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2020.01.17
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カテゴリ: カテゴリ未分類



一つ突ついて食うたろか。
食いしん坊のヒヨドリが目ざとく見つけて、思わずパクッといきそうな実ではある。

先日、墓にお供えしたこのヒペリカムがどうなっているか、ちょっと気になって、今日買い物に行くついでに墓地に寄ってみた。(ひま〜)

見たところ、色も変わってないし、野鳥に食われた形跡もない。
やはり、不味いんだろうな。
野鳥の餌になるほど美味い実であったら、仏花用として出回ることもないだろう。

それにしても、この色や形はなかなかキュートやなあ。
ポエジーを感じたので、いつものように、写真に収めてきた。

真っ赤なやつも見たことあるけど、あれは違う品種じゃないかな。

ただ、花はどれも黄色いらしい。
それを見ると、ヒペリカムがオトギリソウの仲間だということがすぐわかる。
うーん、「弟切草」か。
由来を知るまでもなく、なんとも不気味な名前だなあ。
これじゃあ、さすがに仏花用として流通させるわけにはいかないだろう。


さて、不気味な名前の植物ということで、一昨日タイムリーに遭遇したのが、アメリカ西海岸の山地に生息するコブラリリーだ。
目下、再読中の『アメリカの鱒釣り』(リチャード・ブローティガン 著 )の中に出てくる植物である。

ここで、いきなり「あんた、釣りが趣味なの?」と早とちりするなかれ。
そもそも釣り好きがタイトルに惹かれてこの本を読み始めたりすると、数ページ読み進んだところで、例外なく華々しく撃沈されるだろう。
あー、騙されたあ!


ジョークなのか、白昼夢なのか、妄想なのか、ポエムなのか、いかれポンチの戯言なのか、よくわからないけど、それでいて、ハマると癖になりそうな素敵に変てこりんな作品ではある。
明快なテーマもストーリーもなく、47個の断章ふうの掌編がランダムに並べられているだけなので、読者はどこから入ってどこで抜けてもいいんだけど、まあ、どれもこれもちょっと浮いた感じの現実を詩的な文章で綴ったって感じのフィクションとでも言っておこうか。
暇な方は今度、図書館で見かけた際に、ちょっとページをめくってみてはどうだろう。
さすが400万部売れただけのことはある。
こいつは決して’60年代若者文化の徒花なんかじゃないぞ。

こんな文章はブローティガンしか書けねえよな。
なんて思うかどうかはあなた次第。
おそらく、大方の人が困惑するような気もするが…

ふうー。
こんなこと、ワシが説明するようなことでもないのになあ。笑
ワシはただのしがない植物PR係なんだから、いきなりコブラリリーの話に突入すればよかったのに。
まあ、いい。
話を元に戻して、その『アメリカの鱒釣り』の中の「〈アメリカの鱒釣り〉のためのバレエ 」という章の書き出しから紹介してみよう。

コブラ百合が昆虫を罠にかけるやりかたは〈アメリカの鱒釣り〉のためのバレエだ。カリフォルニア州立大学ロス・アンジェルス分校で演じられるべきバレエなのだ。

いきなりブローティガン流のレトリックに面食らうかもしれないけど、要するに、コブラリリーというのがウツボカズラのような食虫植物だということはすぐにわかってもらえると思う。
では、少し飛ばして、わずか2ページほどの章の後半部分を一気に読んでみよう。

コブラ・リリーに関する以下のごとき説明を読むと、バレエを創作するエネルギーが湧いてくるのだ。この説明はまた、地獄の表玄関の靴ふきマットにも、氷のように冷たい木管楽器を吹きならす死体置場の楽隊を指揮するためにも使える。陽のあたらぬ松林を行く原子力郵便配達夫であるためにも使える。
「自然はコブラ・リリーに食物を捕獲する手段を与えた。二股に分れた舌は蜜の分泌腺で覆われていて、それが昆虫をおびきよせる。ひとたびその頸部にいたると、毛が下降状に生えているので、昆虫は這い出すことができない。なお、消化液は根にある。
コブラ・リリーに毎日ハンバーグのひとかけ、一匹の昆虫などを与えなければならぬという考えは、間違いである」
踊り子たちがうまく踊ってくれるといいな。〈アメリカの鱒釣り〉のために、ロス・アンジェルスで踊るかれらは、その脚でわたしたちの想像力を支えているのだから。

「踊り子たち」というのはコブラ・リリーのことで、「バレエ」というのがその踊り(昆虫捕獲)だとすれば、「 」の中の説明文は、バレエ創作(この2ページほどの掌編)のためのエネルギー源、すなわち、インスピレーションの源みたいなものではないだろうか。
ブローティガンはこれが何にでも使えると言う。
そういう意味では、もちろんポエムとしても使えるというわけで、実際のところ、彼はこの説明文に(ユーモア寄りの)ポエジーを感じたのではないだろうか。

何故こんな変てこりんな文を使って、こんな突飛なことを言うのかといえば、私自身が植物について書かれた文章を読んで、そこにポエジーを感じることがよくあるからだ。
だから、ブローティガンの文を読んで、彼もたぶんそうだろうって、勝手に考えてみただけの話。


ついこの前も、『植物の私生活』の中のある一節を読み返していて、それを感じたばかり。
というわけで、この組曲のラストはその一節の抜粋と写真のコピーで締めることにしよう。

ジャコウウシが一頭死ぬと、植物はすばらしいごちそうを手に入れたことになります。死骸の下の小石まじりの土には、腐敗した肉の養分がたっぷりしみ込みます。大きなドームのようになった頭蓋骨の下や、中身のなくなった肋骨の下に、風に飛ばされてきた種子が落ちます。ジャコウウシのお墓はさまざまな植物の苗床となります。そこで芽生えた植物たちは、やがて小さな花園をつくり、自分たちの基礎をつくってくれた動物の死をいつまでも記念するのです。



ついでに、この写真に付けられた説明文も載せておこう。
短いながら、これもポエムだし、なんと言っても、人に覚えてもらうのを拒否するかのような黄色い花の名前が極地にフィットしていて、シビれる。

ジャコウウシが死ぬと、その骨は植物が風を防ぐためのかっこうの避難所になる。腐った肉は土壌を肥やし、植物に養分を与えてくれる。周りに咲いている黄色い花はパパベル・ラディカートゥム。


※ 『アメリカの鱒釣り』からの引用は藤本和子 訳

『植物の私生活』からの引用は手塚勲 ・ 小堀民惠 訳





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Last updated  2020.01.18 00:00:24
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