおしゃれで、値段も超お得です! ブラウンダイヤペンダント送料無料!消費税当店負担! 20061027祭2 【0610w_大特価】ブラウンダイヤのスリーストーンのペンダント。18Kホワイトゴールドで定価27,300円が10,000円の超お得プライス! やはり、女性にとっては、ダイヤのシンプルさ=飾らないゴージャス感があり、プレゼントにもらうと、すごくうれしいものなのです。 ダイヤの石の伽哉的効用は、フリーページの<伽哉のアミュレット―パワーストーンの効用>を参考にしてください【送料無料】12/20まで限定65%OFF★ピンクゴールド1粒ペアシェイプダイヤペンダント『Glandy』... これは、満作さんのプレゼントを探していて、わたしがもしかしたら買おうか(…当面くれる人がいないので)と思ったダイヤのペンダントです。ピンクゴールドのチェーンと台に、ペアシェイプの一粒ダイヤ。デザインが、ティアドロップ型で、あまり見たことがなくて可愛く、気になる一品です。 ふつうダイヤだと、今は、どちらかというとほとんどホワイトゴールドか、プラチナのほうが流行っているのですが、このピンクゴールドは、肌に映えて、とてもきれいに見えると思います。チェーンのデザインも、すてき!値段も41,850円が超特価14,800円(送料、税込)! というところで、プレゼント探しに、はじめて日記で、商品の紹介というアフィリエイトをしてみました。(フリーページでは、けっこう作っていたのですが)→ほかのプレゼント情報は、フリーページの彼女へのプレゼント!で、更新中なので、よかったら、参考にしてみてください。 今までは、画像のかわりに使っていたのですが、けっこうテーマを決めると、おもしろいのですね(とりあえず、急いで作ってみたので、値段はもう一度、確かめてくださいね!→わたしは、すごいおっちょこちょいなので・笑)
2006.11.29
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そろそろ1年の決算が問われる年末が近くなり。 虚とも実とも知れないような日記を書いているわたしですが、トップ欄の格言はいざ知らず、こと日記に関しては、すべてノンフィクションで、むしろ虚であってほしかった!というようなできごとの羅列に圧倒されっぱなしの1年ではあったのです。 パソコン購入の話については、つぎに書くことにして、昨日ふと、そういえばあのころはよく占いページを見ていたな、と今年の9,10月のころを思い出しました。 激動で先々が見えず、自分でもどうやって次の一歩を踏み出そうかと、迷っているときほど、人は占いや自分の運命について、あれやこれや知りたい!と思うのかもしれません。 実は、わたしは前に、星占いというか西洋占星術を習っていたことがあり、習っていた先生が監修した星占いの本を書くことを手伝ったことがあるのです。(年末になると、本屋の一角に並ぶ、星座別・来年のあなたの運勢―的な本) その頃に習った占星術については、あまりよくは憶えていないのですが、久しぶりに、占いページでも見るか、と昨日久しぶりにお気に入りのエキサイト占いページを開いたとき。 ふと上の欄を見ると、動物系占いの文字が目に入り、おもしろそうだなっと占ってみたのです。 結果は、<そよそよ風のたぬき>だそうで。 くわしく読んでみると、<根拠のない自信がある(→あってる!)。口癖は「ま、いっか」とか「なんとかなるって」と楽天的性格>とあり、おそろしいほど、的中しているのです! というわけで、さっきまでのわたしは、<そよそよ風のたぬき>だったのですが。 このことを書かなくちゃ、と書きはじめて、リンクを貼ってついでに動物系占いを出してみると、昨日のわたしの入力記録が残っていて…。 どうやら、1ヶ月、間違えて入力していたことに、今現在進行形で気がつき!(冷汗~) ………。 でも本来の結果を読んでみても、どう考えてもたぬきの性格ほど、ピタリとわたしの性格に当てはまるものはない!と、結論!しかなくて。 ですから、もし、動物系占いをして、納得できなかったら、前後1ヶ月、生まれ月を変えて入力してみれば、ピッタリの結果が出るのかも??しれません。
2006.11.29
11月もいよいよ終わりに近づき(といつも同じですが)、今月中に、なんとしても、あのことだけは書き終えたい!と、やっと重い腰をあげ、頭をまとめ…てはいないのですが、とりあえず、書き出しはじめることを決意した今日この頃。 現在、わたしの外出のお供は、iポッドとソニーのデジカメ。 用事で書くことがあるときには、字が下手なわたしに代わり、もっぱらワードで入力した文章を印刷してくれるプリンター。 これすべてマイパソコン購入のときに、あれもこれもと全部まとめてこの値段でどう~?と、秋葉原の某量販店の店員のおじさんとのやりとりで、というか勢いで、ついてきた品々なのです。 そして…今まさにわたしの目の前のマイパソコン。 秋葉原に出かける前には、キムタクの富士通か、玉木宏のNECにしようと思っていたのに、帰るときには、なぜか伊東美咲のプリウスになっていたあの日。 そして、出かけるときには、石丸電気の特売チラシを握りしめ、石丸電気で買おうと力んでいたのに、なぜか、実際にパソコン及びもろもろのおまけを買ったのが、結果的に石丸電気ではなくライバル店の老舗某量販店になってしまっていたあの日。 これは、すべて秋葉原という特殊な土地事情によるものでしょうか? これこそまさに、『萌え~』的磁場のある土地のなせるわざなのでしょうか? ただ単に、わたしが秋葉原に土地カンが働かなかったということだけかもしれませんが…。(もともと、すごい方向オンチ) というわけで、8月はじめのある日、いよいよ7年来の懸案であるパソコン購入を決意して、わたしは秋葉原に出かけたわけです。 もともと秋葉原は、家からもそう遠くはないのですが、アクセスがあまりよくなく、それほどわたしには必然性がない所なので、ほとんど行かないあたりなのです。 ですから、秋葉原駅をひさしぶりに降りたときは、なんだかあたりの様子が一変! 前にはどちらかというと雑然としていた駅前風景が、近代的な駅のようなきれいな広場に整備され、変貌していたのに驚いて。 そのあたりで、まず迷ってしまったようです。 一応、駅で地図を見たのですが、こっちに行けば石丸電気!とわたしが目星をつけた方向はものの見事に逆方向(→ぢつは、昨日もまさにこれと同じ適当な方向感覚で、大手町のあたりをウロウロしていました・泣) 歩いて数分もかからないはずが、行けども行けども行き当たらず。 大通りを歩けば、すぐ石丸電気!と思っていたのが、いま考えると逆方向をず~っと歩いていたので、見つかるはずもなく、見回せば、ありとあらゆる電気製品の店看板に目が回りそうになり、真夏の午後の太陽にも照らされて、流れ落ちる汗とともに、しばし呆然と立ち尽くすわたしだったのです。(つづく)
2006.11.28
だんだんと忙しくなる11月。ブログの管理ページを見ていると、1日50件まで日記に書けるとあり、50行の日記を1行ずつ、1日50回、書き込んでいけばいいかな、とも思います。 <昨日のコトだけど、実はすごく大変なことが起きてしまったんです(泣)> と書いて、5分後に <生活費を引き出そうかと、近くのコンビニのATMに行ったら、残金が2ケタ!> とか書いて、また5分後に <しばし呆然!ウソだろ~っと思わず叫んじゃった!> また5分後に <しばらくして冷静に考えてみると、原因は、携帯代引き落とし?? それしか思いつかない!> とか書き込みまた5分後に <家に帰って、急いで調べると、引き落とし額は9万8千円!??、そんなに使ったぁ?> などとリレー形式で書こうかなとも。(ちなみに上の日記はフィクションです。わたしの携帯は、ツーカーで、月々4,000円弱) 考えたら、今まで、毎日、日記をつけたことはなかったので、そろそろ日記のネタに困るころ。 それでなくても今は、日常的なことを書くのは、止めているので、やはり、1日1回書くというのは、いつまで続くかなと、ふと思います。 というわけで、上のように書いてみて、スペースを埋めてみたのですが(笑) ここ1ヶ月以上いろいろあって、労働関係の相談などで労働基準監督署にも行ったりしていたのですが、行ってみると、相談に来る人もたくさん。 わたしが相談している隣のブースでは、若い会社員の男性が、解雇について、相談をしていたことがあり。 即時解雇というのは、一方的に事業主が労働者に言い渡すこと。普通は、事業主が、少なくとも30日前に解雇予告をするか、平均賃金30日分以上の解雇予告手当を払うかをして、解雇を言い渡すのですが、その若い男性は、そのどちらでもなく、即時解雇を言い渡されたそうで。 解雇予告をしなくてもいいという、適用除外もあるのですが、切れ切れに聞こえる相談内容によると、彼の場合は、そのいずれにも当てはまらず、明らかに、事業主の法令違反のようです。 日本の雇用情勢も、今までの終身雇用制から成果主義型に変化し、正規雇用よりも非正規雇用形態が増え、派遣や契約社員など、期間を定められた雇用契約が主流になっています。 わたしが聞いた即時解雇の男性なども、相談の結果、解雇予告手当を受け取ることができても、今後の求職活動がたいへんかもしれないな、とふと思いました。 やはり、毎日の生活設計ができる仕事は大切。何かあったときに、自分の身を守ることができるのは、自分だし。 そのことは忘れず、少しでも前向きにやっていきたいと思う今日この頃のわたしです。
2006.11.28
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もうじき11月も終わり(とずっとこんな風な書き出しをしているような気もして)、なんだか忙しくなりそうな予感のする今日この頃。 前にも書いたように今月中に大掃除のせめて基礎固めくらいはしたいと思うのですが、大ゴミをまとめる気力がなく、周辺の掃除で手一杯のような予感がします。 わたしの家は、家自体が古く、祖父母が昔、仕事で中国の上海にいたこともあり、その昔のいろいろなものが押入れに奥深くしまってあったりするのです。 北京の紫禁城の瓦とか、極楽鳥(ごくらくちょう)の剥製とか、紫檀の家具とか掛け軸とかエトセトラ…。 さすがに極楽鳥の剥製は、だいぶ前に処分したのですが、子供のころは、応接間に行くと、ガラスケースに入った大きな鳥の剥製が飾ってあって、その周辺だけは、いたずらしてガラスを割らないように気をつけていたなと、思い出します。 それにしても…。古い家なので、押入れのサイズも今のサイズよりかなり大きく、しかも奥行きがあり、あちこちの押入れの中の奥深くまで整理するというのは、わが家にとっても一大事業になりそうで、…それゆえ、できるだけ当たらずさわらず関わらず。結果、長い間そのままで来てしまって今に至る、ようです。 祖母もわたしに似て(逆か)、捨てられない人だったようで、祖母がしまった当時の新聞(古い)にくるんで、今でも奥深く眠っているものがまだまだあったりして。 やはり、そうじやものを捨てることで運が向くとしたら、周辺のものもいさぎよく処分するのがいいのでしょうけど。 「使っていないテレビ、ビデオなんでも引き取ります!」と、いらない電化製品を無料で引き取る車がよくまわってきますが、先日、その話をテレビで取り上げていました。 処分品として引き取った電化製品がどうなったかというと、こわれたまま外国に輸出して、現地で直して、また売られるそう。 日本製品は丈夫で信頼も高く、日本ではいらないといって処分されたテレビも、外国で修理されて、現地の人たちが一生懸命貯めたお金で買われて大切に第2の人生(?)を送るとか。 日本人ほど、早いサイクルで次々とものを捨てる国民は、世界の他にもどこにもいないと、処分品を扱う業者が言っていました。(ノーベル平和賞を受賞したアフリカのマータイさんも「もったいない」精神だったし) それにしても、今の日本は、いろいろあるけれど、世界のほかから見たら、物質的には豊かなほうなのでしょう。 消費社会だから、物が次々と売れることで景気も回復するのだろうけど、その流れに乗ってしまって、短いサイクルで物を消費→次々と捨てることで運が向上→これが、はたしてものを大切にしているのだろうか?そのあたりを考えてみると、わたし個人としては疑問が残るのです。 もっと根本的なところで、豊かに日々を暮らすということはどういうことなのか、ものを持つということはどういう意味があるのだろうか、とふと思う今日この頃なのです。
