曹操閣下の食卓

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曹操閣下の食卓

曹操閣下の食卓

2007.09.23
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テーマ: お勧めの本(8163)
カテゴリ: 芸術
    □謹告□

 内容はほとんど新説ばかりという、三国志ファン、特に魏ファンの皆さん待望の孟徳・曹操の少年時代から董卓の乱まで、波乱の前半生に焦点を当てた前代未聞の歴史論考です。
 ここでは正史記述から、今回の出版では活字にできない細かい時代考証や解釈論などを連載しています。


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作画・Ms.KANZAKI


■第6回■

    ★初期仏教と曹操・袁紹★

 このイラストは、青年時代に父親の書斎にこもって、猛烈な濫読にふけっていた時期の青年・曹操を、敦煌莫高窟の交脚弥勒菩薩像やガンダーラ仏になぞらえたものである。

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 このイラストを旗印に、本書は「曹操は初期仏教を信仰していた仏教徒だった」という説を主張した。

 というと、「曹操は仏教寺院を建てなかったではないか」と反論する人もあるだろう。
 確かに、正史三国志には巨大な仏教寺院を建てた人間も出てくるが、それは明らかに暴君が権力を誇示するためのものであって、仏教の精神からではない。

 曹操自身の立場としては、戦争の連続で戦費を心配するとすれば、寺院の建立に巨額の資金や労力を使う発想はまったくなかったであろう。
 それを敢えてやってしまうのが暴君なのだ。曹操はそんな人間ではない。

 仏教は西遊記に見られるように、中国伝統の不老神仙思想と結びつき、弥勒菩薩や観音菩薩のように現世を救済する存在として、信仰が広まった。

 孫悟空が、天界の不老不死の桃園の番人をしていて、盗み食いをしていたという話はよく覚えているだろう。
 「不老神仙」の思想は、始皇帝も、前漢の武帝もコロリとだまされた呪術信仰である。

 前漢時代に盛んにおこなわれた不老術(導引術)は馬王堆前漢墓から絹布に描かれたものが出ていて、呼吸法と屈伸体操が一緒になっているものだとわかった。
 つまり、エアロビックスである。

 曹操たちが理解した初期仏教は、まず「お告げをする神仙」が夢の中にあらわれることが基本である。
 そのような神仙と出会うために、いろいろな努力をする。
 これは具体的に伝わっていないが、今日のような仏教の戒律は存在していなかったので、禁忌の言葉を使わないとか、菜食主義にするとか、そんなものだったと思われる。
 実際に晩年の曹操は、「夢の中で神仙と出会い、お告げを受けた」と公然とみんなの前で発言するようになった。
 これは文字の読める知識階級たちに広がった仏教の片鱗だったが、同時に仏教の伝来は完全に組織化された「教団」の成立も促進した。
 いいかえれば、仏教は、経典に文字で書かれ、言葉として述べられた思想と、インドのカースト社会で強固な宗教組織をつくりあげた「組織論」が別々な展開をしたのである。

 それまで不老神仙の「方術」は、特殊な霊力を持ったニセ超能力者たちが指導者だった。

 このような教団組織論は、いうまでもなく一向宗(浄土真宗)の組織論であり、広く解釈すればプロテスタンティズムの教団組織論でもある。



 このような過激な宗教団体の見本を、現代の我々はオウム真理教の事件で目の当たりにしたが、
後漢時代末期には、これが【黄巾賊の叛乱】という形で現れた。





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Last updated  2007.10.01 22:59:03


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