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「目の見える人間は、見えるという幸福を知らずにいる。」ジッド 自分が当たり前にする、その動作一つ一つをできることがとても幸せだと言うことに人は中々気づかない。親がいる事を当たり前だと思っている人は親がいなくなって初めてそれを幸せだと気づく。「不幸だ、不幸だ」と考える前に、今自分が何かを考え、何かをできることそれが幸せだということに気づけたら自分が思う以上に幸せであることに気づく。生きていること、実はそれすらも幸せなことだ。それに気づく事ができるのは余命何ヶ月と告知を受けた時かも知れない。追い詰められなくても、それに気づくことができたら世界は幸せにあふれている。
2005.06.30
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「一見、大した事のない仕事でも、思い切って全力を注ぐことだ。仕事を一つ征服する毎に実力が増していく。小さい仕事を果たせるようになれば、大仕事の方はひとりでに片がつく。」デール・カーネギーどんなに大きな仕事も、その作業を分解していくと小さい多数の仕事になる。だから、小さい仕事をおろそかにすると大きな仕事を片付けることはできない。こつこつと積み重ねていくことが大きな仕事を達成する一番の近道です。
2005.06.29
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「笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである。」ニーチェ どんなにつらいことがあったとしても、それをどう捉えるかは人によって違う。でも、一つだけ確かな事がある。笑うことは、体にいいということ。笑うことで、病気が改善したり免疫力が高まることがよく知られている。海外の病院では、院長がピエロの格好をして子供の入院患者を喜ばせて回復力を促している。日本でも、病人に笑う機会を与える事で改善を促している病院もある。だから、つらいことがあっても笑い飛ばせるくらいの気持ちになればそれは自分にとってつらいことではなくなる。笑いには、それぐらい強い力がある。※でも、人をばかにするような笑いは駄目ですよ。
2005.06.28
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最近、書店で見かけた「不食」という本。どうやら、著者はほとんど物を食べることなく3年以上も生活しているようだ。もちろん、完全な不食ではないので超小食ということですが、人間は、意識的に食べないことを選択すると必ずしも餓死するわけではないようだ。とはいえ、完全な不食でいうと長南年恵さんという方が、裁判記録も残っている本当の第一人者のようです。実際に、著者はその生活を続けているようで話題になっているようです。そして、次に出したのが「不眠」不食であれば、不眠でも大丈夫ということらしい。確かに、生きるために必要なものを根本から必要ないのではと覆してしまうのはすごい。でも、私は、まだおいしい物を食べたりたくさん寝たいという欲求が残っているので試す気には中々なれません。そういえば、インドの聖者は完全な不眠で、年を取ることもなく小食で生きているようです。しかも、一人や二人じゃない。インド恐るべし。
2005.06.26
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食べる事と出す事に気を付けること。・きちんと地面で熟すまで作った野菜や果物を食べる事・食べた物をきちんと排泄する事これができれば、実はかなり病気になりにくい。なぜかといえば、きちんと大地で作られた野菜や果物にはとてもたくさんの生命エネルギーが入っているから。そして、体に必要ない物をきちんと排泄できれば体に悪影響はほとんど残らないから。でも、残念な事に、都会で食べる野菜や果物はまだ青い状態で出荷される。そして、土には化学肥料や農薬が多く使われている場合が多い。作る側も大変だから、最低限の農薬や化学肥料は仕方ない。でも、食べたものが体を形作る。それを忘れてはいけない。本当に完熟した野菜や果物は、何もつけなくても甘くておいしい物が多い。たまには、体が喜ぶ完熟野菜や果物を食べたほうがいい。そして、きちんと毎日排泄するために運動などをすることが大事だ。本当は、それだけで健康になれる。でも、都会にいるとそういうことが当たり前にできない。だから、自分で意識して完熟野菜や果物を食べる努力をしないといけない。そして、食べたら必ず出さないといけない。
2005.06.23
