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今年もあと数時間で終わろうとしています。あっという間に過ぎ去ってしまった一年でしたけど、たくさんの出会いがありました。たくさんの気付きもありました。たくさんの喜びがありました。たくさんの悲しみ、苦しみもありました。そのすべてに感謝して、また新しい年を迎えたいと思います。今日の日本列島は、雪の所が多いのでしょうか?天気の悪い中、年の暮れまでお仕事の方・・・本当にお疲れ様です。色々な理由で、新しい年を笑みで迎えられない方・・・どんな人にもこの世に生まれて生きていく意味はありますね。私のスキな詩の一節です。どうか、来年は人が人として人らしく生きていかれる一年になりますように・・・*************************************どんなに小さな出来事でも、それは自分の問題集の一ページである。その一ページには点一つしか書いてないかもしれない。それでも、その一ページをとばしては、いけない。その一ページに心から感謝して生きていくこと、それがいつかは自分の大きなビジョンにつながって行く。自分の歩んで来た事は、何一つ無駄なものはない。全て自分のビジョンに、使命に、たどり着くのに必要なものであるから。今、自分の使命がわからなくとも、見て見ぬふりをせず生きて行けば、必ずわかる時がくる。*************************************
2004年12月31日
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この冬一番の身にしみる寒さでした。関東地方でも雪が降りました。本来ならこの寒さが普通なのでしょうが・・・昨日まで暖冬だったので、あまりにも寒すぎます。ふと、子供たちを見ると、3人でひとつの布団にもぐり込んでいます。寒いから・・・って言うのもあるでしょうが、子どもって本来、いくつになっても遊び好きなんですね。高1の息子と小6の娘が、4歳の娘のふざけ相手になっています。もちろん、4歳の娘は大喜びです!が同時に、高校生と小学生の兄姉も一緒に遊ぶことで癒されているのですね。自然と自分より小さい子どもをいたわり面倒を見る優しい心と思いやりが養われるように思います。最近の子供たちは、思いっきり遊べる場が少なくなったと言われています。そして、それが様々なストレスになり、社会性の欠如となり、思いもよらぬ犯罪や、不登校につながっていると言われています。でも、本当に遊びを忘れてしまったのは、私たち・・・子育て真っ最中の大人たちなのではないか?と、思ったりもするのです。今日の3人の子どもたちを見ていて、そう言えば、最近子どもと体を張って遊んでいないなぁ・・・って感じました。もちろん、それなりに歳もとりましたし、毎日家事や仕事で、忙しい事も確かです。でも・・・人間って本来、裸になってお風呂に入っている時と、童心に帰って遊びに夢中になっている時が、一番お互いのコミュニケーションがとれる時なんじゃないかな?と思います。私の来年の目標は、「子供たちと遊ぼう!」に決りました!
2004年12月29日
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今日で年内の仕事納めでした。今年は昨日から2日間連続で、大掃除でした。さすがに疲れた~。腰、腕、足・・・体中すべてが痛い!・・・でも、「当日、筋肉痛が出るんだから、若い証拠だよ。」ってささやかな激励をいただきました。今日は、「もう、夕飯作る気力もない~。」って思いながら帰宅し、塾の生徒さんが来ることを思い出した。さ~て、もう一頑張り。なんとか、無事今年の仕事をすべて終わる事が出来ました。・・・って思ったら、家の大掃除が何にも手をつけていなかったぁ~。後3日で、できるかな・・・?ま、子供たちと楽しみながら、やるしかないのかな・・・?
