足跡たどってやってきました。 結ちゃん21さん(****.ne.jp)

はじめまして、おはようございます。
私のミーハーなHPと違っていろいろ考えさせられました、、健常者と障害者、、どこで区別するんだろうか、、境界線のない社会、、そうなればいいんだけど。でもきっと私の中にも傲慢な気持ちがあると思う、、いろんな思いを抱えた人たちが楽にすめる社会をと願います。豊かな才能を伸ばせる環境を、、と。 (12月19日10時36分)
返事を書く
(2003.12.21 19:11:21)

P-Blog アイデア&インプレッション

2003.12.18
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都内某所で、小さな忘年会が行われた。参加者は、ある財団の理事、養護学校の造形教育の教員、画家兼養護学校の職員、漫画家兼店員と私だった。
そこで、障害者の造形の指導をしていて、いわゆる健常者の枠を超えた、発想や表現に驚くことが多く、常に刺激を受けているという事が話題となった。
この養護学校の造形教育の教員は、大きな造形物を作る大胆な指導が特徴である。手をいっぱいに動かして表現しようとすると、手の動きが、約1メートルぐらいストロークするので、大きな造形物が丁度いいという。写真でしか見ていないが、確かに、のびのびした作品である。学校の授業で、机の上で作る、多くの作品がこじんまりしているのとは対称的である。
その人の持っている個性的な動きに合わせて、作品の仕様を決定すれば、その人の才能が発揮できる。
そう、プロデュースをしてあげる事で、個性を発揮させる舞台を作るのだ。また、うまく、コーチングしてゆくことで、一つの大きな作品を作ることが可能となり、その結果が自信となり、その人の持っている個性がさらに伸びる。
しかし、障害児が大人になるにつれて、自立の名の元に、社会的規範に押し付け、本来持っている個性を殺してしまう事が多いという。実際、多くの教育の現場では、いかにして、社会に適応するかを、"躾ける"事に重点が置かれているという。それが、社会に対して、申し訳ないという、卑屈な思考に、陥れかねない。
これは、障害児ではなく、健常児の方が、顕著に現れているかもしれない。一つの枠や、一つのものさしに囚われ、常に周りの評価を気にして生きている人は、けっこう多いと思う。
しかし、社会に適応するまでのハードルが高いからこそ、出来る事もある。
それは、普通では、自然とやっているために、その行動のプロセスを理解できないが、障害やなにかが劣っている事により、普通の人には見えない行動を分析的に見る事ができるし、それを理論付けて説明できるし、意識的に行動することが出来る。

これは、あくまでも予想だが、この遅さにより、他のすらすらと台本を形だけ覚えてしまう俳優よりも、形だけでない深い演技になるのだと思う。
そういや、あるライターさんが「私は、一度も自分が文章が上手いと思ったことが無い。不得意と言ってもいい」と言っていた。不得意だからこそ、論理的、体系的に意識して、文章を書く。これが、プロとしての文章を書く事に繋がったのである。
不得意だからこそ、それを克服しようとする力、カバーしようという力になり。不得意だからこそ、得意な人に見えない、しくみが見える。だからこそ、同じ理論を使って、新しい事を発見したり、新しい何かを創造する事もできるし、技術を追求することもできる。
また、私がバイトをしていた、住宅設備の申請図面屋は、申請図面を書いたり書類を書くことが不得意だったからこそ、それをどうにかこなそうとしているうちに、他の人から、図面の依頼が来て、それがビジネスになっている。今はスタッフを何人も抱えて毎日忙しくやっている。

得意な人は、器用な凡人で終わる事が多いが、
不得意だからこそ、その道を極めたプロになれる。

また、養護学校の造形教育の教員は、耳を悪くしているという、その代わり、視覚と嗅覚そして、第六感が鋭くなったという。一直線でなくても、不得意があるからこそ、得意な事が出てくるという事もあるらしい。

いずれにしても、才能を発揮させるには、不得意を否定せず、不得意な事を認めるこどが必要なのだと思う。
そこから、スペシャリストへの道が開ける。





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最終更新日  2004.08.15 15:19:51
コメント(14) | コメントを書く
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Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
TONO9784  さん
いずれにしても、才能を発揮させるには、不得意を否定せず、不得意な事を認めるこどが必要なのだと思う。
そこから、スペシャリストへの道が開ける。


棟方 志功さんは強度の近眼であった。
作家、芸術家、スペシャリスト、俳優他、何らかのハンディを背負われている方が活躍されているし、活躍されていても、そのハンディーを感じさせない
受け入れ側が、健常者がむしろ問題だと思う。
健常者は心も健常であると決まっているのではないと思う。 (2003.12.19 07:41:39)

