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丹沢での七輪パーティーに誘われた。自然の中で七輪での料理と会話を楽しもうとの趣旨だった。林道から少し入った渓流の脇に装備を持ち込んだ。幹事さんは次から次へと料理を出すので、食べるのに忙しい。ついあたりの紅葉やきれいな流れなどどうでもよくなってしまう。 ついでに焚き火も楽しもうと欲張った計画だった。焚き火は七輪と少し離れた場所にしてしまった。雰囲気(焚き火)より食い気(七輪)が勝り、焚き火は人気ない。 食べてしまってからで申し訳ないが、自然の中でのこの種の遊びはある程度の質素さがないといけないと感じた。料理は目玉だけにして、しかも少し少な目。自然との調和があって、野外での遊びが生きるとも思った。
2007.11.28
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丹沢三峰の円山木ノ頭から南東に延びる尾根を弁天尾根と呼んでいるらしい。尾根の下部には弁天杉という塩水川林道からよく見える巨木がある。天王寺尾根からはすっきりした尾根に見えるが、全体的に黒木が目立つので今まで登るのを躊躇していた。この弁天尾根から丹沢山に登り、塔、新大日を経て本谷橋へ降りる山行に昨日出かけた。 下部の杉林は登りやすい道がついている。杉林を抜けると道はかすかな踏み跡となった。すると写真のような樅と杉の巨木があたかも門のようになった場所があった。ここからしばらく登ると落葉樹が主体となる。明るい森を歩くのは気持ちよいが、等高線に直角に登る尾根道は筋肉に負担だった。標高差650mほどを1時間20分で登り切ると単独の先行者に追い着いた。実は登り口のワサビ沢でも単独の登山者に会った。彼は弁天杉を見てから弁天尾根を登ると言っていた。さすがに晴天が約束された休日である。こんな登山道のないルートに登山者が集まっている。 丹沢山に着くと登山者の多さに驚いた。丹沢のメジャーな場所には休日に歩いていないので実態を知らなかったのかも知れない。新大日までこの状態が続いたが、長尾尾根に分かれると静かさを取り戻した。長尾尾根は落ち葉に埋まり柔らかい道が好ましかった。上ノ丸で長尾尾根から本谷橋に降りた。このあたりの木々はまだ紅葉が残っていた。
2007.11.25
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気象用語では直径5ミリ以上を雹(ひょう)、直径5ミリ以下を霰(あられ)と言うらしい。 急に思い立って大山北面の石尊沢を登った。快晴を疑わずに出かけたが、山麓の道は雨で濡れていた。標高750mあたりから地面が白くなっていた。どうやら霰が降ったようだ。 この季節は水はほとんどないと思ってアプローチシューズで歩いた。木々の葉は全て落ちて沢を覆っている。この沢は滝と呼べるような滝はないが、それでもクライミングらしきことはたまにする。落ち葉を手でどかして足場を決めるのだが、その手が冷たい。冷たさに冬が近いと実感した。
2007.11.22
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富士宮口から富士山を目指した。早朝から歩き始めるが、風が非常に強い。おまけに身体がだるくピッチが上がらない。八合目の避難所に入ってしまい、外のゴーという風の音を聞いてすっかり戦意を喪失してしまった。 それにしても雪が少ない。八合目まではほとんど雪を踏まないで上がれてしまう。さすがに八合目以上はアイゼンが必要となるが、ここから山頂までも岩がむき出しになっている。富士山の東面を眺めて生活しているが、東面はしっかりと雪がついている。こんなイメージを持っていたので、五合目からこれから登るルートを見て驚いた。 帰宅してから、この日東京では木枯らし1号が吹いたと知った。
2007.11.18
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私は丹沢によく足を運ぶが、これは最近になってのことだ。若いときには経済的な理由から交通費のかからない丹沢によく行っていた。しかし山に本格的にとりこむようになってからは、足が遠のいてしまった。そのころ求めていた山はもっと高い山だったからだ。どの山にもその山にしかないよさがあるものだ。こんなあたりまえのことに気づいたのは年をとってからだった。 丹沢に戻ってから変化に気づいた。下生えがない林が増えたことだ。沢の終りには薮こぎが不可欠だったが、今では薮こぎのある山は限られている。たいていの尾根が自由に歩けてしまう。この便利さにつけこんだ山歩きもしているが、何か不自然な気持ちになっている。 先日歩いた堂平から三峰ノ太礼の頭にかけてのブナ林はまったく下生えがなかった。地面は落ち葉に埋まり美しい景色となっていたが、季節によっては地面むき出しの醜い風景になってしまう。いったいこの林は昔から下生えがなかったのだろうか。下生えのない林は密集した杉の人工林など光の届かない林特有のものと思っていた。明るいブナ林では考えられない光景と思っていた。 丹沢山からは天王寺尾根を下った。この尾根の上部にもブナ林がある。ただここは堂平と違って写真のように下生えのある林だった。この日に限っては天王寺尾根のブナ林より堂平のブナ林の方が美しいと思った。ただ天王寺尾根のブナ林の方が自然という考えを持った。
2007.11.16
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ブナ林の中を歩いてみようと丹沢は堂平から三峰ノ太礼の頭へ登った。思っていたとおりブナはすっかり葉を落としていたが、まだ葉を付けている木もあった。葉を付けている木はブナではない。ここはブナの純林と勝手に思い込んでいたが、このような姿を見て新しい発見をしたような気持ちになった。 もうひとつの発見もあった。葉を付けている時の林は遠くまで見渡せない。そのために林に入ると林の広がりを過大評価してしまいがちだ。今日のブナ林は見通しがよく、そのために実際の林の広がりが解ってしまう。堂平のブナ林って案外狭いものだと思えた。しかし、やっぱりここのブナ林は美しい。おりからの好天もあって、気持ちよい山歩きができた。