2006.11.27
さきほど午前零時つまり約20分前くらいのころ、画面を切り替えたら、アクセスカウンターの数が、また減っていました。 今回は、前回とちがって、訪問者数のところに減る前の数字が残っていたので、目をパチクリせずに、頭のほうもはて?大丈夫かしらんとあせらずに、すみました(笑) たくさんのブログがあるので、対応が大変なのでしょうか? せっかく25日に直ったと思ったのに、デス。
2006.11.26
そろそろ11月も終わりに近づき、今日は近くの氏神さまにお参りに行ってみました。 ケヤキや銀杏も紅葉をはじめ、冬間近の寒い東京の午後だったのですが、澄んだ大気の中、一週間のあれこれをお祓いして、リフレッシュしてきました。 さて、帰ってきて自分のブログを見てみると、金銭的には現金収入に反比例して出費超過。予想外の収入があったものの、予想していた収入が未だ入らずの現状。 そこで昨年やってみたロト6の予想でもしてみるか、と思い出し思い出し(というかほとんど忘れているのですが)数字を出してみました。 はたして当たるかどうか。しかし、キャリーオーバーだったので、今週はかなりの当選金額。 4億円に久しぶりにチャレンジ!もわるくないかもしれません。 前回11月23日抽選の第318回の当選番号は、<02,07,13,16,36,37 ボーナス数字41>で該当者なしのキャリーオーバー。 参考にその前の回317回の当選番号は<07,08,15,30,35,36 ボーナス数字40> あれこれ計算して出してみたわたしのキー数字は、<01と36>、これでいろいろ組み合わせてとりあえず!さて、はたしてどうなるでしょう? 当たれば夢実現?当たらなくてもとりあえずチャレンジ!というところです(笑) ロト6当選番号案内
2006.11.26
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わたしはおそばが好きなので、前の仕事をしていたときに、元来はマイ弁当持参の内食主義だったのですが、近くに安くて人気の富士そば(注)があったので、たまに昼食におそばを食べていたのです。 もともと一番の大好物は「とろろそば」、原則は冷たいそばなのですが、寒くなると温かなそばを選んで、ついでにトッピングで温泉卵を頼む。ささやかな贅沢! それで富士そばタイム=楽しい昼食となったのですが、ひとつだけ、いつも食べていて、わたしが悩むのは、この温泉卵の食べどき。 温泉卵はなくてもいいのだけど、あったほうがなんだか贅沢だし、見た目も気分も満足。 それで売り場のおじさんに、「トッピング、温泉卵ね!」と、つい力が入り、たまに「温泉卵ダブルで!」なんて、言ってみたりもして(時と場合とふところ具合による) ところが。 食べどきになると、あくまでもとろろ&そばを食べていて、自然と両者は減っていくのですが、温泉卵をいつ食べようか、はたと迷うのです。 半熟の温泉卵を一気に口に入れてみるか? たぶんムリなので、半分ずつ食べても、黄身がこぼれ落ちてしまう!それだけは、できるだけ避けたい! 重心がくずれた黄身が、すでにとろろと混ざりはじめているつゆに、溶け出すのだけは、見たくない! 中途半場に溶けるのは、この際、やむを得ないとして、しかし、黄身とつゆを混ぜあわせるのだけは、なんとしてでも避けたい! あやまっても、箸をかき混ぜてはいけない! などなど、食べていくうちに、さまざまな葛藤が生まれ、最後まで残るのが温泉卵…。 しかし、よく考えてみると、温泉卵のトッピングの必要はなかったぢゃないか!と、この日記を書いてる今、はたと気がつくわたし。でも、なんだか、見た目さみしい。味気ない…。 というわけで、最近はたまにお昼にインスタントラーメンを作るときに、卵を入れるのですが、半熟好きのわたしは、ラーメンを食べるときにも、まったく同じことを悩むのです。 ないとさみしいし、なくてもいいとは、決して言えない富士そばの温泉卵トッピング、いったい、いつ、どのようにして、わたしは、温泉卵を食べたらよいのでしょうか???注:『富士そば』とは、関東圏に展開しているそば、うどんのチェーン店。店内には、社長が作詞した演歌!のポスターが貼ってあり、CDも売っているらしい(「はてなダイアリー」より)社長作詞の演歌のポスターは、初耳!(まったく気がつきませんでした!)店内の券売機で券を買い、カウンターで注文、数分で出来上がるので、オフィス街や駅周辺の繁華街などに、出店が多い。店により持ち帰りができるところとできないところがある。店内は立ち食いではなく、椅子席。
2006.11.25
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昨日の日記のアクセスカウンターについて他の方のコメントを読んでみて、なるほど! 楽天のお知らせでは今日中には直るとのこと、それなら、もしかしてまた今夜も?と、昨晩午前零時になったときにプログの画面を切り替えてみたら、…たしかに、あっという間に、また数字が戻るのを目撃!(すごい!ジャスト零時!にわたしは見た!状態) これで、ここ数日、なんだかいつもカウンターが同じ数字だな?って思っていたなぞがひとつ解けたみたい。 それにしても、わたしが遊びに伺う方のプログのほとんどは、え~っ!と思うくらいのすごいカウンター数で、思わず一、十、百、千、と右から指で桁数をかぞえてみて、…その数にまたまたびっくり! すごいっス!ほんとうに! 考えてみると、わたしがこのマイパソコンを購入したのは、今年の8月。TEPCOひかりが開通してネット接続ができるようになったのが9月。 プログをはじめたのが10月下旬で、少し時間がとれるようになったから 昨日の日記に書いたように、最近自分の記憶力がイマイチ自信がなくなってきたのは、もしかしたら、今はある程度自由な時間がとれて、パソコンに向かう時間が長くなったからかも、とも感じたりして?? パソコンに向かっていると、非常に時間がたつのが早く、画面の切り替えも早いので、そのつど、また全然別の新しい情報が入ってきてしまい。 例えば、遊びに行ったページで、前から欲しかったものの情報をたまたま見つけ、そこを開くと、さらに別の欲しいもの情報が、あたらしく出てきたりして。 あれ、自分はなにを探していたんだっけ?と一瞬考えてしまうことが、まだまだ多々あり! 結果、すべての情報が整理されないまま残り、判断力、記憶力が今までより(前からかも?)落ち&時間のたつのが早く、寝不足気味になる。(そして美容にも差し支える) 今現在、比較的自由な時間が取ることのできる、パソコン初心者のわたし個人の感想。 今の自分の状態を考えると、パソコンってすごく便利だけど、やっぱり、まだまだ慣れない。 試行錯誤状態。自分の明快な判断基準がまだできていないとも感じ。 また、情報の発信地と受け手である自分との距離を、常に一定に保つことのできる活字の重要性にも、あらためて痛感。 それでも、今は半自由人のわたし。 これでまた定時の仕事に入り、毎日、時間に追われるようになったら、とにもかくにも、もっともっとパソコンに向かう自由な時間がほしい!って、今の自由な時間あり!の頃を、ひたすらなつかしむのかも?しれません。
2006.11.25
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今日は、前にプログに書いたわが家の老猫を病院に連れていく日。 一時は水もエサも受けつけず、もうダメかと思ったのですが、薬のせいで、みるみる元気になりました。 そうなると現金なもので、ヤツのほうでも、病院に連れていかれるんじゃないかと思うのか、朝起きると、すぐに外に出て庭のかなたにトンズラする毎日。 今朝も察知したのか、いちはやく逃げ出そうとするのをつかまえて、とにかく病院に連れていき、検査の結果、回復も順調とのこと。 これには一安心だったのですが、わたしもあわてていたので、とにかく化粧だけはして、財布と鼻水対策のティッシュは持ち、あとは携帯も時計も何もかも忘れてしまい。 まあいいかと帰りのバスには乗らず、近かったので紅葉のはじまった街路樹の下を愛猫とともに、家路についたわたしなのでした。 というわけで、最近のわたしの悩みのひとつは、もの忘れなのです。 冬の必需品、ユニクロのフリースが思い出せず、「フ」で途切れて、母に教えてもらう始末。ちょっとした名詞とか名前が、とっさに思い出せない今日このごろ。 う~ん、だいじょうぶなんでしょうか、この先?? これまでは、知っていてもほとんど役に立たず、日常生活の営みにまったく差しさわりのないような知識だけはたくさん、人一倍覚えている!と自負していたわたしだったのに。大事なフリースという言葉まで忘れてしまうなんて。 こんなんぢゃ日常生活にも著しく差しつかえてしまう…。 こんな、人には話せないなやみを抱えていたわたしだったのですが、昨夜、午前零時ごろのこと。 そろそろ寝なくちゃとパソコンの電源を切ろうとして、プログの画面をなにげなく見るとあれれ? アクセスカウンターの数がちがっているのです?? 画面を切り替えるまえの数より減っている! 目の錯覚でしょうか?それともついに…? まあ最近はいろいろありすぎるくらいあったし、さすがに気力も落ちてついに記憶力から判断力までなくなったか(嘆)と5分くらい惑乱。 なかったことにしようかと、力なくプログを閉じようとしたときに、お気に入りプログで「アクセスカウンター故障」の更新記事が目に入り、わたしの目の錯覚でなかったことにまずホッとしたのです。 それによると不特定多数のプログでこの故障は起き、どうも丸々一日分のカウンター数が消失してしまうとのこと。 まる一日、なかったことにして!? 普通にカウンターしたほうがよっぽど楽なのに、すごい複雑で高度な故障が起きるものだと、ド素人の感想。 とりあえず、自分の記憶力低下ではなくてほっとしたものの、やはりこれからの行く末は、…心配。 そんなわけで、昨夜は寝る前に脳力アップの数独を2,3問解いてみて、まだまだ大丈夫!?と解けた自分にいちおう納得しながら、ひと時眠りについたわたしでした。<追記>コメントしてくださった方の情報によると、一昨日も故障があったそうですが、実は昨夕の午前零時までは全然知りませんでした。今夜は、はたしてどうでしょうか?
2006.11.24
昨日に引き続きの今年の決算。こちらは文字通りの決算となり。 どうしてわたしの貯金が当初の予想より増えなかったか、総括してから来年の目標設定を定めなくちゃと思う今日この頃なのです。 今年の出費は、やはり毎年おなじみの宝塚関連。お気に入りスターの年2回の公演中、1公演平均5回は観劇&グッズ購入もろもろ。それ以外にも、組ごとの公演には義理もあり、必ず1回は日比谷通いもあり。 あと春に生まれてはじめての宝塚旅行をし、このために冬から毎日の昼食代を節約して貯めた数万円もなくなり(涙)。しかもその後、2度と昼食代節約をしなかったので、別口座を開設してまで作った貯金計画は白紙。 もちろん並行して行おうと思っていたATM貯金箱計画も、機械操作に不慣れで、冬の段階で続行不可能。 あとは春にプチ大口のブランドバッグ購入。これは以前にもプログに書いたのですが…失敗しました。 何といっても良質の革製品。仕事先にも持っていける、すてきなバッグだと前から気に入っていたので、思いがけない大金(といっても大したことない額)が転がり込んだわたしは、その一部で思いきって、そのバッグを買ってしまったのです。 ところが…。上質な革のバッグというのは、デイリーユースには使いづらく、扱いもていねいにしないと傷がつき、そのころは梅雨もまじかで雨が多く、ぬらしたくなくて結局出番がなく。 ブランド袋に2重にくるんで、あまりに厳重にしまったので、いざ使おうかと思っても、開ける作業のめんどくささにビビルわたし。結局、今年最大の後悔のひとつとなってしまいました。 この後、何度、あ~あのバッグに使った○万円があれば…と、思ったことでしょうか。 このあたりから、またいつもの刹那的その日暮らしのどんぶり勘定金銭感覚に戻り。まずは自分の金銭管理こそ自己管理の原点!と、ほんとうに、書いている今、気がつくに至りました!(説得力がないけど、ホントにホント!) ところで…。わたしが今使っているマイパソコン(そういえばこれも今年の夏に、秋葉原で衝動的に購入)、健康管理に重きを置いたわたしは、マイナスイオン発生のフレンチブルドッグぬいぐるみ型パソコンクリーナー、及びNASA公認、電磁波除去サボテンを、ディスプレイの左右に配して書き込み中。 さらに、もうひとつ、今書き込み中の視界のすみには、今年秋に「あなたも大富豪になれる!」のうたい文句でつい購入してしまった、ユリ・ゲラー特製クリスタルピラミッドまでが…そんなわたしを祝福するように、今もきらきらと輝いているのです…。
2006.11.23
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1年の終わりも近づき、ふり返ってみると、今年も激動の年だったなとしみじみ。 わたしの誕生月は12月なので、12月くらい楽しく過ごしたい!と思い、早々に今年の決算をせまられる今日この頃。 まずは心機一転!とばかり、今年の初夏に長年の仕事にひと区切りをつけ、休養のつもりが流れで予定外の新しい仕事にかかわり、それがとんでもないことになって、今だに尾を引き、あまり楽しくないことに片足をつっこんで、もう少しではずれるか?というあたりの状況。 さて、その新仕事で、最近知り合った新しい友人たちというか、同僚2人の話 生来お金には縁がないわたし、及び常にダイエットと戦ってきた苦難の歴史を持つわたしが、一挙両得なのが、お昼持参!→仕事場にマイ弁当持参!の内食主義。 デスクワークなので、もともとそんなにカロリーを消費しないし、ストレス解消なら、食後の散歩でもすれば、財布にもおなかにも体重にもやさしいとばかり、長年の内食主義をつらぬいてきたわたし。 ところが、その同僚の2人。 大の!外食主義だったのデス。 仕事場が学校区域で、大学も近かったので、お昼に足を伸ばすとすぐのところに定食屋もたくさん。安くてボリュームもありメニューもたくさんあり、しかもおいしい!(特にアジフライ定食などが!) と、ついつい誘われて気に入りの定食屋でお昼をともにする毎日。 たしかに、あなどれない味! もともと学生相手なので、ごはんの量もボリューム満点。 食べ過ぎ注意のわたしは、最初はその量を減らしてもらっていたのですが、その2人ときたら、あっというまに大盛りごはんをペロリ。 「わたしって食べるの早いから」 「そうそう。ゆっくり食べてて。先に食べて一服するから」と口々にそう言うふたりの皿は、ものの見事になにもなく。 うーん、まだわたしの皿には半分以上残っているのに、どうしてそんなにまたたくまに食べられるのでしょうか、この2人は? しかも、どうして?って聞きたくなるくらい、2人そろってスリムで、スタイル抜群(ホントに!) たしか「大食いはデブのもと」という定説を聞いたことがあるし、それを長年信じてきたわたしがいて、目の前にこの2人がいて?? おかず=アジフライ2匹、山盛りキャベツ&マカロニサラダ、ごはん=大盛り、味噌汁、漬物の定食セット。 すべてに大盛り、高カロリーの昼食を、わずか10分弱で胃袋におさめてしまうとは…。 しかも食べる前と食べた後と、まったく変わらぬすずしい顔???いったいあれだけの量の食料は、どこに行ってしまったの~? おそるべき消化力。 というわけで、そんな2人といつも一緒の昼食どきで、悲しいかな、いつしか、おのれが食べている姿をかえり見ることができなくなっていったわたし。 いつのまにか、まるでこの2人のようにたくさん食べて当たり前状態となり、いつもペロリが普通の状態だと洗脳され… 気がつけば、そのまま食欲の秋の突入…しみじみと鏡の自分を見て、かつてのもう少しスリムだった(?)わたしはいったいどこ??って、叫びたい心境の今日この頃なのです。
2006.11.22
似顔絵イラストメーカーを使って自分の似顔絵が自由に作れる!という記事を、いつもお世話になっているかず12321さんのところに遊びに行ったときに知りました。というわけで、わたしもさっそく使って作ってみました。 というわけで…。ビールで解毒中のわたしの似顔絵は、プロフィールにありますが、いつもこんなに飲んでいるわけでは…ないです 作ってみたい方は、かず12321さんのところに行って挑戦してみてください。 わたしみたいな初心者にも、かずさんが、すごくわかりやすい使い方を紹介しているので、本当に助かります。
2006.11.21
そうじは運勢によいかも、と昨日の日記に書いたわたしですが、確かにそうじした後は気持ちがよく、明るくなるみたいです。だから、そうじは運勢的にもいいという前提のもと。 今度はそうじの実践編。 生来、身のまわりは散らかし放題のわたしが、そうじの実践を書くのもおかしいのですが、やはり、これぢゃイカン!と(いつものパターン)、いかにきれいに暮らすことができるかという本を買ったことがあるのです。 その本によると、捨てながら整理するというのはムリ。まず1日かけて徹底的に捨てて、その後で残ったもの(つまり必要なもの)を、場所を決めて収納するという、非常に合理的な方法。 部屋ごとにこの<捨てる⇒しまう>の2ステップで片付けてしまえば、大した労力もなく、決断も早く、ついでにきれいにできちゃうという、読む人に勇気を与えてくれる実用書だったのです。 というわけでわたしも実践したのですが。 家が古い家なので、押入れの間口も、どれも広く大きく、それこそ、いつの時代からのものかわからないものが、押入れの奥深くにやたらと収納されていて、できればそれにはあまり関わりあいたくなく…。 台所の床板をはずしてみると、その下に梅酒やら梅干やらのびんが、こちらもいつ頃かわからないくらい昔から収納済みで。そんなときに、くるんである新聞などを見ると戦前の日付がついていたりして、ひえ~っと見なかったことにして。 要するに、家に奥深く収納してあるものを捨てることについては、かなりの覚悟で捨てなくてはいけなく、めんどくさいので再びふたをして、なかったことにして。 結局、今使っているものの大半が、ほとんど押入れなどには収納できずに、身のまわりに、雑然と、脈絡なく増えて、最近はATM貯金箱から、昔、懸賞で当たって、今も捨てられないアライグマのぬいぐるみだとか、わたしの日常の営みをほとんど左右することのないものまで、あれやこれや積み上げるままに今に至ってしまった。これが、わたしのきびしい現実なのです。 とここで…。ほんとうは、わたしのそうじ実践!ということで書き出したのですが、またまた話がそれて、およそ役に立たない話に終始してしまいました(いつものパターン)。 でも、そうじをしているのは本当!(ホントに) 限られた狭い自分のスペースだけなのですが、けっこう実用本が役に立ち、早くこれをわが家全体に適用できれば、わたしの運も、すこしは向上するかも?しれません。(次回は<捨てる!>の実践編?)
2006.11.21
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そろそろ一年の決算、年末年始をむかえるにあたり、やはり気になるのが来年の運勢。 わたしの場合、特にここ数年は激変の時期で、人生観も変わる体験もしてきたので、これからの運勢は非常に興味もあります。 年末年始で現実的な対応をせまられるのが、大掃除。この前ちらっと読んだ本には、11月中の大掃除がかしこいやり方と書いてあったのですが、大ゴミとかの申し込みとか年末に行くほど混んでしまうから早めの処分がいい、とのことだったかな(うろ覚えですが) ベストセラーに「そうじ力」って本が1位になる位ですから、「そうじ」というのも、運勢的にはあなどれないのでしょうか? とすると、運勢も好転する「そうじ」?? たしかに身の回りや家を掃除したりすると、気持ちがいい。ということは、最近やっと分かり(今さらながらです)、家中や玄関、神棚や仏壇もできるだけ掃除を心がけるようになりました。 それまではというと、射手座にB型の性格欄を見ると「部屋はぐちゃぐちゃ」だの、「身の回りが片付けられないあなたは、マンションを購入するより、散らかすことのできる広い部屋のある賃貸物件のほうがいい」とまで書いてあり、掃除下手は生まれつきなんだと、そのときばかりはすぐに納得。 そんなわたしも、生来の苦手意識を克服して、少しはそうじを心がける今日この頃になったのですが。思い出してみると、こんなこともありました。 夫婦そろって交際好き。交友関係が広く、家はいつも招待した友人でいっぱいという私の友人がいるのですが、家は古いけどいつもきれいにして、人が来ても大丈夫なように整理整頓もパーフェクト!いつもきちんとしている彼女の家に遊びに行ったとき(その日もたくさん来客中)、後片付けを手伝ったあと、彼女がちょっとちょっとと、とある一室にわたしを案内して。 「ここが一番落ち着くのよね~」 どかっといすに座る彼女。そこはかろうじて座る椅子があるってくらい、本だの服だの靴箱だの、いろいろなものがごちゃまぜに放り込んである部屋。ほとんど身動きのとれないくらい、四方八方から天井まで荷物が積んであるってレベルまで、とてもいかない散らかし放題、つめ放題のうすぐらい空間。 「すごいわね!」とわたしの声も実感がこもり。 「ちょっとね、ここで一息ついてから、また出て行くのよ」と小さなテーブルを引き寄せ、たばこを取りだして、文字通りの一服。煙を吐き出しながら、彼女はきれいに化粧した顔の下から、つかの間、素の顔を見せて、ほほえんだのです。 そうだよね、それだけじゃつらいこともあるし。力を抜きたいときもあるし、それがなかったら疲れちゃうし。 適度に散らかってても、くつろげるときもある。 何かはじめたり、終わったときはいらないものを捨て、整理して、そうじして、カタをつけてから、また新たなコトに臨む。 きれいにする、散らかす、どっちも人間の本能だし、折り合いをつけながら、日々の暮らしのヒントにしようかなと思う今日この頃のわたしです。