Re:Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
健常者のいくらかは、健常者の枠に必死でしがみついているからこそ、ハンディを持っている人を、ある種の落伍者として見ることでしか、自分を保てない。
許せないわけである。
だからこそ、自分も、少なからず、健常者の枠を離れている部分がある事を認めて、楽になる必要がある。この発想の転換が、なかなか、出来ないのよね。今、必死だから・・・。 (2003.12.19 08:11:31)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
ぐはっ、
性格も、文章も、へたれてまっすぅ。
論外・・・(^。^)! (2003.12.19 08:48:21)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
ある方から伺った事があります。
人間には第七感も第八感も本当は持ってるものだが、殆どの人は、それらを使わなくとも不自由しない為、使いこなせていないという事を。

きっと、日頃ご不自由な方は、其の分、私たちは使ってない、第七感や第八感を上手く引き出して使ってるのではと思う事があります。 (2003.12.19 15:02:08)

Re:Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
きっと、日頃ご不自由な方は、其の分、私たちは使ってない、第七感や第八感を上手く引き出して使ってるのではと思う事があります。
-----
このあたりは、古い日本で見られた、知恵遅れの人がシャーマンとして、生きていたりするケースなどが該当すると思います。

今でも、視覚障害の人が、その感覚の鋭さを利用してだと思うが、あんま師として生計を立てている人が多くいらっしゃいますよね。 (2003.12.19 17:02:42)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
あずき30  さん
いつも読ませていただいています。
障害を持っているお子さんをかかえた方がわりと多く知り合いにいて、思うのは、個性を伸ばしてやりたいとは思ってもなかなか難しい、ということ。
環境を整えようにも面倒をみる周りの人も生活の糧を得なくてはいけない。ともに暮らすだけでも精一杯の生活。秀でた才をもっているかたもおおいようで、伸ばしていければ素晴らしいことだと思います。
ですが知能に重度の障害をもっていると30年以上必死で話しかけても言葉はまだひとつふたつ。ということもあり、多かれ少なかれ関わった人には、果てしない根気と費用と労力が必要ですから、現実まだとてもむずかしいテーマですね(^^)
(2003.12.19 20:40:54)

Re:Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
障害ってのも、度合いがあるし、それぞれ障害の内容が違います。それを、障害者という一つの言葉手くくって、一つの方針で、進めようという事が問題なので。
あずき30さんのおっしゃっていたようなケースは、そういうケースとして受け止めなければなりません。
ただ、障害者によっては、いろんな恩恵を受けることが当たり前になって、自立しようとしない人もいるわけで、残念な話しですが、障害者業と言われてもいいような税金泥棒もいるんです。
いずれにしても、全てではないのですが、見習うべきポイントはあるのではないでしょうか。今回の件は、いわゆる健常者も、不得意を味方につけていないわけですしね。 (2003.12.19 20:50:56)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
エナエナ  さん
はじめまして!
リンク戴きありがとうございます。
ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。
こちらにお伺いさせていただき、日記読ませていただきました。
私もリンクさせてくださいね。

ところで、不得意だからこそ!
なかなか苦しんでます・・・いろんな事で。
日記を読んで、やっぱりがんばるかな!という気持ちになれました。
また、お伺いします。
(2003.12.20 00:59:53)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
テレビ番組で、ある職人の親方が「器用な奴はいかん」と言ってたのが忘れられません。私は子供の頃はいわゆる器用な子でしたが大人になっても何も物にならずにがっかりしてたところだったので。

最近は「上素に出来ること」を伸ばすんではなくて「好きなこと」に時間を沢山かけて没頭するんがいいんじゃないかと思ってます。

これを書いて思い出したんだけど、ある俳優さんが、走るのが速いからリレーの選手になれって、学生時代陸上部に入れられた話。確かに走りは早くてどんどん記録が出るんだけど、本心は走りたくなんかなかったんだって。

人は才能に憧れて、親や先生は才能のひらめきを見つけたら伸ばしたいと願うけど、ちょっと違うような気がしています。

上手に出来る事やったら、たいてい好きになりそうなもんやん。もひとつ下手くそなのに好きなんやったら、それはほんま、よっぽど好きなんとちゃうかな?だから石にかじりついてでも続けられる。それが勝因のような気がします。 (2003.12.20 01:11:04)

