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< 井筒屋の部屋住み 藤次郎 >----- # 335
言った
。
「平四郎様、平太殿はどんどん大人になりますなぁ、武家言葉にも馴染んで参った様で御座います」
「そうじゃのぉ、平太殿の伸びもあるが、お雪殿の伸びは、それに増して良い のぉ 」
「あの子の鍛錬は並大抵では御座いますまいに」
「あの子の一番良い処は根気のある処かも知れぬな」
「はい」
「井筒屋の部屋住みを・・・何と言うたかのぉ・・・藤次郎だったかな、手習いをしておるとの事であったが、処が解らぬな」
「番頭殿に井筒屋の事を尋ねてみては如何でしょう」
「おぉ、それが良い、参ろうか」
「はい」
二人は番頭がいつもいる店の帳場へ向かい、奥を隔てる暖簾の前で声を掛けた。
「番頭殿、尋ねたきことがある、宜しいかな」
「はい、先生どうぞ、客間でお聞き致しましょう」
番頭は立ち上がると二番番頭に「後は頼みましたよ」と声を掛け、二人の横を通り、店の直ぐ裏の部屋に入った。
番頭は下座に座り、上座を空けたので平四郎とお峰は上座に座った。
「お聞き致しましょう」
「番頭殿は口入屋の井筒屋をご存じですかな」
「はい、存じておりますが、先生は何処で、その名をお知りになられましたかな」
「こちらへ参るおりに食事処で話しているのを聞いてな、少々気になった」
「どのような話で御座いましたかな」
「う~む、余り良いものでは無かったのぉ、明神様の門前の店の店賃の回収を請け負っておるそうな、その銭高が高いらしい。寺に収める以上に上前を撥ねておるようじゃ。無頼者、浪人者も雇うておるとも言うておったのぉ」
「お侍は、それを知ってどうなさいますかな」
「其方には正直にお答え申そう、噂通りであれば一家を潰す」
「・・・其方様がお一人で、で御座いますか」
「左様」
「・・・戯言で御座いましたか、良う御座います、お話致しましょう。
その噂話は本当で御座います、井筒屋さんは口入屋が表看板で御座いますが、裏稼業は香具師で御座いまして、主の藤兵衛は、その元締めで御座います。それで大勢の 与太者と用心棒浪人を抱えております。門前に少々活気が欠けますのは一家のせいで御座いますよ」
「 井筒屋に変わる者はおらぬのかな」
「おりませぬ、と申しますのも近場の同業の香具師の一家を全て潰しましたのでな」
「ほほぅ、やりおるのぉ・・・こちら、奈良屋殿が店賃を集めれば良かろう」
「確かに、奈良屋は大店で御座いますが香具師に対峙出来ませぬ」
「それでは井筒屋がなくなれば出来ると言う事かな」
「いいえ、別の香具師の元締めが狙いに参ります、間違い無く、太刀打ち出来ませぬ」
「左様か、処で別の話も聞いたのだが、何でも跡取りは親父に似て悪どい様だが、部屋住みの次男坊は手習所を開き真っ当と言うておったがな」
「はい、次男の藤次郎さんは出来た男でしてな、藤次郎さんが跡取りならば真っ当な店賃になりましょうなぁ、まぁ、詮無い話で御座います」
「その藤次郎さんは何処で手習いをしておるかな」
「増上寺子院の 常光寺 ( じょうこうじ ) で手習所を開いているとのことですな」
「その寺は、この近くに御座いますかな」
「 藤 次郎さんに何か御用が御座いますのでしょうか」
「いや、何、少々尋ねたき事が御座いましてな」
「何で御座いましょう、あぁ、これは失礼申しました、 常光寺は少々離れております、未申 ( ひつじさる = 南西 ) に向かった、 荏原郡 ( えばらぐん ) 上大崎村で御座います、まぁ、一里程でしょうか、行かれますかな」
「某は主殿の用心棒に御座る、半刻を超える刻を留守には出来ませぬ」
「一刻や二刻位、留守にしても宜しいのではありませんか」
「お足 ( 給金 ) を頂く以上、 徒や疎かには出来ませぬ」
「う~ん、見上げた、お侍様で御座いますなぁ、ご立派で御座います、主も安泰で御座います。
主を宜しくお願い申します」
「確と ( しかと ) 承って御座る、お教えて頂き感謝申し上げる、忙しい刻に刻を取らせて済まなかった」
「いえいえ、お役に立てて何よりに御座います」
番頭が店に戻り、平四郎とお峰は部屋に戻った。
「 鰐淵俊三郎殿と 井上歳三殿がご一緒とは珍しいですな」
平四郎とお峰が部屋で茶を飲んでいると、突然平四郎が言った。