2006.11.20
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去年、仕事場の同僚の友達がミニロトやロト6の攻略法の本を出したとかで、わたしも1冊、贈呈されたことがあるのです。 やはり、残る最後は宝くじ!ってなわけで、わたしの周囲も愛好家がたくさん。ジャンボ宝くじだとかロト6だとか、熱心に買っている人もけっこういて。 わたしも年末ジャンボは、たまに買うことがあるのですが、当たる確率が数百万分の1だとか聞いたことがあり、成果の見込めない投資は避けるか(平たく言えば元手がない)と、せいぜい1年に1回くらいしか買っていません。 というわけで、もともとあまり興味がなかったのですが、冒頭の本を贈呈されたときに読んでみて、うん、じゃあこれでやってみるか!とロト6に挑戦したことがあるのです。 必要なのは、過去50回くらいの各回の当選数字。 基準となるのは、挑戦する回の直前の回(仮にAとする)の数字。この数字を元にこの各数字にAのさらに前の回(B)の当選数字を足したり引いたりして数字を出すわけです。 <おわかりでしょうか?ここからが問題なのですッ!特別にわたしの開発したマル秘超高確率!ロト6攻略法テクニックを伝授いたします!(残り限定99名、コースにより特別パックあり)> などと、エサをちらつかせ、ここらあたりで大文字とか太文字にして惹くところかな? さらに続けると、その人の方法では、過去50回の当選数字で連続して何度も同じ数字が出ているもの、前回の数字と1違いの数字などを見つけて当てはめて、予想を立てるというものでした。(うろ覚えですが) ざっと思い出してみるとこんな感じ。 去年は、ロト6で4億を当てたとか景気のいいニュースを聞いたこともあり、わたしもこの本で研究して、一念発起しロト6に挑戦したのです。ただし、計算方法や予想数字の出し方などで今いち分かりにくいところがあったので、いろいろな計算をして何度も出てくる数字を中心に、独自に予想をたてました。 結果は、ビギナーズ・ラックなのか惜しいのか偶然か。3口買って、そのうち2口で1000円当たり、6通りの数字のうち3つは予想できたわけです。 はずれた数字も当選番号に近く、そのときは、6通りの当選番号のうち、3つくらいは予想できるのかしらんと、不思議に思えど自信もわき出て、さすがのわたしも一気に億万長者!的な心もち! で、その後は。最初に出した数字の計算方法があまりに自分独自にアレンジしたせいか、よく覚えていなくて。 一度も当たらず、そのうちに熱もさめ(いつものとおり)1年以上は挑戦もせず(というか忘れていて) でも昨日のようにそろそろフトコロ具合がさみしい今日この頃。堅実な貯金計画&一攫千金逆転勝利再挑戦の2本立てで、すこしはわたしも頭を使って、近づきつつある年末を無事に乗り切りたい!とも思うのです。
2006.11.19
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トップ欄の格言なんてあるから、わたしの書いていることはホンマかいな?と思っている方が多いんじゃないかなと思う今日この頃。昨日のマイナスイオン扇子というのも知らなかったとコメントをいただき、「ほんとほんと」と書き込みました。 でもわたしのマイナスイオンのなぞも、ちゃんとコメントしてくださった方のおかげで無事にとけ、マイナスイオンというのは、たぶん使っている木のせい(気のせいぢゃなく)だと解明。 次なる疑問は、家にあるマイナスイオンの扇風機とマイナスイオンドライヤー。 どうやって、マイナスイオンを空気中から抽出するのでしょうか? わからぬままもけっこう満足して使っているわたしなのですが、マイナスイオンというのは賞味(もとい有効)期限があるのか、など、なぞは、果てがありません。 たいていの場合、お金とほとんど縁のない生活を送っているわたしなので、いざ何か買うときは、生来の衝動をおさえてじっくり考えることが多いのですが、それでもどうしても買ってみたい!(たとえばマイナスイオン扇子とか)と思うものにも出くわすのです。(時と場合とふところ具合による) たとえば今年買った「うなずきん」ちゃん。 見た目はダルマかロシアのマトリョーシカ(うろ覚え)。手のひらに乗るかわいいプラスチックの手も足もないダルマチックな人形なのですが、これが、話しかけるたびにうなずいたりといろいろの反応をしてくれるすぐれもの。 オープンしたばかりの渋谷の小物雑貨ショップで売っているのをテレビで紹介していて、たまたま見かけ、次の日の昼休みに買いにいったのです。 仕事場のデスクのすみに置き、その時々のわたしのグチをやさしくうなずいたり時にはやんわりと否定してくれたうなずきん。それを見た後輩に、「…カヤさんもさみしいんですね」と同情もされたり。 とはいえ、うなずきんは、今でもわたしの大切なコレクションなのです。 もうひとつは、これも今年買ったものなのですが、生来お金に縁がないわたしが、何とかお金を貯めたい!と決意して買ったATM式貯金箱。これは家でとっている生協のカタログで見つけ、ほしい!と一目で気に入り購入したのです。 まるで銀行のATMのようにお金を入金できたり、カードと暗証番号を入れてお金を引き出す高度な機能の貯金箱! これなら今までのどんぶり勘定的金銭感覚を改められる!しかもお金も貯められる!(しかも計算機つき、残高照会もできる!) というわけで手元に来たのですが。 もともと説明書をよく読まずに使いはじめてみると、わたしの場合、財布に残ったその日の小銭をすべて貯金!という方法ではじめたせいか、1円を入れるたびに「チャカチャカチャーン♪」とファンファーレがつぎつぎと鳴りひびき、その音量を下げる方法もよくわからず、そうこうしているうちに説明書が見つからず、ついでに暗証番号も忘れてしまい…。 結局、飾り棚にしまった大事なマイコレクションとなり、貯金計画もそこで立ち消え。 以来、わたしの残高も増えることなく、むしろ減りつづけの今日この頃、そろそろATM再び!でまた新たな貯金計画を作る時期にさしかかっているのです。
2006.11.18
今日は東京も冷えこみ、いままでよりもかなり寒くなりましたが、ひさしぶりに時間があったので、日本橋三越で11月14日からはじまった「田辺聖子の世界展」を見に行きました。 平日の午後だから空いてるかなと思ったのですが、予想に反してかなりの人だかり。展示されたさまざまな資料を見るのも順番待ちの混み具合。 朝のテレビで半生記ともいえる『芋たこなんきん』の人気もあり、少女時代からの手書きの本や原稿など資料も多数展示されていて、ひとつずつじっくり見てまわるとけっこう時間がかかりました。 出口近くの書籍コーナーで、前に読んだことのある芥川賞作品『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)』があったら買いたいと思ったのですが、見つからず残念。この作品や初期の短編集の入った全集もバラで売っていたのですが、高くて断念。 ユーモアたっぷりのエッセイや軽妙な作品も好きですが、やはり初期の作品には、人間の本質をついた哀しみや若さの持つ率直な残酷さを鋭くえぐった傑作があり、その文体も魅力で、もう一度読みたかったなと。 ところで冬に汗だく!になる話をすこし前に書いたのですが、今日の帰りの地下鉄はまだそこまで暖房が入っていなくてまあまあ。ただし、最後に乗り換えた電車がじわじわ暑く、扇子がほしかったなとマジで思い…。 実は出かけるときにバッグを替えて、中身も移したのですが、そのときに愛用の扇子があり、一瞬持って行こうかと思ったのです。でもまあ、こんなに寒かったらと扇子はいらないと、置いてきたのです。カンはあたったけど、実質がともなわず(汗) この扇子、3年前に買った「マイナスイオン扇子」 そんなもんあるのかしらんと思い、あおいでみると涼しい!(ホントに) 他の扇子であおぐよりずっと涼しく(ホントに)、バーゲンの時に半額の3000円で買ったのです。 以来愛用しているのですが、3年もたち少しマイナスイオンの効果がうすれてきたような?? 「だからね、マイナスイオンといっても、いってるだけで、ほんとにマイナスイオンかわからないじゃない?」 帰りの電車でこの扇子の話を聞いた友人は疑問形。たしかに。 「まあ一応涼しかったからね(ホントに)ただ、わたしもずっと疑問ではあったの。マイナスイオンを塗っておいてそれがうすれたのかな??」 わたしの答えに友人はますます首をかしげ、 「マイナスイオンって塗れるの??」 さて。 考えてみたらよくわからず、疑問はそこで終わり。 友人と途中で別れ、家路についたわたしは、大学構内を通る近道を急ぎ帰ったのですが、ここはたくさんの木があって、今年は暖かかったせいか、紅葉はまだまだこれから。でも。 こうやってたくさんの木の下を歩いていると、マイナスイオンの効果はたしかに感じられるような気もして。 まずはよかったと、気分も軽くなる今日の夕方でした。
2006.11.17
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今年の初夏のころまで、わたしの仕事場は渋谷にあって、ずっと通っていました。 渋谷といえば学校が近かったので、学生時代はけっこう来ていたのですが、それも前のこと。 久しぶりの渋谷は、夜も昼も相変わらずのにぎやかさ。 一方の雄、新宿に比べていっそうの混迷さがあるこの街、渋谷。 なぜなのかっていつも思っていたのですが、新宿だと歌舞伎町があっても、そこはテリトリーとして境界線がはっきりあり、たとえば歓楽の歌舞伎町に入る決心に折り合いをつけながら、踏みこむことができるし、巨大な都庁がある副都心部は、またぜんぜん別の顔をもっていたり、新大久保へと続く道は、その道独自の、ほかにない個性的な顔を見せている、と街の持つ多様性、その個性の境界線がすっと引けるからなのかな、と。 渋谷という街は、新宿にくらべてこの境界線があいまいかなとも思うのです。 JRと私鉄各線が複雑に交わる渋谷駅。(もちろん、ほかの駅でもたくさんの路線が乗りいれているのですが)JR山手線に×点上に交わる私鉄線と、それに直結して都心部へと続くメトロ各線。 巨大な駅を一大拠点に、×点上のすりばちのような谷の底にある駅の出入り口は、どこも発達していて、そこから環状的にひろがりを見せる渋谷。 たとえば、ハチ公広場前のスクランブル交差点を渡り、ゆるやかな坂を上るどの道を選ぶかは、お好み次第。 センター街を上ってもいいし、途中で気が変わり109に行きたければすぐ横の道を突っ切っていけば、道玄坂の109に着くし、ドンキホーテでいろいろ見てから、そのまま東急本店まで足を伸ばしていいし。東急ハンズに行きたければ、また突っ切って戻っていけばいいし、東急ハンズを抜けてそのまま足を伸ばせば、やがてNHKがあり、代々木に出るし。 今は取り壊されてしまった東急文化会館があった、宮益方面から坂を上れば、青山から神宮まで行けるし、南に歩けば、代官山に至るし。 そこで垣間見える街の表情は多様だけど、どこも活気があり、流行と文化の発信があり、猥雑であり、新鮮でもあり、おしゃれで、庶民的であり、若くもあるし、地下街にはまた別に発達した大市場もあるし。たくさんの居酒屋、食べ物屋が無数の点となってちらばり、その境界線がどこまでもあいまいだけど、「渋谷」という共通項でくくられることのできる一大副都心。 ゆえにたくさんの人が昼も夜も集まり、店の栄枯盛衰は日常茶飯事。この街が眠るのは、一夜の喧騒に貪られた後の早朝のひとときくらい。 またいつもの通勤時間がはじまると、駅の周辺は、オフィスに向かう会社員でごった返し、一方で駅前の大きなパチンコ屋の前は、少しでもいい台を取ろうと、どこも長蛇の列。 高層ビルの間から射し込む朝の陽の光は、少し弱いように思うけど、そんな風に感じるのは一瞬のこと。わたしもまた足早に急いで仕事場に向かったものです。
