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2005.12.02
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5年生の理科では、「条件を制御する」という科学的な思考を育てることを重視している。私のクラスでも、「原因がいくつかあるときは、1つの条件だけを変えながら調べればよい」ことを何度も経験させ、そのたびに説明もしてる。しかしながら、他の単元や教科になると、なかなかうまくできない。条件制御して調べていくことを「形式的」には知っているのではあるが。

佐伯胖氏は、この「『形式』にしたがって思考すること」について、「『わかり方』の探究」の中で次のように述べている。

 ・・・・・

 思考は、「具体から抽象へ」と発達するというが、人は本当に「抽象的に」思考できるのか。本当に「形式」に従って思考しているのか。文化的な実践の文脈でこそ思考がはたらく、ということは、思考が状況の具体的な事物に結びついているのであり、それを一般化・抽象化・形式化して思考しているとは考えることはできないだろうか。
 そもそも具体を離れた思考は存在するのだろうか。もしかすると、人が「形式」を操作できるのは、その「形式」の意味づけや意義づけが感じられて、多少なりとも、現実の場面でのきわめて具体的な状況を「思い起こさせる」はたらきを失っていないからではないか。 

 ・・・・(略)・・・・ 

 つまり、思考の「発達」は「具体から抽象へ」いくのではなく、具体からより広い具体へと発達し、そのような具体的状況の中で有効さがすぐに検出できるかぎりの「形式」が(具体性へのつながりをもったまま)獲得されていくのではないか、ということになる。 

 ・・・・・

「何度も経験させることで」はなく「文化的実践の文脈」が必要なのであろう。





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最終更新日  2005.12.06 08:33:17
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