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私がこの事件に興味を持ったのは、マスコミの報道の仕方があまりにも極端だと感じたからです。一部冤罪支持派の方からは、「飯塚事件の冤罪を認めない人たちは死刑支持者だ」とも言われましたが、私自身は死刑制度にもあまり積極的に賛成ではありません。
それに飯塚事件の内容を知ったことで、被害者とそのご家族の無念を思うと、正直犯人大して怒りの感情を抑えることはできませんが、私はこの事件は冤罪ではないと思ってますので、被告は自己の命を以って法律上は罪を償っているわけですので、これ以上死者に対して鞭を打つ気もありません。
あくまでも報道のやり方に疑問を感じているのです。

さて、このブログではFBSが報道した番組をベースに記事を書いておりますが、FBSに限らず、マスコミがどれだけいい加減であるのかを知っていただくために、偶然見つけた東京新聞の記事についても意見したいと思います。
こちら、2021年4月23日に配信された記事です。
飯塚事件の再審請求審では、確定判決が有罪の根拠の一つとした約30年前のDNA型鑑定の精度が低く、信用性に乏しいことが浮き彫りになった。もし最新技術での再鑑定ができていれば、再審の扉が開かれていた可能性もある
飯塚事件のDNA型鑑定は、鑑定に誤りがあった1990年の「足利事件」と同じ手法で行われた。足利事件では真犯人の試料が保管されていたため、2009年の再鑑定により再審無罪が導かれた。一方、飯塚事件では犯人の試料は捜査段階の鑑定で使い切ったとされ、再鑑定はできなかった。
再審請求審で福岡地裁は、 事件当時の鑑定の証明力に疑念を抱きながらも、他の状況証拠を重視 。再審請求を退け、福岡高裁、最高裁も支持した
◆乏しい目撃証言
だが、状況証拠の一つである目撃証言は、 被害者の遺留品が見つかった山間部に車で通りがかった際、元死刑囚のものらしき車が路肩に止まっているのを見たという内容にすぎない。
飯塚事件で捜査機関が試料を少しでも保管し、再鑑定がなされていれば、元死刑囚が真犯人か否かはっきりした可能性がある。
死刑囚が仮に冤罪(えんざい)だった場合、刑の執行は取り返しがつかない。冤罪を防ぐためにも、試料保管の法整備が必要だ。(池田悌一)
どうでしょうか?
私の率直な感想は、東京新聞の池田さん、この事件について まともに取材なさってらっしゃるの? でした。
ちなみにこの記事の意図、どう感じられますか?
私が感じたことですが、先ずは再審請求が棄却されたことについて「事件当時の鑑定の証明力に疑念を抱きながらも、
他の状況証拠を重視
した」と書いておき、その後に「被害者の遺留品が見つかった山間部に車で通りがかった際、 元死刑囚のものらしき車が路肩に止まっているのを見たという内容にすぎない。
」と書いています。
つまりこの記事の内容を要約するとこうなりますよね。
裁判官が重視した他の状況証拠とは、死刑囚のものらしき車が路肩に止まっているのを見たという内容にすぎないのであって、冤罪の可能性がある!
東京新聞の読者の方がこの記事を読むと 「裁判所はDNA鑑定に疑念を抱いていたのに、こんな適当な証言一つで再審を棄却するとはけしからん。」 って感じるでしょうね。まさに「出された食事をぺろりと平たいらげ」論法です。
わかりやすくするために、以下の文章、ちょっと比較してみてください。
元死刑囚の ものと類似する 車が路肩に止まっているのを 見たという証言を得ている。
元死刑囚の ものらしき 車が路肩に止まっているのを 見たという内容にすぎない。
どうですか?同じ事象を表した文章のはずなのですが、前後で印象が全く違ってきます。
それに判決は、元死刑囚のものらしき車が止まっていたからだけでかくていしたわけではありませんからね。
どうも新聞記者さんって、取材よりもこんなしょうもない情緒的な文章を何となく雰囲気で書くことばかりに時間を費やしてらっしゃるように感じてしまいます。
この記事を読む限りは、この記者さんは弁護団への取材だけで記事を書いているように見受けられます。きっと事件の裁判記録などほとんど目を通していないのではと思わせる内容ですよね。いや、もしも裁判記録を全て見たうえでこの記事を書いたのだとすると、意図的にこの記事を書いたとしか思えない内容です。
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