田舎の床屋のおじさん

田舎の床屋のおじさん

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Favorite Blog

わたしのブログ かもめ2602さん
会津キリシタン研究所 孤峰庵宗信さん
うろうろしたいな日記 ドラキュラママさん

Comments

きよし@ Re:函盤?と彫られた手水鉢。(05/17) 函盤は2字共器をあらわします。このよう…
かおる@ Re:没年に文政八酉天(11/17) 我が家にも文政八酉天と彫られた墓石があ…
床屋のおじさん @ Re[1]:奉捧の意味を教えて下さい(03/02) 設計屋さんさんへ -------- コメントあり…
設計屋さん@ Re:奉捧の意味を教えて下さい(03/02) 奉は「ささげる」のほかに「申しあげる」 …
笛田亜希@ Re[5]:「違い鷹の羽」の家紋が、十字型。(06/09) 床屋のおじさんさんへ 返信ありがとうご…

Free Space

小浜温泉「塩の宝石」は、私の友人が、長崎から小浜温泉まで、毎日、通って作っている商品です。
長崎県を、元気にするために頑張っています。
応援、宜しくお願いします。

Archives

2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2010年10月12日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
尾登・1.jpg

この無縁墓碑は、入植者の墓碑ではないのでしょうか。

生国肥州高来郡、本国野州河内と成っています。

下野州とは栃木県付近で有り、下野州を単に野州とも言うそうです。

そこで、下野州河内を調べてみると、現在の宇都宮地方と成っていました。

そこでこの墓碑から考えられる事は、元々は宇都宮周辺に住んでいた人が、島原半島に移り住み、その方の子孫が、ここに葬られたのではないかと思いました。

私の祖先も、熊本県の山奥から移住してきたように伝えられていますが、今はその事を知る末裔は、私くらいしか居ないのではないでしょうか。

近年マスコミ等の発達で、世界中の情報が入ってくる代わりに、地元の歴史が語り継がれる機会が失われてきているようです。

おそらく、あと何十年かすれば、家系の歴史や地域の歴史は消えてしまう事でしょう。

只、慣習だけは、今も残っているようですが、これも、廃れていく傾向にある様です。

しかし、その残っている慣習の意味を理解している人が、今の時点で何%居るか分かりませんが、それも、やがて消えて無くなるでしょう。

墓碑などには、歴史が刻まれています。

その墓碑も新しく造り変えられ、昔の事が闇の中に包まれてしまう事でしょう。

歴史は、これまでにも色々と研究されていますが、残されている書物には、いずれも勝者に都合の良い歴史に成っているように思います。

敗者の歴史も総合してこそ、本当の歴史が見えてくると感じ、出来るだけ、今在るものを今後の手掛かりに成る様に、写真にでも残していきたいと思っています。

最後に成りますが、この墓碑のある墓地から わりと近い墓地に古い墓碑を集め、一族が何処から入植してきたかを後世に残す為に、その家系が何時何処から入植してきたのかを説明文を記してある、真新しい供養塔が建てられている所が有りました。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010年10月12日 11時16分26秒 コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: