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おはようございます。ここの旅館の大浴場は、五時からなので起きてすぐに行ったところ、先人が体を拭いていました。挨拶すると熱くて入れないと、浴衣のまま浴室に行き手を入れてみると、とても入れていられない熱さでした。源泉がそのまま入っていたようです。茹蛸にされるわけにもいかないので、タオルを入れたバスケットを持つてそのまま旅館の共用パソコンを占拠しています。ついでに今月のブログを見直していたら、それにしても良く「エドヒガン」ばかり撮り歩いていますね。もう飽きましたかと聞かれるかも知れませんが、一時欝になりかけたときはありましたが、ひつこく撮り歩いていますよ。長野の奥、どちらかといえば志賀高原に近いほうで初日は、この村の枝垂桜を撮り捲りましたので、二日目の昨日飯綱高原の桜を見に行ってきました。さすがに葉桜になりかかっている木もありましたが、「地蔵久保のヤマザクラ」という木はとても綺麗な濃いピンクの色で迎えてくれて、とても感動しました。問題は曇り空で果たしてその美しさを再現できるかということなんですが。・・・今回の絵は高山村のもの写真00149 十王堂のシダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00164 赤和地区で民家の上に出ているエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00166 赤和集落センターのしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00170 藤原家のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00173 赤和観音のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00181 トラクターと古代桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00186 八幡社の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00197 水中のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00201 菜の花と水中のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00215 しだれ桜の帰りに見たコヒガン桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00218 posted by (C)たそがれの写真家写真00242 旅館から下っているときみたヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00244 ヒガンザクラと農婦 posted by (C)たそがれの写真家写真00246 満開のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00248 光っているエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00253 宮川家のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00262 原宮交差点の八重桜 posted by (C)たそがれの写真家*信州高山桜情報2014…村の公式hpから湯つづきの里信州高山は、善光寺平の東辺に広がる山里です。最近「しだれ桜の里」として脚光を浴びています。村には約20本のしだれ桜があり、そのうち半数が樹齢200年を超す老樹。また、紅葉でも有名な松川渓谷のオオヤマ桜も、萌え始めた新緑と淡い調和を奏でます。信州高山の桜をご堪能ください。 水中のしだれ桜 樹齢250年 水中(みずなか)のしだれ桜 開花:4月21日 満開:4月26日赤和観音しだれ桜 樹齢200年 赤和(あかわ)観音のしだれ桜 開花:4月23日 満開:4月27日黒部のエドヒガン 樹齢500年 黒部(くろべ)のエドヒガン桜 開花:4月23日 満開:4月29日中塩のしだれ 樹齢150年 中塩(なかしお)のしだれ桜 開花:4月17日 満開:4月24日坪井のしだれ桜 樹齢600年 坪井(つぼい)のしだれ桜 開花:4月19日 満開:4月25日
2014年04月30日
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たそがれさんと言うと飛行機の旅と思われがちですが、この県には県南と言われる土地に周囲を山に囲まれた空港がありますが、残念ながら羽田からの便はありません。ここに来るには一度福岡に行くか新千歳に行って乗り換えてからとなってしまいます。共同運航という形でJALの便でもあるので、マイレージ等は加算されるのですが、非競合路線でもあり運航会社の財務体質もありますので、運賃はちょっと(私にはとても)高くなってしまいます。新幹線を終着駅まで乗って、レンタカーを転がしてきました。ここの旅館ではロビーで無線ランが使えるらしいのですが、その前に400枚ほど撮影したカットの色がもうひとつ気に入らないので、すべて編集する必要があるんです。とりあえず九時前になんとか見れるようにはすることができました。写真00031 神明社境内の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00037 紫のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00041 高山大橋東のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00047 原宮というところの桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00051 坪井のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00064 鳥が羽を広げたような「横道のしだれ桜」 posted by (C)たそがれの写真家写真00072 眞法寺の境内で posted by (C)たそがれの写真家写真00077 徳正寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00091 西光寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00092 中屋というところで見た若いエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00096 仲原の墓地の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00104 中塩のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00116 黒部のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00127 天照大神宮 posted by (C)たそがれの写真家写真00137 天照大神宮の桜 posted by (C)たそがれの写真家*天候の悪化が予想されたため、高山村の五大ザクラすべてを回っていますが、ここの旅館のwifiのルータートラブルのため、仕えませんのでホテルのパソコンからupしています。そんなわけでコメントへのお返事もできませんし、皆さんの力作をも拝見することもかないません。お許しください。
2014年04月29日
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私は全国区の転勤族でしたから、いろいろな都市に赴任させられます。たいていがある程度の大きさの都市ではあるのですが、その県の全てか半分とかが担当地域となるので、赴任が決まるとそこのことを調べたり、赴任した時もあちこちと出かけたりいたします。平成3年に北海道帯広に赴任したのですが、ちょうど「池中玄太80キロ」と言うドラマが終わった頃でもあったので、さっそく釧路に出かけタンチョウヅルを撮ったりしていたのですが、その時の絵が風景写真家の関口哲也氏に認められ今に至るわけで、ここで地図に「スズランの群生地」とあったので、元国鉄士幌線の駅があったところへ出かけてみましたが、それらしき花や茎などは見当たりませんでした。自然の変化はそれほど速いもので、例えば「カタクリ」などは関口先生に連れられて撮影に行ったこともありましたが、数年で熊笹に追いやられてしまい影も見えなくなってしまいましたし、自分の部下たちに「フクジュソウ」の所在地を聞いても、そんなのどこにでもあるとの返事は帰ってきていたのですが、その後数年でほとんど見なくなってしまいました。最近は桜追いを始めてしまいましたから、今の十勝のことは判りませんが(それでも十勝湿原には、毎年6月には行ってその変化に驚いています。)自然の宝庫とも言われる北海道でもその変化の激しさを体感しています。今回の撮影行では岩手のあるところで、そんな山野草に出会いましたので、記録しておきたいと思います。写真00121 カタクリ(北上市和賀町) posted by (C)たそがれの写真家写真00211 アヅマイチゲ(北上市口内町) posted by (C)たそがれの写真家写真00217 キクザキイチゲ(北上市口内町) posted by (C)たそがれの写真家葉の形が異なるんです写真00219 カタクリ(北上市口内町) posted by (C)たそがれの写真家写真00332 スミレ(平泉町) posted by (C)たそがれの写真家写真00333 ハコベの仲間と思う?(平泉町) posted by (C)たそがれの写真家写真00346 カタクリ(平泉町) posted by (C)たそがれの写真家都会の園芸店や保護地では見られない本当の色ですが、でも夢さんのところの「カタクリ」ほどは濃くないですね写真00388 キバナイカリソウ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00480 カタクリ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00490 ハコベ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家資料では、前田のソメイヨシノとあるエドヒガン(樹齢300年)のあるお宅で、ご主人の了解を得て畑でこれを見つけ、撮影していると山野草にも興味があるのかと聞かれ、自らお庭の隅々を案内してくださったのです。まるで植物園のように、たくさんの野草たちが迎えてくれました。以下はその庭・畑でのものです。写真00491 ユキワリソウ(ミスミ草とも)(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00492 ユキワリソウ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00496 アヅマイチゲ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00498 ヤマワサビ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00500 イワカガミ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00501 キクザキイチゲ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00506 シラネアオイ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00508 ニホンサクラソウ(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家写真00511 シュンラン(花巻市東和町) posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月28日
