照千一隅(保守の精神)

照千一隅(保守の精神)

PR

×

Free Space

「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

Profile

平成ソクラテス

平成ソクラテス

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

まだ登録されていません
2024.02.23
XML
テーマ: 大東亜戦争(220)
カテゴリ: 思想・哲学

《右翼運動は全体構造のなかでは無法者的地位を占めるが、その内部ではまたこの3者のヒエラルヒーがあり、たとえば頭山満などはいうまでもなく神輿(みこし)的存在である》(丸山眞男「軍国支配者の精神形態」補註:『増補版 現代政治の思想と行動』(未来社)、p. 510)

 組織内における上下関係を丸山言う「神輿・役人・無法者」に置き換えることは出来ない。右翼の大立者・頭山満(とうやま・みつる)を、組織内では神輿のように担ぎ上げられた存在と考えるのはあまりにも無理がある。

《既成政党がこの3つの類型と別な独自の政治的人間像を打ち出しえなかったところにも、その民主主義的性格の稀薄さが窺(うかが)われる。森恪(もり・かく)などは党の地位は最高官僚であるが、その政治的足跡と機能の点ではむしろ無法者のそれに近いといえよう。彼が死の直前に「一生のうちで世界を2分することについて貢献し得たのは本懐だ」と語ったのは、無法者的な思考様式をよく示している》(同)

 が、どうして丸山が<無法者的な思考様式>などと言うのかが分からない。前の部分と後の部分をもう少し広く引用し直してみよう。

《時は既に最後の日、11日の午前2時頃と覺しき頃、佐野醫師(いし)が森の脈を握ってゐた。呼吸は百八九十、脈膊は百二三十といふ激しい病勢であつた。「何かいひ殘すことはありませんか、と問ふ佐野氏に答へて、

「今の地盤は星が居つた。次は橫田が來た。次は僕だ。僕は殘念だが橫田君ほどの働きをしなかつたが、一生のうちで世界を二分することに就(つい)て貢獻(こうけん)し得たのは本懷だ」

 と云つた。何かしら感慨深いものがあつた。森の理想としたアジア・モンロー主義を指したものである》(山浦貫一『森恪』(森恪傳記編纂會):国立国会図書館デジタルコレクション、 p. 846

 第63回帝国議会衆議院本会議において、衆院議員森恪は、国務大臣高橋是清の演説に対し次のように堂々議論を挑んでいる。

滿洲國承認ノ眞ノ意義、眞ノ目的ハ、滿洲國承認ト云フ事ニ依(よ)ッテ、滿洲ヲ中心トセル亞細亞ノ總テノ問題ニ對(たい)シテ、我ガ帝國ノ臣民ガ如何(いか)ニ之ヲ見、如何ニ之ニ對處(たいしょ)セントスルカト云フコトヲ世界列國ニ向ッテ聲明(せいめい)致スト共ニ、我ガ日本國民自ラニ對シテ、決心ト覺悟ヲ促ス目的デアルト謂ハナクテハナラヌノデアリマス(拍手)隨(したがっ)テ實際上ノ承認ノ相手方ハ滿洲國デハアリマセヌ、目標ト致シテ居リマスル所ノモノハ、內ハ日本國民デアリ、外ハ支那及列國デアルノデアリマス( 衆議院議事速記録 第3號)

 これは、まさしく政治家の発言であって、暴力を用いてどうこうしようとしてはいない。無法者とは大きくかけ離れている。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2024.02.23 20:00:13
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: