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< 神田の 口入屋・井筒屋 >-----#334
此処は 神田の 材木商の奈良屋の平四郎とお峰に割り当てられた部屋だった。
「はい」
天井から平太の返事が聞こえた。
「 だが、 お糸とお春はまだまだ早いのぉ、気配が消せておらぬし、ミシミシと音もするでな。
並みの武家ならば良いが優れた武家にはまだまだ不足じゃ」
「はい、屋根上に留めて置きます」
「鈴と夏には屋根の上もまだ早い、のぉ、お峰殿」
「はい、お前様」
「技量の見立てに厳しい平太がどうしたな、龍一郎様の許しを得ておろうな」
「はい、龍一郎様には私の判断で良いと言われております」
「うむ、ここは材木商、用心棒もおらぬで良いがな、侍のおる処は止めるのじゃぞ」
「はい、心得ております」
「平太、其方に願いがある、香具師の 元締めの口入屋・井筒屋藤兵衛と上の倅の探索を願う。
次男の探索も願う、部屋住みの次男が我らの仲間と成りうるかが知りたい。
皆で話したように親父と上の倅を排除し、下の倅に一家を任せたい故にな、任せて良いかな」
「畏まりました、香具師の元締めなれば浪人者が多数おります故、私とお雪の二人で参ります 」
「願おう」
平太は お糸とお春 に奈良屋の屋根で待つ様に言うとお雪、佐助、八重と一緒に 口入屋の井筒屋へ向かった。
お糸とお春 が平四郎の屋根裏からお 鈴とお夏が待つ奈良屋の屋根に着くと、そこに平四郎が現れた。
「其方ら暇だと言うてうろうろするで無いぞ、じっと一か所に留まるも鍛錬じゃ、回りの人々の気配を探る鍛錬もする事じゃ、刻を無駄にせぬ様にのぉ、平太とお雪が戻るまで、じっとしておれ、良いな」
「はい」
四人から一様に返事の頷きが返ってきた。その途端に平四郎の姿が消えた。
「平四郎様の様になれるかのぉ~」
「それよりも、あたいは、お雪ちゃんに追い付く事じゃと思うとります」
お糸の言葉にお夏が追従した。
神田の元締め・口入屋の井筒屋藤兵衛には家族に 女将と 跡継ぎの若旦那・藤一郎と部屋住みの次男・藤次郎がおり、 配下には与太者が三十六人、用心棒浪人が八人おり、女中が四人 いた。
平太とお雪、佐助、八重は口入屋の隣の家の屋根の軒下にいた。
「平太さん、広い家ですね、多人数がいて守りが固いです、でも、凄腕はいない様ですが違いますか」
「佐助さん、何処にどの様な職の人がいるか、解りますか、皆も気を探って見なさい」
四人だけに聞こえる極々小さな声で話していたが、暫く、沈黙の時が続いた。
「佐助さん、其方が一番、気の練りが足りません、まずは其方が答えよ」
「気の凄く荒い者が一人おります、やはり凄腕の人の気を感じません、後はお酒を飲んでいる人が多くて、気が荒れています。少し怯えた女衆が四人います」
「八重さん、付け足す事、違う処はありますか」
「はい、気の凄く荒い人ですが、本当は臆病な様です」
八重からの返事だった。
「お雪、どうかな」
「はい、配下に女中が四人、用心棒浪人が八人、与太者が三十五人、佐助さんが言った、臆病な凄く気の荒い男は跡継ぎの若旦那です、用心棒の中の一人は私と対等かそれ以上の技前の人です、与太者は人数が多いだけで私でも勝てる技前です、が、なにせ人数が多過ぎます」
「だそうだ、私が付け足すとすれば、用心棒の中の強い一人に私は勝てる一対一ならばな。
それから、与太者は三十五人では無い、三十六人だ、一人は寝ている。
女中たちは嫌々仕事をしている、但し三人だけだ、一人は若旦那と恋仲だな」
「どうして、そこまで解るのですか、平太さん」
「二人が廊下ですれ違った時に二人の気が変わったんだよ、残りの三人の内の一人がどうもな、店を嫌ってはいるが、何か気が他の二人と違う様だ、何故かは解らぬ。それから与太者は剣技は無いに等しいが、それだけに剣をむちゃくちゃに振るう故に思わぬ処から思わぬ風に振るう、気を着ける事だ、弱いからと言うて気を抜いちゃならない、与太者も用心棒も気配を感じる力は無い、無いが用心棒どもは仕事柄であろが殺気は感じる者が多い、皆も殺気、怒りの気を出してはならぬ、八重、其方は怒りの気が出易い気を付けよ、ほれ、儂の今の言葉だけで怒りの気が漏れてるぜ、俺と雪が探索に行くからよ、お前らは、ここに居て気を探る訓練をしていな、家の中だけじゃねい、回りの家と通りの気も探れ」