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北上でも結局一か所、古木を訪ねることができなかったのですが、何としてもこの日は衣川の桜を見たくて。衣川と言えば義経ゆかりの土地ですが、古くから豪族の支配下にあり、あの藤原氏の前にも阿倍氏が舘を置いて治めていたと言う、歴史的にも大変貴重な所です。そこには私の大好きな「北館の桜」の木もありますしね。また何気なくエドヒガンの古木がポツンと立っていたりするんですよ。今回は中尊寺にも寄ってみました。ちょっとした崖のところにもカタクリが咲いていたり、イチゲの花があったりして、四国高知から見えたと言う家族連れに花の解説までしてしまいました。写真00249 衣川収蔵庫懐徳館とその周囲の桜 posted by (C)たそがれの写真家平泉前沢icを出る時に目にする光景ですが、一旦4号線に出て近くの道からの撮影です。写真00262 北館の桜 posted by (C)たそがれの写真家北館は安倍氏一族の居館の一つと伝えら、この地域は縄文時代以降、多くの人々が生活を続けてきたことが発掘調査で確認されている。 この遺跡の最頂部に1300年頃南蘇坊という行脚僧が植えたと伝えられる桜が健在である。この桜は、通称「北館桜」といい、衣川随一の見事さを誇っている。…奥州市hpを編集写真00263 衣川にかかる橋とエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00266 北へ進んでいて、対岸の桜を撮影 posted by (C)たそがれの写真家写真00281 名前は無いけど、かっては種まき桜と posted by (C)たそがれの写真家二年前に所有者と話した時の返答です写真00285 焼石山系をバックに posted by (C)たそがれの写真家写真00289 県道37号と桑畑という地に行く橋の所で posted by (C)たそがれの写真家写真00290 畑の端に posted by (C)たそがれの写真家写真00292 県道のカーブで posted by (C)たそがれの写真家写真00295 祠を守るように posted by (C)たそがれの写真家写真00299 古舘のサクラ posted by (C)たそがれの写真家この辺は、かなり山奥に当たり何回も通いましたが、今回初めて咲いている姿を見ました。声を掛けたら、ちょうど昼食中だったおじいさんが出てこられ、野菜ジュースをいただいたり、自分が9代目に当たるが何時頃からあるのかは分からないと。写真00307 古舘の対岸にあった民家の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00310 ふたたび衣川に戻る途中で posted by (C)たそがれの写真家写真00313 精米ボックスと自販機のスポットで posted by (C)たそがれの写真家何とも不思議なモミジです写真00317 衣川の流れ posted by (C)たそがれの写真家この辺りにかっては何代も豪族が居住し、また戦も行われてきました。弁慶は衣川の河原で仁王立ちで死んでいたと言う説もあるようですよ。写真00319 その昔お寺があったと言う地の近くの桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00321 衣川区上野で posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月26日
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「匂い優しい白百合の 濡れているよなあの瞳 想い出すのは 想い出すのは 北上河原の月の夜」と唄われた北上川。でも残念ながらこの歌の発祥の地は、ご近所の旧水沢市(現奥州市)のようですね。北上と言えば、この時期の東北のツアーには必ず入っている「北上展勝地」。早い話が土手に桜の樹がたくさん植わっている所です。こんな書き方をするくらいですから、たそがれさんには琴線を震わせる場所ではありません。これでも一度は尋ねているんですよ。JALの新旬感旅行のパックツアーでね。確かに多くの桜が咲いているとても豪快なところではありますが、ただソメイヨシノなのでね。今日の最後に立ち寄ったのが平泉・中尊寺、その本堂の境内小さな池のほとりに一本のソメイヨシノが咲いているのです。悠久の歴史のある平泉にはソメイヨシノは似合いません。ちょうど通りかかった僧侶にお聞きしてみました。いわくこれらの木は寄進されたものなので、お断りするわけにもいきませんし、先方さんにも何らかの思い入れがあってのことでしょうと。ただ彼も、今後の寄進については考えざるを得ないでしょうとおっしゃっていました。何もソメイヨシノが悪いと言っているわけではありませんよ。私も土手などにズラッと植えられたソメイヨシノの並木はきれいだと思いますし、事実子供のころ過ごしていた父の勤めていた会社の社宅には、かなり太いソメイヨシノの並木があって、いつもきれいだとみていましたとも。さて、北上市には樹齢400年を超える桜の木が教育委員会が把握、市の指定銘木としているものが四本あります。でもね、例の市町村合併を経ていますので、その移動には数十キロも走るんですよ。そうするとこんな土地ですから、み目麗しき桜の樹が見えたりもするんです。黙って通り過ぎることのできないたそがれさん、さてどんな桜の撮影をしたことか。写真00105 和賀町長沼付近の民家の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00116 鳥谷脇の桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢599年のエドヒガンザクラ根回り 6.9メートル 樹高 16メートルエドヒガンザクラとしては、岩手県第一の桜ですって写真00136 木々に囲まれ日陰でも posted by (C)たそがれの写真家写真00146 浮牛城の桜 posted by (C)たそがれの写真家一説に安倍貞任が築城したとも云われる。 天正年間(1573年~1593年)に江刺兵庫頭重恒が修築して子の口内帯刀が居城したという。江戸時代に入ってからも伊達仙台領と南部領との境を見張る為に要害と称して存続し、仙台藩士が在城したという。天正19年(1591年)以後、瀬上氏・小梁川氏・藤田氏・田手氏と続き、万治2年(1659年)には古内氏、元禄8年(1695年)には中島氏が在城し明治まで続いたと云う。写真00150 本丸のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00154 旧城下にもこんな桜が posted by (C)たそがれの写真家写真00172 本丸のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00181 こんなのが見えたら寄りたくなるでしょう posted by (C)たそがれの写真家写真00187 古川口?と言う所の民家のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00193 古川口?と言う所の民家のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00199 農場のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00206 大越田の桜 posted by (C)たそがれの写真家かっての庄屋さんらしき大きな農家の前にある樹齢400年と言うエドヒガンが二本どちらも市の指定を受けている。写真00211 その根元に咲くイチゲ posted by (C)たそがれの写真家写真00219 カタクリも posted by (C)たそがれの写真家写真00234 遺跡らしきところのエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00238 金附の桜 posted by (C)たそがれの写真家市の保存樹木93号と書かれた看板のある樹齢400年と言うエドヒガンザクラ写真00240 そのすぐそばにあるエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月25日
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ちょっと目先を変えて空の旅ですが、当然目的は桜追いにあり、その目的地は岩手県奥州市などです。今日の角館の桜たちは、桧内川のソメイヨシノはツボミ、しだれ桜が三分咲きのようです。秋田空港からレンタカーでヤマを越えて一関に向かうのですが、ここでもちょっと遅かったよと言われてみたり、まだ開き始めたばかりだったり。桜追いの難しさを強く感じる日でした。去年までは新幹線で一関まで来て、そこからレンタカーで移動して、宿をルートイン花巻としていましたが、たまたま今回はじゃらんのクーポンがあったため、じゃらんJALパックなるものを使い、宿も中間にあるルートイン北上駅前にしたのです。北上駅前と言えば、北上展勝地と言う観光ルートの真っただ中にある場所ですが、幸いにしてまだ展勝地の桜は見ごろとはなっていないようです。それにしても、東北自動車道を走っていて、とても素晴らしい桜たちが当たり前のように、風景の中に溶け込んでいることです。もちろん車を停められませんし、一般道に降りたとしてもその場所にはたどり着けそうもありません。写真00005 日光・男体山 posted by (C)たそがれの写真家写真00012 新潟の山々 posted by (C)たそがれの写真家写真00013 塩原の山々 posted by (C)たそがれの写真家写真00021 会津西北の山々 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 飯豊連峰 posted by (C)たそがれの写真家写真00041 飯豊連峰 posted by (C)たそがれの写真家写真00042 小国盆地 posted by (C)たそがれの写真家写真00045 朝日連峰 posted by (C)たそがれの写真家写真00050 月山湖 posted by (C)たそがれの写真家写真00054 月山 posted by (C)たそがれの写真家写真00061 山形からの鳥海山 posted by (C)たそがれの写真家写真00064 鳥海山山頂 posted by (C)たそがれの写真家写真00074 由利高原鳥海山麓線矢島駅 posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月24日