2007.11.14
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今の家に転居してそろそろ20年になる。それ以前に住んでいた家は背後が山だったが高い山は見ることができなかった。今の家は平野にあるために近くの山肌は楽しめなかったが、富士山や丹沢の展望がよかった。そのために富士山や丹沢の方向に窓を設けて、山の展望を楽しみにしていた。 20年経つと街も変わる。街のはずれで空き地も目立った我が家の周辺も完全に市街地化した。まず公園の樹木が大きくなって丹沢山塊が見えなくなってしまった。そして富士山は写真に示すように、けしからんマンションが建ってしまった。山に雪が降ると写真を撮るようにしている。歩いて数分の場所によいスポットがあるのだが、ここも目障りなマンションが建設中である。 今までは朝起きると窓からの山岳展望が日課だった。これは山の天候を想像したり、積雪状況を見るのに役立った。山の展望がそこなわれた結果、なにか楽しみをひとつ失ったような気持ちだ。
2007.11.12
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我が家のサンルームで面白いものを見た。茶色のインテリアにカマキリが取り付いていて、色がまったく同じなので見逃すところだった。昆虫にはまったく知見がないが、カマキリは緑色のものをよく見るが、茶色もたまには見る。これは背後のものと同じになる(カメラオンのような)保護色なのか、それとも別の種なのか疑問になって調べてみた。 ネットで調べると、確かではないがカメラオンのように背後の色に合わせて変わることはないようだ。ということは、色の違うカマキリは住む場所が違うのだろうか。さらに辞書を調べると、カマキリは俳句の季語になっている。季節は秋である。そしてこんな俳句が紹介されていた。かまきりが片手かけたり釣鐘に/一茶字は蟷螂という難しいものがあてられていた。 私はサンルームでカマキリを見つけても秋は感じなかった。しかし外を見れば街路樹は色づき始めて枯葉も落ち始めている。高い山、低い山、そして下界と交叉する生活に季節感が狂っている。
2007.11.09
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暖かい一日だった。焚き火を主な目的として野外に出かけたが、あまり火をありがたいと思えなかった一日だった。それでも自然の中で火を見ていると心が落ち着く。 そして風もない一日だった。秋ならば枯葉が風で舞い上がった方がよいのだろうか。それとも風の音もない静けさがよいのだろうか。 焚き火の後は軽いハイクキングをした。地面は枯葉で埋まっていたが、頭上はまだまだ緑だった。それでも自然林の中を無目的に何も考えないでの散策は気持ちよいものだった。
2007.11.07
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今日、単独で早戸川水系の中ノ沢を遡行した。たいした滝のないゴーロが長く続く、沢としては人気のない沢と思うが、蛭ヶ岳に直接突き上げるのに惹かれた。 今年の紅葉は遅いと聞いていた。杉の少ないこの山域なら紅葉が楽しめると期待していた。残念ながら紅葉には少し遅すぎたようだ。滝場は落ち葉に覆われて、落ち葉をかき分けてホールドを探しながら登った。滝は岩がしっかりしていて快適だった。単独なので慎重になるが、幸いガバだけに頼っても登れた。
2007.11.03
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大昔、私は北海道の山中で仕事をしていたことがあった。私は旅館に泊まっていたが、作業員は麓の空家を借りて飯場としていた。風呂は近くの川のほとりにある自然の温泉を利用していた。温泉の脇に数件の家があり、老人のみの絵に描いたような過疎の集落だった。温泉はこの集落の人たちだけのもので、簡単な囲いがあるだけだった。もちろん無料であった。温泉には名前がなかったが、我々は勝手に蛇の湯と呼んだ。利用し始めたころに、温泉に蛇が入っていたからだ。私は温泉というと、すぐにこの温泉を思い出してしまう。 稲子岳南壁登攀を中止して時間が余ったので高見石・白駒池へのハイキングをした。ハイキングの後に温泉を探した。最初に向かった温泉は清掃中で入れなかった。同行者が急に横谷温泉に行こうと提案した。なかなか人気のある温泉だという。横谷温泉の手前から路上駐車の車が並んでいた。平日にもかかわらず温泉は超満員で、その様子を見てすぐに退散した。退散の理由は混雑だけではなく、値段(1500円)にもあった。 温泉を探しながら山を下っていると、「石遊の湯」の看板を見つけた。幹線道路から1キロばかり入ると、目指す「石遊の湯」があった。板塀に囲まれただけの質素な作りで、500円という値段だった。風呂は板塀の内側に二つ並んであり、一つは屋根があり、もうひとつは露天だった。寒さを考えてか、洗い場だけが仕切られた部屋になっていた。 ひとり露天風呂に浸かっていると、ひとりの初老の男が入ってきた。他に客がいなかったので、自然と会話が始まった。彼は近くの別荘の住人で、よくこの温泉を使っているそうだ。蓼科には多くの温泉があるが、彼は○○の湯が一番と言った。昨日訪れたそうだが、折からの紅葉が露天風呂に散って風情万点だったらしい。 横谷温泉のように金を使った(入らなかったが後でネットで見た)温泉もよい。石遊の湯のように簡素な温泉もよい。どんな温泉がよいかは、ひとそれぞれでもあるし、その時の気分によっても違うだろう。下山後の風呂はどこでも気持ちよいものだが、私は歩いて来た山が湯舟から眺められる湯が好きだ。
2007.11.01
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