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2013.07.24
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この頃、「授業デザイン」という「ことば」をよく目にするようになった。しかしながら、その多くが、「指導案を書く」「事前に単元の構想をする」といったレベルのものばかりである。

もちろん「デザイン」をどうとらえるかという個人差はあるのだろうが、前述したようなものは、7年前に本校の研究テーマの中に取り入れた「授業をデザインする」とは明らかに異なるものである。(平成18年度から3年間は「『みんなで伸びる授業』をデザインする」、平成21年度からの3年間は「ことばの力に培う『みんなで伸びる授業デザイン』」であった。)

前回のblogを書くときに読み返した「授業の中で起きていることを確かめる」(藤沢市教育文化センター 2003.3)の中で、鹿毛雅治先生が次のように書かれているのを見つけた。これをきっかけに、「授業デザインという考え方」について、改めて考えてみたい。

・・・・・

 実践のサイクルはしばしばPlan→Do→Seeとして描かれます。プランがまず出発点であり、評価が(少なくとも暫定的な)終着点であるという発想がそこでは前提になっています。授業が「脚本としてのストーリー」なのであれば、このモデルでも問題ないかもしれません。最初のプラン通りの振る舞いや結果であるかどうかを基準として授業の善し悪しを判断すればよいのですから。しかし、授業が最初のプランを逸脱するような「ハプニングとしてのストーリー」の要素を含んでいるのだとすると、授業をPlan→Do→Seeのさいくるだけでなく、Do→See→Planというサイクル、すなわち、振る舞いの結果を見取ることによって教師がプランを修正していく視点から授業を見ていく必要が生じてきます。つまり、教師とは単に事前に用意したプランに従って忠実に振る舞う存在なのではなく、「脚本としてのストーリー」を念頭に置きながらも、子ども達の様子や状況の変化に柔軟に対応しながら、現在進行形の判断を授業展開に生かしていこうとする存在なのです。

・・・・・

単なる事前のプランだけでなく、「事前の計画」だけでなく「授業中の即興的な判断・修正」、さらには「授業後のリフレクション」まで含むものを、「授業デザイン」と呼ぶのである。つまり、授業中も授業後も、まだまだ「授業デザインの途中」なのだろう。





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最終更新日  2013.07.24 16:57:02
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