あの、ゆるやかな日々
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先日、ある高校1年生と面談した。ふだんの勉強は思うようにできているか、将来の希望は何か、といったことについて話を聞いたのだが、「勉強は何もしていない」「将来の希望は何もない」「大学はどこでも行ければいい」「普通の生活ができれば仕事は何でもいいし、一生アルバイトでもいい」「今一番熱中しているのはゲームセンターでのゲーム」という答えが返ってきた。たぶん今時の高校生の本音なのだろうし、こういう考えの生徒は少なからずいるのだと思う。しかし、二つの点で少し驚いた。まずは、何も取り繕おうとせずに、自分の本音を臆面もなく話すということ。普通、学校の先生や塾の先生、いわゆる自分の周りの大人たちと話すときは多少なりとも自分をよく見せようとするものだと思う。勉強をしていない、何も将来のことを考えていない、ということがわかれば「そんなことじゃだめだ」といわれることは本人も分かっているだろうから。しかし、彼の場合それもなかった。考えようによっては素直に本音を話したということで、実直だとも考えられるし、それはそれで我々としても対応をしていかなくてはならない。もう一つは、普通に生きることがいかに難しいか、ということを彼が分かっていないという点。今回の東日本大震災を例に出すまでもなく、この世には予測不可能な出来事がひしめいている。いかに先を考え、準備をしたとしてもその通りにならないことが多い。その結果、普通に生活するということができなくなることが少なくない。天災はもちろんのこと、事故、病気、景気の良しあし、周りとの人間関係など、自分の力でどうしようもないことが多いのが実社会だ。おそらく、彼は小さいころから何不自由なく育ったのだろう。なので一生アルバイトでも、などという言葉出てくるのだ。そこはきちんと教えてあげなくてはいけない。私も社会人になるまでの間、特に苦労したという経験はない。しかし、父親が交通事故によるけがでおもうように働けず、私が中学、高校、大学に通っている間は母が一人で働いていた。私の下に弟が3人いたので、家計はかなり苦しかったに違いない。私は大学に入るまでは親の世話になったが、大学に入ってからの学費は奨学金とアルバイトで払った。当然の選択だった。現代人は「生活する」ということをもっと原点に返って考える時期に来ているのだと思う。3月11日の地震のあと、石原知事が「天罰が下った」などと話し、不謹慎だと言われあとから謝罪していた。もちろん、直接被災された方々にとっては到底許されない発言であり、不謹慎極まりないのだが、我々が今の生活に何も疑問を持たず毎日を過ごしていることへの警告ととらえれば、今回の地震も教訓になる得るのだと思う。
2011年05月28日
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