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「固くなって、「それが叶うように」と思う自分があると、お祈りはとどかないのです。ただするだけになると自然にうまくゆきます。」本山博単に祈ったり、願ったりするのではなく、まず、行動してみること。動き出せば、色んなものが見えてくる。動いていると、無駄なことは考えなくなる。そして、体験という大きな経験が身に付く。そして、夢が現実に近づいてくる。だから、話すだけじゃなくて少しでも行動しよう。
2005.06.22
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「自分だけがよければというのではいつまでもヒラだが、この会社を全体としてこういうふうにやったらうまくいくのではないかという頭でいつも動いている人は、自然に社長になれる人である」本山博・自分だけがよければいいそう思うと、案外モチベーションは低い。でも、・こうしたら、みんな喜ぶのでは・こうしたら、悩みが解消されるのでは?と思って行動する時、モチベーションは高い。特に、その対象が家族や友人の時、自分以上の力が出せることが多い。結局、人は誰かのために動く時大きな力を味方にすることができる。だから、成功したいと思うなら自分だけでなく、周りの人にどうやって貢献できるか考えたほうがうまくいく。そして、その方が自分も周囲も幸せになれる。お金だけあって、孤独な生活ほど悲しいものはない。
2005.06.21
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「病気も癒しも、ともに想像という門を通って自分の中に入ってくる。だから、たとえ病気になっても、自分が病気だという観念を心から追放しなさい。」スワミ・スリ・ユクテスワ病気になった時・もう駄目だ・どうやったら治る?どちらにも考える事はできる。そして、前向きに病気に向かい合う人ほど奇跡のような回復力を見せることが多い。一方、マイナスに考える人は自分から治る可能性を消してしまっている。そうすると、気は落ち込んで、どんどんと悪循環に入る。逆に、病気が治ったことを想像してよいイメージを持つようにすると不思議と体はそうなんだと勘違いを始める。そして、本当にそう思うことが出来るようになった時いつの間にか病気が無くなっていることが多い。正に、「病は気から」だ。でも、なかなかよいイメージを持てない人がいることも事実。だって、気が下がりがちなんだから、無理もない。そういう時は、気を補えばいい。ハイパーレイキなら気を補う能力を一日で身に付けることができる。http://www.k-soken.com/おそらく、こんなに簡単にできることはあまりない。
2005.06.18
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「99パーセントの人がその人は悪い人だと言っても、私たちは残りの1パーセントの人間としてその人の善いところを見るべきなのです。そうすれば私たちのレベルも上がります。もし、その人の中に悪しきものばかり見れば、私たちは自分自身を低くするでしょう。」マーター・アムリタ・ナンダマイー 人間には、誰しもいいところ、悪いところがある。しかし、自分に対して、その人は嫌な相手になってしまうかも知れない。皮肉を言われたり、意地悪されたりすることもあるだろう。でも、忘れてはいけないのが、その人には両親がいて、家族がいて友達がいるということ。自分に対する態度だけで、その人を悪いと判断するのは自分自身の器を狭くしてしまうだけだ。それよりも、その人のいいとこを見るようにしてその人の自分に対する行為を反面教師として人にしないようにすること。そうすれば、あなたの意識はよくなるし人をうらむこともない。
2005.06.16
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「どんな障害でも克服できないものはない。なぜなら、その障害はそもそも自分自身の行為がつくり出したものであり、しかも人間は、星の力などには影響されない霊的資産を持っているからだ。」スワミ・スリ・ユクテスワ占星術などの占いで、全てを判断することはできない。それはあくまで、傾向であって自分の努力次第で変える事は可能だ。そうでなければ、結果が決まりきった事に挑戦しようなんて誰も思わない。占いはあくまでも、参考程度に。間違っても「あんた、地獄へ落ちるわよ。」なんていう、占い師に言いくるめられないように。
2005.06.14