2006.11.16
「子供が幼稚園のときね、送り迎えするためだけに車を運転していたことがあるの」 今日の昼食、友人との会話です。幼稚園といっても、彼女の家からそれほどは遠くなく、でも歩いていくには遠い距離。どちらにしてもそんなたいしたことない距離を往復していたという彼女。 「とにかく家と幼稚園との往復の距離だけの運転。子供が卒園してからは乗ってないわ」 「そう、出発と到着場所が固定した道しか走らなかったってわけね」 デザートのグレープゼリーを食べながら応じるわたし。 わかるわかる。 わたしも免許取り立てのころはけっこう運転していたんだけど、今は乗ってないし。 すこし前、伊豆の広いだれもいない道路で、久しぶりに運転してみるか、と何年ぶりかで運転席に代わったら、アクセルとブレーキの位置がどっちだか忘れて…。背筋も凍る思いをしたことがあるのです。 工藤静香が結婚前、「趣味は車かな、けっこうふらっと一人でどこへでもいっちゃう」そんなコメントをしていたのを読んだことがあり、しかも車はポルシェでマニュアルで! 「気分転換に夜中のドライブ、気が向くままに湘南あたりまで一気に高速飛ばして」なんて、わたしも言ってみたかったな。免許を取ったときはそうも思ったんだけど。 別な友人で、その子はすごく積極的。どこでなにをやっているか、すぐにキャッチして話題の場所に出没したり、どんなところに行ってもだれとでもすぐに友達感覚で話せちゃう。昼休みになるとひっきりなしに携帯がなり、いろんなところからお誘いがあり、だれにでも愛想よく応じられる、万事が積極的な性格。 そんな彼女がある日ポツンと。 「あたし免許持ってるんだけど、運転初日で車やめたの」 なんで?っと驚くわたし。 「車道に出たらこわくてこわくて。こんなはずじゃなかったって思って以来運転していないの」 だから移動はもっぱらチャリよと、彼女のオチ。 うーん、イメージが狂う。人間関係積極的でも車道で積極的とは限らないのかと、人は見かけによらないと、新たな発見におどろくわたしでした。 ふり返ってみると…。わたしも免許取り立てのとき、初めて運転して車道に出たときは、すぐに引っ返したくなったなと思い出すのです。 こんなにそばを、前も後ろも車が走って、こんな危険なところにわたしを野放しにしないで!っと。(今思うとどっちが危険だったかわからないのだけど) 教習中はそうでもなかった。だって危ないって思ったらわたしがブレーキ踏む前に横で踏んでくれた先生がいたもの。曲がるときだって、曲がりきれないと見るや、さっとハンドル回してくれたし。合流するときも「ほれ行け!」って教えてくれたから何にも考えないで入れちゃったし。 それに。免許取り立ての自分をふり返ると、何より痛切に思ったのは、教習中は左側走行オンリー(今はどうかわかりませんが)で、車線変更した経験がなかったから、はじめて車線変更しようとしたときにどうしていいか分からず。 なるようになれ~っと強引に入ってしまったこともしばしば。赤信号で止まったときに、後ろの車の運転席から降りてきたコワそうな人に、「えーかげんにせえッ!」と窓ガラスを叩かれたことも…何度かありました。(時効の告白) 「だからね、人間には2種類あると思うの」と、今日のお昼、食後のコーヒーを飲みながら、わたしは続け、 「免許取って、すぐに乗りこなせる人間と乗りこなせない人間と」 「わたしたちって後のタイプね」と納得の彼女。 「まあしばらくは、人には言えないもっとすごい体験というか、迷惑かけながらも、わたしも運転して、そのうち習うより慣れろで、都内をけっこう走ってはいたんだけど。やっぱり人間には2種類あって」 「今聞いたわよ」 「いやいや、車運転して自由にどこにでも行ける人間と、出発地と到着場所が決まった道しか運転できないタイプ」 そうか、とわたしの答えにさらに納得の彼女はしみじみと、 「…わたしたちってやっぱり後のタイプなのよね」 そうそう。やっぱり野放し感はこわいし。わかった道だけを安心して走りたいわたしたち。 「でもね、やっぱり乗るならベンツよね」 こういうわたしに友人はあきれ顔。 「まだ乗る気?」 「ポルシェはムリだけど、いつかはベンツ!」 「なんでベンツ?」 …だって車線変更してもベンツならみんな向こうからよけてくれそうだし。
2006.11.15
以前にも書いたのですが、わたしは出かけるときには、いつも石をつけます。 それほどたくさん持っているわけではないのですが、仕事をするときは、必ずルビーの指輪を選んでいます。 わたしにとってルビーは仕事の石。 いつからそう思うようになったか、はっきりとは覚えてはいないのですが、細かくてあまりミスが許されないような仕事をしていたときに、ルビーを付けると一番仕事がスムースに行き、ミスも出なかったから、というのが始まりだったような気がします。 アクセサリーなので、ほかの石もつけたりもしていたのですが、いつ頃からか、わたしの中でルビーは仕事をするときに選ぶ石になっていました。 これも前に書いたのですが、わたしはもともとルビーの深く沈んだような赤はあまり好きではありません。あまりに赤が濃いような気がするのです。 どちらかというとガーネットのような明快な朱色やピンクサファイアのような可愛いピンク、天上の色のような高貴で神秘的なインペリアルトパーズの光を内包しているようなピンク色のほうが好きなのです。 でも一番つけているのはルビーの指輪。好きとかきらいではなく、ルビーをつけると毅然とするような気がします。 仕事をするときに自分の身を護り、自分の力を増幅してくれる。まるで血のように濃い赤のルビーなのですが、この色にはやはり生命力のある金色が合うような気がします。 そしてやはり深く沈んだ赤のルビーには、装飾的なデザインが似合うと思うのです。 今、わたしが、仕事をするときにつけているルビーの指輪、ついでにルビーといったところでしょうか。 青いサファイアを中央に配しその周りを細かいダイヤで飾り、両サイドを葉っぱの形をした金とルビーが交互に飾る凝ったデザインでしたが、値段も手ごろで、一目見て気に入って買ったものです。 いつもは、買うものには慎重なわたしなのですが、そのときあまり考えずに買ったというのは、ひとつの出会いだったのかもしれません。 ついでにルビーの指輪。ほんとうはサファイアの指輪なのですが、わたしにはなぜかルビーの方が強いような気がします。 ルビーの効果は生命力の強化と不老不死!これを読んだときに「なるほど!」と思いました。不思議です。
2006.11.14
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もともと、字があまりうまくないわたし。そして仕事を通じてできた友人の多くは、とても字が上手。 いったいどこで習ったのか、みんなに聞いても「え~、あたしってそんなにうまくないよ~」とほぼおなじ答え。別なときの、別な場面で、違った相手に聞いても、みんなおなじ答えなんて、あやしい! わたしがあまりに字がへたなので、同情されているのかな。 みんな仕事をする前に、きれいな字を習ってきたのかも。ペン習字のお手本のような、読みやすい、上手な字を書く友人がほんとうに多いです。 どうもわたしは、字の練習をする、そんな機会がないまま、今まで来てしまったようです。 特にここ何年も、文字は仕事でもキーボードを使い、パソコンは手放したけど、私用ではワープロ(!まだ元気です)はずっと持って使っていたので、手書きで字を書く機会が少なくなってしまいました。 だから、年賀状のあて名を書いたり、やはり手書きで書いたほうがいいと思う手紙を書くときなどは、四苦八苦します。 とくに結婚式とか受付で自分の名前を書くときなど、筆だったらアウト!ペンでも背中に冷や汗がたらり。ご祝儀を置いて、気前よくその場からトンヅラしたくなることもしばし。 急ぎのときの仕事のメモのはしり書きを見ると、これはもうなぐり書きとなっていて、書いた当の本人のわたしが見ても???の場合もしばしば。(ホントです) キーボードは便利で、こんな悪筆のわたしが入力しても、きちんとしたきれいな一律の文字が出てくる。文章を入れても、一目瞭然に、直したいところも部分部分で修正ができ、手書きのときよりダメージが少ない。利点も多いし、とても便利です。 でも、前に「7万円のえんぴつ」という日記で書いたのですが、手書きのよさを書いたのは、自分への再確認のように思えます。 ずいぶん前、こんなわたしの字が好きだといってくれた人もいました。うまくはないけど、読みやすくて、わたしらしいと。 手書きの字体もその人を表すことがあるとしたら、わたしも、自分の字を通じて、また自分を表現する道を再び見い出すこともできるかもしれません。
2006.11.14
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東京は昨日さむく、今朝も冷えこみました。でも空は抜けるような秋空。木々も色づきはじめています。 昨日今日は冷えこんだのですが、すこし前までは、外に出るとポカポカあたたかで、上着もいらない暖かさ。ほんとうに気温の変化に気をつけないと、風邪をひいてしまいそう。 こういう季節の変わり目になると、いつも頭をなやませるのは、今日は何を着ていこうか、ということなのです。 わたしは都内なので、近場はバスでもいいのですが、すこし離れた渋谷とか新宿とかに行くときは、地下鉄を使っています。 東京の地下鉄は2種類。東京メトロと都営地下鉄。 都営地下鉄は、文字通り東京都の経営、東京メトロより基本料金が10円高く(170円から。メトロは160円から)、路線的にも限られて東京メトロにくらべるとみじかいのですが、最近では、大江戸線が開通、山手線よりひとまわり内側の環状線です。 東京メトロは文字通り、都内を縦横ななめに路線をはりめぐらせ、どこに行くのもたいてい便利。最近は首都圏の各県の駅にも、路線が乗りいれて距離も短縮され、便利さがいっそう強化され。 考えてみると、都内で仕事をしたりして、わたしのように地下鉄で移動する人は、これからさむい季節になっても、そんなに厚着をする必要がないのです。 家から歩いてすぐの地下鉄の駅に入り、仕事場のある駅から歩いてビルの中で仕事をする。 外のさむい外気に当たり、ふるえるのは家を出たときぐらいで。 真冬の本当にさむいとき、こりゃあかんと厚手のコートを着てしのいで、ほっとするのは駅までのわずかな時間。ここからが問題なのです。 ラッシュの時間だから混んでるし、すこし列車が遅れたりするともう大変!だれもが遅れたくないので必死に乗り込み、しかも寒いのでだれもが厚いコートを着て、車内はどうにも身動きがとれず。こんなとき、暖房が入っていたりすると…いいかげんにしてくれッと言いたくなるような暑さなのです(泣) 背広の上にオーバーを着た会社員の男性も、ブランドのコートを着た女子大生も、ダウンを着た男の子も、だれもがからだ中に汗をかき、ひたすら耐え忍び。 わたしもこれで何度泣いたことか。いくら仕事のためとはいえ。「だからね、考えてみれば、もともと衣かえとか、季節感なんてあまり関係ないし、これからは暖房でどこでも暑いし。コートは薄手、中も1枚へらすことにしたの」と説明するわたしを、上から下まで見て、友人がポツリ。「1枚じゃ足りないと思う。食欲の秋だったし」 それってどういう…、意味?と聞きかけて、かえってくる答えがあまりに予想できて、それ以上はたたみこめない最近のわたしなのです。
2006.11.13

