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私は、とにかくきれい好きの両親のもとに育ったために、両親から何かにつけ「汚いから」という言葉をよく聞かされていたように思う。「汚いから」は本当に汚いものから、あまりそうでないものに至るまでとにかくよく聞かされていたために、ある時、私の周りは汚いものだらけになってしまったことすらあった。両親の言葉はとにかく影響が強い。そして、無意識のうちに私はこの「汚いから」という言葉を内側でも外側でも使うようになる。そうなると、どうなるか…万物はひとつながりで私であるがため、私自身がこの「汚い」存在に早がわりする。つまり私=汚いの構図が出来上がる。そうすると、私は無意識のうちに私は汚いものだと思い込み、汚い私は汚さにおびえて縮こまる。汚いという恐れに囲まれて暮すようになる。私が汚いと思っているから、余計に周りが汚くなるのだ。類友ってヤツはこんなとこまで働いてたんだ~世の中汚いところばっかり!!この繰り返しが続く…どんどん続く。ここから抜け出すのは容易ではない。いわゆるループだね… うわ~何とかしてくれ~って感じ。夢は何度もこれを教えてくれていたけれど、根深いだけに核心に気づくのには相当かかったものだ。これは一つの例だが、人はこんな側面をいくつも持ち合わせている。やっかいなのは、自分が「汚い」という思いを持っている事実に完璧に気づいている場合だ。場合というか、頻繁に思っている場合は、気づいていることが殆どだろう。認識せざるを得ないくらい頻繁に思っているワケなんだな…そうすると、どこかで無意識にそんな自分を非難する声が…「ああ、また汚いと思ってる…何でこんなに気になっちゃうんだろう…」また一方では「でも、あまり頻繁に汚いって言うとおかしい人って思われるから、言えないな」という表現を抑制する声… ここでもループが!!ええい、面倒くさい、ここまで気づいたのなら、全部認めちゃえ~あっ、それと汚いって言ってきた分、バランスとっておくか…めでたし、めでたし…
2006.09.30
先日セラピーフェアで、リコネクティブ・ヒーリングを行いました。このように続けて施術するのも初めてだったのですが、やればやるほど周波数を感じ、クライアントさんとその場所(私の中心の部分というか…)で共にいる感じが高まってきました。中でも強く感じたのは、その意図。リコネクティブ・ヒーリングを施術する側もそうですが、受けられる側の意図もかなり深く関わっているように感じました。しかも、今のところ感じているのは、施術者の状態に似たことが起こることも多くあるということ。これは共鳴という部分にも深く関わっていると思いますが、このヒーリングの大いなる可能性を感じているところです。それは遠隔であれ、変わらない印象です。人の概念というのは、そう簡単には変えられない部分があると思いますが、その概念の部分までもこのヒーリングは行き渡り、より大いなる意識に近づくこともできる…そんな感じさえ持つものです。それから、もう一つ面白いことを発見しました。たとえそのヒーリングの中で変化を感じない場合でも、それは確実に変化を引き起こしているということです。それは、今まではできなかったことが本当に自然にできるようになったり(あまりにも自然なのでご本人は気づいていない)、またそのヒーリングがきっかけで問題解決のための経験をする機会を得る、というかたちで現れるということもあるということです。行えば行うほどその可能性が無限であり、その働き方がいかに多様で深く、また面白いものかを知ることになりそうで、ワクワクしています。もちろん肉体的にものすごい変化が現れた方もいらっしゃいます。施術前とその後では別人のようになってしまう…こんなこともあるのかと目を疑うばかり…このヒーリングを行った後には必ずヒアリングを行うことにしていますが、このヒアリングにも大きな秘密があるのだなあ、と感じています。お会いしているだけでもヒーリングは起こりますが、そのヒーリングがどのようにして働いているのかが、わかるにつれ、宇宙からの働きかけを強く感じることができます。その意味では、このヒアリングを大切にして、クライアントの方々にも多いにそのヒーリングの可能性というものを認識していただければと思います。またクライアントさんとの交流がその後の変化をまた増幅させるものであることを感じています。