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毎年恒例の「ひるがの」詣で。今年は、カルさんに下呂地方の桜を見せてあげようと、4/20-22に設定し荘川桜はまたの機会にとしました。それに今回はジパングを使って、「ひかり」で名古屋まで行き「ワイドビューひだ」で高山に。高山でレンタカーを借りてひるがのに入ると言う新しいルートを選んでみたのです。これなら下呂地方の桜の状況もわかりますしね。ところが下呂・萩原地区の桜は事前の調査でも散ってしまって、早くも葉桜であることが分かっていました。ただ飛騨一宮駅のそばにある「臥龍桜」は五分咲きだと。カルさん家の子供たちのみあげに「いちご」をと思い、ショッピングセンターを探すと古川町内。高山から古川に走っていると、あちらこちらにエドヒガン独特の色彩を放つサクラ達が、これは古川に来るべきだと判断し、翌日カルさんご夫婦と古川町内を彷徨いました。写真00024 宮川の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00032 ベニシダレも雨でさらに重く posted by (C)たそがれの写真家写真00035 山の中にあちこちに posted by (C)たそがれの写真家写真00038 大きなエドヒガンを見つけこのお寺に posted by (C)たそがれの写真家でもここのお寺にはサクラは無く、その帰り参道で見つけたものは写真00044 ショウジョウバカマが一面に posted by (C)たそがれの写真家写真00045 ショウジョウバカマ posted by (C)たそがれの写真家イチリンソウも群落をつくっていましたが、寒さと雨で花を閉じていました。写真00052 雨に煙るサクラ達 posted by (C)たそがれの写真家写真00054 細い山道をたどって行ったところには posted by (C)たそがれの写真家古川の屋台会館に行こうと戻るとき、山の上に綺麗なサクラを見つけ、山道を探しながら上ると、見事なエドヒガンが写真00057 山や周りの景色も採りいれて posted by (C)たそがれの写真家写真00059 まだ咲きそろわぬ宮川沿いの桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00063 国宝の看板を見つけ入っていくと posted by (C)たそがれの写真家そこは足利幕府が全国に置いたと言う「安国寺」でした。ここのお寺も以前は別の宗派でしたが、この時「臨済宗」に写真00064 国宝の経蔵 posted by (C)たそがれの写真家応永15年(1408年)の建築、年代の明らかな輪蔵(回転式の経蔵)としては、日本最古のもの。和尚にこの輪蔵について説明していただきました。ついでに宿題も「桜が描かれた欄間を探せ」と言うもの。さあ大変です。写真00071 鐘楼にもサクラが posted by (C)たそがれの写真家桜が好きと言う和尚、境内にはいろいろなサクラが植栽されているとか。写真00073 飛騨一と言われる「臥龍桜」 posted by (C)たそがれの写真家屋台会館までは行ったものの、目的とした食事処は貸切で、代わりに入ったいかにも飛騨らしき名前の食事処、三人が三人とも(注文は別)醤油の多さに辟易。臥龍桜に向かいました。写真00087 飛騨一宮駅前の通り posted by (C)たそがれの写真家アズマヒガンと名札が付いていましたが、コヒガンザクラが植栽された通り写真00093 ひるがのはミズバショウが満開 posted by (C)たそがれの写真家往復とも、ワイドビュウひだの指定席はアメリカ人だらけでした。それもツアーの人もいれば、明らかに個人で来ている人もいて、古川からの各駅停車からも数人のアメリカ人が、なにがこんなに彼らをひきつけるのでしょうね。小京都としての魅力なのか、忘れられている日本の良さがここにはあるのか。ただ私は、予定よりも四本も早い特急に乗って、ひたすら眠っていたのでした。
2014年04月22日
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サクラと言えば多くの人が賛同されるであろう福島県三春の滝桜、扇状に開かれた台地の中央に鎮座し、その風格色彩大きさ何を取っても日本一と言えるような桜でしょう。そしてその子孫たちは四周に飛び広がりまるで自分たちの王国を築いているかのように思わせます。事実、この地には明らかに滝桜の子孫であると思わせるような「ベニシダレ」の桜の樹が散見されるほか、またエドヒガンザクラも負けじとばかりにこの限られた地を埋め尽くしているのです。ここでは、一部の並木道にソメイヨシノが植栽されているだけで、まるで古木の桜たちの聖地とでもいえるようなところです。郡山の三日目、滝桜の満開を前日に知った以上は、滝桜渋滞に巻き込まれることのないよう早めに行かなければなりません。その行程の途中に明らかに子孫であると分かるみ目麗しい桜の木を見つけたとしても、とらわれることもなく駆けつけるそんな感じです。なにしろ滝桜が満開になったと報じられると、周囲には数キロにわたる車の渋滞が何本かできてしまうのですから。写真00281 駐車場から滝桜に向かう途中にあるベニシダレ posted by (C)たそがれの写真家写真00021 多くの子孫たちに守られて堂々とした滝桜 posted by (C)たそがれの写真家この木はその美しさと言い、また偉大さ四囲に広げた枝ぶり、どれをとっても日本一の桜でしょう。その姿をいかに表現するか、どの位置から撮らせていただくのが最も美しいのか、大変悩む所です。写真00286 滝桜の裏にあり墓地を守るかのような桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00290 これも裏にあり子孫ですと言っている桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00295 滝桜をとりまく桜の中でひときわ目立つエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00032 雪村桜 posted by (C)たそがれの写真家室町時代の禅宗の画僧「雪村周継(せっそん·しゅうけい)」が晩年に住んでいたといわれる「雪村庵」にたたずむ樹齢400年と言う桜です。 庵の裏の竹林には雪村のものとも言われている大きな自然石のお墓があります。写真00314 昔風屋根の民家と江戸彼岸が作る情景 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 赤い車とまだ若いベニシダレの取り合わせ posted by (C)たそがれの写真家写真00322 デコ(人形)屋敷の周囲に見る古代桜たち posted by (C)たそがれの写真家写真00324 天神夫婦桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00330 内出のサクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00042 なぜか桜には古い民家の屋根が似合う posted by (C)たそがれの写真家写真00347 本宮市で見た名もなきサクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00374 里山を彩る桜たち posted by (C)たそがれの写真家写真00360 潮の崎の大桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢500年というエドヒガン
2014年04月21日
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津山附近や今回の三春附近の里山を走っていると、絵画的な情景に咲くエドヒガンの樹を見つけることがとても良くあるんです。車を停めて撮影したいのですが、そこは田舎の道意外と交通量があったりして、しかも地方の車はスピードの割に車間を採ってくれませんから、停まることが出来ずチラッと目で追うだけであきらめなければならないんです。うまく交差点があったりしたら、主要地方道から農道のような道に外れて、車から撮影することも出来るのですが、また名木と言われる樹齢数百年の木では、近くから撮影することが強いられますから、どうしても限度いっぱいの広角(18ミリ)を使用することになってしまい、すべての木が絵の中ではみんな同じ大きさになってしまいがちです。これを防ぐため、出来るだけ周囲の情景や、付近の人間を入れるようにしているのですが、何年やってもこのジレンマからは逃れようがありません。意外とこのジレンマは疲れるものなんですよ。たまたま今回の福島では風邪気味で体力も落ちていたからかもしれないのですが、旧松山城址の駐車場で30分ほど昼寝を兼ねて休憩してしまいました。そんな私でも、偶然地元のお年寄りとお会いして、古くからあるサクラの木の事とか、お寺についてお話しをお聞きしたり、今回も横田陣屋と呼ばれるお宅の前で、暖房用のマキを車に積んでいる老人からお話しを聞けたれすると急に元気が出てくるのですが。写真00111 永禄寺のエドヒガンザクラ posted by (C)たそがれの写真家高さ13メートル、樹齢約350年種まき桜と言われている。写真00116 照光寺の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家お寺の南側、墓地と農道の境に圧倒するように咲くシダレザクラ。樹齢約300年と言われる。写真00124 長沼城址の桜 posted by (C)たそがれの写真家南北朝の時代から江戸時代初期まで、各豪族の勢力争いの現場となった城。豊臣秀吉も伊達征伐の際、この城に入ったと言われている。写真00125 長泉寺の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00141 横田陣屋御殿桜 posted by (C)たそがれの写真家江戸時代に横田の地を所領していた溝口氏の邸宅内にあるため御殿桜とも呼ばれる。写真00144 護真寺 posted by (C)たそがれの写真家写真00146 護真寺への参道 posted by (C)たそがれの写真家両側にソメイヨシノが植栽されていて、長さも250メートルくらいあるところから、落ち着くと言う人も多い。でもサクラはかなり痛みが激しい。写真00151 護真寺の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家推定樹齢450年の枝垂桜、このほか境内にはエドヒガンも数本存在する。写真00167 茂林院の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00168 茂林院 posted by (C)たそがれの写真家写真00172 長松院の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00176 長松院の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00181 神威館神社のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家樹齢300年になろうと言うエドヒガンザクラが12本あって、毎年純粋で貴重な種子が取れることから、様々なサクラの台木として活用され、国内外に数万本が出荷されている由。写真00185 神威館神社のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00204 須賀川市前中山付近で見たシダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00220 須賀川市大森小学校の近くで見たエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00228 貉森の桜 posted by (C)たそがれの写真家民家の敷地内にアリ、元はお寺があったと言う。道路の反対側に城跡がありその関係の寺か。写真00241 あるお宅のエドヒガンの内の一本 posted by (C)たそがれの写真家帰ろうとしたとき、森の上にエドヒガンが その時、下に降りていく道があったので、ためらわずに降りてみると、そこは個人のお宅でした。 間違えてはいってしまったことをお詫びして、撮影のため畑に入ることのお願いをしたら、三本あるから好きに撮れと。ビニールハウスが10戸以上ある大農家でした。そしてそこには、こんなエドヒガンの樹が。
2014年04月19日