平太が言うだけ言うと雪と共に消えた。
「平太さん、言葉使いがいろいろで、与太者になったり、武家になったり、町人になったり、どれが本当なんだろう」
八重が独り言の様に漏らした。
「舞さんが言ってた、皆はいろいろな変装をするで、いろいろな言葉使いを覚えているんだそうだで、出るんで、なかろうか」
「平太さんは江戸の生まれだで、里の言葉は難しべな、あたいらは地で行けるべ」
「だけんど、江戸言葉の方が大変だ、舞さんは武家言葉も話すんだぞな」
「さあ、気配を探る鍛錬をするべ」
「おぉ」
平太たちが立ち去った後、奈良屋の屋根でも同様な話がされていた。
「平太さんは、私たちと年が余り変わらないのに凄いです」
「お雪ちゃんも里生まれなのに江戸言葉を話すし、気の練りも気配探りも凄い」
「舞様はそれに武家の言葉も使こうとるべ、舞様の話ではいろいろな人に変装するんで、いろいろな言葉と仕草を覚えるそうだ」
「貴方たちは江戸言葉を覚えるのが大変でしょうが、私は江戸の生まれ育ちだから里言葉を覚えないとね」
お夏を除いた、お春、お糸、お鈴の三人は平太とお雪の話を続けていた。
「お春様、今は気配の鍛錬の時間です」
「そうですね、でもお夏さん、私に様はいりません、お春でも良いですが、家に戻った時を考えるとお春さんが良いと思います」
「はい、お春さん」
「では、皆で気配の鍛錬をしましょう」
平太と雪は、口入屋の屋根で再度、気を探った。
「平太さん、寝ている人が三人になりました、近場だと気配が解り易いです、用心棒が一人、与太者が二人、寝込みました、男たちは皆、お酒を飲んでいます、奥の座敷にいるのは、主の井筒屋藤兵衛と女将さんと若旦那と一人の用心棒ですね、用心棒の頭でしょうか、一番剣技が高い様です」
「お雪ちゃん、気配探りの力が伸びましたね、それで一番の用心棒は我らが天井裏に行っても気付かぬと思いますか」
「今は酒に酔うておりますし、武家は殺気に鋭いですが、殺気の無い者がいる事には気が付かない者が多いです、あの者も気を受けるだけの様です、どうでしょうか、平太さん」
「はい、私もそう思います、では、まずは与太者が大勢いる大広間に参りましょう」
「はい」
二人は戸が開けっ放しの台所の出入り口からそっと入り天井の板張りの無い暗闇に潜み、十分に眼を暗闇に慣らし隣の部屋の天井裏に潜り込んだ。
話を聞いていると、その部屋は新参者の与太者と用心棒として雇われた者たちの泊まり部屋だった。
平太とお雪は、新参者たちからは何も聞けぬと隣の部屋の天井裏へ移った。
隣の部屋は大広間で与太者と浪人たちが酒を飲んでいた。
わいわいがやがやと、幾つもの集まりで話をしている様で話柄を聞き分けるのは難しいことだった。
「どうだい、聞き分けられるかい、お雪ちゃん」
「難しいです、平太さんは簡単そうですね」
「まだまだです、三郎太さん、お佐紀様のようには上手く聞き分けられませぬ、龍一郎様には遠く及びませぬ、龍一郎様は全てを聞き分けます、信じられません」
「どの様に、何を鍛えれば良いのでしょうか」
「龍一郎様は、鳥を手や肩や頭や膝に乗せ休ませます、気で眠らせる事も出来ます、眠らせるのは鳥だけではありませぬ、首筋に手を置くだけで人も眠らせます。座禅を極め心を無にする鍛錬をすると成れるとの事です」
「剣術、体術、身体を使うだけでは無く、座禅で心も鍛えるのですね」
「そうだ、お前の気の練りでは、ここの様な大人数の時は良いが奥の少人数のそれも剣の使い手がいる時には危ないぞ、お雪」
「はい、精進致します。奥の武家は強いですか」
「お前はどう感じる」
「剣の腕は同じでしょうか、凄い自信の気を感じます」
「どうだ、弱点、欠点が解るかい」
「気配でけでは解りません」
「それが弱点なんだよ、雪があいつの気配を探れるのにあいつは雪の気配を感じていないだろ」
「あぁ、そうか、そうですよね、あたいの、私の攻め時が解らないのですね」
「そう言うこと、でも、あいつは少々強い、ここの奴らは何も知らないや。じゃあ、ゆっくり、じっくりと奥へ行くとするか、侍の気配が変わったら直ぐに逃げるぜ、暫くじっとしていて、気配が戻ったら逃げるぞ」
「はい」
平太を先頭に雪が続き、ゆっくりじっくりと奥へ向かった。
下の部屋から声が聞こえた。
「先生、今度雇った浪人さんと渡世人とぐれ者は如何ですかな」
