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エコジャパンカップ2010受賞商品!小浜温泉「塩の宝石...
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キリシタン大名サミット会場近くの、空き店舗を利用した日野江城発掘品の展示場です。
板戸には南蛮屏風図の模写が書かれています。
後日、ご近所の方に聞いた話では、この店舗を提供して下さった方の、お父さんが書かれたのではないか?、とのことでした。
この日の、この会場には、日野江城跡から発掘された金箔瓦の本物や、野立て用の石製風炉(カマド)、当時の貿易商品である陶磁器類などが展示されており、なかなか見ごたえのある内容でした。
この場所に居られた方が、「勝沼ワインの元は、有馬晴信に付き添って行った、家臣が造ったのでは」、と言われた話を耳にしました。
それはあり得るなと思い、帰ってから早速に、葡萄を持った仏像があったことを思い出し、そのことを調べてみました。
その仏像とは、山梨県甲州市勝沼町にある、大善寺の薬師如来像です。
この薬師如来像の由来には、
「養老二年(718年)僧行基が甲斐の国を 訪れたとき、勝沼の柏尾にさしかかり、日川の渓谷の大石の上で修行したところ、満願の日、夢の中に、手に葡萄を持った薬師如来が現れました。
行基はその夢を喜び、早速夢の中に現れたお姿と同じ薬師如来像を刻んで安置した」
、と書かれていました。
私は日頃から、行基や弘法大師の伝説には、宣教師が隠されているのでは、と勝手に思っています。
この勝沼町の大善寺から直線距離で5~6Km離れた隣町に、有馬晴信終焉の地や、謫居(たっきょ)の地があります。
偶然としては、あまりにも出来すぎではないでしょうか。
そして、ここでは葡萄を法薬としています。
葡萄を薬として使うには、何らかの加工をしなくては、一年中薬として使うことが出来ません。
甲州の地は葡萄の栽培と醸造に適した気候だったのでしょう。
その為に、晴信と共に島原から甲州に、葡萄酒を造れる人が同行したのでは、と思えてしまいました。
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