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2013.10.25
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カテゴリ: その他
前回のblogの続き。

学部4年生向け「教職実践演習」の講義で「幼児・児童・生徒理解について、学級経営について」というテーマで話をしたときのプレゼン。

・・・・・

スライド08.jpg

「子どもを理解する」ために取り組んだことの1つに、授業リフレクションがあります。7年前に慶應義塾大学の鹿毛雅治先生に教えていただいたのですが、はじめは、同じ学年の同僚の先生と二人ではじめました。(今では、この授業リフレクションは、附属小の校内研究の大きな柱の1つになっています。)週に一度、お互いの授業をビデオで撮り、そのビデオを放課後いっしょに見て気付いたことを指摘し合う程度のものでしたが、その中でたくさんの驚き発見がありました。

特に、授業リフレクションをはじめたばかりの2つの出来事をいつも思い出しますし、今の私を支えています。

スライド09.jpg

一つ目は「オクラ事件」。3年生の理科ではオクラを育てることになっていたのですが、子どもたちの栽培に対する関心を高めるために、スーパーで売られているオクラの実を一人に一個ずつ用意しました。これから半年かけて植物の成長を学習することもあり、実の不思議さを実感させるために「まず、形をよく見て」「次に、指で触った感じは」「においも」「振ったときの音は」「最後に、ハサミで実を切り、中の様子も観察しよう」と指示する予定でした。オクラの実を切ると、中から白い種がたくさん出てきますが、最後には「白い粒は、オクラの種でしょうか」という質問も考えていましていました。子どもたちには「指示があるまでオクラの実を机の上に置いておくように」と声をかけ、一班から順に配りました。すべての班にオクラの実を配り終えた直後、いざ子どもたちに指示しようとしたとき、一班の一人の子どもが、なんと、定規を包丁の代わりにし、つい先程配ったオクラの実を切り刻んでいます。もちろん、私は大きな声で注意をし、無残な姿になったオクラの実を取り上げました。

しかし、授業後にビデオを見ると、そこに映っていたのは授業中に私が見たものとは全く異なるものであした。私が大声で注意した子どもは、私がだらだらと余計なおしゃべりをしながらオクラを配っている間に、一番にオクラの実を取り上げ、いろいろな方向に実を持ちかえながら、真っ先に「形」を観察。隣の友達に「五角形」「ロケット」と話しかけている声がビデオの中に。次に「毛、毛」とつぶやきながら実の表面を触り、においを嗅いで変な顔をします。そして、実を耳の横に持っていって振り「中に何か入っている」と実を定規で切る。なんと、私がだらだらと余計な指示をしながらオクラの実を配っていたわずかな間に、私がしてほしかったことの全てを、私が予定していた順に終えていたのです。その最後の場面だけを目撃し「教師の思いもわからない、自分勝手な子ども」と決めつけてしまった私。ビデオには「オクラの種は黒くない」というつぶやきも写っていました。

二つ目は「モンシロチョウ事件」。この出来事は「オクラ事件」の二週間後に起こります。同じ理科の授業でモンシロチョウのたまごを観察していたときのこと。授業がはじまって約二十分が経ったとき、観察の途中にだいすけくんが嘔吐してしまいました。連休明けの疲れと急に暑くなったこともあり、体調を崩す子どもも多く、私自身、もっと子どもたちの様子に気をつけておけばよかったと反省しました。子どもたちにとって、昆虫の飼育や観察は興味のあることであり、きつい中にもがんばって観察していたのだと思いました。

その日の放課後、この授業のビデオを見ると、そこには授業のはじめから顔色が悪く、何度もおなかを押さえて苦しそうな表情をするだいすけくんが映っています。そして、「やっぱり。どうして気づいてやれなかったのだろう」と思った瞬間、なんと、私は「だいすけくん、大丈夫?」と声をかけているではないですか。それも、二回も。二回目に「大丈夫か」と声をかけてしばらくして、だいすけくんは我慢しきれなくなって吐いていたのです。「気づかな かった」のではなく「気づいていたけれど忘れていた」のでした。そのときの私にとって、子どもの体調より、それほど授業の進行の方が大切だったのでしょう。朝早くからキャベツ畑に出かけ、何とか集めることができた二十個のたまごの方が大切だったのです。



スライド10.jpg

まず、複数の目で子どもを見ること。もし、同僚に先生に授業を観てもらっていなければ、2つの出来事に気付くことはできなかったでしょう。保護者も含めていろいろな立場の人といっしょに子どもを見ることがさらによいでしょう。

さらに、自分にみえている子どもの姿は一部だと自覚するならば、できるだけ「いい誤解」を前提に子どもを理解しようとすることが必要でしょう。先ほどの「オクラ事件」は、オクラを切り刻んでいた子どもに対して、それまでの学習や生活の態度(これも私の色眼鏡を通してみた一部でしかないのですが)から「悪い誤解」をしていたことから起きたことなのです。

(つづく)





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最終更新日  2013.10.25 07:15:32
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