剣道・柔道・弓道・茶道・華道など「道」の付くものは 精神性というか精神修養の意味合いが有ります。
例外として「極道」なるものが有るので調べてみました。
ウィキペディアによると、なんと極道(ごくどう)とは 本来仏教用語で仏法の道を極めた者という意味であり、高僧に対し極道者(ごくどうしゃ)と称し肯定的な意味を指すものであったそうです。
しかし 江戸時代より侠客(弱いものを助け、強い者を挫く)を極めた人物を称える時に「極道者」と称した事から 博徒(ばくちで生計を立てる者)までも極道と称する様になったとの事。
江戸期の奉行所や戦前の警察機構は国民のためというより、権力者や資本家などの味方で、体制の維持が主目的であったところから、庶民の間では警察組織より やくざの方が「人民の味方」と思っている人が かなりいたようです。
そのため 本来の意味を外れ道楽を尽くしている者、ならず者や暴力団員と同義語で使われる逆の意味で使用される事が多くなった訳ですが、阪神・淡路大震災の際に彼等が いち早く被災者に対する救援活動を行ったことが話題になりましたね。
明治期の落語や劇では素行の落ち着かない者、就労せず遊んでいる者を「国道」と呼んでいたようです。
なお ヤクザ者が自己を指して極道と言うのは 暴力団組員と呼ばれるのを嫌うためであり、暴力団が極道を称するのは かつての侠客に憧れを抱いている訳ですが実際の活動は反社会行動集団です。
ヤクザという意味は本来「何の役にも立たない」と云う意味であり、極道という言葉の意味とは微妙な差異があるのですが、世間一般ではヤクザも極道も同意に取られることが多いです。
ヤクザも極道も「暴力団」に変わりはなく 法的な定義ではどちらも同じ「暴力団員」です。
また 暴力団員ではなくとも、反社会的な行動をする者をヤクザまたはヤクザ者と呼ぶこともあります。
なんとなく「極道」に好意的になってきましたが しからばとばかり「任侠道」も調べました。
これもウィキペディアの解説です。
任侠(にんきょう)とは 本来仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神をさす語。
仁侠(じんきょう)、義侠心(ぎきょうしん)、侠気(きょうき)、男気(おとこぎ)などともいうのだそうです。
全く悪いイメージは有りません。
ところが 任侠を主体とした男の生き方を「任侠道」、またこれを指向する者を「仁侠の徒」という事になりますが、この仁侠の徒が相互扶助を目的に自己を組織化したと自称するのが暴力団で、任侠は本来悪い意味を差す言葉では無かったものが、暴力団が自称するようになって以降、本来の意味を外れて悪い意味(暴力を背景に職業的に犯罪に従事する団体やその構成員)と理解されるようになったとの事。
ついでながら 中国での任侠の歴史は古く、中国春秋時代に生まれたとされ、情を施され命を果たしてでも恩義を返すことにより義理を果たすという精神を重んじ 法で縛られることを嫌った者が任侠に走ったとされます。
戦国四君は食客や任侠の徒を3千人雇ったことにより国を動かしたとされ 各国から評価され、四君の中でも特に義理の高い信陵君を慕っていた劉邦は任侠の徒から皇帝にまで出世したそうです。
劉邦が任侠の徒だったとはね。
この任侠らを題材にしたのが「史記」の「遊侠列伝」であり 登場人物の朱家は有名で、貧乏ながらも助命をすることが急務とし、逆にそのことで礼を言われることを嫌っていたために名声が高かったといわれます。
以後 任侠は庶民の間で地位を得、権力者の脅威となったとそうです。
任侠に武術を取り込んだ「武侠小説」は現代でも 人気が高く「三国志演義」や「水滸伝」など人気が高いですね。
なお 「史記」「遊侠列伝」の著者である司馬遷は 「仁侠」の志を知らずに彼らをヤクザやチンピラなどと勘違いして馬鹿にするが、それは悲しいことだ」と述べているそうです。
要するに「暴力団」と「ヤクザ」が「極道」本来の意味を変質させたようですね。
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elsa.さん
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曲まめ子さん
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alisa.さん