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「パンへの餓えがあるように、愛への餓えがあります。与えて下さい。あなたの心が痛むほどに。」マザー・テレサこの言葉、とても的を得ているように思います。日本は、とても豊かになって飢えるという状況は、ほとんどありえない。毎日、レストランや家庭からでる大量の食べ残し。物は、あちこちに溢れている。でも、愛に飢えている人がたくさんいる。一緒に暮らしていても、心が通じず愛に飢えている人がいる。「お金で買えないものはない」と言う人もいるが本当の愛は、お金では買えない。たとえ、家族が離れていても相手を思いやる言葉「元気でやってる?」「大丈夫?」の一つでも電話して掛け合えば、お互いに幸せになれる。でも、時間がないからと、それをしない人が多い。与える事で自分も幸せになれる。こんなに単純で、わかりやすいものなのに。だから、今日は離れている家族に電話しよう。身近にいるなら、少し話をしてみよう。それで、満たされる愛がある。
2005.06.13
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「何が起きても自分のせいである。それを他人のせいにするのは弱虫である。」本山博世の中には、とても理不尽だと思うような事が起こる。「人に裏切られた」「自分が悪くないのに怒られた」「一生懸命仕事しているのに、リストラされた」「病気が治らない」「自分が悪くないのに、事故にあった」その瞬間だけ見れば、確かに理不尽かもしれない。でも、自分の人生を振り返って見た時「人を裏切ったことはないだろうか?」「自分の罪を人に被せた事はないだろうか?」「結果に結びつく仕事をしていただろうか?」「病気にならないために、自分で出来る限りの努力をしただろうか?」「人に迷惑をかけたことはないだろうか?」ないと言いきれるだろうか?結局、自分に起こる事は自分がどこかで蒔いた種が返ってきている。だから、起こる事全ては自分の責任だ。人のせいにしても何も変わらない。むしろ、全ての責任を追うつもりで生きてみると案外つらくない。仕方がないと思うから、次にどう行動しようかと前向きに考える事ができる。そうやって行動すると、解決することがほとんどだと言うことに気づく。神様は、ちゃんと落としどころを用意してくれているらしい。次は、何が起こるのか。そう思うと面白い。テレビの連ドラより面白い。人生は、ドラマよりドラマチックだと思う。(このフレーズどっかで聞いたような・・・)
2005.06.12
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「気功師が、バイソン100匹を倒す。」っていうのを見ました。面白いですね。なんでわざわざ倒すのかわかりませんが。結局、気を送る事で、獰猛なバイソンがリラックスして寝転んだということなんですが・・・。それって、ある程度エネルギーがある人でやり方覚えれば出来ると思うんですけど。私も20人くらい集めて気を送りますし誰でもできると思うんですけどね。そういえば、私が習っている中国の本部(今は活動を中国政府に制限されている)でも最盛期は大きな体育館に1000人集めて、一気に気を流していました。映像を見た事がありますが、ちょっと間違うと宗教と勘違いされそうです。体をゆすっている人や、泣く人とか映ってましたから。そして、難病と言われる方達が、体育館の壇上に上がって親分である張師匠からエネルギーを入れてもらうと、戸板で運ばれてきた寝たきりの人が立ち上がったり半身麻痺している人の体が動くようになったりと、まあかなりびっくりするようなことやってました。あ、ちなみにその元極学セミナーをやります。ご興味あるかたは、こちらも見てくださいね。http://www.k-soken.com/pawerup.html治してもらうほうじゃなくて、習う方ですのでお間違いなく。(ページのつづり間違ってるのでちょっと恥ずかしいのですが変えません。)そういえば、気の存在を「あるかも知れない」って鳥越さんが番組で言ってましたが15年くらい前に、NHKで気の映像が取れてましたし(確かうろ覚えですが)今更その結論はどうかなあと思います。中国の本部には、数年前に電気通信大学の教授が来て磁場の測定なんかをやってますし、代替医療で有名な帯津先生もいらっしゃってますしもう気があるのは、当たり前にちかいレベルなんですけど。要は、それをキャッチするだけの測定器を科学者が作れないだけなんだと思いますが、言いすぎでしょうか?番組のレベルが、10年以上前とあんまり変わってないように思います。例えば、水に気を入れて、結晶を調べてみるとか飲み物の味変えて、成分分析するとかもうちょっとやってみて欲しいなあ。でも、そうすると大槻教授が出てきて「これは、プラズマです」っていうんでしょうか?
2005.06.11
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「どんなときにも、「あ、自分は癇癪もちでまた腹を立てている」とか、「またこんな考えにおちこんでいる」と思ってみられる自分をつくるようにしていたら、自然に、自由で自分のない自分へとだんだんに成長できるのです。」本山博 もし、自分という主観以外の目で常に自分を見ることができたら、感情にだけまかせて怒ったりわがままを主張する事も少なくなると思います。そして、自分に起こる不幸な出来事も自分にとってどんな意味があるのかを考えることができる。そうすると、不幸な出来事がもしかしたら、自分を成長させてくれる試練だったり長期的な目でみると、必要な事だったということに気づけるかも知れない。
2005.06.09
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「人間はひとりひとり、この世での仮題が異なっていますから、人の境遇と自分を比べるのは意味がありません。」マーター・アムリタ・ナンダマイー(アマチ)「あの人は、お金持ちでうらやましい。」「仕事ができてうらやましい。」「いい大学行っててうらやましい。」人のことをうらやむと、キリがありません。一人ひとり、課題が異なっているとわかれば人のことをうらやむことは無くなるでしょう。いいところを参考にするのは、とてもいいこと。でも、人のいいところだけをうらやむのはちょっと違う。だって、その人が人知れず努力していたり大きな悲しみやトラブルをもっていることを全く知らないのだから。一人ひとり違うから、人生楽しい。そう思います。
2005.06.08
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「その人たちに勝手にあなたを批判させておきなさい。あなたはただ黙っていればいいのです。そうするとあなたについて言ったことすべてが、彼らのところに戻っていきます。」マーター・アムリタ・ナンダマイー(アマチ)人を批判することが大好きな人がいる。うまくいかなくても、がんばって行動する人を批判する人がいる。批判されれば、腹が立たないわけがない。でも、批判だけする人の相手をしていると、それだけ時間の無駄になる。批判だけして、何をしない人は、結局、行動するのが怖いからそれに理由をつけて、逃げているだけだ。だから、もしがんばって行動しているときに人に批判されたとしても、気にせずにがんばればいいと思う。もし失敗しても、その行動から学ぶことは、将来必ず役に立つ。そして、批判だけしている人は、批判する事で自分自身の行動する勇気をどんどんそいでいく。結局、行動する人が成功する。そして、批判した人からは、成功するチャンスがどんどん逃げていく。
2005.06.07
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すべてが完璧だったら、成長なんてできっこない。苦しみは、人が成長するために天が与えた贈り物であり、ちゃんと目的があるんだ。(エリザベス・キューブラー=ロス )たまたま、ネットを検索していたら、賢者の言葉というページを見つけました。http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TG/SBRJ/J/Meigen.html確かに完璧だったら、もう何もする必要がありませんもんね。人間は不完全だから、その不完全さを克服するために努力する。だから、最も成長するのは人生で苦しんでいる時だと言われるんですよね。例えば、学生なら受験に失敗して浪人した時とか、会社員であれば、難しい仕事を抱えた時とか経営者であれば、会社に問題が発生した時とか家族であれば、家族の関係に問題が生じた時とか体に付いて言えば、病気になった時とかそういう時は、必死に努力するしかなくなるからすごく成長するチャンスになる。でも、そこでくじけてあきらめてしまうと折角の成長の機会を逃すことになる。だから、困難に直面した時こそ、「成長するチャンスだ。」と思えるようになれれば最高ですね。しかし、いつも不思議に思いますが困難は必要な時に、必要な方法でもたらされますね。
2005.06.06
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ページの一番上でも紹介していますが、面白い商品を見つけました。コンセントです。コンセントっていうのは、電源のコンセント。どこにでもありそうなんですけど、説明を読むと有害な電磁波を、有益なもの変えてしまうというものらしいです。ほんとかなあ・・・と思いましたが、紹介されているのが・2005.3.16 『 からだにいいこと 』 3月号(祥電社)・2005.4.1船井幸雄の今月のほんもの・2004.9.5 「@nifty」のテーマページ【Biz@nifty】と、まあそれなりに信用できるところなのでどうも効果はありそうだなと。夏になると、扇風機からもたくさん電磁波がでますしご興味ある人はいかがでしょうか?私も買おうかなあと、思案中です。でもね、コンセントの割には値段高いんですよね。まあ、効果がコンセントだけじゃなくて食べ物を長持ちさせたり、おいしくしたりする効果もあるということなんでそういう効果を考えると安いんですよね。
2005.06.04
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