空腹ラッコの雑記帳

空腹ラッコの雑記帳

2013/04/08
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カテゴリ: 音楽
 一言で自分の考えが一変する、さまざまな分野で起きたことですが、音楽でもそうでした。聞きなれた曲に対する理解が大きく進んだ言葉がいくつかあります。

 ベートーヴェンの交響曲「田園」は私にとって特別な愛着を持つ曲の1つですが、その第2楽章の最後には違和感を持っていました。フルート、オーボエ、クラリネットが鳥の鳴き声をまねする部分です。楽譜にはわざわざ「ナイチンゲール、うずら、かっこう」と鳥の名前が注書きされていて、作曲家の意図であることが確認されます。解説には必ず書かれていることですが、私にとってはあまり共感できない箇所でした。どうしてこんなわざとらしいことをするのだろう、とむしろ疑問でした。

 何かが頭にかぶさっていたような感覚を一掃したのが、ベートーヴェンを扱ったある評伝にある言葉でした。この箇所のことを「カデンツァのような」と述べていました。

 カデンツァは協奏曲に置かれるソロ奏者だけに委ねられた部分です。第2楽章が、いやもしかすればこの曲全体が鳥のさえずりをあしらった協奏曲でもあるのか、そう感じたとたん、少し苦手だったこの部分がまったく違って映ってきました。第2楽章だけをとると、曲が進むにつれ木管楽器の分散和音やトリルが目立つようになり、色彩が微妙に変わってきます。そして終盤ではっきりと鳥のさえずりを聞かせ、それまでの音楽が単なる景色だけでなく、耳を楽しませていたものも描写していたことを明かした。けっして、唐突に鳥の鳴き声を持ち出したのではない。こう解釈したのでした。

 さえずりの描写らしきものは第1楽章にも第3楽章のトリオにもみかけられます。そして第4楽章の風雨が収まったあとにも現れ、強い印象を与えます。
それらは「さえずりのような音型」ではなく、さえずりそのものを曲に溶け込ませる意図が反映したものかもしれない。「カデンツァ」は、この曲に感じる周到な設計をまた一つ発見し、愛着が一段と増すきっかけの一言でした。

 そう思っていると、広く販売されている日本語版の楽譜に、この箇所を「カデンツふう」と書いている解説を見つけました。著者は作曲家でもあった諸井三郎氏。氏はどのようにしてこの見解を得たのでしょうか。独自にだとすれば、この時代の音楽関係者のセンスを再認識したような、嬉しい気持ちになります。





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最終更新日  2013/04/14 09:17:50 PM


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