東京は今日はずいぶんと寒くなり、いつのまにか11月も半ばだなとしみじみ。 今年の夏、パソコン購入とともにデジカメも買って、カメラ片手であちこち出かけ、写真を撮って、パソコンには保存したのですが、プログに自分のフォトを載せたいと思っても加工ができずに使えないまま。 画像ソフトも最近買ったのですが、やはりうまくいかず。 今はけっこう忙しいので、ゆっくりとまた自分のページが作れたらとも思い、マイペースの言葉を忘れずに少しずつのモットーでやってみたいなと思います。 とりあえず、自分の日記については、ざっと見て文字数が多い!、文が長い!と思うこともしばしなので、アフィリエイトから、気に入った画像を貼りつけ(最近やっとできるようになり)、変化をつけ?、わたし自身もいろいろ楽しんでみたりしています。 それにしてもたくさんの商品があるものだなっと、楽天市場の底力には感心。 たぶん、わたしのプログを見て商品を買いにいく人は(まだ?)少ないだろうし、もっとたくさんの情報をきちんと紹介しているプログに行ったほうが速いだろうと思うので、自分がいいなと思ったものを日記に飾る感覚で付けています。最近はこれも楽しみのひとつとなり。 好きなもの、気に入ったものを探して選んでいるのですが、たいてい、わたしが決めるときは、原則、その中で一番高いものから選ぶことにしています。 クリックしたときに「え~、これってこんなに高いの?!」ってびっくりしてもらうのも楽しいし、夢があるのもわるくない!と思うのです。
2006.11.12
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以前、プログで書いたのですが、わたしも、石というか、宝石にはこだわりがあります。 身につけるものなので自分が気に入ったものを、その時々につけ替えたりもしています。 家に帰ったときは、石ははずすのですが、出かけるときは必ずつける。でもたまに忘れることもあり、そんなときは携帯を忘れるよりもあせったりします。 たぶん、家では自分がくつろいでいるから、自分が感じる石の護りははずしてもいいと。 無意識にそんな風に思って、石をはずしているのだと思うのです。 出かけた先で自分の身を護ったり、心楽しく過ごせるようにと、そのときそのとき、出かける場所と目的に応じて石をつけ替えてみる―それが、わたしのジンクスみたいです。石は自分にとって、お守りなんだなとも。 もちろん、そんなにたくさんは持ってはいないのですが、不思議と、いつもつける石はある程度決まってしまう。自分で買ったり、大切な人からもらったりしたときに、その時はとても気に入っても、日々の生活の中でつけることがほとんどない―そんな石との出会いもあります。 石がほんとうに自分の身を護ったり、パワーを増やすような効果があるのか、よくわかりませんが、石の種類がたくさんあるように、それぞれのパワーの効果について説いている本などもたくさんあります。 たとえば、トルコ石は成功、アメジストは恋愛、ラピスは幸運の守りの石…。どれも自分を護り、そうしたいと思うことに効果を発揮する。 もし自分が成功したいと思って、トルコ石を身につけたら、それは自分の決意をいつも確認できる証しとして、その道々でいろいろなことがあっても、身につけた石と共にあることで、自分に自分を信じる勇気を与えてくれる。たとえ道なかばで終わっても、その経験を経たことで、なにもトライしなかったときよりも、ずっと成功に近づいている、あきらめない希望とはげましを与えてくれる。 わたしにとって、石とは、そんな気がするのです。 それは恋愛であっても、幸福になりたいと思ったことでも。自分がそう決意したことが大切だと。 いつも身につけて、自分とともにある石とその道を切り開いていくのも、いいなと。 ほんとうに気に入った石と出会ったら、その石がわたしにとってのパワーストーンなのです。
2006.11.12

昨日のプログの最後に湯島天神の帰りに『にしんそば』を食べたという話を書いたのですが、今日はその続きで。 本来わたしはグルメにほど遠く、料理もあまり得意でなく。 もちろん好ききらいはほとんどなく、たいていのものはおいしく食べられるし、味覚もごく普通。 料理に関しては、もちろん米をといだり、下ごしらえをしたりなど、基本的なことは一応できるのですが、ただ、非常に自信がなく。 前に、魚を網で焼いたときに、網の目に平行に魚を置いたため、網の間から魚が落っこちてしまったり、かんぱちというのはマグロの一種だと言って笑われたり、サバはマグロぐらい大きいと思っていたりなど‥思い出してみると、思い出さなければよかったという記憶ばかり。 どれも、魚がらみのささやかな話ですが、でも決してきらいなわけではありません(ちょっと前までは、さんまをだいぶ食べたし) でも、にしん+そばという組み合わせは、わたしも初めて。 おそばは大好きですが、そこにどう魚であるにしんがからんでくるのか。本来警戒心の強いわたしは、母のすすめに一瞬迷ったのですが、名物らしいということで、生まれてはじめての、温かいにしんそばをオーダー。 待つこと数分。 運ばれてきたにしんそばを見ると、わたしの予想とちがって、非常に落ち着いた(?)たたずまい。 つゆとそばとその上に乗っているにしんがそれぞれ品よく自分の場所におさまり、自己主張せず、さあどっからでも「食べなはれ~(注)」とばかり、おいしそうな匂いでわたしを誘い。 七味と、粉山椒をにしんそばにふりかけ、食べてみると…うん、これはたしかにおいしい! つゆの甘さと、固く煮しめて加工したにしんの甘さがほどよく違い、固いにしんの身は骨までやわらかく、山椒の香もにしんの甘さとをほどよく引きしめ、そばは新そばで、わたし的にはもう少し歯ごたえがあってもよかったのですが、にしんの身の固さとのバランスを考えるとこれがちょうどよいのかなとも。(量的にも十分で、ランチ時だったので、じゃこごはんもついたのですが、にしんそばだけでも満足の量でした) 私「でもどうして湯島でにしんそばなの?」 母「湯島天神の近くのこのお店の名物だからじゃない?」 もう、そういう結果主義じゃないんだな。 どうしてこの湯島という場所で、にしんそばがあるのか?それを知りたいと思ったのですが、このなぞはいつか解くことにして…。思った以上に満足の昼食でした! 注「食べなはれ~」…私たちが行った名物にしんそばのお店は「やぐ雁(ら)」湯島店(03-3836-3900)。現在、菊人形を展示してあるすぐそばの湯島天神の出入り口を出て向かって左方向、梅のもようの入った木の塀にそって歩いてすぐ正面の会館の1階にあります。 あとで箸袋の裏を見ると、本店が京都南座向いとあり、もともとは京都のお店かなと推測。はじめて見たにしんそばが、なんとなく「食べなはれ~」と言っているような気がしたのも、京都生まれの上品さがまず伝わってきたからかも?しれません。
2006.11.11

具合の悪くなっていたネコが、だいぶ元気になりました。 一時は水も餌も受けつけず、高齢だし心配していたのですが、注射が効いて、すこしずつ食べられるようになって、とりあえず少し肩の荷がおりました。 いままでも、何匹もネコを飼ってきました。 人間より寿命がみじかい動物ですから、別れのときを何回も経験しました。つらく悲しいことですが、縁があって出会ったからには、やはり最後まで世話をしたいと思うのです。 ことばは話さない動物たちだけど、どのネコたちも、いつもそばに一緒にいてくれて、はじめから最後まで変わらないたくさんの愛情と信頼をわたしに与えてくれました。 いま、一緒にいられることに感謝して、できることをしたいと思うのです。
2006.11.10

今日は東京は晴れ。 昨日も快晴で、久しぶりに予定の何もないわたしは、昨日、俳句を作りにいくという母と湯島天神の菊人形を見に行ったのです。 受験の神さま、湯島天神にはポカポカ陽気と菊花展の開催もあり、平日というのにかなりの賑わい。あまり広くない境内には色とりどりの見事な菊が飾られ、合格祈願にやってきた受験生やお年寄りでいっぱいでした。 境内で待ち合わせた母は、菊人形の前。 菊人形というのは、たぶん知っている方も多いのでしょうが、普通の等身大の人形の着物が菊になっていて、母いわく、この着物の部分の菊に本物の菊を使っているのは、関東周辺では湯島天神と福島の二本松というところくらいだそうで、いまや菊人形といってもたいていは造花を使っているところが多いとか。 この湯島の菊人形はいつもNHKの大河ドラマがテーマになっているそうで、今年は『功名が辻』の山内一豊と千代。つまり上川隆也と仲間由紀江(と感心するほどは似てはおらず) ところが、残念なことに菊人形の一番だいじな菊の着物が着せ替え中ということで、顔と手と足の部分はリアルな造りの人形なんですが、着物(胴体)のところは菊を挿せるようにかごが編んであり、なんともいえない妙な感じ。 ちゃんと着かざった菊人形を見てみたかったなとわたしの感想。 この一豊と千代の間に馬(ほぼ等身大、かなりかわいい!)の人形(?)があり、こちらは菊を飾ってもらえないのか、全身がリアルなできばえ。 私「なぜ馬の菊人形はないの?」 母「菊は着物の代わりなの。馬は着物着ないでしょ!」 たしかに。 さらにあと2人、これも着せ替え中のこちらは少し年取った風の…一豊と千代。 私「なんで同じ人たちが2人いるの?」 わたしのこんな質問にいつもなれている母は無視。 私「これぢゃ秀吉3歳のころのしゃれこうべってなことになって、リアルさに欠けるわよ」 母「リアルはいいの、人形なんだから」 なるほど。 どうせリアルはいいのなら、100体くらい一豊と千代の人形を並べてみればいいのに、と一瞬思ったものの逆襲にあいそうで沈黙。 結局、菊人形といってもこの4体で、たぶん飾ったり手間がたいへんなんだろうなと思いました。 その後、母に誘われて、湯島天神のそばのおそばやさんで生まれてはじめて「にしんそば」を食べました。
2006.11.10

自分のプログ管理のページを見たら、今日で開設20日目になっていました。 最初は手さぐりで、本当はもっと実際的なことを書いていこうかなとも考えていたのですが、実際的な話の元手予定が急に白紙状態になり(いまも)、その日その日のこととか、今までにあったこととか、日ごろ感じていたこととかを、指の向くまま(キーボードなので)つづっていたりします。 自分のプログについて、テーマを決めたほうがいいのかなとも思うのですが、いくら考えてもひとつにしぼれず、『その他』になってしまい、『その他もろもろ』なんだなとも思います。 わたしが楽天プログをはじめたきっかけは、7年ぶりにマイパソコンを買ったこと&「あなたもできる!アフィリエイト」という本(定価500円)で、その中に楽天プログのことが出ていたからです。 自分が紹介した商品が売れれば自分のポイントになって楽天でお買い物ができます。 うん、頭いい。どっちにしても自社の市場内の取引になるんだからと感心。 こういう発想ができれば起業もある程度成功するのかと、アフィリエイトが盛んな今、このシステムを考えた人はすごいなと思います。やはりネット時代は今までの商品売買や流通システムを変革しているなと。 ネットにより直に商品を手に入れることが可能になった現在(わたしのように、この楽天プログをはじめるすこしまえに、ウィルス対策のパソコンソフトをネット上ではじめて買ったような人も多いと思いますが)、これまでの対人販売に代わる、信頼度のあるアフィリエイターの紹介という、新たな販売手法が確立していくのだとも思います。 もちろん遠くはなれた場所に住んでいる方や、世代や性別を越えたいろいろな方とコミュニケーションをとることができる、ネット上での交流という、本来の楽しさを知ることができたことが、わたしにとって一番うれしかったことです。 7年ぶりのパソコン購入ではじめた楽天プログで、いろいろなことを学んでいます。
2006.11.09