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15日は毎月恒例の病院通いをして、今年最初のメダカちゃんの藻を頂いて、孵化を試みていますよ。うまくいけば、来週にも「こんにちは赤ちゃん」ですが。そして16日今度は方向を変えて、福島県は郡山に来ています。郡山と言えば「滝桜」ですよね。でもまだ五分咲きなんです。もともと私の理解では、滝桜の見頃は17日くらいなんですけど、一度は大幅に遅れ山形の空港からレンタカーを走らせたこともあるのですが、報道によれば17日急に満開になったと言うことです。とはいってもこの時はわからないわけで、新幹線から見ていた判断で白河市に向かうことにしました。写真00004 慈雲寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家国道4号線を走っていたら、個の桜の上部が見えたので、次の路地を曲がり見てみました。資料には無い桜で、幹回りを見る限りはそれなりの寿命ではと感じさせる立派な木でした。写真00010 慈雲寺にあった石塔 posted by (C)たそがれの写真家この地区のお寺を訪ねていると、このような石仏を良く見ます。たいてい右手を頬に当てているポーズなのですが、弥勒菩薩さまを模しているのでしょうか。写真00013 4号線十八夜山と言う所のベニシダレ posted by (C)たそがれの写真家写真00015 こんな桜並木をいたるところでみられます posted by (C)たそがれの写真家写真00019 泉崎村昌建寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢250年と言うたいへん綺麗なサクラ写真00025 泉崎村内で見たしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00027 石の蔵の後ろに大きなしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 泉崎村貞観寺 posted by (C)たそがれの写真家資料では250年とありますが、樹齢600年の願い桜との標識が。案内してくれた古老によれば、この地は戊辰戦争の時、官軍に焼かれてしまい、お寺の建物にも銃弾のあとがあったと跡を見せられました。本堂は麦藁屋根だったのを、古くなったので建て替えたと。写真00042 白河市女石で見たしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00044 聯芳寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00045 白河市向寺のしだれ桜とベニシダレ(聯芳寺) posted by (C)たそがれの写真家写真00057 聯芳寺本堂口のベニシダレ posted by (C)たそがれの写真家写真00059 白河市妙徳寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00062 白河市妙関寺の乙姫桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00068 関川寺入り口のベニシダレ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00071 常宣寺付近のベニシダレ posted by (C)たそがれの写真家写真00075 松雲寺観音のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家*今回の南福島の放浪で、どこにも素晴らしいサクラがあるものだなと痛感しました。一つには、エドヒガンなどの古木が昔から大事にされ、その子供たちが種が飛んだり、鳥に運ばれたりして新しいところで育っていることです。そのように残された樹は耕作の邪魔にならない場所にあるわけですから、例えば丘の上に大樹があるなど、カメラマンにとってはたとえ名の無いサクラでも無視できないものです。これらがあるものは、種をまく目印になったりして地域の人には無くてはならないものとなってしまうのですから、自然の持つ力は恐ろしいと思わずにはいられません。そう思うと、桜並木や公園に植栽されているソメイヨシノは自分では増殖できないサクラですから、哀れさえ感じますね。今回も撮影した中のほんの一部をupしているだけなので、機会があればぜひご紹介した土地に出かけ、サクラ達と会話をしてみたらいかがですかとお勧めします。
2014年04月17日
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前の日記では、駒ヶ根市の馬見塚公園の様子までまとめてみました。その由来は駒ヶ根市福岡の地は、大昔に馬の牧場があり、朝廷への献上馬を飼育していた広大な原野で、戦国時代にはこの辺りを「馬住ヶ原」とか「作左右衛門分」などと呼んでいたと言われています。江戸時代の末、安政二年(1855年)福岡の福澤潤芝ら有志十八名が、南の原(現在)地籍を開墾し中田切川からの分水計画を立てました。 安政六年より、明治二年(1869)年に至る間に当時の筑摩県に訴願すること数次、なかなかその要望は聞き入れてもらえませんでしたがその志を遂に達し、明治五年(1872年)に起工。水路の延長二里余、開田数十町歩なお潅漑の地四百町歩を残し、ため池は水路工事に先立って、元治元年(1864年)に工事が行われ、これらの工事に投入された人足は延べ1863人という大工事で、明治七年に竣工したと、記録に残されています。今でも長野県は、教育に熱心だとか言われますが、進取の気性に満ちているのでしょうか、このような公園が至る所にありますね。また今回訪ねた寺院なども、幕末のころか学校を開いていたり、そんな記録が残っているようです。続いて隣の飯島村では与田切公園によってみました。ここは運動競技やキャンプ場のある施設で、周囲や道路にソメイヨシノが植栽されていて、そのまま見るにはとても素晴らしい所です。しかもその付近にはエドヒガンなどの長寿の桜も植えられていて、孫子の世代まで配慮された公園とでもいうのでしょうか。そして天竜川を越えて中川村に、写真00344 ちょっとしたカーブから posted by (C)たそがれの写真家写真00355 絵のような景色もあって posted by (C)たそがれの写真家写真00354 中央アルプスを借景に posted by (C)たそがれの写真家写真00362 当たり前のように posted by (C)たそがれの写真家写真00364 西丸尾のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00366 posted by (C)たそがれの写真家写真00374 六分咲きの桜と駒ケ岳を posted by (C)たそがれの写真家写真00376 畑の中にも posted by (C)たそがれの写真家写真00384 大草城址 posted by (C)たそがれの写真家南北朝時代、大河原城主であった香坂高宗は、後醍醐天皇の第8皇子であった宗良親王を奉じて、ここ大草城で挙兵しました。宗良親王は、南朝勢力の回復を図るため、越後・越中まで兵を進め、3年間の間活動を続けましたが、おもわしくなく南下してこの地に拠って30年を過ごしたといわれています。写真00387 大草城址から山の方を見る posted by (C)たそがれの写真家写真00389 大草城祉の展望台 posted by (C)たそがれの写真家南北朝の頃の城ですから、砦のようなもので、もちろん天主はありません。写真00391 紅彼岸 posted by (C)たそがれの写真家写真00396 展望台から中央アルプスを posted by (C)たそがれの写真家写真00402 源頼朝が寄進したと言う桜 posted by (C)たそがれの写真家比叡山竹林院の観誉僧都(かんよそうず)がこの地に入り、 仁王山の間の洞(あいのほら)の樹間に出現した薬師如来にいたく感激し、創建した古刹です。 建久3(1197)年に源頼朝の祈願所となり、寺領750石を永代寄進。その折、三本の桜も共託された。伊那谷に拝む 平安仏の寺、源頼朝公祈願寺、上杉謙信公戦勝祈願の寺、武田信玄公仏道修行の寺、徳川家御加護の寺として知られている。 聖衆来迎の図、十六善神、愛染明王、武田信玄寄進の鶏香炉、雨乞いの青獅子などの寺宝がある。…hpから写真00407 阿弥陀堂 posted by (C)たそがれの写真家写真00413 鐘楼と頼朝の江戸彼岸 posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月17日
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駒ケ根市には、以前行ったことのある光前寺があります。このお寺はシダレザクラで特に有名なのですが、残念ながらまだ固い蕾のままでした。市内とは高度差が300メートルくらいあるのでしょうか、それにしても飯田線が大きなS字カーブを描きながら進むところですから、河岸段丘のすごさとそこに生活する大変さを見る思いがありますね。でも、特に民家なのですが、撮ってしまいたいようなエドヒガンやしだれ桜のなんと多いことか、しかもかなりの古木だろうと推定出来たり、将来には素晴らしい樹形で人々を楽しませるのだろうかと思える樹がたくさんあるんです。さすがに桜並木や運動場のような所はソメイヨシノがあったりしますけど。役所にとっては、成長の早いソメイヨシノなら、見栄えも良いので採用するんでしょうね。でも一般には60年が寿命と言うソメイヨシノの大部分はここ数年でその寿命も付きますし、F1の雑種であるソメイヨシノには、種が出来ませんから何らかの対応が必要になると思いますけど。で光前寺でシダレザクラの花を見れなかったたそがれさんは、吉瀬というところにあるらしいシダレザクラに向かいます。写真00265 ちょっとした集落にも大きなエドヒガンが posted by (C)たそがれの写真家写真00267 民家の敷地に素晴らしい枝垂桜が posted by (C)たそがれの写真家これはどの資料にも掲載されていないシダレです。見事な樹勢がうかがえますね。後ろの山は中央アルプスです。写真00270 伊那街道を見下ろすようなピンクの桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00273 畑から日本アルプスを望む posted by (C)たそがれの写真家写真00275 植木屋さんの畑のように思えましたが posted by (C)たそがれの写真家写真00284 川のそばにあった2種類のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00288 運動グランドの桜 posted by (C)たそがれの写真家さすがにこういうところの桜はソメイヨシノです。写真00291 でもその後ろには、お墓を守るようにエドヒガンが posted by (C)たそがれの写真家写真00293 お地蔵さんたちを守るエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00295 吉瀬(または南吉瀬)のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00299 製材所のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00306 まるで光り輝くように posted by (C)たそがれの写真家写真00309 国道183号のカーブしたのお墓には posted by (C)たそがれの写真家写真00316 馬見塚公園のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00324 柳とサクラ…馬見塚公園 posted by (C)たそがれの写真家写真00325 ツツジとサクラの競演 posted by (C)たそがれの写真家写真00327 池にすべてが反射して posted by (C)たそがれの写真家写真00329 日本アルプスを従えて posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月15日
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思いがけないトラブルで、特急「ワイドビュー伊那路1号」は、3時間10分遅れで何とか無事に終点飯田駅に到着したが、この日のホテルは理由があって、駒ケ根市に採っていたので(単に飯田のホテルが気に入らないだけ)高速を使っても、1時間近くかかり、レンタカーを借りられたらもう4時半でしたから、このままホテルに向かおうかと考えていました。ところが駅の中に観光案内書があり、丁寧な市内の桜の案内書があるのは、以前来たときに知っていたので、改札を出てから立ち寄ってみると、男性職員がせっかく飯田まで見えたのだから、散り始めているけど、飯田を代表する「安富桜」だけは見て行ってほしいと言われ、ついでに立ち寄りたいところもあったので、ご指導に従うことにしました。写真00217 安富桜 posted by (C)たそがれの写真家飯田市美術博物館の「安富桜」 別名・長姫のエドヒガン 樹齢約450年ここが飯田藩の家老、安富氏の邸宅があったところで このように呼ばれる。写真00222 博物館の入口にあった大きなエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家安富桜の子供でしょうか。写真00224 空堀を挟んで向こうにあったエドヒガンを posted by (C)たそがれの写真家写真00227 飯田吉野ザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00230 博物館の裏にあったエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家博物館の外を一周して、次に向かったのは「元善光寺」…古くはこの地を麻績の里(おみのさと)と呼んだ。推古天皇10年(602年)にこの地の住人本多(本田)善光が、難波の堀江(現在の大阪市)で一光三尊(善光寺如来)の本尊を見つけて持ち帰り、麻績の里の自宅の臼の上に安置したところ、臼が燦然と光を放ったことからここを「坐光寺」としたとされる。その後、皇極天皇元年(642年)、勅命により本尊は芋井の里(現在の長野県長野市)へ遷座され、この寺が善光の名をとって善光寺と名付けられたことから、坐光寺は元善光寺と呼ばれるようになった。遷座された本尊の代わりに勅命によって木彫りの本尊が残され、また「毎月半ば十五日間は必ずこの故里(飯田)に帰りきて衆生を化益せん」という仏勅(お告げ)が残されたことで、「善光寺と元善光寺と両方にお詣りしなければ片詣り」といわれている。…この座光寺が佐伯泰英の交代寄合伊那衆異聞の主人公「座光寺籐之助」の領地。写真00235 麻積の里 舞台桜 posted by (C)たそがれの写真家このサクラは、五弁から十弁の花がまじりあって咲く姿から半八重紅枝垂れヒガン」とも言われている。旧座光寺麻積学校校舎(舞台校舎)とともに子供たちの成鳥を見守ってきたと書かれていた。写真00240 舞台桜の花 posted by (C)たそがれの写真家写真00245 元善光寺のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00251 元善光寺の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家小さく見えるが、幹が朽ちているためで、飯田藩の藩主と何らかの関係があったような。写真00254 元善光寺のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家さて二日目ですが、飯田市に帰りたいものの、途中にとても捨てがたいエドヒガンの大樹が見えたりして、駒ケ根市の桜から見ていくことにした。以前行ったことのあるシダレザクラで有名な光前寺は、まだ固い蕾なので他の桜をめざし、レンタカーを返す前に飯田市の増泉寺を訪れた。写真00419 増泉寺の天蓋桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢300年の枝垂桜。天蓋のようにこの庭を包み込むところから呼ばれるようである。
2014年04月15日
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門島駅~田本駅間で、線路設備の点検を行ったため、門島駅~平岡駅間で運転を見合わせました。15時00分に運転を再開しましたが、上下線の一部の列車に運休や遅れが発生しています。 【主な遅延列車】 上り 特急ワイドビュー伊那路4号 て報告しているのですが、その列車には私も乗っていたのです。事実は田本トンネルの駅側のコンクリート片が落ちてしまい、その修復作業のため平岡ー田本間が運転見合わせとなったため、ちょうど枚岡駅に差し掛かっていた特急「ワイドビュー1号」が枚岡駅で運転できなくなり、なんと3時間10分も止まっていたのです。この枚岡駅は列車の行き違い施設はあるのですが(飯田線は基本的に単線)、駅員のいない(天龍村の売店がある)駅で終点の飯田駅にも2~3人の駅員しかいないため、すべて現場の保線チームと豊橋の運転指令とのやり取りが車掌に伝えられ、案内される仕組みで、その保線チームも現場が天竜湖沿いのため、現地に到着したのが一時間半以上かかっていて、乗客はどうなっているのか、いつごろ動くのかどのような対応をしてくれるのかわからなかったんです。電車の車掌は、運転指令にバスの手配を依頼したのですが、運転指令は不要と取り合わなかったとのこと。遠くからただ待たせろと指示するだけなら、猿だってできるよね。だって12時頃駅に着いているのに、炊き出しも飲み物も何にも出なかったんですよ。伊那路1号の運転ルートと平岡駅の位置を地図で見る写真00021 宇連川 posted by (C)たそがれの写真家写真00031 ネズミ捕りをしていました posted by (C)たそがれの写真家写真00033 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 桜ではなく花ももです posted by (C)たそがれの写真家写真00036 大きな桜の木です posted by (C)たそがれの写真家写真00050 山裾に張り付くように点々と posted by (C)たそがれの写真家写真00055 posted by (C)たそがれの写真家写真00059 佐久間湖の湖畔に出て posted by (C)たそがれの写真家写真00062 まだ順調に走っています posted by (C)たそがれの写真家写真00070 秘境駅の一つ posted by (C)たそがれの写真家この日は秘境駅めぐりのツアーがあり、臨時の急行も走っていましたし、私たちの特急にも二両半のっていました。写真00091 posted by (C)たそがれの写真家写真00096 昔の鉄橋跡 posted by (C)たそがれの写真家写真00104 平岡駅で動かなくなりました posted by (C)たそがれの写真家写真00109 停まってしまった特急伊那路 posted by (C)たそがれの写真家写真00110 駅構内に桜はあっても、見には行けません posted by (C)たそがれの写真家写真00116 3時間10分ぶりに動き始めました posted by (C)たそがれの写真家写真00134 桜でいっぱいです posted by (C)たそがれの写真家写真00153 工事車両が待機しています posted by (C)たそがれの写真家写真00186 川の合流点で posted by (C)たそがれの写真家写真00195 川下りの船が posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月13日
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この時期は、とても広い地域でサクラ達が見頃を迎えるので、桜追いとしてはどこの地域の桜を見に行くのか頭を悩ませるところです。たとえば日本で一番樹齢が長いと言われる「山高の神代桜」は例年4/7頃見ごろを迎えますし、またこの頃は四国・徳島の山奥の古木たちも見ごろとなるのです。それで飛行機の予約が必要なものは、12月から予約が始まってしまいますし、この時に予約しないと安いチケットは買えませんし、最近はクラスjから席が埋まっていくので、クラスjも取れなくなってしまいます。そんな理由で飛行機の予約を優先する形になり、鉄道や車で行く場所をその間に当てはめていくと言うことになる上に、リハビリの日にちや通院の日にちも確保し、更にメダカや金魚たちのために2~3日に一回は自宅に帰るようなスケジュール立てが必要なのです。昨日まで岡山の奥、真庭市や津山市に行っていたわけですが、今日と言う日は安息日とするか、近くの桜を見に行くかと言う日に当たります。そこで恩師にお声をかけさせていただき山梨県の代表的なサクラを回ってみることにしました。写真00001 道の駅「すばしり」から見た今朝の富士山 posted by (C)たそがれの写真家写真00009 わに塚の桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢300年と言うエドヒガンの古木。日本武尊の王寺武田王がこの地に葬られて王仁塚(わにづか)と言われるようになったと地元では伝えられていると言う。写真00013 わに塚ま周辺に見えるヤマザクラの数々 posted by (C)たそがれの写真家写真00016 北杜市実相寺から甲斐駒ケ岳をのぞむ posted by (C)たそがれの写真家写真00032 山高の神代桜 posted by (C)たそがれの写真家山梨県北杜市武川町山高の実相寺境内にあるエドヒガンザクラの老木である。国指定の天然記念物であり、天然記念物としての名称は山高神代ザクラ(やまたかじんだいざくら)である。樹齢は1800年とも2000年ともいわれる。日本五大桜または三大巨桜の1つであり1922年(大正11年)10月12日に国の天然記念物に、1990年6月に新日本名木百選に指定された。日本武尊が東征の際、この桜を植えたといわれる。鎌倉時代、日蓮がこの木の衰えているのを見て、祈ったところ蘇ったという伝説がある。…ウィキペディア写真00034 実相寺にある「身延山の枝垂桜」の子孫 posted by (C)たそがれの写真家写真00037 近くにあった神代桜の子孫と思われる樹 posted by (C)たそがれの写真家写真00039 甲斐駒農道から見た甲斐駒ケ岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00050 関のサクラ posted by (C)たそがれの写真家樹齢500年と言われるエドヒガン近くを古道が走り、関所の傍らにこのサクラがあったと言う伝承による。写真00060 萬勝寺の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00066 乙ヶ妻の枝垂桜(樹齢200年と言う) posted by (C)たそがれの写真家写真00076 慈雲寺のイトザクラの子孫 posted by (C)たそがれの写真家写真00090 慈雲寺のイトザクラ posted by (C)たそがれの写真家推定樹齢300年超のイトザクラ、山梨県の天然記念物幹の目通り3.2メートル、樹高15.0メートル、枝張りは東西20メートル、南北18メートルの巨大なものである。1691年(元禄4年)の堂宇再建時に植えられたものと伝わることから、樹齢はおよそ320年と推定されている。エドヒガンの変種であるイトザクラは大きく枝が枝垂れることからシダレザクラの名で呼ばれることも写真00092 慈雲寺のイトザクラの子孫 posted by (C)たそがれの写真家*一週間くらい前の天気予報では、あまり良くないような予報でしたが、素晴らしい好天に恵まれ、また甲府盆地の一面に咲く桃の花も見ていただくこともでき、散り始めたとの情報もあった「わに塚の桜」も雄々しい姿で迎えてくれ、ようやく公務から解放されたと言う先生に、甲府盆地に広がる素晴らしいサクラの中のほんの一部でしたが、堪能していただくことが出来ました。また個人的にも、昨年はヘルニアや脊椎管狭窄症で見に来ることがかないませんでしたので、美しいサクラの数々に酔いしれたように思います。途中渋滞もあったりして思いのほか時間がかかってしまい、帰りが少し遅れてしまいましたが、良い一日が過ごせたと思います。
2014年04月12日
