P-Blog アイデア&インプレッション

2005.05.12
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カテゴリ: スポーツネタ
プロ野球セ・パ交流戦の巨人がらみの試合は、死球の多発で、なんだか荒れ模様の様相なんですが。そんな、荒れた試合の中で、野球に対する愛情を感じる出来事があった。
5/11、東京ドームでの巨人-オリックス戦、延長11回1死、小久保の9号ソロで、1点差に詰め寄ったばかりで、イケイケ状態だった時の清原選手の打席の2球目。パリーグ屈指の速球王の山口の147km/hのストレートを清原が頭部に直撃。
清原選手は、ぶっ倒れた倒れたあと、すぐに立ち上がり、ヘルメットのつばを右手でつかんで、地面に投げつけ雄たけびを上げ、鬼の形相でマウンドに立ち向かった。
ここまでは、通算死球は歴代1位の清原ならではの、いつものパフォーマンスという事なのだが。
なんと、今回の150キロ近い速球でのデッドボールの跡が、青くなっていた。これは、清原選手が、西武時代のヘルメットを、黒く塗って、巨人仕様にして使っていたため、ボールが当たった所の塗装が剥げ落ち、青いプラスチックの地が露出したのだ。
その昔、阪神タイガース時代の田渕選手が、頭にデッドボールを受け、泡を吹いたという、アントニオ猪木がハルクホーガンとの一戦で、泡を吹いた事件と同様に、そのプロスポーツのあり方を変えてしまうような事件があったが。このヘルメットの様子を見ても、デッドボールの恐ろしさを改めて感じさせる。
さて、この西武のヘルメットについて、さらに辿っていくと、元は、79年から80年に、野村克也が使っていたヘルメットだったという。80年には、前人未到の3000試合出場を達成し、同年限りで27年にわたる現役生活にピリオドを打った。そのときに使っていたヘルメットが、清原選手が入団した時に、たまたま、残っていたのだそうだ。清原選手は、85年12月に西武に入団したのはいいが、体格が良かったため、見た目の通り、彼にあうヘルメットがなかったが、たまたま、野村克也が、退団後5年経っていたにもかかわらず、保管されており、それを愛用するようになったとか。
清原選手は、大阪の南海沿線である岸和田市出身。生まれ変わっても「岸和田市に生まれたい」と言い放ったという、生粋の泉州人。彼が、このヘルメットを愛用していたのは、単に、サイズがあっただけでなく、南海ホークスで活躍した、野村克也という選手へのあこがれと、愛情があったのではないだろうか。
清原選手は、プロ野球選手になる際、入団に関しトラブルがあり、悔しい思いをしている。そんなときに、あこがれの選手に関係するものが、偶然目の前に現れ、しかも、自分とピッタリあうとなれば、このヘルメットが、その悔しい思いを吹き飛ばす、後押しになったのかもしれない。そして、結果を残した。

彼の野球に関する愛情の深さを感じた出来事だった。

番長(清原選手を形容する以外は死語)!男を上げてますぜ。

しかし、安全性の面では、オススメできませんね。

あるブログでは、環境にやさしいという意見も出ていました。






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最終更新日  2005.05.16 17:38:12
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