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朝日新聞に6回シリーズで掲載された。自分の息子の脳死から、 『死を待っているだけではかわいそ過ぎるやん。 何ですべて灰にせなあかんのん。 息子を何とか残してやりたい』との母親の思い。息子もドナーカードで臓器提供を希望していたことがわかり、臓器移植に踏み切られた事実の報道。残された8才の子どもも父の臓器移植を受け入れた。二度の脳死判定があった。私は、自身、ドナーになることをためらっていた。なぜなら、脳死判定への不信、意識の復活、痛覚への疑問があったからである。二度の脳死判定で痛覚検査をすることがわかった。脳死となったとして、脳死判定も厳密で、意識も回復せず、痛覚もなく、やがて心臓死するのなら、ドナーになろうかと思っている。5回シリーズとも涙した。母は息子の臓器移植を詰問する身内に、「ほかの誰かを助けたいんやない。 この子を助けたいんや」との強い言葉。8歳の子は、無事移植が済み、父の心臓が誰かの体の中で動いていると言う報告を受け、作文を書いた。『とうちゃんのいしょくをうけた人はもうすぐたいいんします。ぼくはそれをきいてなみだがすこしでました。』と。悲喜こもごもの、なんともいえないいたいけな8歳の子よと思う。
2010.05.30
5月28日の朝日新聞ニュースから顔の傷の災害補償で、女性よりも男性のほうが軽くしてあった、しょうがい等級基準は法の下の平等に反するという違憲判断が京都地裁で下った。やはり評価すべき判決と思う。なんとなく、一般的に、女性の顔の傷のほうが男より大変だと思うが、しかし、一般論ではいけないだろう。男性だって、顔の傷でひどく痛む人もあるはずであり、しょうがい等級も補償も、男女平等であるのが妥当であろう。私自身、外形にこだわる悪弊を反省する。
2010.05.28
警察官との話である。彼は犯人を逮捕に行った。そのことを話すときの彼の言葉である。彼は、犯人を手錠と腰縄で新幹線で連行するとき、手錠が人目につかぬように手錠の上に衣類をかぶせてあげたといった。その犯人に衣類をかぶせてあげたといったその犯人への敬語に感動したのである。普通一般には、衣類をかぶせてやったという表現ではないかと思っていた。そう思った私の差別性を慙愧する。彼は、犯人にかぶせてあげたと言う敬語を使ったのだ。それこそ、罪を憎んで人を憎まずだ。彼に敬服した。
2010.05.26
朝日新聞「声」欄から犯人とされた石川一雄さんの47年の暗雲を晴らさねばと思う。これで再審無罪にしなければ47年前の事件犯人とされた石川一雄さんの無罪を早く決着させたい。石川さんどんなにか無念であったことか想像を絶する東京高検が22年ぶりに36点の証拠開示を行ったという今まで証拠開示、事実調べはなかったと言うなんということだったのかと思うこれも政権交代の効果か無罪のトップ記事の早からん事を期する
2010.05.25
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