「本に、お珍しい事ですな、平四郎様、東西の柳生がご一緒とは」
「気配が消せておりませぬか」
天井裏から微かな声が問うた。
「其方らが屋根に着いた時から気配が感じられたわ」
「剣者は気配を消す事が難しい様ですね、平四郎様」
「儂も苦労したものじゃ」
「平四郎殿も気配消しには苦労なされましたか」
「し申した、それよりも、良い処に来てくれた。我らは出かけたき処がある故、此処の守りを願いたい。
良いかな、ご両者」
「はい」
「屋根にいて、この店の者たちを守って貰いたい。何も無ければ手出し無用に願う」
「畏まりました。念の為に行き先をお聞かせ下さい」
「 口入屋・井筒屋の次男坊が寺子屋を営む 荏原郡上大崎村の常光寺へ参る」
「どれ程と思えば宜しゅう御座いましょう」
「一刻で済むであろう、では、頼んだぞ」
平四郎がそう言うと、天井裏の二人の横に平四郎とお峰が現れ、二人が驚く間に消えた。
「俊三郎、我らが平四郎殿の様に成れるのは何時であろう」
「歳三、唯々鍛錬あるのみじゃ、天狗様たちも最初から天狗様では無い、そうであろうが」
「そうじゃな、しかし、儂は以前よりも数段強うなったと思うがな、まだまだの様だ」
「目指す御仁がいる事は幸いな事じゃ」
「そうじゃな、じゃが、余りにも高みの方じゃがな」
「儂は、まずは平太殿を目指しておる」
「儂もじゃ」
四半刻も掛からずに平四郎とお峰は 荏原郡上大崎村に着いた。
二人は「めし・酒」と書かれた提灯が掲げられた店に入った。
「親父殿、飯と菜と茶を二人分頼む」
「へ~い、菜は煮物で宜かろうか」
「魚はあるかな」
「 イワシ と アジとサバが御座いますじゃ。イワシは酢漬けと干物ですじゃ」
「アジは焼き物かのぉ~」
「はいですじゃ」
「お峰、儂は焼きアジにするが、其方はどうするな」
「私もご相伴させて頂きます」
「親父殿、 飯と菜と茶に焼きアジを付けてくれぬかな」
嫁と思われる女子が茶を持って来た。
「へい」
親父の声が奥の調理場から聞こえた。
「其方が女将さんかな」
「へい」
「この辺りの常光寺と言う寺を知らぬかな」
「あぁ、この先を半丁程行った左に御座います」
「おぉ、左様か、ありがとう」
二人は店で焼きアジと煮物で飯を二杯づつと少し抑えて食べ、お峰が勘定を払い店を出た。
平四郎とお峰が 常光寺の門を潜り、脇の道を進んで庫裏の前で足を止めた。
「頼もう、頼もう、御免下され」
「障子が開き、僧衣の坊主が顔を覗かせた。
「何様かな、お侍様」
表の方から小僧が走って来た。
「和尚様、申し訳御座いませぬ、お客人に気が付きませんでした」
「良い、良い、この御仁は気配を感じさせぬでな、 詮方ない ( せんかたない ) 無い事じゃ」
「気配を消されておられますか」
「其方も見習う事じゃな、して、お侍、何様かな」
「こちらに 藤 次郎と言う手習いの教授方が居られ様か」
「 藤 次郎さんに何様かな」
「少々尋ねたき事が御座ってのぉ、申し訳御座らぬが、何かは申し上げられませぬ、お許し下され」
「気配を感じさせぬ御仁に何をしても無駄だ事ですな、左の食堂においでなさる」
「忝い、参ります、お邪魔を致しました、お詫び申します」
「世のお侍が皆、其方の様に礼儀が良ければのぉ」
「失礼、仕った」
「其方、隣の娘子を嫁になされ」
「・・・そのつもりで居ります、本人が良ければですがな」
「どうじゃな、娘子」
「私もそのつもりで居ります、ありがとう御座います」
二人は一瞬見つめ合った後、和尚に深々と礼をし、その場を離れ本堂の反対側へ回った。
本堂脇に入ると真正面に障子を開け放した部屋が見え、中には子供たちが習字をし、若い男が見て回って、子供に何かを教えていた。
男は二人に気づいたのか、二人の方を向き、廊下に出て二人が近づくのを待った。
「 藤 次郎殿かな」
「はい、私が 藤 次郎ですが、何か御用ですか」
「少し、お時間を頂けようか、其方だけと話をしたいのだがな」
「お茶を飲む時間程でしたなら、今でも良いですが」
「お願い申します」
「暫し、お待ちを」
藤 次郎は部屋に戻ると子供たちに言った「休みの時間じゃ、手を休めなさい」。
「では、庭を歩きながらで宜しいですか」
「はい、結構です」
平四郎と 藤 次郎が並んで庭を歩き、後ろにお峰が付いて歩いていた。
「 藤 次郎殿、門前町から離れた処を選びましたかな」
「・・・」
「稼業が、お嫌いな様だのぉ」