リコネクティブ・ヒーリングの体験をシェアしたり、その話題に触れるだけでも大きな何かが動く予感もしています。今後はそのような活動も取り入れていきたいと思っています。例えばメーリングリストを作るなど…何かご提案やご希望がありましたら、aijoy719@yahoo.co.jp までお寄せいただければ嬉しいです!最後に…ブログを書いていると「もっと静かな感じの方かと思った」とか「教頭先生のような人だと思っていた」とか最近よく言われます。以前はショップにリンクしていたこともあって、あまりくだけることができなかったのも事実。(^.^)これは、私の文章の書き方のせいですね(^^♪本当はもっとくだけた感じです!特に最近楽しいので、ブログの感じと実際の私を違う!と感じる方が実に多いのではないでしょうか… というわけで、私も様々な方との交流を楽しんでいます。お気軽にご意見をお寄せ下さいね。
2006.09.27
私達はみな、過去の経験を通して、あるパターンを創りだしていると思う。つまり、過去に失敗すれば、また失敗するのではないかと考え、またその失敗を創り出す。このパターンから抜け出すのには、どうしたらいいのか…このパターンはある意味、時間が直線的に連続しているという概念の中から創りだされているものだと思う。この時間が本当は瞬間しか存在せず、その瞬間の連続で折り出されるものであるとしたら(なかなか表現が難しい)、この理論上、このパターンをあてはめることはできない。しかし、私達はこの時間を直線的なものとしてしか捉えられないからこそ、逆に過去に縛られてしまうのだろう。今書いたのは、かなり概念的。う~ん、難しすぎる。それではもっと無理のない考え方はないか?それは、私達の経験がいかなるものであるかを理解することだと思う。私達がこの世に生まれて経験していることは、瞬間瞬間が必ず違うはずだ。そう、違う経験しかできないようになっているはずだ。違うからこそここに生き、経験をする意味があるんだよ、と上から声が聞こえてきそうだ。(←先に言っちゃおう)だから、違う経験をするには、この瞬間瞬間が必ず違うはずだ、と考えるのが一番だと思う。実際そうであるはずだし、そうでない理由はどこにもない。本当は経験則は存在せず、経験からあるパターンを創造してしまっているにすぎない。リアクションを変えることは、このパターンから外れるカギだと思う。そのパターンがあるバランスをもって、この宇宙に存在していたとすると、きっとそのパターンに対するリアクションも殆ど同じだったはず。そこで、そのリアクションを変えて、グラッとさせてやれば、必ずバランスの法則からいって何かが変わるはずだ。ついでに思うことは、そのグラッは関東大震災ぐらいだと、更に効果が期待できるかもしれない。あまり大きすぎて、こわれたりして…(これはかなり責任が持てない)人生実験でもある。いろいろとやってみたい。
2006.09.20
最近、特に頻繁に若いね…って言われる。自慢?人はどう思ってもいい…そう認めないと若くいられないことは本当である。松田聖子が鏡に向かって「私はきれい」と言い続けたのは、有名な話。なぜか、年をとらないような気がしている。そう思い込んでいるのは確かだ。おまけに死なないような気がしている!!(-_-;) この世の形あるものにはいつかは死が訪れるというのに…本質とつながるってどういうこと?と時々聞かれる。確かにわかりにくい。でも、この本質という言葉は、正に本質そのものである。要は、私達は一体誰なのかってことだ。それは、いろいろな言葉で呼ばれている。内なる神、本当の自分、仏、神性、愛、光、ダーマ(ダルマ)…そして、これらは人によって抱くイメージも、またそこから広がる世界も違うかもしれない。でも、一つ…それとつながると最高ってこと。一つ一つじゃなく、また表面だけ修正するでもなく、全てを手に入れるには、この本質とつながるしかない。そして、それに目覚めること…これは間違いない。この本質とつながるべき時代が訪れつつある。わけもなく、つらい、不安という人が増えてきた。それを無視すると辛くなる時代…確かにそれを感じる。それでも、人はなかなかその扉を叩こうとはしない。いや、叩かせていない、というのが本当か…スピリチュアルな世界…この世界を突き詰めるとこの本質を見ざるを得ない。いや、そちらへもっていかれるということか…そのスピリチュアルな世界でさえ、この本質が見せているのだということ…これがまた面白い。いつもアイリーン・キャディの話を思い出す。彼女は1日の殆どを瞑想に費やし、その啓示に従って生きた。しかし、その内面には常に葛藤があった。…それは、正に神に抗ったことである…と彼女は感想をもらしている。なかなか興味深い時代になってきた。