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津山城の桜を見ていなかったので、一度くらいはと今回は津山国際ホテルというすごい名前のホテルに宿を採って、津山城を拝見して見ましたが、いかんせんもう既に散り始めていて、せっかくの桜ももう一つ、それとあえて言えばヤマザクラが結構植栽されているのに、肝心な所一番目に付くところにソメイヨシノが植栽されていたりして、無計画に植栽された軌跡を見るようでした。そもそも戦争に備えている江戸時代の城跡に、桜が植栽されているはずも無く、…そんなこと言い始めたら小田原城も皇居の乾門もそうですけど…桜を植えること自体がおかしなことなのかもしれませんね。でも台湾から来ていると思われる観光客の皆さんは、それなりに楽しんでいたようにも見えます。で国の史跡にもなっている、津山藩の別邸の庭「聚楽園」に続けて行ったわけですが、ここではお抹茶の接待を受けてちょっとだけいい気分になって、資料に基づき津山市の古木や一本桜を探し求めてふらついたのですが、最初の千光寺からとても狭い道にナビに入れられて、左折すべきところがアクアと言う小さい車であるにも関わらず、左折できなかったりして、ようやくたどり着いたら既に葉桜になっていたり。でもいたるところにこれはと思わせるようなサクラの木があったり、山の中にヤマザクラが所せましと咲いていたり、とても今の私の居住地からは、想像できないような景色を見ることも出来ました。そんな報告はまた改めてとして表題の古木などについてまとめてみましょう。写真00158 千光寺 posted by (C)たそがれの写真家写真00159 千光寺 posted by (C)たそがれの写真家写真00160 わずかに残っていた花びら posted by (C)たそがれの写真家写真00161 鐘楼と posted by (C)たそがれの写真家枝垂桜のお寺として、観光パンフレットでも紹介されています。門の所に今年のサクラは終わりました、来年はもう少し早くおいでくださいと張り紙が。それにしても、道の狭いのには参りました。これも戦に備えてのことでしょうか。写真00171 尾所のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家樹齢約550年と言うヤマザクラです。四月中旬が見頃とありましたので、つぼみとは分かっていたのですが、もしやと思って出かけてみましたら、とても可愛い小さな固い蕾でした。まだ見頃までは、20日くらいかかるのでは。写真00173 尾所のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家この木も市のパンフレットで照会されている樹です。津山市内から40分ほど山の中に入っていきます。おそらく3月の大雪などで遅れているのでは。近くに見える山にも、まだ雪が残っています。写真00186 宝蔵寺のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家この木は市の天然記念物に指定されてはいるのですが、特別パンフレットで照会されているわけではありません。お寺の奥様から、なんでこんな木がわかるのですかと聞かれましたよ。樹齢250年だそうです。写真00189 宝蔵寺のソメイヨシノ posted by (C)たそがれの写真家お寺に入った時に、奥様がご友人と鐘楼にベンチを出してランチの最中でした。写真なら良く見えるところを案内すると言われ、お寺の裏に連れて行ってくださったのです。イノシシ避けのトタンが道をふさいでいました。写真00191 前景ならば墓地から posted by (C)たそがれの写真家と案内され、わざわざ干してあった布団まで取り込んでくださいましたよ。ついでにワンコも案内してくれました。写真00194 右側がヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家私も鐘楼に呼ばれ、お茶とお菓子の接待までされてしまいました。門から入って正面は見えている大きな屋根なのですが、ご本尊はその右の建物に奉ってあるのだそうです。写真00195 門からの景色 posted by (C)たそがれの写真家写真00197 250年のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家せっかくの天然記念物が大きな木に囲まれて可愛そうですが、かといってこの周りの木を切ってしまったら、本体にも影響があるのでしょうね。ソメイヨシノは、40年前にも今と同じくらいの勢いだったそうです。そろそろ寿命なのか、皮が落ちたり枝が折れたりしているそうですよ。*これらの場所に向かう途中にも、JRの駅には大きなサクラが塊で咲いていましたし、民家にも立派なサクラがあったりしてとても桜の里を走っているような感覚にさせてくれます。そしてそれらの木が、かなりの割合でヤマザクラであったり、エドヒガンであったりするのです。また山には、全山一面にと言えるほど山桜が咲いていたり、咲き終わった樹があったりします。私の地元箱根の外輪山では、緩やかな地形を利用して、古くから杉やヒノキの人工林に換えられてしまっていますから、豊かさとはと考えさせられてしまいました。
2014年04月11日
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昨日一日ゆっくりと休みましたから、疲れも取れて元気はつらつのはずなのですが、今日の飛行機に座るや否やいつの間にか眠っていました。じゃあ富士山はの声も聞こえましたが、今日は晴れていると言うのに、例によってPM2.5が地上を覆って、何も見えませんでした。もっとも富士山の山頂、やや南側を通過したので、Aの席に座っている私の窓からは絶対に見えないんですけどね。岡山インターから山陽道に入り、岡山jcで岡山道に、北房jcから中国道に入り、北房インターから一般道に、そして一車線の山道に入ります。ナビでそろそろ到着するかなと言うころ、駐車場マチの渋滞につかまり、なかなか動いてくれる様子もありません。それでも40分ほど並んで駐車場に入れました。今日の一番の目的は、醍醐桜と呼ばれる丘の上に立つ、これこそ一本桜とも呼ぶべきもの。*醍醐桜は岡山県の天然記念物に指定され、新日本名木百選にも選ばれた見事な桜です。目通り7.1m、根元周囲9.2m、樹高18m、枝張りは、東西南北に20m、推定樹齢1000年で、桜では県下一の巨木と言われています。 桜の種類は、ヒガンザクラの一種「アズマヒガン」。毎年4月の中旬に、微紅色の花を木いっぱいに咲かせます。 後醍醐天皇が隠岐配流の際、その姿を讃えたことにより、「醍醐桜」と名付けられた伝えられています。写真00005 一方通行を数珠つなぎ posted by (C)たそがれの写真家写真00007 すぐ上に醍醐桜は見えているのに、車は進まず posted by (C)たそがれの写真家写真00010 駐車場に向かう車と、桜に向かう人 posted by (C)たそがれの写真家写真00017 醍醐桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢1000年を超える大樹。わずか10数戸の集落のどこからも見えると言う、丘の上に鎮座名前の由来は、後醍醐天皇が隠岐に配流されるときここを通って、この木を愛でたことに由来する写真00025 醍醐の桜 posted by (C)たそがれの写真家岡山県を代表する大樹でかってのNHK大河ドラマの武蔵ではここで岡山県最初のロケがなされた写真00038 醍醐桜から岩井畝に向かう集落で posted by (C)たそがれの写真家昔、大八車が走っていたような、車の左右を意識して走らなければならない無舗装のとても狭い道を走りました。写真00039 岩井畝の大桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢700年を超えようと言うアズマヒガン(エドヒガンの一種)大桜です。地元には平家の落ち武者が持ってきたと言う言い伝えがあるようです。写真00045 岩井畝の大桜 posted by (C)たそがれの写真家例年は醍醐桜にちょっと遅れて咲く木で今年も9日の案内には「咲き始め」とあったのですが一晩でこんなに咲いてしまいました。写真00071 岡山の県道32号線には桜がいっぱい posted by (C)たそがれの写真家写真00089 宮原と言うところを走っていて見つけた桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00097 深山桜 posted by (C)たそがれの写真家国道181号と川をはさんで威容を誇示するかのような、でもとても綺麗な桜です。樹齢は100年強とまだ若いのですが、とても風格がありますね。
2014年04月10日
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今日は、例の「ぼけかる倶楽部」のイベントの予定でした。でも予定の中に前回行った徳川家霊廟が入っているし、久兵衛の握りずしは食べてはみたいけど、体調も考えないといけないしで、リハビリに行くことにしてキャンセルをしました。実は、メダカちゃんたちが一年で一番大事な恋の季節に入っているので、産卵のための準備もしないといけないんです。もちろん一日で全部なんて、水も用意できませんし、私の体力的にも無理なので、ほんの一部ですが、みんな暖かい日差しを浴びて元気そうに泳いでいましたよ。いつごろ「こんにちは赤ちゃん」となるんでしょうね。今日見た限りではお腹に卵を抱えた子はいませんでしたけど。孵化用のバケツや入れ物はたくさんあるんだけどな。と言うわけで、徳島での二日目の話です。徳島県では、剣山の麓と言うか山奥に樹齢数百年の古木の桜があるんです。あるものは人知れず、またあるものは地元の人たちに大切にされて。でも超限界集落のそのまた奥にあるこれらの樹は今後どうなっていくんでしょうね。走行ルートを地図で見る写真00097 吉良のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家樹齢約460年と言われ、徳島県の指定を受けている写真00098 吉良のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家地図のAの地点です写真00135 岡見堂のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家ここは前回お聞きした家も閉められており、郵便配達のお兄さんに聞いても分からなかった。たまたま振り返った時、上の方に桜が見え思い出したしだい。樹齢約300年と言われる。写真00137 岡見堂のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家地図のCの地点です写真00148 桜堂のひょうたん桜 posted by (C)たそがれの写真家エドヒガンザクラではあるが、ツボミの時瓢箪に似ていることからひょうたん桜と言われる。数年前、90歳の古老から子供の頃は、2~3人が入れる穴が幹にあったそうで、その樹は倒れて現在あるのは子供だそう。写真00149 桜堂のひょうたん桜 posted by (C)たそがれの写真家この木の脇には演舞場があって、昔は村の人々が集まり演劇や村歌舞伎などに興じたのでしょうね。周囲には、この木の子供と思える樹が数本あるが、近くの民家は一軒だけ。地図のBの地点写真00152 旧柴内小学校のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00160 下る途中の集会場で posted by (C)たそがれの写真家写真00175 天日神社のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家周辺にはアジサイが植栽されていたので、公園化されているのか。ただし剣山に向かう国道から、農道に入りその突き当りと言うとても高いところにある樹写真00179 天日神社のエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家樹齢300年以上と言われる。地図のDの地点*今回は、徳島県を代表するような古木・一本桜を集めてみました。もちろんこれでもほんの一部で、他にも樹齢600年以上と言うヤマザクラや500年を超えるエドヒガンの樹などがあります。ソメイヨシノのように成長が早く、豪華に展開する花ではありませんが、どの樹も光り輝いているように見えませんか。意外と近そうに見えますが、谷あいの道路の事。国道と言えどもすれ違いの出来ない部分はたくさんありますし、それぞれの移動には一時間近くかかってしまいます。ホントに山奥の限界集落を見守って、四国と言えども雪が積もる地域ですから、住む人々に新しい春を告げる大事な存在になっているのでしょう。
2014年04月09日
