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2025.07.03
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カテゴリ: 自作小説-時代
< 佐倉藩 始末 >-----#293


刻は朝四つの小半時前。

以前、小兵衛が佐倉藩上、中、下屋敷の場所をうろ覚えで答えて舞に誉められた事があった。

その広尾にある佐倉藩下屋敷が見える神社の社の裏に龍一郎の仲間達が集まっていた。

龍一郎、佐紀、葉月、弥生、誠一郎、舞、平太、雪、正平、双角、貞吉、慈恩、佐助、八重、そして近藤がいた。

三郎太とお有は下屋敷の見張りに隣屋敷の大屋根の軒下にいる。

「今日でこの件の決着を着ける。ついては実践経験の足りぬ者は先ず我らの動きを見る事に専念して貰う。悔しいであろうが皆の安全の為である。

三郎太とお有が見張っておる場所で我らの動きを見て覚える事に専念せよ。

正平、双角、貞吉、慈恩、佐助、八重、近藤殿の七名はこれより佐紀に同道しなされ」

誰も異論を述べる者は無く佐紀が先導し七名が後を追って行った。

無論、近藤は軒下に行くのでは無い、上屋敷に戻るのである。

暫し皆で静かに佇み周辺の気を探っている間に佐紀達と入れ替わりに三郎太とお有が戻り、それを待っていた様に龍一郎が話し出した。

「屋敷内の建屋の配置、人員の配置を気で感じておるな」

聞いている者達は当然と言う眼で龍一郎を見ていた。

その自信に満ちた眼を確認すると龍一郎が手筈を説明した。

離れた建屋にいる用心棒五人を皆で一挙に気を失わせ何時もの様に後手に縛り猿轡をした。

次に藩の賊臣どもがいる部屋を一つづつ潰して行った。一部屋に一人の時もあり複数人の時もあったが同様に物音を発てずに気を失わせ後手に縛り猿轡を掛けて回った。

次に使用人三人を同様にし て 空いている部屋に入れた。

最後に浪人どもと賊臣どもを納屋に有った荷車に乗せた。

そして、蔵に閉じ込められていた娘たちを助け出した。

一つ驚いた事に数日前に龍一郎と佐紀が懲らしめ髷を切った浪人用心棒が戻って来ていた事だった。その男は頭を剃り上げて僧侶の様な姿で用心棒部屋で酒を飲んでいた。

少々腕が立つと言っても龍一郎たちの相手では無く比べ様も無かった。

佐倉藩下屋敷が見える神社の社の裏に皆が集まっていた。

「三郎太殿、私は上屋敷へ参ります、こちらへ藩邸の者達が賊臣達と用心棒達を捕らえに来る様にします。

それ以外の者がこちらに来たならば阻止して下さい。よろしくお願いします」

「畏まりました。私とお有殿の二人で宜しいでしょうか」

「お二人で十分と思いますが、正平、双角、貞吉、慈恩、佐助、八重を残します。

賊どもを無事に捕らえた事を確認し次第、御用が無い者は道場へ戻って下さい。

お任せします。」

「畏まりました。」

こちらに残ると指名された者意外 の者 達が龍一郎と一緒にその場から消えた。

「皆さんの団結力は素晴らしいですなぁ~、寸分の乱れも有りませんでした」

残った者達の中で一番年上の貞吉が感想を漏らした。

「男衆は龍一郎様を目指しています、尊敬し畏敬の念を持って居ます。

女衆は佐紀様を目指し尊敬しています。そしてその佐紀様は龍一郎様を目指して居ます。

私たちの柱は龍一郎様なのです。お解り頂けますか。我々の仲間になってまだ月日の浅い者には龍一郎様の本質がまだお解りになって居られません。

その内にあの方の凄さがお解りになるでしょう」

「儂は山で十分にあの方の凄さを見てきた。儂の目標だ」

「佐助、其方が知っているあの方の技量は本の一部にしか過ぎぬ 。

