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2007.10.01
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カテゴリ: 理科授業実践から
授業後、リフレクションするなかで、次のようなことが「見えて」きた。

○子どもたちは、「何を通して」考えているのか、話しているのか。

 今回の授業のなかで、一つのグループにビデオを固定し、話し合いの様子を撮影したのだが、「昆虫のすみか」について話すとき、4人が4人とも考える「基準になる昆虫」が違っていた。

 Mさん:「草の種類が分からない。」「すみかって決まっていない。」
     「はねがあって、どこにでも飛んでいける。」
     「くさむらのどこにでもいる。」「水分とかも必要。」 
     →「バッタ」を基準に話している。
 Kくん:「木がたくさんあって、密があって・・・。」
     「めったに人の前にはあらわれない。」

     →「カブトムシ」もしくは「コーカサスオオカブト」を基準に。
 Hくん:「家なんかないのかな。」「どこにでもいる。」
     「どこにでも行ける。」
     →昆虫を一般化している。
 Aさん:「人間も、おばあちゃんちに行ったりする。」
     →人にたとえて考えている。

 一見かかわっているように見えたのだが、何を通して(基準に)話しているのか、お互い理解していたのであろうか。いわゆる「メタファ」の問題であろう。

多くの発言に「主語」がぬけている。おそらく、かみ合っていない部分も多いだろう・・・。(つづく)





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最終更新日  2007.11.21 20:28:48
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