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2014.01.11
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カテゴリ: その他
先日のblogに、2月14日(金)の研究発表会の公開授業では「しみじみとする授業」をめざしたいと書いた。これは、次のような重松鷹泰先生の『わかる・わからせる授業』(1970)にある「よい授業」の三つ条件の中の一つである。

・・・・・

1)教師その他の予想しないような疑問や意見が出される。
2)子どもたちの助け合い協力が著しい。
3)授業の途中か終わりか、どこかにしーんとする瞬間、静かな感動の瞬間、しみじみとした感慨がある。

・・・・・

このことについて、ここ数年の間に溜池善裕先生(宇都宮大学)から念仏のようにくり返し聞かされていたので、昨年8月に京都で開催された社会科の初志をつらぬく会全国集会で溜池先生に会ったときに「どうすれば『予想しないような疑問や意見が出される』ようになるのか」と質問した。

その質問の答えかどうか分からないが、溜池先生は「考える子ども」(社会科の初志をつらぬく会 2013.11月)に、次のように書かれている。

・・・・・


 1)は自由な雰囲気のある学級でしばしば起こる事態である。高圧的で権威的な教師の下では起こりにくいが、子どもたちが起こす反乱もあり、全く1)が起こらないかと言えばそうではない。だが、「しみじみとする授業」であるには、意外な疑問や意見が教師や仲間たちに受け止められなければならない。意外な疑問や意見であっても、そうであるからこそなお、その子が何を言っているのか、それがどれほどその子にとって意味のあることなのか、それがどれほど仲間全体の前進において意義のあることなのか、それらをその時に子ども達や教師が分からなければならないのである。
 2)は「間違えた子、わからない子に、手を伸べ、力を貸そうとし、学級全体が、それぞれに力を出して、問題の解決に当たろうとする」ことである。

・・・・・

では、私が授業するクラスはどうか。自由な雰囲気があるか。一人一人の発言の意味や意義まで「その時」に分かるほどしっかりと耳を傾けることができているか。間違えた子どもや分からない子どもが、クラス全体の強い助け合いに支えられているか。

研究発表会まで、あと1ヶ月。まだまだやらなければならないことがたくさんある・・・。





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最終更新日  2014.01.11 20:18:36
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