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昨日のプログを書き込むときに、自分の携帯がツーカーのあとに(ぢつは)とつい入れてしまったわたし。 いまどき?なんて言われるのが、なんとなくわかっているんだろうなと、マイ携帯を見てしみじみ、「肩身のせまい思いさせちゃって、ごめん」 昨日も書いたのですが、わたしがはじめて携帯を買ったころは、浜崎あゆみ全盛期で、ツーカーのCMにも出ていて、お店に行って選ぶときに買おうと思っていたauの在庫がなく、似たような感じでツーカーがあったので、そちらを選んだのです。 そのころは、ツーカーも勢いがあり(あくまで主観)、auもツーカーも同列みたいなところがあって、購入した携帯もすごく使いやすく、かわいくて気に入ってました。 画面をアニメモードに切り替えると、待ち受け画面の上の電波の表示がかわいいウサギになり、電波が弱くなると耳をのこして引っこみ、電池の減りぐあいはニンジンで、減ってくるとニンジンも短くなったりと、たのしい画面だったのです。(ちなみに東芝製。今の2台目も東芝です) で、何年か使っていたのですが、さすがに買いかえ時が来て、そのときまた迷い。やはり使い慣れたほうがいいかと、ツーカーを継続したのですが。 ほんとは、機種変更直後にアプリだの携帯でゲームができる機能が発表されて、それを知っていたら、他の会社に買いかえたのになーとちょっと後悔。その後に「ツーカーは通話とメールしかしません!」の広告が出てアチャ~。 友人たちはほとんどが、auかdocomo。今までツーカーを使っている人と出会いはほとんどなく。 というか、今考えてみると、わたしがはじめて携帯を買ったときから、ツーカーを使っているひとに会ったことがないのです!(ほんと) でも今の携帯も使いはじめてからけっこうたつし、いまやツーカーはauに吸収されつつあり、使用者の数も激減してるんだろうな。 でも、ツーカーは料金がシンプルですごく安くて、買いかえようかと思ってほかの会社のパンフレットを見ても、あまりに料金システムが複雑で??、もうすこし続けて持ってようかなとも迷ったりしています。 そのうち、いまだに残る『ツーカーさいごの使用者』なんてことになったりして…。
2006.11.09
わたしは都内に住んでいて、移動はたいてい地下鉄(東京メトロ)を使っています。 地下鉄なので電車は地下を走っていて(ちょっと外に出る路線もあるのですが)、たいてい駅と駅の間を走っているときは、携帯は圏外になっています。 以前、ビルの地下で仕事をしていたことがあって、同僚の携帯はたいてい圏外になっていたのですが、わたしのツーカー(ぢつは)の携帯は圏外にならず、大事な用事もちゃんとキャッチする、なかなかのすぐれもの。 わたしはずっとツーカーで、なんでそうしたかというと、買おうと思ったころ浜崎あゆみがCMをしていたから、というだけの単純な理由からだったのですが、料金もシンプルで安く、けっこう使いやすく、今もずっと引き続いて使っています。(auに代えないかって、よくすすめられるのですが) というわけで、けっこう愛着のある携帯なのですが、じつはひとつ問題があって。 わたしの部屋だと、たまに圏外になるのです?? なんでか?分からず。 わたしの部屋は、ふつうの家の1階の和室で、隣の部屋に行けば通じるし、1階のほかの部屋や2階に行ってもどこでもちゃんとつながるのですが、わたしの部屋だけ、たまに圏外になるのです。 ゆえにメールの送受信が「接続できませんでした」と出てきたり、電話をかけてもつながらずに切れたリ。逆に相手からかけようと思ってもつながらなかったと言われたり。話している途中で切れてしまったり??? 考えられるのは、わたしの家の向かい側が引越し、そのあとに引っ越してくる人が新しい家を建てたころのような気がして。でもわたしの部屋より、向かいの家に近い1階の食堂や玄関では、携帯はちゃんと通じるのです。 ほんとに不思議です。
2006.11.08
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わたしはピアノを子どもの頃習っていて、その反動からか、今でも弦楽器にあこがれがあって。 とりあえずピアノというのは、鍵盤があるので、指をおろせばすぐにその音が出てくる。 技術や才能はさておいて、「弾きたい!」という気持ちにすぐこたえてくれる、わたし、もとい万人にやさしい楽器ではあるのです。 ところが、バイオリンなどの弦楽器というのは、楽器を準備してチューニングをしてその体勢に入ってさあ弾こうかと弦に弓をすべらしても、…なまはんかな音も出ず。しょっぱなから、覚悟を要求される、気むずかしい、プライドの高い楽器というイメージがします。 これが管楽器になると、体力プラス気力プラス技術プラス相当の肺活量(推察?)が要求されて、わたしには雲の上の楽器! ものやわらかな木管の音もすきなのですが、その場を圧倒する明快なトランペットの高音にはしびれても…まず到底ムリ。吹いても音が出ないし。「天上ではラッパの音が吹きならされ…」という前に読んだなにかの一節(うろ覚え)が思い出され、金管楽器というのは、天国の楽器なのかなという気もします。やはり雲の上です。 弦楽器に話をもどすと、でも弾いてみたい!という気持ちが、わたしにはあります。 ピアノよりバイオリンを習わせてくれればよかったかなと思うけど、いやこらえ性のない子ども(今も)だったから、続かなかったかもしれない(納得)し、だから大人になった今、弾いてみたい楽器を楽しく習ってみたいという気持ちもあるのです。 二胡は中国の楽器です。まえから中国には、胡弓とか独特の弦楽器があるのは知っていたのですが、わたしがほんとうにやってみたいと思ったのは、数年前、中国や香港のカンフーアクション映画にはまっていたころ。 ジェット・リーやドニー・イェンの本格的アクションにしびれていたころ、はげしいアクションの合間のしずかなシーンにながれる、中国の弦楽器の独特の音色がいつまでも耳に残り、好きになったのです。 「嫋々(じょうじょう)とした」という形容が一番的確な、しなやかな音色。 ひとつの音から次の音に移っても、前の音の余韻が途切れず重なり流れていき、その余韻が絶えずこだましているような、やわらかいけどしなやかさを底に秘めている、独特の東洋の弦の調べ。 やはりこの音色を生かすのは、中国本来の音階を使った曲がいいなと。現代の曲をアレンジした曲を聴くよりも好きだし、自分も弾いてみるなら、そんな曲を弾いてみたいのです。 ところで「嫋々とした」という形容があるように、中国の弦楽器を弾く人たちは、みんなたおやかで細いような気?がします。(あくまで個人的なイメージ) なにごともカタチから入るなら、二胡を弾くまえに、わたしの場合、もうすこし?(でいいのかな?)外見をふさわしくしなければイカン??かもしれませんー。
2006.11.08
「今日は風が強いよ~、気をつけて」という友人からの携帯メールをもらい、しがらみの約束場に出かけたわたし。 どこが風が強いのかしらん、とのんびりした気分でパスを待ち、のんびりした気分で日当たりのいい席に座り、ポカポカあたたかい日ざしに包まれて、すごく近い場所なのに、わずかな時間も思わず寝入ってしまった、今日の午後でした。 あまり楽しくない用事をすませ、夕方近くなり、外に出て、さあ帰ろうかとパスを待っていると、友人の携帯メールの警告をはるかに上回る、ものすごい強風が!””それも、吹きっぱなしでやまないのです。 飛びそうになった帽子をあわてて押さえバッグにしまい、風を背中に受けて、立ち尽くすこと数分。 風がやむのを待っていても、少しもおさまらず、いっそう強く吹きつけてくるのです。 そこは一本の広い道路で、右も左もゆるやかな坂道の谷底みたいなところ。 向かいを見れば、わたしが用事をすませた超高層の公共の建物。 両方の坂の上から風が吹きおりてくるのか、超高層のビル風でいっそうはげしく吹き荒れるのか。 野ばなしの風の交差点のどまんなかで、とりあえず風の吹くままにまかせるか、とコートの襟をかきあわせて。 まあ最近はいろいろなことがあったよな。とにかくできることやったから今の時点じゃ、この線でやっていくほかないか。 なんて、外に出るまで、あれやこれや頭の中にあったそれまでの思考も心配事も、はるか遠くにちぎれ飛んでいってしまうくらいの強風に吹かれるのも、いまは悪くない。 たぶん、そうしたほうがいいんだな。 風に吹かれて、からっぽになった頭はいっそ爽快で、全部吹き飛ばし、きれいさっぱりした気分で、なにも考えずに帰りのバスを待っていた今日の夕方でした。
2006.11.07

いつもコンビニで、お茶などのペットボトルを買ったりするのですが、ある朝、いつものようにコンビ二を訪れると、なんの前ぶれもなく首にいろいろなおまけをぶらさげたペットボトルが、ずらり並ぶ季節に突入しているのです。 わたしの見るところ、それも一社だけでなく重複することが多々あって。(たぶんどっかから、A社の『濃茶』におまけをつける情報が入ったから、わがB社の『薄茶』にも早急におまけをつけねばッ!なんて感じで、おまけ販促が次々とまき起こるのよね!なんとかそのおまけ情報及び時期を特定できればいいのに) と、コンビニのペットボトル売り場で、にわかに目が血走るわたし…。 それがお茶犬ストラップだったり、ビーズで編んだディズニーのキャラクターだったり、スワロのビーズが入ったチャームだったり、本物の茶葉の入ったミニお茶缶だったり、まれには、セブンイレブン限定の海洋堂の香港飲茶フィギアコレクションだったり! 見逃せないおまけがずらりと並び。しかもわたしの見るところ、同時多発的にこの現象が起きるのです! しかも、今まで数々の目撃現場に遭遇したわたしの推測するところ、このおまけ販促は、スーパーよりもコンビ二で遭遇する可能性が高い! わたしのようなごく一般の消費者は、いったいどうしたらこのおまけ販促情報と時期を特定できるのでしょうか? いつもと同じ値段で買うものに、おまけがついていたら、おまけ付きに手が伸びてしまうのは自明の理。だから、企業としてはかなりレベルの高い販促であり、ゆえに、この情報管理も厳重にちがいない??と、思うのです。 このおまけ販促のシステム、古くはグリコやビックリマンとか、最近では、たとえばフジヤのペコちゃん文具シリーズや、プレミアムペコちゃんなど、箱を開けてみないと中身がわからない古典的な手法が根強く残る一方、近年では、ペットボトルやおもちゃ付きお菓子、往年の流行歌のCDが付いてくるお菓子(画像参照)などのように、あらかじめ中身がわかり、さあ好きなもん選びなさい~的な新戦略おまけ販促が主流になりつつあるのです。 こうやって気前よく見せられると、シリーズ全部そろえたくなるのが人情。 逆に中身がわからないと「ちぇ、同じモン持ってるし、損した~」とがっかりしてつぎに買うときに一瞬、手がとまる可能性も出てくるのです。「だからさ、そんなにそろえたくなる人って、珍しいんじゃない?」と、毎日嬉々としておまけ付きペットボトルを手にするわたしにあきれた友人の一言。 いや、そんなことはないッ、 日本のどこかにわたしと同じようにおまけ販促時期に熱くなる人も絶対いるはず?! というわけで、朝、いつものコンビニ、おまけ付きペットボトルの並んだ棚のまえで、ひと目もはばからず、ペットボトルのおまけを次々と調べている人がいたら、…それは、わたしかも?しれません。
2006.11.05
今日一日、楽しいはずの休みの最後、一応国民の休日だったのに。 ハードに終わりました。 仕事がらみのしがらみであっちこっちに出かけ、話をして、気がついたら夜になってて、頼まれたことがまだ終わらなくて、家に持ち帰り、ついさっきやっとケリをつけて。 なんてことつらつら書いて、こんな日記をつけてていいのだろうかなと、パソコンのまえでしみじみ。 ただただ眠くなってきます。