私には未だにあの方の底が見えぬ・・・多分片鱗すら 見 せてはいまい」

「あれでもですか」

「そうだ、あの方と佐紀様だけの鍛錬に同行した事さえ有るまい」

「有りません」

「私さえも同道を許されぬ、ご一緒を許して下さる事もあるが、二人には稚児の鍛錬にしか過ぎぬ、私を同道した後には必ずお二人だけで鍛錬に出掛けられる」

「其れでは、何時まで経っても龍一郎様に追い付けません、どうすれば良いのでしょうか」

廻りに聞いている者達が同感する様に頷き答えを待っていた。

「目標とするお方が常に高みに居て下さる事はとても幸運な事だとは思いませんか。

皆がそれぞれに高みを目指し技量の高みを目指し工夫を模索しています。

十分に自分なりの鍛錬をした者の問いにはお二人は答えて下さいます。

反対に自分なりの工夫をせぬ者には教えてはくれません。

苦労、葛藤がより技量の向上を促進してくれるとの信条の様です」

この言葉に皆が言葉を飲み込み沈黙した。

「では、二班に別れて下屋敷の見張りを致しましょう。

まずは、正平、双角、貞吉、慈恩にお願いします。

半時後に佐助、八重が私たちと 共に 変わります。宜しいですか」

「承知」

皆から静かだが力強い返事が帰って来た。

早速、正平、双角、貞吉、慈恩の四人は下屋敷隣へと向かい、他の者達は休息に入った。

その頃、龍一郎達は上屋敷へ向かった。

「近藤殿、殿が下城直後に貴殿は殿に謁見できますか」

「はい、出来ます」

「では、私が逢える様にして下さい。私の肩書は上様の名代 ( みょうだい ) です」

龍一郎の言葉に近藤だけでは無く佐紀意外の者達が驚きに眼を見張った。

「う・・う・・上様の・・・名代で御座いますか・・・真に」

「左様」

「畏まりまして御座います」

皆が佇む大屋根から近藤が消えた。

前日に龍一郎と佐紀が千代田の城へ行ったのは、この名代の書付を貰うためだった。

「藩邸内の全員の気配を探ってみよ、近藤殿の気配が解るであろう、殺気無き事は無論 の事、 技量は中程、この気配の制御があの者の得意とする処じゃ。

武士格の者共の技量の低さは何処の藩でも同じじゃ、中間の中に剣の技量が武士格よりも上の者も居る。下働きの者の中に何処ぞの忍びが居る。どうじゃ解るかな」

「近藤殿と同じ様に己の技量を偽っておる者も居るのではないのですか」

葉月が皆が思ったであろう事を龍一郎に問うた。

「儂と佐紀には表面の技量だけでは無く真の技量も解る。

其方からの言葉とも思えぬ・・・獣は餌に忍び寄る時に気配を出して居るか 。 そうではあるまい、襲い掛かる寸前まで気配を消しておるであろう。

気配を消す域まで出来ぬ獣は狩る仲間の気配にしておるであろう、違うかな 。

其方と弥生は山での住まいが長かったはずでは無いのか、それを真似れば良い 。

儂と佐紀は街中に居る時は町人の気配にしておる 。

道場におる時は剣術を始めたばかりの稚児の気配にしておる」

「はい、思い出しました。私たちも獣を狩る時には同様にして居りました。

あの頃を思い出し鍛錬致します」

「うむ、其方ら二人が気配制御が一番早く会得出来るであろう 。

他の者も廻りの者達の気配だけでは無く常に己の気配にも気を配る事を忘れてはならぬ」

「はい、ありがとう御座います」

誠一郎が礼の言葉を述べた。

四半刻程経ち、近藤が戻って来た。

「龍一郎様、殿が奥の書院にてお待ちで御座います」

「では、参ろう」

近藤と龍一郎がその場から消えた。

「佐紀様、私は何故に御強い佐紀様が街中を歩くと弱い武士共に因縁を付けられるのかと不思議に思って居りました。私は廻りの人達の気配を気に掛けておりましたが佐紀様の気配を探ってはいませんでした、佐紀様は町人の気配だったからなのですね」