2004年12月28日
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昨日、注文していた本が届きました。『幸せを呼ぶ暗号』 稲田芳弘 著とても読みやすく(イラストも印象深い)、「幸せの実現」に向けて、とても効果的な方法が紹介されています。人は皆、幸せを求めて生きているはずなのに、なぜ、心から手放しで幸せだぁ~と言える人が少ないのでしょうか?実はシンプルなことなのに、多くの人が気づいていないだけなのかも知れません。私の好きな一節をご紹介します。************************************* 私たちは、何よりも自分自身の幸せを、さらに願わくば家族や友人たちの幸せをも願っています。そしてたとえ小さくても意識が進化すると全体に影響を及ぼし、全体がレベルアップされると、それが再び「私」にもフィードバックされてきます。その意味で、私たちは日本や世界、そして宇宙的な進化に参加でき、しかもみんなでその恩恵に浴することができるのです。(中略) ・・・計り知れない徳が宇宙の意識に蓄積されていくと言っていますが、それは「すべてが奥深いところでつながり合い、影響し合っている」(ラズロー博士)からです。そしてあなたの意識が高まれば、個人的な幸せの実現だけでなく、いまのこのカオス(混沌)期にあって、日本を、地球を幸せな方向にシフトさせる影響をも与えることができるのです。***************************************
2004年12月27日
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とうとう12月のカレンダーも、最後の段に突入してしまいました。なぜ暮れは、せわしく、忙しくなるのでしょうか・・・?って、今更ながらに思ってみたりしました。スーパーへ買い物に行くと・・・家族連れや夫婦で買い物って方が多くて、買い物カゴからあふれんばかりに商品を買い詰めていました。今時、スーパーもコンビニも、元日から営業しているのに・・・ね。って思う私は、やっぱりのんき者・・・なのかも。普段から、あまり新聞の折込チラシを見ない私・・・毎日チェックして、どこどこの何々が今日は一番お買い得!と教えてくれる方がおりますが、私はただただ、すごい!と思い、感謝するばかりです。・・・どんなに安くっても、お買い得でも、その時に必要なければ買いに行こうとは思わないのです。なんだか話が横道にそれてしまったかなぁ・・・買い物が終わって帰宅し、塾の生徒さんが来る時間になりました。もう、受験も追い込みの時期です。・・・さて、今日は復習をやろうと予定していましたが、先週だした宿題が思いのほか、出来ていなかった・・・で、よ~く原因を探ってみると、なんと1年生で理解してなくてはいけないところが、全く理解できていなかった・・・普段あまり焦ることはない私ですが、今日ばかりは、少し焦りました。なんせ、時間が限られていますから・・・そして、自分の見落としにも焦りました・・・なんで、もっと早く気づいてあげられなかったのか・・と。でも、焦ってるだけでは仕方ないのです。とにかく、限られた時間の中で出来るだけのことはやらなくては・・・やっぱり、暮れは忙しい・・・気分的にね。
2004年12月26日
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昨晩のクリスマス・イブも今日も塾の生徒さんが勉強に来ました。我が家でも大きなクリスマスイベントはありませんが、全国の受験生のみなさんも、なんとなく気の重いクリスマスを迎えているのでしょうか?そして、年末もお正月も、思いっきり気を休めることは、たぶん出来ないのだと思います。受験生をお持ちのご家族の方もそうだと思います。我が家も去年、息子の高校受験でそんな年末年始を過しました。お互い気をつかっていないようで、やはり気の抜けない日々を過していたように思います。その時思ったことは、年が明けて受験の結果がどんなであろうと、それは息子にとって必要だから起こったことだと素直に受け止めようということでした。街にあふれるイルミネーションの輝きもテレビに映しだされるクリスマスイベントの数々もそれはそれはステキで楽しめるものですが・・・頑張っている気の抜けない受験生の気持ちに、少しだけ、心を寄せてみる時間があってもいいのかもしれません。そして、世の中にはクリスマスを手放しで喜べない方たちもたくさんいることにも、ほんの少し心を寄せてみたいと思います。私に出来ることは、何も無いかも知れません。でも、すべての人には幸せのエネルギーが内在しているのだと思います。そのエネルギーを発揮できるかどうかは、たぶん・・・きっと・・・その人自身の気付きなのだと思います。
2004年12月25日
