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2013.09.01
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カテゴリ: その他
夏休みに多くの研究会に参加したが、自分にとってアウェイだと感じることがあった。おそらくそのほとんどが私自身の自信のなさからくる「場違い感」であるのだが、私が提案・主張していることと違いからくる「違和感」、そして、「受け入れてもらえないだろう」という「敵地感」もある。

だからこそ、いろんな研究会に足を運ぶ意味があるのである。

しかし、振り返ればこの10年間、私は自らずっとアウェイに居続けたのだろう。

新任のときは、理科の主張がまわりから受け入れられない。それで、中央での研究会にも足を運び、情報を収集したりネットワークをつくったりして理論をつくった。また、プレゼンの能力をつけるため、学会でも発表した。研究テーマに「協同的な学び」になってからは、一番に手を挙げて授業を公開した。

その後、研究部としての提案する立場になるのだが、その主張が受け入れられない。「授業デザイン」「授業リフレクション」「認知的葛藤」「わかり直し」、そして、「教師の『ねがい』」と「子どもの『学び』」。「これまでもやってきた」や「授業者としてもっと重要なことがある」という反論の中で、地道に授業リフレクションを続けた。

途中、文科省の指定を受け「論理科カリキュラムの開発」に取り組むことになる。少しずつ進めてきたことの上にいきなり落ちてきた隕石のようなものであったが、それまでの3年間大切にしてきたことと何とか整合性が取れるようになる。しかし、しばらくするとその「論理科」の主張が受け入れられない。

それでも、授業リフレクションをシステム化し、教室の座席の配置もコの字型をベースにするなど、子ども同士の「聴く」ー「語る」関係づくりを研究の中心に据えた。「論理科」が、すべての教室を「学び」に向かわせる原動力になったのである。
しかし、その「論理科カリキュラムの開発」が終わると、今度は「学び」を中心に据えた授業づくりを続けることが受け入れられない。これが一番きつくて闘うことが難しいのだが。

でも、このように振り返るとアウェイであり続けたことが自分を成長させてくれたのだろう。「ちがう」ということを前提で対話することこそ研究である。いやでも「ちがう」相手にわかりやすく、そして自分の「ことば」で語らなければならない。また、戦略を立てることも、研究の幅を広げることにつながったのだろう。もちろん、ホームのよさもあるのだろうが。






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最終更新日  2013.09.01 23:41:33
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