2010年11月22日
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今日のまとめ

2.より緊密な経済協力へ道をひらく


リスボン会議

先週の土曜日、ポルトガルのリスボンでNATO(北大西洋条約機構)の首脳会談が開かれ、その席上、NATOとロシアの双方が「敵対する時代は終わった」と宣言しました。

これは欧州外交上の大事件だと言えます。

今回の共同宣言がいかに大切かを理解するには少し歴史を遡る必要があります。


第二次世界大戦終結前夜

未だ第二次世界大戦が終焉する前、1943年頃に連合国の巨頭たちは戦後のヨーロッパがどうあるべきか? についての話し合いを開始しました。

当初話し合いに参加したのはソ連のジョセフ・スターリン、米国のフランクリン・ルーズベルト、英国のウインストン・チャーチルらです。

一連の話し合いの過程でジョセフ・スターリンはヒトラーのロシア侵攻を喰いとめ、ドイツ軍を撃退したことから戦争が終わったあかつきにはポーランドなどの領土をソ連に入れることを主張しました。また英国と米国がDデイでノルマンディーから上陸し、ドイツを挟み撃ちにすることを約束しました。この作戦は成功し、連合国は第二次世界大戦に勝ちます。


冷戦時代の幕開け

しかしジョセフ・スターリンの東欧への領土的野心は第二次世界大戦後も消えるどころか一層強まり、これは東西の冷戦へと発展します。それは資本主義と社会主義というイデオロギーの戦いになりました。


欧州の疲弊

第二次大戦直後のヨーロッパの状況にはかなりひどいものがありました。たとえばドイツの都市部の住宅の50%は破壊され、鉄道の90%は不通になっていました。フランスでも180万件の住宅が破壊され、機関車の70%が破壊されました。乗用車の10台に9台は使用不能でした。全ての運河と鉄道と港湾施設は使えない状態でした。鉱工業生産はフランスでは戦前の40%、ドイツでは戦前の20%にまで落ち込んでいました。


マーシャル・プラン

アメリカは最初、ドイツの産業を復興させるのはためらいました。なぜならドイツが再び戦争をはじめるかもしれないと考えたからです。しかし1946 年にはすでに米ソは冷戦と呼ばれる対立関係に入っていたためソ連の脅威から疲弊しきったヨーロッパを守るためには強力な産業政策が不可欠だという考えに変わります。つまり欧州は共産主義の防波堤になる必要が出てきたのです。

しかし経済復興を進めようにもヨーロッパにはブルドーザーもクレーンも製鉄所も無ければ、産業をはじめる資本もありません。そこで米国はマーシャル・プランという経済支援プログラムをはじめたのです。ソ連の計画経済対アメリカの資本主義という構図です。だからマーシャル・プランでアメリカから資金を貰う国には 1.自由価格、2.自由貿易の振興、3.所有権の確立、4.投資の奨励などを固く約束させました。


EUのおいたち

それと同時に欧州石炭鉄鋼共同体、ECSCを設立し、石炭や鉄鋼の生産量の割り当てを決めることに各国は合意しました。これでドイツがどんどん鉄鋼を生産してもそれが軍事産業などへ向かわないように監視でき、ドイツが欧州で突出した鉄鋼の生産力を持っても、それを仲良くヨーロッパ全体の国々を市場として分かち合う約束ができたわけです。これが現在の欧州連合(EU)の前身です。

つまり欧州連合のルーツは第二次世界大戦をはじめたドイツを許し、ヨーロッパ全体に市場を広げる事で戦争の危機を繰り返さないようにしようという点にあるのです。

勢力拡大を狙うソ連を喰い止めようとする以上、欧州連合も常に拡大を目指し力の均衡を取る必要があります。別の言い方をすれば、EUはそのルーツからして拡大志向を運命付けられていたわけです。


復興の軌跡

マーシャル・プランでは米国が4年間にわたり130億ドルを供与しました。これにより欧州は機械などの生産設備を米国から購入し、工場を修理することができました。そして今度は製品を作り、それを輸出することで外貨を獲得できるようになったのです。米国はマーシャル・プランを受け入れる国に対しては価格統制を廃止し、自由価格を守るとともに為替レートを固定し、均衡財政を敷くことを条件付けます。なにも無い焼け野原のところへアメリカの資本、アメリカの生産設備、大量生産のノウハウなどがドッと入ってきたので、最初の頃の投資リターンは極めて高かったです。それに加えて朝鮮動乱の勃発でドイツの鉄鋼産業は特需に沸きました。


NATO(北大西洋条約機構)はなぜ出来た?

当初ドイツの再軍備に対して欧州各国は神経質になっていました。しかしソ連の脅威に対抗するためには軍事力を持たないわけにはゆきません。

そこで西ヨーロッパの各国は北大西洋条約機構(NATO)を締結し、軍事力をNATO軍という形でプールすることを決めました。これでドイツの軍国主義化を恐れずに経済復興に専念できるようになったのです。


所期の目的を果たした各プラン

マーシャル・プラン、ECSC(のちのEU)、NATOなどの枠組みでドイツが再び戦争を始める事は不可能になりました。またドイツが猛烈な勢いで経済復興してもそれが昔のように領土拡大の野心につながらないような仕組みが出来ました。このため安心して巨大な生産力をドイツに許すことができたのです。

マーシャル・プランはその役目を終え、ECSCもその後欧州連合(EU)へと発展解消しました。その一方でソ連は崩壊し、計画経済から市場経済への移行を完了しました。

ロシアは欧州へ天然ガスや石油を輸出する資源輸出型経済に転向しました。同国の長期的な成長計画を見ても欧州への輸出拡大は重要な礎となっています。その場合、大事なお客さんであるドイツをはじめとする欧州諸国が「仮想敵国」では国家戦略が矛盾するわけです。


ロシアの成長戦略

ロシアの今後の成長戦略を簡単にまとめれば、国際市場で重宝される天然ガスはなるべく輸出に回し、国内では石炭など安価なエネルギー源への代替をすすめるというものです。

そしてシベリアや北極圏での石油や天然ガスの探索に際しては外国企業へも門戸をひらき開発費用をねん出するとともに長期的な顧客関係を確保するということです。

この計画に沿ってロシアは再び政府の所有する政府系企業の持ち株の国際的な売り出し計画を始動させています。それらの売り出しが成功するためにも今一度、ロシアへの関心を高める演出が必要だったというわけです。






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最終更新日  2010年11月25日 19時56分51秒


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