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『不登校の真実』 学校から逃れる子どもたち 巨椋 修 編著 きんのくわがた社 を読み始めました。実際に不登校を経験した人たちの生の言葉がつづられています。私自身も娘の不登校を経験して感じたことは・・・自分自身の中で『世間の常識』と言われているものの殻から、飛び出さなくてはならないと言う事です。子どもは学校へ行かなくてはならない・・・学校へいけない子は、普通じゃない・・・でも、この本の中でも言っています・・・学校へ行かないことを選択したか、または学校へ行くことを否定する生き方もあるのだと。不登校経験者のコミュニケーションの場で発せられた真実の声。不登校は少数派だから、特別扱いされる。こんな不登校の集まりがあり、その話をすること自体、おかしいんじゃないか?学校へ行く事も、学校へ行かない事も、自然に受け入れられどちらも普通なんだと思われる日が来ることを望む・・・『常識』って、何だろう?常識と言われるものに束縛されて、本当の自分自身を殻の中に閉じ込めていることはないか・・・?そんなことを考えさせれる本です。
2004年12月22日
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街にはクリスマスのイルミネーションが輝いています。近所の家々でも、出窓やベランダ、庭の木々に思い思いのイルミネーションを輝かせています。我が家では・・・クリスマスと言っても特にイベントもなく、クリスマスツリーを飾るでもなく・・・ま、この時とばかりにケーキをいただくぐらいです。今年は、私は塾の生徒にクリスマスカードを渡そうと、作成してみました。で、英語でメッセージを書いてみました。なかなか、楽しかったです。・・・と、我が家の3人兄妹が、なにやら談議しています。「ねぇ~、サンタクロースってホントにいると思う?」と、小6の娘。すかさず、4才の末っ子が「うん、だって今日ねぇ~、保育園に本物のサンタが来たんだよ~。本物のサンタだよ~。」って、自信ありげに答えていました。高1の息子は・・・「ホントにいると思うな。でも、あんな人間の姿はしていないんだよ。宇宙人っていうか・・・次元の違う世界にいるっていうか・・・」う~ん、この答えは、かなり彼らしい考え方です。彼が幼稚園の頃、家を絵に描いた時、家に手と足を付けました。幼稚園の先生が、「どうして手と足を描いたの?」って聞くと、「家にも心があるんだよ。だから、人間と同じように手と足があるんだよ。」と、答えたそうです。かく言う私も、夢と幸せを運んでくれるサンタクロースが、きっとどこかにいるような、そんな思いを捨てきれない一人です。
2004年12月21日
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職場で、機械の調整が上手くできない人がいました。先輩が教えているのですが、なかなか要領がつかめず、教えている方も、終いにはイライラしていました。ホントに人に何かを教えるって、難しいですよね。昔、飲食店で働いている時、若いバイトの子に、タオルの洗濯をするように頼んだことがあります。私は当然、洗濯と言えば、洗濯物を洗って干すまでのことを言ったつもりでしたが、その子は、洗濯機で洗濯物を回して終わりでした。その時、人に何かを頼むこと、自分の気持ちを伝えることの難しさを痛感しました。教える方は、自分が分かっていること、出来ていることなので、相手が分からない方がおかしい・・・出来ない方がいけない・・・と思ってしまうことがあります。でもホントは逆で、分からないから、出来ないから教えてあげるんですよね。しかも、相手ののみ込みの早さや尺度によって、教え方も変えなくてはならないんですよね。今も、中学生に英語と数学を教えていますが・・・どうやったら、相手に分かるように説明できるだろうか・・・っていつも試行錯誤を繰り返しています。しかも、1回説明して分かる人ならまだしも、今日やったことを、1週間後にはもう忘れている・・・この前やったよね・・・って言っても、それさえも忘れている・・・また、一から教え直しなんてことの連続です。教わる方も、根気が必要ですが、教える方も、それ以上に根気と熱意が必要です。人間ですから・・・人の心って通じますねぇ。こちらが、誠意を持って教えていると、必ず、それに応えようと相手も努力してきてくれます。今日の職場での出来事を見ていたら、責められて、周りからも冷たい目で見られているのは教わっている人でした。でも人に教えることは、ただ単にその技術の伝達だけではない・・・とも感じました。仕事ですから、出来なければ自分で努力しろ・・と言われても仕方ないかも知れません。毎日毎日、同じことを繰り返し教えている時間もないかも知れません。でも・・・人に教えること、人に与えることは、時間の無駄でもないし、労力の無駄でもないと思うのです。無償で、誠意を持って与えたことは、必ず自分自身に返ってくると思うのです。人に教えることって、とても難しいけど・・・人と人とのつながりを感じますから、とてもやりがいのあることだと思うんです。それに、自分の知っていること、それで嬉しいと思えることを人と分かち合えるって、嬉しいじゃないですか!
2004年12月20日
