田舎の床屋のおじさん

田舎の床屋のおじさん

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Favorite Blog

わたしのブログ かもめ2602さん
会津キリシタン研究所 孤峰庵宗信さん
うろうろしたいな日記 ドラキュラママさん

Comments

きよし@ Re:函盤?と彫られた手水鉢。(05/17) 函盤は2字共器をあらわします。このよう…
かおる@ Re:没年に文政八酉天(11/17) 我が家にも文政八酉天と彫られた墓石があ…
床屋のおじさん @ Re[1]:奉捧の意味を教えて下さい(03/02) 設計屋さんさんへ -------- コメントあり…
設計屋さん@ Re:奉捧の意味を教えて下さい(03/02) 奉は「ささげる」のほかに「申しあげる」 …
笛田亜希@ Re[5]:「違い鷹の羽」の家紋が、十字型。(06/09) 床屋のおじさんさんへ 返信ありがとうご…

Free Space

小浜温泉「塩の宝石」は、私の友人が、長崎から小浜温泉まで、毎日、通って作っている商品です。
長崎県を、元気にするために頑張っています。
応援、宜しくお願いします。

Archives

2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2010年12月18日
XML
カテゴリ: 没年に天

松藤、墓所・3.jpg

○ が彫ってあり、没年には天と彫ってあります。

この墓碑は、「○○史跡めぐりガイド」によると、薄井六郎左衛門氏の墓と紹介されていて、薄井氏は鉄砲の名人だったそうです。

薄井氏は、キリシタン側から加担するように脅された(断れば家に火をつけられたり殺されたりしたと書いてありました)そうですが、何とか逃げて、幕府方についた人だそうです。

乱後にはその地域の支配権を行賞されたとも書かれています。

しかし、その後の歴史には、その村の人達は、島原の乱に全員が参加して、全滅したように書き残されています。

幕府方について戦った人の墓碑が、これほど立派なキリシタン墓碑形式をしているとは、どの様に考えれば辻褄が合うのでしょうか。

没年の上の文字は分りずらいのですが、乱に関係した人ですから、おそらく没年は慶安元年だと思います。

それと、この地域の法花宗(法華宗ではありません)と書いてある、宗門改め帳が、昔この地域の庄屋さんだった家に残っている事も、記されていました。

この様な事から考えれば、この村はキリシタンの村だが、幕府に逆らわなかったので、キリシタンは全滅した事にして置こうと、報告書が書かれたのではないかとしか、考えようがありません。

幕府にしても、キリシタンとの関係を完全に断ってしまえば、貿易による利益が無くなってしまいます。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010年12月18日 11時22分00秒コメント(0) | コメントを書く
[没年に天] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: