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エコジャパンカップ2010受賞商品!小浜温泉「塩の宝石...
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確かに天満宮と思われる社です。
この空っぽの神社には、梅の家紋が彫られています。
それに、梅紋様の手水鉢もありますし、とても小さいですが鳥居もあります。
しかし、今は何も祀って有る気配がありません。
それに引き換え、八雲神社は立派な祭壇が設けられ、今年の正月の奉納物も上げてありました。
どのような経緯で、この神社の祭神が変わっていったのか、 興味をそそるところです。
しかし、私には、それを知るだけの知識がありません。
梅紋様の手水鉢は、明治期に造られていますから、その頃は天満宮だったのでしょう。
八雲神社の二の鳥居は、寛文十二年六月八日(1672年)建立と、旧町の教育委員会が建てた案内碑に書いてありました。
それによると、「肥前鳥居の古型で形式は島木鳥居で、また島原半島においては最古級である」と書いてあります。
松平忠房が島原藩に着任したのが1669年、その3年後に建立された鳥居には八雲神社。
調べたところ明治になってからは、祇園宮は仏式の名前である為に、強制的に八坂神社や八雲神社に改名されたと書いてありましたが、なぜこの時期にと不思議に思います。
祇園宮が八雲神社に成り、その後天満宮と成り、また八雲神社に戻っているとしか、考える事が出来ません。
何かが隠れているような気がします。
着衣が緑色に塗られた観音様 2011年10月30日
天満宮・拝殿前の石柱 2011年10月17日 コメント(2)