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2年前に、場面緘黙症と言われた娘。決して、人前ではしゃべる事のなかった娘。決して、ひとりで外へ出かけることのなかった娘。・・・今では、口数は少ないながらも、なんとか人とも話せるようになり、学校に毎日通えるようになりました。休日は、少し遠くの友人宅にも、バスと電車を乗り継いで一人で遊びに行くようになりました。今日も、友人宅へ遊びに行きました。夕方は早く暗くなるので、4時半までには帰宅するように言いました。夕方、もう電車に乗っていないと4時半には家に着かないな?と思い、娘の携帯にメールを入れてみました。かわいい絵文字入りで、「今、電車の中」・・・と返事があり安心しました。で、いつものように変わりなく帰宅し、しばらくして、淡々と話し始めた娘の言葉に、私は一瞬こおり付きました。電車に乗ろうとして、ホームと電車の間に持っていたバッグを落としてしまった・・・と言うのです。私は、一瞬の間に、娘が今ココに無事に帰宅していること、バッグもちゃんと持って帰っていることを確認し、気持ちを落ち着けて聞きました。「で、どうしたの?」「電車に乗ろうとした時、落としたの?」「自分で、ホームには降りなかったでしょうね?」「どうやってバッグを取ったの?」「誰かに、言いに行ったの?」心を落ち付けているつもりが、後から思い返してみると、娘の答えを待つ間もなく、矢継ぎ早の質問だったと思います。普段から、不審者による連れ去り事件などには、娘と気を付けるように話していましたが・・・まさか、こんな事態は想像していなかったので、娘はさぞかしパニクッただろうなと想像しました。でも、案外娘は慌てる事もなく、乗ろうとした電車には乗らず、電車が走り去ってから、近くにいた駅員さんに、バッグをホームに落としたことを伝えて、駅員さんに拾ってもらったそうです。「なんか長い棒みたいなの持って来て、吊り上げてくれたよ。」と、笑いながら話してくれました。娘も強くなったものだなぁ・・・と改めて感じました。自分ひとりで行動するようになり、自分で対処しなければならない場面が、今までも何度かあったのだと思います。その時、自分が行動を起こすしかない事を実感として感じ得たのでしょう。そして、時には人に頼る時も必要だと分かり、その時は、やはり言葉でのコミュニケーションが必要だと感じたのでしょう。彼女の歩みは、ゆっくりかも知れません。でも、人と比べることは意味がありません。親が慌てることも焦る必要もありませんが、彼女が自分から飛び出そうとした時は、親は躊躇せず、見守って送り出してあげることも必要なんですね。親にも勇気が必要なんだなぁ・・・
2004年12月19日
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今日も、あっと言う間に一日が終わろうとしています。昨日までは、土曜日にはあれもして、これもしてっていろいろ計画していたのに・・・気が付いたら、あれもし忘れ、これもしていない・・・そんな状態になっている。一日って、ホントに短いですねぇ。心配していた子ども達の体調不良も持ち直し、今日はみんな元気に過ごしています。やっぱり、超ミネラル水を飲み始めて、体調がとことん悪くなるってことがなくなったように思います。さっき、末っ子が面白い質問をしてきました。私は何となく聞いていたので、詳しい内容は分かりませんが、おもちゃか何かのCMか、番組のプレゼントの応募案内を見ていたのでしょう。「抽選で、○名様に・・・」って、確か言っていたのは聞き取れました。そしたら、末っ子が慌てて私に駆け寄り「ねぇ、うちは何名様なの?」と聞くのです。たぶん、末っ子は私に「○名様だよ。」って、答えてほしかったのですね。そしたら、そのおもちゃだかなんだかほしかったものが当たるのですから・・・子どもって、単純だけど、発想が素直でかわいいですねぇ。その心、見習いたいです。周りに安らぎを与えてくれます。
2004年12月18日
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あぁ~、今年もあと半月足らずですねぇ。12月なのに、暖か過ぎる日が多かったり、時々、寒さが厳しくなったりと、体調を整えるのに苦労しています。風邪をひいている方も多いみたいですね。学習教室の生徒さんも、昨日、今日とお休みです。ちょうど、2学期の期末テストも終わり、気もゆるんだところに、気温の変化の激しい日々が続きましたから・・・我が家でも、子どもたちが少しずつ体調不良を訴えています。長男は、体がだるくて一日、学校を休みました。めったに風邪をひかない長女も、今日は喉が痛いと言っています。保育園の次女は、咳をしています。明日、一日乗り越えてくれると、休みです。もう一日、頑張ろう・・・と祈る想いです。風邪をひいている皆さんも、暖かくして早めにお休み下さいね。
2004年12月16日
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ステキな「笑むレター」が届きました。下記にご紹介します。================================ 一年の計は元旦にあり 人生の願いは幸せにあり 幸せを呼ぶには秘訣あり ★ 最新の宇宙物理学が示唆する 「幸せを呼ぶ暗号」 ★ 不安な時代をどう生きるか 希望と幸せはどこにあるのか ★ 幸せを求めながら、はるばるここまでやってきた。 しかしここには幸せがない。 この先にも、どうもありそうもない。 迷ったときはカエルにかぎる。 でも、いったいどこにカエルべきなのか。 はたしてカエル場所はどこなのか…。 というわけで、新年を迎えて、いろいろ考えてみました。●希望と不安が交差する中で 新しい年を迎え、きっと希望を胸に、新たな出発を決意されていることと思います。 しかしその反面、さまざまな不安もまた、心をよぎっているのではないでしょうか。仕事(お金)のこと、健康のこと、人間関係のこと、はたまた日本と世界のこれからの行方…。いろいろ考えていると、希望よりも不安のほうが勝ってしまいそうです。 こうした時代は、いったいどのよう生きて行ったらいいのでしょうか。生きる確かな礎を、どこに求めたらいいのでしょう。今回は、こういったことに関して、思うままを書いてみることにします。●マクロシフトの時代 11月の末、アーヴィン・ラズロー博士という宇宙物理学者が札幌にこられました。この方は宇宙物理学の最先端を走っている学者で、龍村仁監督による映画『地球交響曲第5番』でも大きく紹介されています。ラズロー博士の著書もたくさん出ていますが、その中で博士は、いまという時代について、以下のように語っています。 「いまや人類社会はカオス期にあり、量子論、カオス理論、非平衡熱力学などからして、まもなくマクロシフトが訪れる」と…。 マクロシフトとは、これまで長い間続いてきた成長発展のパタ-ンが、根源的に大きく変わることを意味しています分かりやすく言えば、サナギからチョウチョに大変身するようなものでしょう。 チョウの羽化では、それまで体を作っていたものが新しい組織に組み直されて、全く新たな機能を持つに至ります。チョウチョの場合は、大気の中を飛び回るために、隠されていた機能が目覚めます。 こんなふうに書いてしまうと、どこかオカルトめきますが、しかし私たちの過去には、何度となくそうした大ジャンプがありました。 例えばビッグバンからこの宇宙が始まり、エネルギーだけの状態から物質が生じました。そしてその物質がどんどん複雑化し、長い時間を経て生命が生まれた。ここにも飛躍的なジャンプがありました。 さらに重大な大ジャンプは、生命体が複雑かつ高度に進化していった結果、人間に「意識」なるものが生まれたことです。こうして宇宙は、いくつもの大変身(進化)を遂げながら、私たち人間を生み出してくれたことになります。 ラズロー博士はこうも言います。 「宇宙はもはや物質のようなものではなく、むしろ心のようなイメージで捉えたほうが近い」と。 さらに博士は、宇宙学、物理学、生物学、意識研究における謎の解明にも取り組み、その結果「進化する『全体場』としてのこの宇宙は、人間個々の意識すべてを記録して、再び私たちにフィードバックする"進化する宇宙"なのだ」と。●フォースから創造パワーへ ややこしい話になってしまって、すみません。言いたかったことは、長い宇宙の進化から見て、いまという時代が、単なる過去の延長にあるだけではないということです。 いま私たちが生きるこの世界は、マクロシフトという大ジャンプの時期に差し掛かっていて、この先、従来とは全く違った、創造的な新しい成長パターンが始まっていくかもしれないのです。 なんとなく心に感じる不安感は、そんなことの反映かもしれません。しかし”サナギ的な不安”と同時に、”チョウチョ的な希望”も芽生え始めています。 そのことを「科学的」に示唆してくれているのが、アメリカの精神科医、デヴィッド・R・ホーキング博士で、博士はキネシオロジー(身体行動学)の応用により、意識レベルの重要さをメッセージしてくれています。 すなわちその著書『パワーか、フォースか』によれば、人類の意識レベルを1000に分類したときに、現代は207に位置しているとか。これは破壊的なフォースから創造的なパワーへの分岐点である200を少し越えたポジションで、それだけに、いまという時代は非常に微妙な状態にあることになります。そしてこれまた、マクロシフトを示唆するものと言えるでしょう。 『パワーか、フォースか』の面白いところは、そこに「幸せになるためのヒント」が示されていることです。 この本は450ページにも及ぶ力作で、一言でその要旨を語るのは困難ですが、あえて大胆に一言で言ってしまえば、「人生や社会は、その意識レベルで決まってしまう」ということになるでしょうか。 さらに分かりやすく言えば、運やツキを味方にして、幸せに、豊かに生きたければ、意識レベルを高めよということになりそうです。 と言っても、まるでチンプンカンプンかもしれません。しかも問題は、いったいどうしたら意識レベルを高めることができるのか。このことを具体的に言わなければ無責任というものでしょう。 というわけで、ラズロー博士とホーキング博士に刺激され触発されたぼくは、大急ぎで一冊の本を書きました。タイトルは、『幸せを呼ぶ暗号』です。実はまだ刷り上がっているわけではありませんが、せめて新年にふさわしいテーマをと思い、ここに紹介させていただくことにしました。●幸せのクローン増殖法 『幸せを呼ぶ暗号』とは、タイトル通り、幸せになれる具体的な方法を簡潔に紹介する本です。 