2006.09.19
かねてから、タイミングで開始しようと考えていた「遠隔リコネクティブ・ヒーリング」と「遠隔リコネクティブ・ヒーリング+電話セッション」をメニューに加えました。遠方の方も是非遠隔というかたちでリコネクティブ・ヒーリングを体験していただければと思います。本来お電話での通話は必要のない遠隔リコネクティブ・ヒーリングですが、私のセッションでは、共鳴することを大切にするため、是非お電話でもお話しをさせていただきたいと考えています。短い時間ですが、お話しされたいこと、ご質問になりたいことなどをまとめてお話し下されば嬉しく思います。また、遠隔リコネクティブ・ヒーリングのセッションの際、ご希望の方にはその方の体をそのまま感じ、症状等を解放するためのアドバイスを差し上げています。遠隔リコネクティブ・ヒーリングでも、変化を実感していただくことは十分可能です。詳しくはこちらをご覧下さい
2006.09.18
私の中の思いや経験を、様々なかたちで表現することに試行錯誤しています。以前のTiny Boxにつづき、「Days」というカテゴリーでそれを継続していきたいと思います。****************************ふと目を覚ます。黒い空間で私はひとりぼっち…ああっ!何だ、ここは…私はだまされてたんだ!生まれてからずっと今まで、サイボーグを人格をもった人間だと信じて…私が信じてた親も兄弟も友達も完璧にプログラムされたサイボーグだったなんて…父親や母親なんていなかった…姉妹までもが本当はいなかった…私だけが知らなかった…私が食べてたものって、一体何だったの?着たり、持ったりしてたものって、あれって何だった?何でできてた?どうしてあんな偽りの世界で真剣にやってたんだろう…私が感じてたことって?私が苦しんだことって?周りになんか誰もいない。私の信じてたことが全て偽りだった…生きてきた世界の決まりも常識も概念もそんなもの、どこにもなかったなんて…だって、ここ真っ暗じゃない?何にも存在しないじゃない?存在って何?存在って言葉すらここにはないじゃない?私の思ってたことって、一体何を基準にしてたわけ?私は何を信じてこれから生きていけばいいの…しかもしかも…これは私が全部仕組んでたことだったなんて…狂いそう…私は一体何を信じて、どうすれば…本当に狂いそうだ…こんな世界では生きていけない…寝なければ、狂いそうだ…明るくなって目が覚める。ああ、ここでの普通の生活が嬉しい。私が安心して生活できるものがここにはある。きまりがあってよかった。苦しみがあってよかった。楽しみがあってよかった。****************************ちなみに私は狂ってはおりませんので、ご安心を(笑)今日は息子が水泳を習っているので、その付き添いで出かけたのですが、子供の頃疑問だった事柄を思い出しました。それは、どうして子供って水の中でぴょんぴょんはねているんだろうってことなんです。じっと立っている子なんて、ほとんどいない…思い出したぞ…私も子供の頃ぴょんぴょんしてたし、何でぴょんぴょんしなきゃいけないんだろうって気がついた瞬間、棒立ちしてみたけれど、かえって違和感あったな…どうして~やっぱり体が知っているとしか思えない…
2006.09.17
1週間前にも書いたけれど、ここのところのテーマは全てが大切であるということ、そして人が大切にしているものも、私は大切にするということ。人が大切にしているものも大切にできるということが、今の「私」を大切することそのものにつながると感じている。リコネクティブ・ヒーリングを習得してから、私の中で大きなものが動いた。本質に目覚めるには、このヒーリングは大きな役割を果たしてくれるだろう… 実際に本質に目覚めるためのセッションではこれを用いることを私は選択している。確かにこのヒーリングは素晴らしい。何せ光と情報をもたらす周波数を保持するわけだから、ヒーリングの後の変化もまた持続性があるのも当然のことなんだ… 変化の様子を知らせて下さった方のメールからもそれを確信する。リコネクティブ・ヒーリングの先生からもヒーリングは一本に絞った方がいいんじゃないか、という一言。それでは、今までのクォンタムタッチなどのヒーリングは「現時点で」どうするのか…という新たなテーマが浮上してきた。そんな中、母親にリコネクティブ・ヒーリングを施すと体ぐらぐら、足はピクピク、頭はフリフリ、ああ勝手に体が動いてる、動いてる、やっぱり体は知っていてきちんと動くんだな~ でも、あれっ!そのうちに母の手は勝手に動き出したかと思うと、何と自分で自分の頭をマッサージ。それも勝手に手がやっているらしい。母「あ~zzz(かなりぼうっとしている)何だかマッサージしてるわぁ~zzz。いつまでやるのかしらぁ~zzz。」ひとりでに動いているので、そのままその場を去ることにした。う~ん。お決まりの疑問が浮上してくる。何でわざわざリコネクティブ・ヒーリングの最中に頭揉んでんの?数日が過ぎた。またある考えが浮上してくる。もしかして、「おかあさんはリコネクティブ・ヒーリングもそうだけれど、それより強い思いとしてマッサージをして欲しかったのかも…」リコネクティブ・ヒーリングもとても大切だけれど、本当に気持良くって癒されたと感じることって本当に大切だもんな… 実際に気持いいって十分感じたら、これは本当の癒しでなかろうか…(←まあ、当たり前なんだけれど、リコネクティブ・ヒーリングにこれを足したら最高だと感じたワケです)そして、私はその後母の頭をモミモミ…クォンタムタッチでフーフー…母からは「あ~気持良かった~」の一言が聞かれました。リコネクティブ・ヒーリングでも、えもいわれぬ気持の良い体験をする人もいるのですが、このことは母にというより私にとって、とても大きな意味を持つものでした。そんなこんなで、急遽、今までの「本質とつながるという意図」とはまた少し違った意図で、オーダーメイドのヒーリング・セッションサイト「PURE JOY」をオープンしたわけなのです。まあ、結局奥ではつながっているんだけれど、ダイレクト(意図が大切)なのか、緩やかに時間をかけてなのか、ということでしょうか…人それぞれ、求めるものも違えばその意図も違うので、それならその需要に沿ってみたいと考えたわけです。更に昨晩はクォンタムタッチの先生のゲストイベントがあって、そこでデモンストレーションする役割で出かけた。いつもこの先生に会いたさに出かけていくのである。先生は愛に溢れてる~ いつも会うだけで、癒されるし、悦びで胸がいっぱいになる。悦びで涙が出てくる感じなんだな~そこで、また先生の気になるひとこと。「タッチすることにはとても意味があるんです。赤ちゃんとおかあさんとの関係でもスキンシップを大切にするでしょ」ああ、答えがやってきた…やっぱりクォンタムタッチも大切にしていこう…と。確かにマッサージ然り、人にさわってもらうことを求めている人って結構多い。マッサージって行為そのものも気持いいんだけれど、結局は触ってもらいたいんだよな、きっと。実際にデモンストレーションで大勢の方にクォンタムタッチをさせていただくと、「あ~気持良かった」という声がぞくぞく…ついでに、先生は「クォンタムタッチを続けて行うと自己の本質に目覚めることができます」と言っておられた。やはり、現時点では葛藤が起きない限り続行していこう…そんなわけで、PURE JOYから入っていただければ、今まで通りクォンタムタッチも受けていただくことができます。クォンタムタッチという愛を送るタッチを通して、体が悦んでいるのを感じていただけることでしょう… このサイトは何でもアリにしました。求めるものがその方の癒しとして成立するという考えから、レイキのアチューメントもカウンセリングもヒーリングの伝授もアリです!ついでにクォンタムタッチなどの本を読んでの質問・疑問にもおこたえします。新しいサイトをオープンさせたのは、こんな思いからデス。オーダーメイドのヒーリングサイト「PURE JOY」
2006.09.15
中学生の時だった。担任だった暴力をふるう教師(今では考えられないけれど)に嫌気がさして、学校に行きたくなくなった。ふと、グランドキャニオンのような大自然に身を置いたら、きっとこんなちっぽけなことって思えるだろうな…と考えた。そう考えたことは、ずっと後まで覚えていた。 自然の多い場所に住んだり、また自然に存在しているものを身の回りに置くと、人はそれらにどんどん共鳴して、自然の姿になっていくように思う。本当の己の姿を思い出すことにつながるのだろう…石の仕事をしていた時も、石をたくさん持つようになったら、すごく変わったという話をよく聞いたものだ。また、仕事三昧で体を壊して入院した人が、退院後は自然を求めて旅行に行くようになる、自然の中で過ごすとストレス発散になるという話はよく耳にする。それが、石であれ、森であれ、もともと自然に存在して、そのまま自然の姿をとどめているものであればあるほど、自然の姿を引き出すのにはいいのかもしれない。サンゲイジングという太陽を見て覚醒するなんて方法もあるくらいだから、この自然というものの存在そのものが、私達にとってどんな意味を持っているのか、考えてみるととても面白い…セッションでもお勧めしているのは、環境を変えること…これって結構理にかなってる!これは、自身の鏡を変えてしまうことでもあるけれど、意識的に自然の姿をとどめているものを身近に置くことで、自ずと人は変わっていくように思えてならない。そうなりたかったら、まずその人の真似をしろ、とか近くにいよう、などと言われる(ビジネスマンの成功の秘訣みたいだ(~o~))が、これも共鳴という同じ原理だろうなあ…先ほどの中学時代に考えたこと、何故後々まで覚えていたのだろうか…人生の中には記憶の中でドンと居座っている出来事がある。大してインパクトがない出来事なのに、どうしてなんてこともあるが、それが実はポイントなのかもしれない。ポイントだから、忘れない。覚えていてほしいから、いつまでも記憶に留まっているのだと感じる。そして、後になってその意味がわかった時、それまでの経験に統合され、確信となる…人生って物語みたいだなあ、とつくづく感じる…
2006.09.13
最近、寝て起きるごとに昨日の私とは違っている感覚がある。数日前、ある感覚が漂う…それは、ビーチボールのような感じ。空気が少し抜けたビーチボール…それは、ある面を押すと空気が移動してある場所が膨らむ。どこを押してもどこかが膨らむ。つまり私の生きている世界そのものがそんな感じ。これがこの世のバランスなのだろう。押せば、どこが引っ込む。押し方によって、膨らみ方も違う。どこの場所でもそれができる…このビーチボールの中で自分は生きているらしい。そのビーチボールを外から見つめる私…目の前で起こっている出来事もどこかで押されて起こっているような、そんな感覚…嬉しくないことも、嬉しいことも波のように自然にやってきて、それは確実に私めがけてやってくる必然的な感覚…
2006.09.12
私達の一人一人がその価値観や物事の考え方が違います。それが同じ人は誰一人いません。そして、殆どの場合、その尺度の違いから、自分の尺度と違ったことが生じた場合、それをおかしいと感じたり、怒りや悲しみの感情を感じたりしています。また批判をしたりもします。 近頃で私の中に強く湧き上がってくる思いとして、人のするどのような行為、言動であってもそれは経験を生むための尊重すべき行為であるということです。これは宇宙のあり方そのものの理解から外れると、それこそ批判を呼ぶ意見かもしれません。でも、これが正しくて、これが正しくなどという判断は宇宙は下していません。そんな差別をすることなく、宇宙は平等に私達と共にあります。そして、どんな馬鹿馬鹿しく思えることでも、そして愚かだと思える行為であっても、それを宇宙は尊重し、そこにその行為が存在できることを認めているのです。でなければ、極悪人と呼ばれる人々は既に宇宙によって抹殺されているでしょう…その行為が、その言動が今そこに存在できるということは、それだけで宇宙が尊重しているものだとして認めることが大切だと思います。この意見に反対される方も多々おられるでしょう…でも、それでもそれは大切な意見です。その意見があるからこそ、次の経験ができるというものです。そのようにして、私達は経験を積み、ここにいるのだと感じます。 このような思いが私の中をめぐる中、人の大切にしていることも大切にするということも、自己を大切にするということの一つであると改めて認識しています。
2006.09.07
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