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ここしばらく体調をくずし、三日寝込んだ。病院、救急車と言われたが、頑として拒否。理由はない。あるとするなら、いま書いている曲が頭の中から消去されることを恐れること。その数日前から小食になったこともありで断食状態だったせいで、神経が鋭敏になり過ぎ、音に敏感で新しい音が見えて来て今回は大収穫だった。あれから一週間がたつが、音への探求というか執着心、コダワリはあらためて感じるところです。愚痴になりますが、恩師がおられたころは恩師に聞くことが出来た。が、今はそれがない。一音をオクターブ上げるだけで、どれだけの効果があるか。同音をどの楽器にするか、この色合いが分からない。こんなとき、先生だったらどう答えてくれるか。とは言え、先生との問答は、怒号だから想像もできない真剣勝負なんですよ。先生は、僕なんぞのぺーぺー程度に対しても真剣で立ち会ってくれた。前掛けをして。この「前掛け」をする姿こそ真剣勝負なんです。分かってはもらえないでしょうが、柳がゆれるようなキャシャな音の流れである音楽にも「核」があり、流れには「格」があるんです。まぁ、思い付きの打算程度の音の流れとは一線を置きたいものですね。
2026.09.24
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きのうは体調のせいか目ん玉が痛かった。タオルをチンして目を温めると少しは楽になったが、やばい。こんなにノンビリしてられない。そんな恐怖感をかんじた。パソコンを控え目にした、目を休める一日を過ごした。紙に印字された楽譜だと、そんなに目に負担を感じない。パソコン上の楽譜は目に良くないと実感。昨日はそんな、紙に印字された楽譜を久しぶりに楽しんだ。最近書いた三曲。まづまづの出来かな。目ん玉が痛い中、書いた曲を読んでいると、一日一日を生きてる証拠、存在感を重く感じた。たかがA4一枚の紙の軽さに重みを感じた。まぁこの曲たちも、音にされず消去される運命だ。それも悪くない、と、自己満足を感じている。この三曲は、ともに管弦楽を前提に書いたので四声体で書いてる。同じ四声体でも、始めっから楽器指定をしたのと、管弦楽前提とでは書き方が違う。まぁ、こんなコムズカシイことはどうでもイイことだが。ベルリオーズの「レリオ」をCDで聞いたのはいつになろうか。先生が亡くなる前だから40年になるかなぁ。生演奏では三回外国で聴いた。この作品は、僕にとっての「音楽巡礼」です。僕の原点の大きな一つでもある。「オマージュ」の意味もあって、この書法を続けている。今回の三曲もここが原点。一番新しい曲は「シソレラー」に始まる単純な音の流れを自分になりに書いてみた。書こうと思う気持ちには20年かかったことになる。書こうと思っても書けなかった。「Pas19」アブリ訳書の詩編18番「天主自らの啓示」が「シソレラー」のメロディーラインに織り込まれる気がしたので。きょう朝から「Pas19」を鉛筆片手にニラメッコしてると、目立った真似に気が付いた。そこんところを直し、カットもし、やっと落ち着きそうだ。7分が6分にしぼり、最終的には5分かな。「引き算の美学」ですか
2026.09.14
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つい最近の話し。勉強会での事。休憩でウロウロ。タバコを吸う場所をさがす。公共施設だったのナイ。当然の如くナイ。喫煙者は罪人の如く扱われる。つい最近まで、どこでもタバコは吸えたし歩きタバコも不通だった。その少し前は電車にも灰皿があった。受動喫煙うんぬん、とくに女性陣から声が上がったのだろうか、いつの間にか隠れ喫煙者の烙印をはられた。そんなことで、施設の外、つまり道路に出てコソコソ吸うことにした。たしかにタバコの煙は随分先からも匂う(臭う)らしい。僕のタバコの煙が甘いので、歩いてきた女性に「いい香りですね」と言われた。誉め言葉ともここは禁止ですよと、どちらにもとれる・・・住みにくい世の中!実にそう感じる。身勝手ながら。タバコって、一箱580円だと、税金が360円取られるんだって。62%も。そんなに税金をとっておいてタバコを公共環境では吸うな、個人所有地で吸え!ということ。健康にも他人にも迷惑をかけるのだから。道路の隅でコソコソ吸っていると、勉強会の参加者が遠慮がちに「僕の車の中で吸いませんか」と助け舟を。そうだその手があった。一台の車に三人でモクモク。窓を遠慮がちに少し開けて。「タバコ喫煙者の同志が誕生」三人は同志だ!ここで同志のキズナが生まれた。気楽な素朴な質問が機関銃の如く出た。パイプ・タバコは、紙巻きタバコとは違って全てが大げさだ。作法があって所作すらも。興味を持ちだす。羨望?の目。興味津々。若者にとってはチョンマゲ時代のキセルと同じに見えるようだ。パイプと言えば、マッカーサーが飛行機を降りるシーンらしい。勉強会が終わって、ファミレスでパイプ談義となりました。みなさん、やるき満々。どうなることやら。環境が許さないでしょうねぇ~パイプの煙で部屋は黄色くなるし、臭いが強烈にしみつくので。パイプを始めると、ニ三年は体調を崩すだろう。だってパイプの煙をまともに肺に入れてしまうから・・・
2026.09.09
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「聖書」って沢山の種類があるようだ。元は一つなんだろうが、日本語に翻訳すると何種類にもなる。読む方は迷ってしまう。それに文語と口語もある。「これを使いなさい」とあるが、これだとどうなの?と、いつも感じ長くストレスとなって心にたまる。いま詩編を見てるが、詩編の番号もズレてる。なんだよォー決めてよォーと言いたい。それに詩編?詩篇?どっちを選ぶかは個人の問題?。なんだか、よく分らん。総合的な僕の結論は、古い方が僕には合っている。何て言われようと、これだけは曲げない。僕は、創作のときはアブリ訳著の「詩編」を使ってる。同時進行の三曲の一曲が終わり、二曲とニラメッコ。少しの間の熟成期間を終えて今見直しをしている。書いて筆を折るか、いっとき熟成期間を置いて今一度見直すかは、その時の気分次第になる。冷静になって懐疑的見直しをすると、増やすか減らすかの二者択一ですか。
2026.09.06
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思ったように書いたはずが、少し頭を冷やす間を置くとハタとはっきり見えてきた。筆を折らずによかった。コッパずかしい話し。未練がましく見直しするか、破棄するかの選択。今までなら破棄するところ。(せっかく時間をかけて書いたのだから手を加えることにしよう、これを捨てて新規作成なんぞと時間がないのだからと、気力が続かない、我がゲズさにあきれるが、背に腹は代えられずであります)楽譜の読解は勉強しないと理解できない分野。つまり、文章を読むのと同じ状態。日本語だけで書かれた文章は誰でも読める。だが、音楽の場合は、日本語だけではなく他の言語が混じって文章が成り立ってるわけだ。他の国語とは移調楽器のことで、調が違う、つまり日本語ではなく外国語になる、その移調楽器の翻訳を同時にしながら文章を読むことになる。ここんところが、気力が衰えると判断が鈍くなり間違いが多くなるわけだ。「気迫」はあっても「気力」が薄れると書けなくなりますね。「序破急」のバランス。いや、これからして無視したらどうなるのだろうか。
2026.09.01
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