こんなことを書くと「そんなバカな!そんなものあるはずがない」と言う声が聞こえてきそうです。 そう思って当然のこと。というのも、みんなが幸せを求めながら、実際にはその願いからは遥かに遠い不幸せの現実があるからです。 幸せには、お金も、健康も、家族も、友人も、仕事も、安全も、心の平安も、さらには世界の平和まで、すべてが含まれます。そのすべてがそろって、初めて幸せと言えるのでしょう。 となると、その幸せが実現するなどとは、とうてい考えられません。しかしそのための歴史的チャンスが、まぎれもなくいま私たちの目の前にあるのです。 ますますチンプンカンプンかもしれません。まるで詐欺師の弁舌のような、あるいは怪し気なオカルトか新興宗教のような、そう思われても仕方ありません。 しかし、例えばクローンをお考えください。いま現実に、たった一個の体細胞から、まるごと新しい生命を誕生させることができます。人類が生み出した最初のクローンは、「羊のドリーちゃん」でした。ドリーの場合は、ある羊の一個の乳腺細胞にちょちょっと仕掛けをして、そこからドリーちゃんが誕生することになったのです。その一個の乳腺細胞は、本来は乳腺としてのみ生きるはずでしたが、ところがなんと、それがドリーちゃんをまるごと生み出してしまったのです。いったい、なぜこうしたことが起こり得るのでしょうか。答は簡単で、一個の細胞といえども、その遺伝子に生命体の全情報が宿っているからです。しかし普通の場合、皮膚の細胞は皮膚として、乳腺細胞は乳腺として働くだけです。ところが細胞をある状態にさらすと、生命がまるごと誕生してしまうのです。 これと同じように、ある状況さえ創り出すことができるなら、一粒の小さな幸せの種から、人生をまるごと幸せ色に染め上げることも可能なのです。 そしてそのための方法も、実はちゃんとあるのです。それは決して、ぼくが発見したものではありません。種明かしをすれば、「なぁんだ」と思うくらいに単純なものです。●幸せのスイッチをオンにする ずいぶんもったいぶった言い方になってしまいましたが、ヒントを差し上げるとすれば、その秘密は、先ほどの事例、クローン創造法に秘められています。いったいなぜたった一個の体細胞から、新しい生命がまるごと誕生するのでしょうか。その方法は、眠っていたDNA全てのスイッチをオンにすることで、それができさえすれば、そこから自ずと生命創造のドラマが始まります。つまり、眠っていたDNA全てのスイッチがオンになると、それまではありふれた一個の体細胞が「受精卵」に変貌してしまうのです。ここから分かることは、細胞の中の遺伝子が持つその偉大な可能性です。それは状況しだいで、眠っていたDNAのスイッチを入れたりもします。そしてそれが起こったとき、乳腺細胞が受精卵のごとくに変貌し、羊のドリーちゃんのような生命体をまるごと作り出してしまいます。生命を持つどんな細胞にも、そうした可能性が秘められているのです。問題は、いったいどうしたら眠っているDNAのスイッチがオンにできるかということです。 この先はぜひ『幸せを呼ぶ暗号』をお読みください。この本では、DNAの全スイッチをオンにするごとく、「幸せになるスイッチ」を全てオンにする方法を紹介しています。「そんなバカな」と言う方は、羊のドリーちゃんにもそう言うのでしょうか。ドリーちゃんの場合は、物質的&生命的なアンビリーバボーな出来事でしたが、これは実際に起きたことで、その後もクローン動物が誕生し続けています。そして、それと同じようなことが私たちの「意識の世界」で起きるときに、そこから出会いや、仕事、健康、勉強、スポーツ、はたまたお金などに関しても、アンビリーバボーな楽しく嬉しいことが起こってきます。実際、斎藤一人さんのように、「ありがたいなぁ、ツイてるなぁ、幸せだなぁ」と、ただ繰り返しつぶやいているだけでも、人生がすっかり変わってしまいます。どうです? あなたもドリーちゃんが生命をまるごと授けられたように、小さな幸せのタネから、暮らしと人生全体に美しい花を咲かせてみませんか。ということで、結局はもどかしさの残るPRになってしまいましたが、タイトルに『暗号』とあるだけに、多少は謎めいていたほうがふさわしい?紹介の仕方のような気がします。 ***********************(中略)「常識」とやらは、本当に困ったものだと思います。というわけで、「常識」から抜け出して少しでも幸せになっていただくために、『幸せを呼ぶ暗号』を、より多くの方々にお読みいただきたいと思っています。ホーキンズ博士やラズロー博士の「科学的考察」によれば、「宇宙の進化」をサポートする行為には「恵み」もフィードバックしてくるようですから、ぼくもそれにあやかりたいと思います。そして、みなさんも、ぜひこれにあやかっていただきたいと思います。(このことに関しては、いまちょっとしたプランを温めているところです)長くなりました。さっそく送らせていただきます。なお、本は来週にはなんとか出来あがりそうですので、年内には発送できるものと思っています。ご希望の方は、ぜひメールにてお願いいたします。================================『幸せを呼ぶ暗号』については、本の装丁、目次、表紙のコメントなど、こちらからご覧いただけます。
2004年12月14日
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昨日は、暖かい一日でした。家の小さな庭には、咲き終わったはずのコスモスがまた小さな花を咲かせていました。陽気が秋に、舞い戻った感じでした。打って変わって今日は、肌寒い曇り空です。子どもたちは、こんな寒空でも元気ですが、体の順応性が衰えてきた私には、突然の寒さは堪えました。今日の午前中は、パソコンに向かっていました。金曜日に行なわれた、娘の養護学校での「校長と保護者の懇談会」の内容を冊子にまとめていました。まとめている傍らで、小学生の娘と4歳の娘がなんだか冗談を言いながら、仲良く遊んでいます。こんな些細な光景が、幸せに思える今日この頃です。
2004年12月12日
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今日は、娘の通っている養護学校でPTA役員会がありました。その雑談の中で、ホント根が深いなぁ・・・って感じることがありました。「いじめ」が原因で不登校になった子どもの話をしてくれた方がいました。先生も学校側も、いじめられた本人への対応の仕方にとても疑問を感じました。いじめた側の生徒にも、話を聞く限りでは、何でそんな些細な原因から、陰湿ないじめにつながるのか疑問を感じました。いじめた側の保護者の態度は、「うちの子に限って、そんなことをするはずがない!」と、学校の呼び出しにも聞く耳持たずだそうです。学校では、何も対処してもらえず、結局、教育委員会に直訴して、やっと動き出してくれたそうです。その間、いじめられた子どもと親は、孤軍紛争するしかないのですね。それは経験した者でないと分からない、孤独感と疎外感と疲労感の毎日です。そして、学校には行けなくなり、養護学校に転校することになったそうですが、もとの学校では、また違う子をターゲットにしていじめが続いていると言う事です。なぜ?こんな学校の状況が続くのでしょうか?いじめが起こってしまう根本を立て直さなくてはならないのでしょうが・・・根本って何?何処?ってことで行き詰まってしまいます。学校の環境や、教育方針にも問題があるのかも知れません。その状況を作っている、大人社会にも問題があるのかもしれません。もっと、突き詰めて考えていくと、人間のあり方、人間とは・・・って言うことの問題になってしまうんですね。昔に比べて、便利なものが増え、暮らしも豊かになったと言います。色々な専門分野が進歩したと言われます。けど、果たして人間は進歩したと言えるでしょうか?なぜ?戦争が繰り返し行なわれ、世の中から貧困や病気で亡くなっていく人が絶えないのでしょうか?もしかして、人間の本質って、ちっとも進歩していないんじゃないのかな?って感じます。・・・と言うより、人間って人間自身の意識をどんどん退化させていないかな?って思います。・・・考えすぎかなぁ?
2004年12月10日
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ようやくテスト期間の終わった息子が、部活を終えて帰宅した。「やべぇ~、筋肉痛だ~」と騒いでいる。「久しぶりの運動だったからじゃない?でも、その日に筋肉痛が出るのは若い証拠だねぇ。お母さんなんか、2~3日経ってから筋肉痛になるから、ちょっと運動した事さえも忘れてるんだから・・・」なんて、冗談を言い合えるように、家庭の空気が和らいでいる事に気づいた・・・やっぱり、息子がテスト中は何となくこっちも気をつかってしまいますねぇ。その息子が言うには、「今日の部活は、無意味に走りまくったからな・・・」と。「貴方の日常は、無意味なことが多いかもねぇ・・・(笑)」と私。「そうだよ。お兄ちゃんは朝、2時間も早く起きて、下の部屋に降りたら、また寝てるんだから・・・早く起きる意味ないじゃん。」と妹。ま~、何を言われても、テストの終わった息子は平気なようで笑って聞いてました。・・・でも、ホントは無意味なんかじゃないんだと思います。自分なりのこだわりを持つことって、私はステキだと思います。
2004年12月08日
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我が家の末っ子は、とても甘え上手です。3番目ともなると、そんな智慧が自然につくのでしょうか?もう自分でトイレに行っておしっこをして、ちゃんとペーパーで拭いて、パンツをあげられるんです。が、たまに私に甘えたい時は、「ママ~、おしっこに一緒に行きたい・・・」と猫なで声を出します。先日も、そんな調子で甘えてきましたが、丁度、塾の最中で席を立つことが出来ず、一人で行ってもらいました。ところが、おしっこをし終わった時、トイレの中から大きな声で「ママ~、出た~。」と叫ぶのです。「一人で、ふけるでしょ~う。」と返事をすると、「ママが、いいの~。」とまた、猫なで声で返答します。これじゃ~、この押し問答が続きそうだと思い、生徒さんに少し待ってもらって、トイレまで急ぎました。で、私の姿を見た娘は、ニコ~と笑って、「あぁ~、やっぱりママは来てくれると思った・・・」と言うのです。忙しい時に甘えるんじゃない・・・とお小言を言おうとしたのですが、その笑顔としゃれた言葉に、勢いをそがれてしまいました。その代わりに、「かわいぃねぇ~。」と言ってほっぺにチューをしてしまいました。甘え上手なのか・・・甘えられ上手なのか・・・ま、二人とも笑顔でいられたので、良かったのかなぁ・・・
