P-Blog アイデア&インプレッション

2004.03.17
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評価されることというと、ネガティブなイメージを持っている人が多い。
評価は、あくまでも、現状を客観的に把握するためのものにもかかわらず、評価の結果に一喜一憂してしまうことがある。プラス評価される時はいいが、ネガティブな事が評価された時、それは、相手や時によっては、人格を否定されたように感じる事がある。
たとえば、目標数値を設定した場合、その数値に達したか達しなかったかだけが求められていると思っている人が非常に多い。
たとえ、目標数値に達していなかったといって、必ずしもそれだけで判断されるものではない。目標の7割とかしか達成されなかったとしても、どういうところに問題があって、それを、どうしたら解決できるのかが、分かるといい。。
つまり、次のステップに生かされる、分析が出来れば、それは、次へ進める材料になる。
しかし、この環境を作るのが大変だ。
長年の学校教育、職場環境の中で、評価されることの恐怖を味わってきたからである。
これは、ある意味、セクハラと同じ構造を持っている。
セクハラとは、平たく言うと、スケベオヤジに、エッチな事を言われたり、おしりや胸を触られたりする事だったりするが、陰湿なセクハラの多くは、上司だったり、教師だったり、地位を利用して、文句を言えない環境を作り、その上でセクハラが行われる。セクハラを受けている人は、セクハラを受けないと、自分の立場がなくなるという恐怖感を持ちながらも、エッチな言動や行為を受けなければならないので、2倍3倍の屈辱感を味わう。

ある、セミナー講師は、評価される事への恐怖感を取り除くのに、最低2日かかるという。これは予想だが、学習効果というか、教育効果の法則で言えば、セミナーが終わってしばらくすると、また、その恐怖感が復活してくる可能性が高い。そうなると、また、同様のセミナーやワークショップを繰り返して行わないといけないかもしれない。
安心して評価される環境や、そういう気持ちにならないと、いくら目標設定をして、その目標に立ち向かおうとしても、その途中できっちりとした、軌道修正が出来ず、結果として、目標が達成できなくなる。その失敗の経験がまた、モチベーションを起こさせない結果となる。
また、あるビジネスコーチさんが言っていたのですが、ある大企業で、社員それぞれに目標数値を設定し、実行したのですが、目標数値を社員の殆どがクリアしたにもかかわらず、業績は伸びなかったそうだ。
その理由は、評価を恐れて、目標数値をあらかじめ低く設定した人が多かったからなんだそうだ。個々の目標数値を解析できなかった、経営側にも問題があるようにも思うのだが、各個人の持っている、評価に対する恐怖はかなりのものだ。
同じような例として、ある国では、目標数値を出せと言われると、何もしなくても達成できる数値が出てくる事が多いと聞いたことがある。これは、モチベーションを持っているとは言い難い。
それだけ、その恐怖感は根強いと言える。
今は、能力主義、成果主義の給与体系が流行ってきているが、それを実施する前に、安心して、評価を受けられるシステムであり、人間関係を作っておく必要がある。そして、評価する事で得られるメリットを理解しておかないと、ちゃんとした目標を設定できないし、そこに立ち向かうモチベーションを持つことはできない。
さて、どうやって、安心な環境をつくろうか。





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最終更新日  2004.03.19 09:02:26
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Re:評価されることの恐怖(03/17)  
ひつじ923  さん
おひさしぶりです。昨日の日記といい、自分以外の人間を自分のものさしで全てを計ることの危険性をひしひしと思いました。もともと日本人は「村八分」といっては価値観の違う人間を排除してきたように思えます(全てではありませんが)。そのほうが共同体としてらくだったのですね。
ただ現代のように様々が価値観があふれている中、いつまでもその「人もおなじはずだ」は通用しなくなてきているのに相変わらず、共通項を持とうとするのはなぜでしょうか。
私は在宅で仕事をしていますが、要するに会社としての共同体の認識の中では働けないから、在宅を選択しました。そして夫婦の間でも夫は会社人間で仕事をしてお金があれば・・みたいな言動をするようです。いいかげんにこのような呪縛から日本人も開放されなければと思うのですが、相変わらず親方日の丸なのですね。「政府の頭のいい役人がきめたことだから絶対なのだ」という言動にままぶつかります。
個人の生活をないがしろにして、日本という国の経済発展を最優先にしてきたつけが相変わらず存在しているのですね。特に会社にいる男性諸氏に生活観のなさに落胆することも多々あります。
私は子どもの教育で疑問を感じ、シュタイナー教育を進めていますが、本当に教育だけの問題ではなく、今の日本の社会全体の問題だと感じていましたので、東山さんのご意見ありがたく思います。
(2004.03.19 09:29:16)

Re:評価されることの恐怖(03/17)  
能力給を導入してる会社で、評価を下すのを上司にまかせる会社ってあるんでしょ?恐ろしいなあって思います。評価が収入に反映されるんだものね。
上司側にしても毎日接する者を評価するなんて心苦しい面もあるだろうし責任重大で大変だよね。

評価の目的もいろいろだろうけど、結果、ランク付けっていうか勝ち負けを決めるためにやるのなら、スポーツの世界での審判みたいに、公のルールの下で、その勝ち負けに関係のない人から評価されたいなあと思います。
(2004.03.19 13:11:20)

Re:評価されることの恐怖(03/17)  
micke  さん
はじめまして、です。
評価って、何を重要と思ってるかで判断基準が違ってきますよね。評価は、評価する人の考えを表してるのだと思います。 (2004.03.19 18:59:07)

Re:評価されることの恐怖(03/17)  
セミナーで恐怖感を2日で取り除いても、これが終わったらまた恐れが復活するので、繰り返しセミナーに通う。この場合、セミナーが麻薬のような役割を果たすようです。

「ホームページの作り方」といった技術を学ぶ講習ならともかく、恐怖心を取り除くといった類の、心に関係するセミナーでは、「セミナー依存症」の人を生み出し易い。

世の中には、決して彼らが恐れを克服できないことを知りつつ、依存症(=リピーター)の人を作って商売している人がいますよね。「克服できないことを知っているのであれば、そういう商売をやめろ」と一応言うことにしている。

私には、ある人物がいかにしたら恐怖感を克服できるか、真剣に考え続けた数年間がありますが、ダメでしたね。自分自身に「恐怖感を抱き続けること」に対するマイナスイメージがあったので真剣に悩んだのですが、今では、多くの人々が恐れにとらわれているという現実を受け入れ、場合によっては、自分が恐れの対象として彼らの前に立ちはだかることもある。

恐れというのは、もし克服できるとしたら、それは恐れが限界を超えた時に訪れると考えるので、人々には大いに恐れてもらうのがいいのでは、と思うわけです。

昔の人は、いきなり川の中に投げ入れられて泳ぎを覚えていました。最近では、洗面器に水を張って、顔を水につけることに慣れてもらうことから始めます。両者間の違いは、結構重要だと思います。

「恐れ」に目をとめると、社会の構造がはっきりと見えてくるような気がします。学生の時に「葛藤への恐れと社会構造」について分析した本を書きました。恐れについて見る目を持っている東山さんには、機会があったら読んでもらいたいです。 (2004.03.20 06:23:19)

Re[1]:評価されることの恐怖(03/17)  
ウチノハルヒトさん書き込みありがとう。確かにそのとおり。
残念ながら、セミナーがビジネスになるのは、セミナー依存症の方が居るからなんですよね。セミナー依存症の人は、だいたい、決まった席に座る傾向があります。彼らの存在は、時には、セミナー講師の緊張をほぐしてくれたりと、セミナー依存症の人とセミナー講師と共依存の関係を作ることが見かけられますね。
しかし、セミナー依存症の人を飼ってしまうと、自分が広げたいと思っている事を、まだ会っていない自分の考えなどを伝えたい人に伝えるチャンスを奪ってしまいます。
「恐れ」についてですが、恐れの限界を超えるという方法で克服するとのことですが、限界を超えなくても、「恐れている事」を認めることから「恐れ」の克服が始まるように思います。
まあ、実際恐れているより、いつの間にか、巻き込まれていると、恐ろしいことも、恐ろしいと感じない事もありますし。掲示板に書き込める分量で語れないところがありますが・・・。
内野さんが書かれた本ですが、興味あります。
ISBNコードなどがわかったら、探してみたいと思います。
(2004.03.20 09:46:34)

Re[1]:評価されることの恐怖(03/17)  
mickeさん書き込みありがとう。
評価するものは、一定の基準、価値観そして、長期的に見目や、ロジカルに物事を判断する能力をもってないと、評価される者を混乱させますね。
この混乱も、評価される事への恐怖の原因の一つだと思います。
ほらほら、何を考えているのか分からない人って怖いでしょ。あれあれ。 (2004.03.20 09:50:35)

Re[2]:評価されることの恐怖(03/17)  
まいける東山さん

>「恐れ」についてですが、恐れの限界を超えるという方法で克服するとのことですが、限界を超えなくても、「恐れている事」を認めることから「恐れ」の克服が始まるように思います。
-----

恐れていることを認めている人は大勢いますよー。ただ、恐れの原因が自分自身の中にあると気づいている人は少ない。

「自分は彼を恐れている。それは彼が怖い人だから。」と普通、考える。「自分は彼を恐れている。それは私が彼のことを怖い人だと考えているからだ。」と恐れの正体をつかめたら克服できるのでしょう。

セミナーの講師が言うようなことを書いてしまった(笑)
(2004.03.20 11:40:52)

Re:評価されることの恐怖(03/17)  
musameji  さん
musamejiです
まいける東山さんの日記をゆっくり読ませていただこうと思い、リンクさせていただききました。

読み応えがあるぞこれはと、また来たいので、自分のお気に入りには前もって入れてあったんですが、楽天のほうにあまり更新されてない方のものを入れ替え作業!をしてしまいましたので!

ではまた。 (2004.03.23 22:04:04)

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