「・・・」
「だがな、稼業が悪い訳では無い、香具師の元締めでも真っ当な者もおる、其方の家族を悪く言うて、申し訳無いが、親父殿と兄者が悪いだけだ。其方が元締めとなり、真っ当な稼業をすれば良いでは無いかな」
「・・・私には後盾が御座いませぬ、私には力がありませぬ、後ろ盾が無ければ太刀打ち出来ませぬ。
私は暴力は嫌いです、剣も体力もありませぬ」
「体力、剣技は鍛錬すれば良い、一番大事なのは胆力に御座る、其方には悪を憎む心と胆力が御座る。力による後ろ盾は某たちがなろう」
「失礼と存じますが、お二人では我が家の与太者、浪人どもに太刀打ち出来ますまい」
「其方が跡継ぎを引き受け、善行に徹すると申されるならば、某たちが其方の家におる与太者と浪人者を退治致そう、どうじゃな。稼業を引き受けるかな」
「・・・本当にお二人で退治できるのですか、お仲間がいるのですか、私は出来る事なら真っ当な香具師の集まりにしたい」
「其方は己を鍛える覚悟がおありかな」
「体力、剣技ですか」
「それだけでは御座らぬ、座禅を組み心も鍛えねばならぬ、覚悟はおありかな」
「・・・私の取柄は諦めが悪い事です、やっとう ( 剣術 ) を習おうと何軒かの鍛錬所を回りましたが、町人の私を受け入れては頂けませんでした」
「町人を受け入れてくれる鍛錬所があると申したら入るかな」
「はい、通います」
「そこは 其定其処ら ( そんじょそこら ) の 鍛錬所とは違う、厳しい、非情に厳しいぞ、耐えられるかな」
「申しました様に、私は諦めの悪い男で御座いますし、一度決めたらやり遂げねば気が済まぬので御座います。きっと耐えて見せます。それは何処の鍛錬所で御座いましょう、お教え下さいませ」
平四郎がお峰を見て頷いた、お峰も小さく頷き返した。
「 藤 次郎殿、其方は橘道場を知っておるか」
「あの大試合の勝者、次席の鍛錬所で御座いますか、ですが、南北の奉行所のお役人が門弟と聞いておりますが」
「そうか、そんな話が広まっておるか、だがな、橘道場には町人も百姓娘もおるぞ」
「百姓娘もで御座いますか、まさか、いくら何でも、それは御座いますまい、その話は何処からで御座いますか」
「但し、門弟では無い、館長と師範の仲間、家族じゃ」
「其方様は何故に橘の内情をご存じなので御座いますか」
「儂も仲間、家族に決まっておろうが」
「それでは、私もお仲間に加えて頂けますので」
「厳しいぞ、そして約定して貰わねばならぬ事がある。例え身内にも我らの事は内密にする事、我らとの約定を第一とする事・・・出来るかな」
「・・・約定致します」
「良し、其方は今日只今より我らの仲間、家族じゃ」
平四郎は着物の上半身を開ける ( はだける ) と腰の晒を解き重しを少し外し、 藤 次郎に渡し、袖を捲り晒を外し重しを少し渡し、足首の晒を外し重しを少し渡した。
「これらの重しを着けて日々を過ごしなされ、上に晒を巻き誰にも見られてはならぬ。その重しに慣れた頃に増やす重しを渡す、某か仲間の者が重しを渡しに来る、待たれよ、もし其方に刻があるならば橘道場に参られよ、重しも渡すし、剣術の基もお教えしよう」
「はい、精進致します、其方様のお名をお聞かせ下さい」
「おぉ、失礼致した、某は岩澤平四郎と申す、後におるはお峰殿に御座る。我らは奈良屋の用心棒として潜り込んでおる、会うても知らぬ顔を忘れぬ様にな」
「はぁ、承知致しました」
「話はそれだけじゃ、教授に戻られよ」
「失礼致します」
藤 次郎は重しを懐に仕舞い手習所へと戻って行った。
その日から、 藤 次郎の動きが重く遅くぎこちなくなった。
平四郎とお峰は裏道を走り、神田・奈良屋へ戻り、屋根裏に現れた。
「変わった事は無い様だの」
「はい、御座いませぬ、誰も部屋へ参ってはおりませぬ」
「ご苦労様でした、ありがとう、 鰐淵殿、 井上殿、龍一郎様には 藤 次郎殿を仲間にした、とお伝え下さい、故に今の一家を潰します、と」
平四郎とお峰が部屋の中へ消えた。
「平四郎様、今の一家を何時潰しますか、 藤 次郎様が育つのを待ちますか」
「いや、それでは刻が経ち過ぎようでな、ニ、三日内には終わらせたいものじゃな、どうだな、お峰殿」
「結構です、私は今日と言うのでは、と思うておりました」
<つづく>
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