2004年12月06日
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関東地方は、ものすごい暖かさでした。半袖一枚で、家の中を掃除したら汗ばみました。ところが、夕方テレビに映っていた北海道の映像は、大雪でした。同じ、日本とは思えませんねぇ。北海道の方は、雪には慣れているのでしょうけど、思わぬケガや災害、風邪にもお気を付け下さい。さて、今日は仕事も休み・・・で、年賀状を作りました。でも、我が家は喪中です。自分の母に頼まれて、母の出す分の年賀状を作りました。忙しい日が続いていると、正直「何やってんだか・・・」って思うときもあります。出来上がって、母に電話で伝えると、「忙しいのに、ありがとう。ありがとう。」と、何度もお礼を言うのです。その時、何となく感じました。娘が嫁に行ってしまい、孫はいるけど他人の姓を名乗っている。最近、夫を亡くし一人っきりに・・・母の電話の声はいつも元気だけど、やっぱりどこか寂しいのでしょうね。こうやって娘に頼み事をして、何処かでつながりを持ち続けようとしているのかも知れません。もし、私が自分の都合ばかりを考えて、母の頼みを断ったとしたら、母はきっと孤独を感じるでしょうね。頼りにしていた人から、無視されること・・・それほど孤独な寂しさを感じる事は無いと思います。私をこの世に生み出してくれた母・・・母にはいつまでも生きがいを持って、過してほしいと思います。・・・実は、頼りにしているのは、私の方なのかも知れません。
2004年12月05日
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何となく、テレビで「ナースマン」を見ていました。で、気になる言葉が・・・看護師のご主人が、奥様に言った言葉。「家事や食事の仕度をしてもらうために、結婚したんじゃない。」「家計を支えるために、仕事をしてもらっているんじゃない。」・・・一度で良いから、言われてみた~い♪
2004年12月04日
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昨夜、とても悲しい出来事がありました。あまり思い出さないようにしようと寝たのですが・・・夜中の3時ごろ目が覚めて、無性に泣きたくなりました。夜中に泣いたので、今朝は以外と大丈夫な気がして、通常通り、仕事へ行きました。お昼少し前、貧血で倒れました。小さい時からの習慣で、体調が悪くなる寸前に貧血を起こすのですが、今日のは、やはり昨日の事が原因で心的要因が大きかったようです。たぶん・・・時間が悲しみを癒してくれるでしょう・・・
2004年12月03日
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幸か不幸か、我が家の子どもたちは、薬を飲むのが苦手です。長男に至っては、高校生になったと言うのに、未だに薬を飲む時は、大騒ぎする。粉薬はそのまま飲むことが出来ず、オブラートに包んで飲み込もうとする。でも、そのオブラートが飲み込めない・・・と大騒ぎし、コップの水ばかりが減っていく始末です。長女は、もう12歳になりますが、風邪や病気で、内科を受診しことがありません。38度台の熱が出ても、比較的元気なので、一日様子を見ていると、熱が下がってしまうのです。なので、あまり薬と言うものを飲む機会もなく、今日まで過してきました。昨日、末っ子が39度6分の熱を出したので、病院で、抗生物質と咳止めの混ざった水薬を処方してもらいました。シロップなので飲み易いかと思ったら、口に入れると全部吐いてしまった。で、その後は「これはいりません。」とご丁寧に拒否をし続けた。結局、一度も薬を飲むことがなく、何のために病院へ行ったのかと疑問に思ったりしています。薬を飲んでくれないと、風邪も長引くと内心ひやひやしていましたが、今朝は熱も36度台に下がり、すっかり元気になっていました。・・・ふと、思ったのですが、子どもたち自身、薬が必要か必要ではないか?薬の力を借りずに、病いが治るか治らないか?直感的に判断しているのかも知れません。私自身、あまり薬の力を借りずに過してきたので、体が欲しているか、体にとって必要なものか判断する時、自分自身の体と対話するようにして決めてきました。そんな訳で、せっかく病院に行って処方していただいた薬ですが、我が家では、いつも半分以上が体内に入らずに終わってしまいます。病気を治す要因って、薬以外にも色々あると思うんです。暖かい飲み物や、食べ物、心温まる看病や人のふれあい・・・そんなことを総括して、日々を過していけば、病気になりにくい体になるのでは・・・と思っています。
2004年12月01日
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