「あの浪人はこれまでの中では使えるな、渡世人はまだ解らぬ、ぐれ者は場慣れしておる」
「今回のは、まぁ、ましな奴らって事ですな」
「これまでの使えぬ奴はどうする御積りかな」
「剣の腕がなくったって数がいりゃあ、相手もびっくりしますぜ」
「そりゃそうだ、脅しにはなるわな。また、脅して店賃を上げるのであろう」
「へい、そのつもりてせさぁ、手下を増やしましたんでね」
「あれ程増やして何をするのだな」
「島を増やしたい、広げたいと思いましてなぁ」
「何処の島を狙っておるのかな」
「お藤、何処だったかな」
元締めの藤兵衛が嫁のお藤に尋ねた。
「あたしゃ聞いていないよ、藤一郎、お前聞いているんだろ」
「あぁ、この間、言ってたのは上野の東照宮門前って言ってたぜ、上野を取ったら次は浅草だって言ってたな」
「おぉ、そうじゃ、そうじゃ、噂じゃよぉ、上野の蓑助と言う香具師の元締めの一家が潰れたそうじゅねいか、噂が本当ならよ、絶好の機会だと思わねいかい」
「親父、でもよ、蓑助の処にゃ半端者と浪人が五十人以上いたはずだぜ。そんな組を簡単に潰せるとは思えねいけどな、先生なら出来ますかい」
「五十人か、う~ん、そうだのぉ、どんなに弱くとも五十人では無理だな、気も力も尽きるでな」
天井裏で聞いている若い二人は「にやり」と微笑んだ。
「噂が本当なら、頂いちまおうぜ、親父」
「良し、若いもんを上野へニ、三人やって調べさせろ、藤一郎、お前は皆に戦支度をさせろ」
「只の噂だったら、どうするよ、無駄になっちまうぜ」
「戦が始まるとなりゃ~よ、逃げ出す奴がいるぜ、それが誰か解るだけでも占めたもんだ、ねぇ、先生」
「あぁ、いるな、ニ、三人は逃げるだろうぜ」
「親父、噂が本当だったら何時攻め込むんだ」
「本当なら、あの島の上がりは多いや、どっかの組が狙うに違いねぇ、早いもの勝ちだ、直ぐに行くぜ」
「おぉお」
天井裏では平太が首を振り、お雪が頷き、その部屋から離れた。
二人は来た道を遡り香具師の元締めの家を出て隣の家の二階の軒下で佐助と八重と合流し奈良屋へ向かった。
奈良屋の屋根の上で待っていたお春、お夏、糸、鈴に合流し、平太は平四郎だけに解る程の気配を出した。
平四郎は部屋に、お峰と二人だけだったので平太が気配を出し、平四郎とお峰が直ぐに屋根に現れた。
「ご苦労様でした、では、聞かせて貰いましょう、平太」
「はい、お雪がお伝えします、店には二人だけで入りました」
「浪人者は佐助と八重の気配を察する技量と言う事か」
「用心の為です、中は台所、新参者の大部屋に多数、奥に主と女将と若旦那と用心棒頭がおりました。台所と大部屋は大丈夫だったでしょうが、奥の用心棒頭には多分駄目だったでしょう、それで、佐助さんと八重さんには屋根にいて貰いました。奥の部屋で元締めと倅の言葉では、上野を手に入れ、その後、浅草を狙う様です」
「上野への時期は」
「戻って来たのは、直ぐにも動きだしそうだったからです、ですから、次男の探索はまだで御座います」
「上野へは行きましたか」
「はい、こちらへ戻る途中で短い間ですが見て参りました、店筋には、それらしい輩はおりませんでした」
「ご苦労でした、芝の方はどうですか」
「一家には泊まり込みで入り込めたのですが、まだ口入屋には手を付けていません」
「どうしたな、清吉殿とお駒殿ならば、直ぐに探索すると思うたのだが」
「はい、私もそう思うていましたが、親父が松吉一家が芝を任せるに相応しいかを見るのが先の言いますんで、そちらを先にしてします」
「成程のぉ、清吉殿も考えが深くなった様じゃな、お駒殿は如何申されたかな」
「はい、おっかぁは直ぐにも口入屋の探索をと思うていた様ですが、親父の言葉を聞いて考えを変えた様です、平四郎さんは、どう思われますか」
「清吉殿の申される通りで御座る、松吉一家が良い一家でのうては肩入れも出来ぬでな」
「どっちにしても店子に悪さをする口入屋は潰した方が良いでしょう」
「まぁ、その様だのぉ」
「では、私たちは龍一郎様にお知らせして、芝に戻ります。龍一郎様にお伝えする事は御座いますか」
「神田の材木商の奈良屋に住み込みで入り込めたとだけ知らせてくれぬか」
「承知いたしました、では」
平太とお雪たちが部屋から消えた。
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