授業研究のあしあと

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2013.12.19
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カテゴリ: その他
「授業リフレクションを通して『ねがい』を鍛える。」

このことは、8年前に鹿毛雅治先生に教えていただいたことだが、当時の「私」はblogに次のように書いている。

・・・・・

校内の研究会に、鹿毛雅治先生(慶應義塾大学)を講師としてお招きした。夕方、空港まで迎えに行き、食事をしながら研究会の打ち合わせをする。その中で、鹿毛先生からいろいろなお話を聞くことができた。タクシーの中から、食事を終えて別れるまでの2時間半、会話が途絶えることなく「知的に興奮する」話を聞くことができた。

「授業デザイン」とは何か。この2ヶ月間悩み続けてきたことが、すーうと解決されたような気がした。(もちろん、「分かったつもり」の状態なのだが。)また、これまで「授業研究とは何か」よく分からないまま授業研究をしていた私のアイデンティティを確立するきっかけになるような気がした。

いろいろ話をしていただいた中で、次のような鹿毛先生のことば(メモを取っていたわけではないので、私のことばでの言い換えになってしまうかもしれないが)が心に残る。

「教師の暗黙知を『ことば』にしていく。」
「授業の『語り方』を学んでいく。」

短い時間であったが、「元気」をもらうことができた。うれしくなって、鹿毛先生と別れたあとも、ついつい飲みにいってしまった・・・。



授業研究会を通して「授業の語り方」を学ぶ。あらためて鹿毛先生の著書「子どもの姿に学ぶ教師−『学ぶ意欲』と『教育的瞬間』−」(教育出版 2007)を読み直すと、「『切実な言葉』による授業研究」として次のように書かれていた。

・・・・・

 授業研究の場は、言葉を使ったコミュニケーションの場である。授業の構想を語ったり、授業中の子どもの姿を報告したりする営みは、主に言葉を媒介として行われる。やみくもに「授業研究」をすれば「見える力」が養われるというものではない。言葉の扱い方やコミュニケーションのあり方のよっては、「授業について語ってはいるのだが、その授業について何も見えていない」という授業研究に陥ってしまうということさえありうる。
 教育の世界には、わかったようなつもりでいるが、その実よくわからない言葉が言葉が氾濫している。

 ・・・(中略)・・・

 確かにこれらの言葉は一種の抽象的なイメージを喚起し、教育実践を語るときのムードを演出するが、しばしばわれわれを「わかったつもり」にさせ、思考停止に陥らせる。
 この種の言葉は、授業者である教師の内側から生じた言葉ではない。

 ・・・(中略)・・・

 つまり、子どもの姿、教師の願い、授業の目標、教材の解釈、教育方法などの授業の構成要素が、借り物の言葉によって語られることで、本人だけでなく研究に関わるすべての人が「わかったつもり」になっていく。
 借り物の言葉を羅列して授業を説明するような「城業研究」がいかに多いことか。

・・・・・



私は、そんな「スッキリ感」を授業研究会で求めてはいなかっただろうか。

(つづく) 





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最終更新日  2013.12.19 08:25:16
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