Re:Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
ヅ:OVA  さん
りおじーにょさん
>最近は「上素に出来ること」を伸ばすんではなくて「好きなこと」に時間を沢山かけて没頭するんがいいんじゃないかと思ってます。
人は才能に憧れて、親や先生は才能のひらめきを見つけたら伸ばしたいと願うけど、ちょっと違うような気がしています。
-----
横レスですみません。
このご意見に賛同したくて、書き込みました。
---
ideaeastさん
>今でも、視覚障害の人が、その感覚の鋭さを利用してだと思うが、あんま師として生計を立てている人が多くいらっしゃいますよね。
----
このご意見は、たぶん、少し安易すぎるような気がします。
実際たぶん、視覚障がいのある方たちに、業種を選べる環境にないという部分が大きいような気がします。
たとえば、視覚障がい児者の陶芸作品は、かなりさかんで、盲学校の作品展などが、美術館やギャラリーで開催される機会もあります。盲学校の中でも、かなり有名な活動をしてきた造形家の方の教え子のお話を聞く機会があったのですが、「わたしは、美術の時間が大嫌いだった。なぜなら、弱視の子は平面作品を描いたりスケッチに行く機会がもてたのに、全盲のわたしは、6年間、粘土しか触らせてもらえなかった。今でも芸術はだいっきらい」といっていました。
最近では、光島さんという視覚障がいのある方で、平面を描いている方がいますが、ほとんどの場合、視覚障がい者に平面を描く機会がなかったというのが、実情なだけで、「目が不自由だから、触覚がすぐれていて、陶芸に向いている」わけでもないのです。
たとえ、陶芸に向いていたとしても、その人自身がそのことによって、美術嫌いになってしまったとしたら、あまり意味がないような気がします。

(2003.12.20 02:32:21)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
ヅ:OVAさんさん まいど 突っ込みありがとう。
たとえ話にツッコミを頂きましたが、これは、封建社会の古い時代感覚の話です。確かにこのことによって、チャンスを奪われるなど、いろいろ弊害が出ている事は確かです。
しかし、この古い封建社会発想"でさえ"、不得意を得意に生かしていこうという発想がある。その部分を、多くの人が、忘れてはいないかどうかが問題だと思います。これが私の意見です。
言葉足らずです。まだまだ、文章表現の勉強は続くのであった。

ところで、障害によって決められた職業感ですが。こんな話もあります。

私が10年ほど前に知り合った、筑前琵琶の演奏家は、お師匠様は、全盲の方ですが、その方は、いわゆる、健常者でした。
しかし、彼は、琵琶の演奏者という事だけで、視覚障害者と思われていました。
変な話ですよね。
(2003.12.20 03:20:29)

Re:Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
りおじーにょさん まいど。
>これを書いて思い出したんだけど、ある俳優さんが、走るのが速いからリレーの選手になれって、学生時代陸上部に入れられた話。確かに走りは早くてどんどん記録が出るんだけど、本心は走りたくなんかなかったんだって。
-----
あ、実は、このような事で、困ったことがあります。

今でも、困ってるかも。

やりたくない仕事に限って、リピートするんです。
実際は、不得意で、命を削ってやった結果が、評価されたわけです。
この仕事は、一つ終わると、完全にダウンしますね。
先月は、その仕事が一つ終わったときに風邪ひいちゃったものだから、約一ヶ月体調不良でした。

といいつ、書き続けているわけですが・・・。 (2003.12.20 03:53:48)

Re:Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  
ヅ:OVA  さん
ideaeastさん
>たとえ話にツッコミを頂きましたが、これは、封建社会の古い時代感覚の話です。
-----
了解しました。
文章って、特に、ネットやメールの文章って、ブチブチと切れてみえがちなので、全体がぼけてしまいがちですよね。
だから、感情的にもなりやすいのでしょうね。
特に、障がいのある人の話を話題にするとき、いろいろな境遇にある人がいるので、時々思わぬ論争になってしまったりして、こわいことがあります。


>私が10年ほど前に知り合った、筑前琵琶の演奏家は、お師匠様は、全盲の方ですが、その方は、いわゆる、健常者でした。
しかし、彼は、琵琶の演奏者という事だけで、視覚障害者と思われていました。
変な話ですよね。
-----
おもしろいですね。
思い込みって。
ちょうど、先日、福祉のアート展を開催するにあたって、福祉のまちについて、当事者やご家族から聞いていたのですが、全盲の方が、お返事くださって、その方のサイトを見たら、「いわれて嫌なこと」みたいな項目に、「必然があって、努力をして得た能力なのに、全盲だからこその特別な能力みたいにいわれるのは、いや」というようなことが書いてあって、なるほどと思いました。
(2003.12.20 22:21:10)

Re:不得意だからこそ、その道のプロになれる。(12/18)  

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