佐紀が街歩き する 際の同道が多かった舞が佐紀に問いかけた。

「左様です・・・でも、いざこざを望み鬱憤ばらしがしたい思いも多少は御座いました。

あの頃は私も己の技量を試したいとの思いも御座いましたのでね」

「今は顔と名が知れてどの様な気配で有っても無法は望めませんでしょう」

平太が今の佐紀の街歩きの状況を予想した。

「そうでも無いのです、平太さん、大試合の勝者でも女子だと言うだけで相手の技量も読めぬ者が不埒な声を掛けて来ます」

近頃、佐紀の街歩きに同道する雪が平太の言葉に答えた。

「面白いなぁ~、それが読売に載っているのですね、次は私を同道させて下さい」

「私はもう読売には乗りたく無い思いで不埒な者に声を掛けられた時には気配を替えているのですが、気配を読めぬ者も居りましてな、近頃の武家の鍛錬不足にも困ったものです」

「そういう者どもが街中で悪さをしております様で何とも困ったものです」

平太も佐紀の言葉に追従した。

「旦那様ともその事を案じております、何か良い知恵が有りましたらお知らせ下さいな」

佐紀が皆に願った。

その頃、佐倉藩藩主の書院廊下に佇む近藤が殿に声を掛けた。

「殿、近藤で御座います」

「うむ、上様の名代殿をお連れ申したであろうな、参れ」

「はい」

近藤が障子を開け、一人で中に入り障子を締めた。

「近藤、名代殿は如何した」

名代に上座を空け下座に座っている殿が近藤に問うた。

「殿、うしろにお出でで御座います」

「何~」

振り向いた殿が忍び装束の男に驚き眼を見開いた。

「探索の途次に御座れば、この様な形 ( なり ) にて失礼申します」

「 御手 前が真、上様の名代で御座るか」

「正確には文使いと申せましょう」

龍一郎が懐から三つ葉葵の御門が入った袱紗包みを取り出し殿様に渡した。

受け取った殿様は頭の上に上げて拝礼し袱紗包みを開け、文を取り出し再度拝礼し文を開き読み始めた。

途中で前に座る顔を覆う覆面を取っている文使いの男を見つめた。

「この文には、そなたの身元が記して御座る、真の事で御座るか」

「某は文の内容を知りませぬ」

「さる雄藩の嫡男・龍一郎殿とある・・・内密にともある」

「はい、某は確かにさる藩の嫡男・龍一郎に御座います」

「この太平の世に武芸に優れた嫡男が居るとは・・・文には此度の件は其方様に一任し幕府の知らぬ事にして下さると有ります。真で御座ろうか」

「左様、但し、此度の不始末の首謀者が如何に上位の者であろうと一掃する事が必定で御座います、その御覚悟がお有りや無しや」

「・・・承知仕った、どの様 な 重鎮であっても処断致す、某が直に追及・処断致します」

「承知、その際には是非にも、この者近藤を其方様の腹心にお使い下さい」

「承知仕った」

「では、此度の不始末の全てを申します・・・」

龍一郎の話が一刻程続き、時々殿様が近藤に確認し話を終 えた 。

「では、七日後に事の顛末を伺いに参ります、突然のお訪い失礼仕った」

龍一郎がそう述べると殿様の前から消えた。

暫し唖然としていた殿様が近藤に眼を向け問うた。

「真、今の御仁は嫡子であるか」

「そう聞いて御座います」

「上様と入魂の様子故間違いは有るまい、処で其方はあのお方の配下であるか」

「はい、某はあのお方を崇拝して御座います」

「儂の臣ではないのか」

「はい、殿の配下で御座います、ですが、失礼ながら、もし、殿が悪に向かうならば・・・」

「解った、儂は善行に心しよう」

二人の話し合いが四半刻あり、突然藩邸内が嵐の様に慌ただしくなった。


<つづく>






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最終更新日  2025.10.15 09:09:47コメント(0) | コメントを書く


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