2006.11.05
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昨日今日のプログを見て。秋葉原で自分のパソコンを買った話がまだ終わらないなんてと反省。 わたしの母は、俳句を長年やっているのですが、わたしも母にすすめられて、俳句を少しやったことがあるのです。 で、結局、娘のわたしは数少ない名句?を残し、やめたのです。 俳句じゃ短すぎる。の結論!あくまでもわたしの感想です。ひとつのテーマで、できるだけたくさん書きたくなる! 5・7・5で完結!じゃあまりに短すぎて。 ところが母に言わせると「短歌では長すぎる」というのです。5・7・5で表現するところに俳句の醍醐味があると。なるほど。 母の俳句の先生は虚子直系の写生俳句で、写生というのはとても勉強にはなるのですが、そこで完結してしまうのが、わたしにはなんだかもったいなくて。 たしかに、5・7・5という短い制約の中で、いさぎよく完結するから、余韻もあるのでしょうが。 以前に電通のコピーライターをしていた方の話を聞く機会があったのですが、コピーというのも俳句に通じるところがあるなと。すこしやっていた俳句のことを思い出しました。 万人が共感することばを、抽出して、その組み合わせを斬新にして、簡潔に表現する。 使うことばは奇をてらったものでなく、だれもが分かるものを使い、しかも今まで用いてないような組み合わせ方をして、だれもが共通に「ああそうだったんだよね!」と感情移入できるものを作る。 この最後の「ああそうだったんだよね!」に続いて、「だったんだけど、こんな言い方、今まで誰も気づかなかったよ!」と驚かせるところまで引っ張る。その距離が大きければ大きいほど効果があると。 たしかこんな内容の話だったと思いますが、母のやっている写生俳句に通じるものを感じます。 で…ここで、本当は秋葉原のパソコン購入について書こうと思った書き出しが、また横道にそれてしまうんだな(といつもの展開) また「つづく」になってしまいます~。
2006.11.04
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今は数独がとても人気がありますが、わたしも、今年のはじめころからハマって、かなりやりこみました。今までに解いた問題は1000問弱くらい。レベル的には、上の下~上の中くらいかな? ただ、なれたパターンというのがあるので、苦手なパターンが出ると中級でも苦戦、得意のパターンなら上級でもすらすら。いかにアプローチのパターンをたくさん増やすかというわたしなりの結論に達し。 最近はとくに忙しいのですが、また新しい数独の本を仕入れなくちゃと思う今日この頃。 わたしは数独メインですが、母は漢字パズルにはまっていて、せっせと四字熟語を漢字ナンクロに書き入れたりしています。 1週間まえくらい、毎晩熱心に漢字パズルの本をひろげて夢中で解いている母のえんぴつが、どれもショボイものばかりなのに気がつき、買い物のついでに親孝行をしようと、えんぴつと消しゴムを買ってきたのです。 えんぴつは1本60円の『ハイユニ』半ダースと、消しゴムも60円の『モノ』を2個。 学生時代のおなじみなのですが、母は知らなかったようで、すごくよろこんでくれて、親孝行はひとまず成功。 わたしも使いなれたシャープも持っているのですが、えんぴつを使うのは、またちがう感覚を与えてくれます。 握ったとき、かすかにあたたかみを感じる木の感触。 白い紙に書いたとき、同じ線や字が、芯が太くなるにつれてまた別の表情になったり。 力を入れて書けば折れ、芯が短くなればまた削る。 どれだけ自分が使ったか、長かったえんぴつが短くなることで、わかったり。 えんびつで書くという作業は、自分が白い紙に対峙したはじまりから、書くことを終えたときまでを、ひとつの流れでとらえることができるような気がします。 ちゃんと書けたり書けなかったり、なんども消したり書き直したり悪戦苦闘して、途中で投げ出したり、えんぴつを削ってまた思い直して書いたり。おろしたてのえんぴつを削り、白い紙に書き、最後に短くなったえんぴつを置いて終わる。 それは、とても人間的な作業に思えるのです。 ところで今朝のテレビで1セット70000円のえんぴつ(ペンシルケースつき)が紹介されていて! う~ん、ほしい!とまではいかなくても、それで数独に挑戦できたらね!
2006.11.04
今日は文化の日。買い物に出かけましたが、お天気だしどこも人でいっぱい。 帰ってきてから、夕方のテレビをつけてみると、「アキバでロボット文化の日」?というニュースが。 そういえばさっき自分のプログを見ていたときに、横の楽天ニュースでちらりとそんな見出しを見たような。 テレビでは「ロボットに萌え~」という見出し(笑)で、なんで?ロボットにまで?? と思って画面を見ると、かわいい女性の姿が。 それが見た目まったく人間のロボット! アップで見ても「うーん、ほんとにロボット?」って本人?に聞きたくなるくらい若い女性ソックリ!ボブスタイルの髪も本物みたいだし、着ているものもミニのワンピースだし。 アンドロイドならぬアクトロイド(うろ覚え)というそうですが、こんなかわいいロボットならアキバに集まる人たちも萌え~になっちゃうのかも? ということで、8月のはじめ、石丸電器を探してうろうろすること20分。 もともと秋葉原に行ったのも数年ぶりなので、どこに何があるのかわからない。 ただ、今歩いているのが表通りだということはわかるのですが、行けども行けども石丸電器が見つからず。(つづく)
2006.11.03
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日記のつづきというものは、ありなのかわかりませんが、と昨日の日記を見てまたしてもしみじみ。 ここのところ忙しかったせいか、昨夜はプログを書いている途中で眠くなり。 あとは自分のプログと他のところにお邪魔して見たプログを比べると、どうも自分の文は長すぎるんじゃないかな、と一抹の不安もよぎる今日。でもたぶん自分が書くとこんな風になるのだなとも。 本当はお邪魔したプログやきてくださった方のプログへ訪問したときなどにメッセージを書き込もうと思うのですが、書き込んでもいいのかなと迷ってしまいます。 少しずつですが、あれやこれや考えて、またやっていこうかなと思う今日この頃です。
2006.11.03
こうやってパソコンに向かい、プログを書いていると、思い出すなあとしみじみ(といつも同じ展開) 今使っているパソコンは、パソコンない歴約7年をへて、秋葉原で今年の8月に購入したものです。 7年まえに引っ越したときに持っていたNECのパソコンをゆずり、身軽になってよかったものの、仕事やインターネットカフェや友人のところでパソコンを使うと、持っていないわが身の寒さとさみしさが身にしみ。 やっぱり買うか!と決意。 ジャパネットたかだにするか、多慶屋(10月26日のプログ参照)にするか、秋葉原にするか、いろいろ迷った末、新聞に秋葉原の石丸電器の大特価セールの広告チラシが入っていたので、8月のはじめに秋葉原に出かけたのです。 ところが萌え~の街に変貌している秋葉原に行ったのも、これまた5年ぶりくらい。 じつはそんなには遠くはないのですが、普段は用がないので、まず行こうかとは思わないところなので。 JR秋葉原駅を出ると、今までのイメージを一新、すごくきれいに整備された広場&ビルのまえに出てウロウロ。 さっそく迷い、石丸電器がどこにあるのかわからない。 いつもはバスで通ると、「でっかい電器の石丸ゥ~」のビルが見えるのに。それがどこにあるのか、さっぱり見当がつかないのです。(つづく)
2006.11.02

わが家には5匹の猫がいるのですが、その中で2番目に年長のチイちゃん(白茶・オス)が、今日はあまり元気がありません。 拾ってきたときに小さかったのでチイちゃんという名前にしたのですが、その名のとおりか、体はふつうのオス猫に比べて小さいようです。性格もおとなしいのですが、わたしが今まで飼った猫の中で一番利口で手がかからず飼いやすい猫です。 わたしが出かけると、夕方帰るころに、玄関のそばの塀の上で待っていてくれたりします。 拾ったときは子猫で、ノミとりの首輪をして、駐車場のダンボール箱に捨てられていたのです。 どしゃぶりの日に拾って、家に連れ帰ってから、ずぶぬれの子猫をずっと膝の上においてタオルで拭いてやりました。 たぶん、もの心はついていて、その時すごく安心してうれしかったのでしょう。わたしのことを母親だと思って、信じて、それは今も変わることがないのだと思います。 他の猫たちと違って、よく庭に出たり外に行くのが好きな猫なのですが、たまにケンカ友だちを連れてきて、知らないうちに家の中で自分のごはんを食べられたりしています。 もう14歳くらいにはなっているので、心配です。
2006.11.02
30日のプログで書いたのですが、偶然見たはなまるマーケットで知った田中宥久子さんの造顔術をもっと知りたくて、楽天ブックスから、田中さんの本(田中宥久子の「肌整形」メイク)を購入しました。 昨日届いて、その本を読んだのですが。 ずっと続けてきたメイクという仕事に対する真摯な姿勢が、読者に対して、説得力と迫力で伝わり、単なる美容本以上に、この方の生き方を記した伝記でもあると感動しました。 わたしは本が大好きで、どこに行ってもまず本屋さんを探して入るのですが、店頭で気になった本は中を読むことができるので、とりあえず自分でも好きな、動かされそうなものをチェックして買ってみたりします。でも、帰ってからじっくり読み始めてみると、結果的に気に入る本にめぐり逢う機会はそうはありません。(本を読む絶対量が少ないのかもしれませんが) 今回は、まったく中を読むこともなく、偶然テレビで見た田中さんの造顔術に惹かれ―もちろん美容ということもあったのですが―すぐに本を購入する経験ははじめてで(実は楽天で買い物をするのも、はじめてなのです)、届いた本を読んでみて、なるほど、本とのこういうめぐり逢いもあるのだなと改めて感じました。
2006.11.01
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今日1日も、またしてもハードだったなと書き込もうと思ったら、もう1日が過ぎてしまっていたなんて。こんなときは、芭蕉の奥の細道の書き出しの一節が浮かんでしみじみ。 本当に1日がたつのは早いものです。とくに最近は陽が短く、5時過ぎると、暗くなるし。 とつらつら書いているとこどものころの疑問を思い出し。 1年のうちで、1番夜が長くて昼が短い日がある??んでしたっけ?(ぢつはうろ覚え) こどものころは、この意味がわからず、つまり夜というのは何か、昼というのは何か、わからなかったのです。 今なら、あ、空が暗くなったからヨル、明るいからヒル、だとかわかるんだけど、こどものころって、何時になったから夜、何時になったから昼間という具合に時間的にとらえていたのです。 朝何時までに学校に行かなくちゃならないとか、正午になったから昼食だとか、夕方5時になったから家に帰らなくちゃいけないとか、時間で区切られた制約っていうのが、こどもの頃にはけっこうあったから、昼=活動的に動く時間、夜=休む時間ってな感じで、昼、夜がはっきりと12時間、半分ずつあるはずだと思いこみ、どうして夜が長くて昼が短い日があるんだろうなって、ずっとかなり長いことわからぬまま?? いろんなことがふしぎだったこども時代だったのですが、この疑問の名残りか、わたしは時計がいつも気になり、たくさん集めるのも好きなのです。
2006.11.01
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