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せっかく京都のデータをUSBに収めたにもかかわらず、徳島に持参するのを忘れてしまいました。日記自体は徳島のものでつなげましたけど、せっかくの天竜寺も報告しておかなくてはね。と言うのは、とても外国の人が多く、それもふつうにみられる台湾やアメリカからのお客様だけでは無く、ロシアやインドネシアなどたくさんの方が見えていました。さすが京都、さすが嵐山・嵯峨と言うべきか、素晴らしいサクラの時期に素晴らしい日本を味わっていただくのは、とても良いことだと思います。ちょうど天竜寺も満開となっていたんですよ。白状しますが、支院の法厳院では夜桜を見たことはあるのですが、あれほど紅葉時期の天竜寺に通っていて、こんなにも桜があったとは思いもしませんでした。写真00314 天竜寺近くの湯豆腐屋さん、山桜なんてイキだね posted by (C)たそがれの写真家確認していませんが、特攻で亡くなった戦友を慰霊しているようでしたよ。写真00316 曹源池と借景と posted by (C)たそがれの写真家写真00318 シダレザクラの下は大賑わい posted by (C)たそがれの写真家写真00319 庭園から北門の方に行くとまさに桜の園 posted by (C)たそがれの写真家写真00321 こんな見事なサクラもあったんだ posted by (C)たそがれの写真家写真00322 サクラなんですけど名前が posted by (C)たそがれの写真家写真00323 北門からくるお客様もぶつかって posted by (C)たそがれの写真家写真00325 吉野ツツジとシダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00328 コヒガンザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00333 ヤマザクラ? posted by (C)たそがれの写真家後ろの御嬢さんたち、ロシアの家族につかまって記念写真をしていました。私もついでに。もちろん声は掛けてますが、ブログまではね。写真00337 紅葉李(ベニバスモモ) posted by (C)たそがれの写真家写真00338 カイドウ posted by (C)たそがれの写真家写真00339 ボケの色変わり posted by (C)たそがれの写真家写真00341 吉野ツツジ posted by (C)たそがれの写真家写真00348 山の上から見下ろすように posted by (C)たそがれの写真家写真00346 啓翁桜(ケイオウザクラ) posted by (C)たそがれの写真家写真00350 寺院にはやはりエドヒガン系ですね posted by (C)たそがれの写真家写真00351 背が高いのはエドヒガンの特徴? posted by (C)たそがれの写真家したれ桜は、エドヒガンの変種で枝が柔らかかったため、自然と垂れ下がったと言われています。写真00357 モミジの若葉とのコントラスト posted by (C)たそがれの写真家この後、バスで大覚寺に向かったのですが、大沢の池も臨時料金所があって、その割にはソメイヨシノしか無く、一応ぐるりと回ってみましたが、畑の中を広沢の池に行く道も閉鎖されており、佐野藤右衛門さんのお庭に行くのもあきらめて、ぐったりと疲れて京都駅経由家に帰りました。だって大沢の池って言っても、時代劇でくどいほど見ていますものね。
2014年04月08日
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低気圧が発生して、東に進むと言うこの日、積乱雲のような雲の上を飛行してついた空港は、まさに雨があがったところでした。これ幸いとばかりにレンタカーを走らせ目的地に向かうと、なにやらポツリポツリと始まり、やがて大雨に。すでに散り始めた木も見られるもののそこは山間の集落、見惚れるばかりのしだれ桜が次から次へと現れます。いかんせん、細い二車線の国道、おまけにこの地の車は車間をとってくれないので、停めて撮影するわけにも行きません。おまけに予定していた寺院の時はまさに本降り、あいにくと傘を借りてはいませんでした。でも周囲の山には山桜が残っていたり、ちょっと離れたお宅にも庭にしだれ桜があったりします。雨に煙り視界が悪い中、何とか撮影した桜たち見てあげてください。写真00006 棚田も桜の丘に posted by (C)たそがれの写真家写真00010 大宮神社の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00014 国道沿いにはしだれ桜が posted by (C)たそがれの写真家写真00016 ある民宿の庭で posted by (C)たそがれの写真家写真00018 キャンプ場にも posted by (C)たそがれの写真家写真00022 道の駅から山の上の民家を posted by (C)たそがれの写真家写真00024 民家の裏に posted by (C)たそがれの写真家写真00028 町の中心地で posted by (C)たそがれの写真家写真00032 石垣の上にも posted by (C)たそがれの写真家写真00033 西光寺駐車場で posted by (C)たそがれの写真家写真00037 西光寺 posted by (C)たそがれの写真家写真00040 西光寺の境内で posted by (C)たそがれの写真家写真00044 旧道沿いの民家にも posted by (C)たそがれの写真家写真00046 小川のほとり posted by (C)たそがれの写真家写真00047 左右山の集落で posted by (C)たそがれの写真家写真00049 河原にも posted by (C)たそがれの写真家写真00050 明王寺付近の民家 posted by (C)たそがれの写真家写真00053 国道にて、レンギョウとしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00055 丘の主役 posted by (C)たそがれの写真家写真00065 ヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月07日
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京都の春は、醍醐の花見さえできれば終わったようなもの、ついでに見ておくか的な気分で、まずは再び東海道線に乗り、お隣の山科へまた醍醐に行くわけでもなく、駅前から普通の人は歩いていますが、心臓に問題のある身ですから、山登りは避けタクシーにお願いして。行った先は毘沙門堂京都市山科区にある天台宗の寺院。山号は護法山。護法山安国院出雲寺とも称す。本尊は毘沙門天。天台宗京都五門跡の一であり、「毘沙門堂門跡」とも呼ばれる。寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行基が開いたという。その後、平安時代末期には出雲寺は荒廃していたが、鎌倉時代初期、平親範が平家ゆかりの3つの寺院を合併する形で再興。中世末期には再び荒廃していたが、近世に至り、天海とその弟子の公海によって現在地に移転・復興され、天台宗京都五門跡の一として栄えた。…いつものウィキペディア何処から見ても鳳凰の眼で睨みつけられると言う天井画や見る角度によって、絵が変わってしまう襖絵などが有名のようですね。以前訪れた時、他のお客様に案内されている八坂観光のタクシー運転手さんに就いて聞いていました。写真00224 毘沙門天 posted by (C)たそがれの写真家写真00225 シダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00235 毘沙門天にて posted by (C)たそがれの写真家写真00236 寺への傾斜に咲くエドヒガン posted by (C)たそがれの写真家写真00245 山科疎水 posted by (C)たそがれの写真家桜も菜の花も地元の人たちがボランティアで植えたんだと。菜の花がとても良いかほりを醸し出していました。写真00249 山科疎水の下流側 posted by (C)たそがれの写真家写真00254 太秦天神川からは嵐電で posted by (C)たそがれの写真家山科から太秦天神川までは、市営地下鉄東西線乗り換えなしで行けるものね。そして嵐電の嵐山駅は、嵐山に近いし写真00268 渡月橋から posted by (C)たそがれの写真家写真00271 対岸のヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00274 法輪寺みたいですね posted by (C)たそがれの写真家最初はここを目指して渡月橋を渡ったのですが、屋形船が気になり行先変更しました。写真00275 渡月橋から左岸を posted by (C)たそがれの写真家写真00288 保津川下りの観光船 posted by (C)たそがれの写真家お客様を下して、見えないところまで回送してトラックに載せて、乗船場に帰ります。写真00292 乗合船でクルージング posted by (C)たそがれの写真家前夜の雨で水かさが増えている中、大海に竿出す船頭に命を預けてと言うか、これが一番確実な手段カモ。 上流まで一キロほどさかのぼって往復しました。写真00294 保津川下りとコンビニ船 posted by (C)たそがれの写真家左は保津川下りの観光船。 流れが速いのか、この日は4人船頭で挑んでいましたよ。その船も稼ぎ時とばかり次々と降りてきました。 右側の船はコンビニ船、飲み物や焼きイカなどの食べ物を船に横付けして販売しています。この時は、この船への販売が終了し、私たちの船に横付けしようとしている所です。写真00298 船上から右岸を posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月05日
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とは言っても、夜桜自体はあまり興味のないたそがれさん。でも何度かは定期観光バスの夜のコースにも参加していますよ。定番は、円山公園と清水寺、高台寺と知恩院、変わったところでは青蓮院門跡なんてのも行きましたが。今回は東寺と二条城です。東寺はサクラの時期に行っていなかったので、不二桜が見たかったのですし、夜桜と言えば二条城ですからね。行先さえ押さえておけば、京都の定期観光バスはその都度チケットを買うために並ばなくてもいいし、コースによっては食事も付いていますし、時には定期観光ならではの場所にも連れて行ってくれますので、要チェックの存在です。一度は、ガイドさんから穴場の紹介もしていただいたこともあるんですよ。写真00126 東寺 不二桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00132 五重塔 posted by (C)たそがれの写真家写真00136 池に映るライトアップ posted by (C)たそがれの写真家写真00138 桜の影に金堂が posted by (C)たそがれの写真家写真00146 金堂 posted by (C)たそがれの写真家東寺音舞台の時は、ここにステージが作られて、華原朋美さんなどが熱唱されたんです。一面に椅子が置かれていたけど、この時見たらこんな狭い場所にと思いましたよ。写真00148 講堂 posted by (C)たそがれの写真家この中にたくさんの仏像が安置されており、それぞれライトアップされていました。神々しいと言うよりも怖さを感じました写真00156 クイズーこのタワーは何を模しているのでしょう posted by (C)たそがれの写真家写真00157 不二桜と五重塔 posted by (C)たそがれの写真家写真00172 二条城二の丸 posted by (C)たそがれの写真家写真00181 二の丸庭園の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00188 発光ダイオードが変な色に posted by (C)たそがれの写真家写真00192 清流園 posted by (C)たそがれの写真家写真00194 まだ若いシダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00196 見上げてご覧夜の空を posted by (C)たそがれの写真家写真00198 エドヒガンですね posted by (C)たそがれの写真家写真00199 シダレとソメイヨシノ posted by (C)たそがれの写真家別々の樹でも、夜はあたかも一本の木に昨日4/4は、埼玉のさきたま古墳や忍城跡に行くつもりでした。どちらも映画「のぼうの城」で取り上げられたところですが、相模の国に生まれてあの秀吉の20万にも上る軍勢に攻められた、関東各地の後北条の支城の中で、唯一水責めまでされながら、負けなかった忍城を前から見たかったのです。でも天気予報を見ていると、埼玉地方は特に荒れるように思いましたし、正直言って京都ではかなり歩きましたので疲れてもいたので、自宅待機をしていました。事実お昼頃突然強風が吹きだして、私のマンションも桜吹雪に包まれ出しました。これでこの地方の桜もまだ一部残ってはいますが、色落ちが激しくなりましたので、終盤戦に入ったのかな。
2014年04月04日
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秀吉の朝鮮出兵に着いては、みなさんそれぞれご意見はお有りになるのではと思いますが、私は尾張の農民からのし上がった秀吉だからこその行為だと思います。北条(後北条と言うべきかも)を倒して、国内を平定した秀吉にとって、各大名を自分の側に引き留める手段は、領地を与えることしか及ばなかったはず。でも徳川時代のように冷徹に、お家断絶なんて出来ない彼の事、ましてや「お拾い様」とまで呼ばれた秀頼にそのまま政権を引き継ぐには、朝鮮・明を打倒しその地を与えるしか思いつかなかったのでしょう。信長が明智光秀に所有している丹波の地を取り上げ、山陰を思いのままに切りとれなんて、けして言えない秀吉だったのでしょう。その彼が、最後の自分の力を見せつけようとしたのが、「醍醐の花見」で全国から桜を取り寄せ、植栽させて大勢の臣下やその婦人たちを集めると言う、尾張人ならではの勝負に出たのが、その醍醐寺と言うもので、今では当時の桜は残ってはいませんが、その後に寄進されたエドヒガンの花がわが世の春を天国だか地獄だかの秀吉に届けとばかり、満開の花を広げていました。残念なのは、たぶん戦後の事でしょうけど参道にソメイヨシノが植栽されていることですね。霊宝殿の前駐車場への道は両側ともソメイヨシノです。この花は成長がとても速く、かつ豪華に見えるので全国各地で植えられましたが、そこは接ぎ木で作られたF1のこと、子孫を残すことはできませんし、朽ちるのも約60年の寿命と言われるように短いものです。写真00003 醍醐寺の総門 posted by (C)たそがれの写真家写真00004 参道風景 posted by (C)たそがれの写真家写真00005 駐車場への道 posted by (C)たそがれの写真家これがすべてソメイヨシノなんですよね。ソメイヨシノは江戸時代後期に染井村で作られた苗木なので、秀吉の時代にはあったはずも無くせめてヤマザクラにしてほしかったな。写真00008 竹囲い越しにシダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00009 入って右手に見えるシダレザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00012 その左隣の枝垂桜は posted by (C)たそがれの写真家下にも枝を広げていました。普通は、若いうちに矯正するんですが。写真00016 醍醐寺の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家醍醐寺の桜として尊重されているサクラこれでも樹齢は約150年だとか写真00024 宝物殿裏の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00027 そんなしだれ桜の花を posted by (C)たそがれの写真家写真00033 霊宝館裏の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家ここは建物の高さがあるので、桜も高いところに花を咲かせていますね写真00036 霊宝館横手の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00041 そんな花を求めて posted by (C)たそがれの写真家写真00048 仁王門前の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00057 清瀧宮本殿横の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00061 清瀧宮拝殿横の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00075 憲深林苑の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00079 憲深林苑の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家私もここでお抹茶をいただきました。のんびりとはいかない風情でしたけど写真00084 三宝院の枝垂桜 posted by (C)たそがれの写真家何故かこの木が醍醐寺を代表するサクラとして紹介されることが多いですね。団体さんがお庭のある三宝院しか行かないからでしょうか。
2014年04月03日
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ちょっと前、4時40分ごろからイソヒヨドリがあの美声で歌を歌い始めました。ここのところ、この団地の周辺に何羽かが居ついてくれているようです。初めてイソヒヨドリと出会ったのが、奄美群島でも一番沖縄に近い与論島でしたから、なんか不思議な感覚ですね。彼らにも、春が来ているのでしょう。春と言えば、我が家のメダカさんたちにも、そろそろ準備をしてあげないといけないのですが、フライトの空いた自宅待機日にも今年は、ぽけかる倶楽部のイベントに参加していたりして、少しも進んでいませんね。あまり水質の劣化しているものは、交換してあげてはいるのですが。バケツに6杯ほど、交換用の水は用意しているのですが、ガボンバ(金魚藻)を買いに行くことが出来ず(昨日・火曜日が定休日)、足し水をしてあげてもう少し我慢してもらうばかりです。彼らの動きも活発になってきて、私の足音で「モグモグハウス」で待機する子が増えています。そんな昨日、家に居ても水替えが出来ないし(ダイニングの小さな水槽のシロメダカだけ換えてあげましたけど)、以前訪ねたことのある山梨県市川大門の二つのお寺の枝垂桜が満開となっていたので、訪れてみました。ここは周囲にもとても桜の多いところで、丁寧に探せば一本桜の優れた樹形のものにまだ出会うと思いますよ。・・・4/2市川大門という珍しい地名についてウィキペディアでは…古代の律令制下では、町域は八代郡から巨摩郡で編入されたと考えられている市川郷に比定されている。市川郷には、10世紀には甲斐国において唯一荘園公領制の確立以前に立荘された市河荘が成立し、町域は荘域の南端に位置する。平安時代後期には常陸国から源義清・清光親子が同荘に配流され、その子孫は甲府盆地各地に土着して勢力を広げる甲斐源氏の勢力基盤となるが、町域には平塩岡の伝義清屋敷跡や平塩寺跡など武田氏に由来する史跡が分布し、同じく義清伝承の残る甲府市南部から中央市・昭和町にかけての地域とともに市河荘の中枢であると考えられている。近世には5か村が成立し、八代郡西郡筋に属する。全村が幕府直轄領、甲府藩領を経て、享保9年(1724年)に甲斐一国が再び直轄領化されると在方は三分代官支配となり、町域は市川代官支配となる。町域には駿州往還の宿場と富士川舟運の黒沢河岸が存在し、物流・交通の拠点となる。写真00002 宝寿寺 posted by (C)たそがれの写真家写真00003 地蔵と桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00004 宝寿寺のしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00006 これが樹齢200年と言うしだれ桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00008 弘法大師と posted by (C)たそがれの写真家写真00009 鐘楼と桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00020 幹は無くとも枝はがんばる posted by (C)たそがれの写真家写真00031 宝寿寺の山門 posted by (C)たそがれの写真家写真00035 八ヶ岳 posted by (C)たそがれの写真家写真00036 近くのヤマザクラ posted by (C)たそがれの写真家写真00038 観音様や桜たちに囲まれて posted by (C)たそがれの写真家写真00049 福寿桜 posted by (C)たそがれの写真家樹齢は約100年らしい、福寿院と言う寺号から「福寿桜」と名付けられているようだ。ー 場所: 山梨県西八代郡市川三郷町市川大門写真00052 若富神社?の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00055 古い道の街角にあった桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00059 ふるさと会館から見た桜たち posted by (C)たそがれの写真家山の上に桜とお城が見えたので、道を探しながら尋ねてみました。ここは甲府天領の領地なのでお城があったはずはありません。名前から、あのバラマキのふるさと創生資金かと。ただ武田時代には、上野氏の砦があったようです。写真00061 ふるさと館から見えた一本桜 posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月01日
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と言っても、個人でしかも一人で行けるところでも無し、29日と同じ「ぽけかる倶楽部」のイベントです。今回は、確か「日本の名庭園で楽しむ桜3景めぐり」だったかな。ただ予定していた国立博物館の庭園が休館日とかで、増上寺に変更になると言う信じられないポカもありまして。八芳園は、あの大久保忠教(彦左衛門)の屋敷(但し、現在の園全域ではなく一部が彦左衛門の屋敷地)であったが、その後薩摩藩の抱屋敷、島津氏(松平薩摩守)の下屋敷を経て、明治時代に渋沢喜作の手に渡ると言う変遷を経て、鉱山王と言われた久原財閥に、また戦後は外国からのお客様をもてなせるようにと、改良されたと言う。あと一か所は、六義園と言う柳沢吉保の屋敷跡とかいうところで、ここにも渋沢栄一が顔を出していると言う、明治の金持ちのすごさを感じるイベントでもありました。ただここはサクラを期待していたのに、入ったところにあるシダレザクラだけで、庭園は素晴らしいものの若い女性をはべらせて、へいしでお酒をなんて真似を出来るわけでもなく、人出の割にがっかりして帰ってきました。写真00003 駐車場の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00004 生演奏がお出迎え posted by (C)たそがれの写真家写真00006 エレベーターホールから下を見ると posted by (C)たそがれの写真家写真00009 とても手の込んだランチ posted by (C)たそがれの写真家写真00017 水亭から posted by (C)たそがれの写真家写真00020 庭左手の桜 posted by (C)たそがれの写真家写真00021 新緑がまぶしく posted by (C)たそがれの写真家写真00029 白鳳館 posted by (C)たそがれの写真家露宴会場として使われているらしい写真00031 茶室(霞峰庵) posted by (C)たそがれの写真家久原財閥の総帥、久原房之助と言う人が、自分の別荘を移築させたとあります。写真00033 高輪プリンスのさくらタワーですね posted by (C)たそがれの写真家写真00036 八芳園の建物 posted by (C)たそがれの写真家写真00037 水亭を正面の丘から posted by (C)たそがれの写真家写真00038 壺中庵 posted by (C)たそがれの写真家写真00042 キノコのような東屋 posted by (C)たそがれの写真家写真00044 庭から見上げてみれば posted by (C)たそがれの写真家
2014年04月01日
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