照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2024.08.15
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カテゴリ: 思想・哲学

《 宮台  「伝統」はナショナルなものの形成のために「発見」されるわけだけれども、日本の場合、必ず「民権派」的なものを派生させることになります。僕的には大喜びです。天皇ナショナリストなのに反政府だった玄洋社がそうですが、その伝統は本当の伝統ではない、その天皇の意思は本当の天皇の意思ではない、偽の伝統を騙(かた)る奸臣(かんしん)どもを討(う)て、偽の天皇意思を騙る好臣どもを討て。これが右翼のルーツです。

 だから戦前右翼にとってクーデターが十八番だったわけです。民を屠(ほふ)る者どもを革命するのが右翼です。北一輝が、維新と単なる革命とを区別して、護持するべき何ものかを明確に意思した革命こそが維新なのだと言っています。護持するべき何ものかとは、パトリです。民衆の生活であり、生活と結びついた作法や文化であり、生活と結びついたアイデンティティです。そこではむしろ、ローカリティこそが強く意識されるのです》(神保哲生・宮台真司他『天皇と日本のナショナリズム』(春秋社)、 p. 276 )

※パトリ:祖国を意味するフランス語。

 宮台氏の発言が具体的に北一輝のどの著作に当たるのかはっきりしないが、たとえば、北は次のようなことを言っている。

《維新革命の民主々義が無計劃(むけいかく)の爆發(ばくはつ)なりしとは明かに事實なり。彼等は王侯相將豈に種あらんやとの平等主義に覺醒(かくせい)したり。貴族等が天皇に對(たい)して亂臣(らんしん)賊子たりし如く吾人(ごじん)は貴族等に忠順の奴隸的義務なしとの自由主義は意識せられたり》(北一輝「國體論及び純正社會主義」:『北一輝著作集第1巻』(みすず書房)、 p. 354 )

※王侯将相なんぞ種あらんや(おうこうしょうしょうなんぞしゅあらんや)【史記:陳渉世家(ちんしょうせいか)】:王侯となるも将相となるのも、何ぞ一定の種族の区別があろうか。

 余談だが、北は明治維新を〈維新革命〉と称している。が、明治維新は「革命」( revolution )ではなく「王政復古」であるから、明治維新( Meiji Restoration )と呼ぶのが通例である。

 それはさておき、北は、明治維新は無計画に民主主義が爆発したものだと言う。成程、幕末に黒船が来航したことで、国の独立が危うくなり、急いで国家体制を変革しなければならなくなったのだから、準備不足だったことは否めない。が、一方で、これはあくまでも国防第一の変革なのであって、西欧のように民衆が民主化を求めたというようなものではなかった。詰まり、明治維新を〈平等主義〉だの〈自由主義〉だのといった西欧民主主義の視点で捉えるのは間違っているということだ。






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Last updated  2024.08.15 00:00:22コメント(0) | コメントを書く


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