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2020年06月01日
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テーマ: 俳句入門(124)
カテゴリ: 季語

片山由美子『季語を知る』を 斬る 1   荒井 類 
《「季語の本意」について考究する旅の一歩として》

「鷗座」 2019 年 11 月号に「季語の本意に関連して」という題で拙論を寄せた。その小論の「結論」部分で次のように書いた。〈一流俳人、有名俳人の句にも、季語の「爽やか」は人間についていうものではないということからの逸脱をしているものがある。これをどう評価すべきかについては、先に紹介した石寒太、高柳克弘の見解や中岡毅雄の鑑賞なども踏まえつつ、さらに考究していきたい。〉

 その考究の第一歩として、角川選書622『季語を知る』(片山由美子、令和元年6月28日初版発行)を読んだ。以下、本書を手がかりに考えた。
《犬猫は「日向ぼこ」をしない ~季語の本意~》

〈初学の頃、縁側で猫が日向ぼこをしている、などという句を句会に出して「日向ぼこ」は人事の季語なので犬や猫には言わないと指摘されたことはないだろうか。〉(本書第五章より)

 これは、拙論(前掲)で紹介した櫂未知子の〈季語の「爽やか」は大気が澄み、はれやかな気分になれる気候のことをいい、人間についていうものではない。あくまでも時候の季語であり、生活の季語ではないのだ〉という言と内容的には同一である。

 片山由美子も、「 季語はその本意に則って使うべし ただし片山由美子のいう「本意」が本来の意味で本意であるかどうかは疑問である。以下順次明らかにする。

《馬は白息を吐かない~季語の本意~》

 〈馬が白息を吐くとか、山が衣替えをしたといった句も作りがちだが、「息白し」も「更衣」も人事(生活)の季語であり、人間に用いるべきものだ(歳時記によっては適切といえない解説が見られる)〉(本書第五章より)。

朝若し馬の鼻息二本白し     西東 三鬼

 掲句は、『よくわかる俳句歳時記』石寒太編(ナツメ社)の「息白し」の項の四つの例句の筆頭の句だ。これには「例句解説」がついている。

 「例句解説」人ばかりでなく、犬や馬などの吐く息でも白く見えます。/早朝、馬から吐き出される二本の白い鼻息は、馬の大きな存在感を感じさせます。/掲句「若し」は、「朝」だけでなく「馬」にもかかることばで、若駒の躍動感を思い浮かべさせます。

 「炎環」主宰の石寒太が、〈馬が白息を吐くとか、(中略)、といった句も作りがちだが、「息白し」も(中略)人事(生活)の季語であり、人間に用いるべきものだ(片山由美子)という「基本」を逸脱した句を「息白し」の例句筆頭に掲げている。これが片山の言う「適切といえない解説」の一例だろうか。

 『合本俳句歳時記』第四版には〈冬は空気が冷たいので、人の吐く息が白く見える〉とあり、動物についての言及はない。『合本俳句歳時記』第五版になると、〈季語としては人間の息についてのみいい、馬や犬など動物については使わない〉という注意喚起を行っている。これは、片山由美子の立場と同じである。

《馬は白息を吐かない? 吐くよ! という立場》

角川ソフィア文庫『今はじめる人のための俳句歳時記 新版』(角川学芸出版編)の「息白し」の項には次のようにある。〈大気が冷えきると、吐く息が白く見えるようになる。人間に限らず、動物の息も白くなる。まさに冬の寒さを象徴するものの一つである。〉しかし、例句に動物の吐く息の句はない。

『角川俳句大歳時記』は、〈人や動物の吐く息が白く見える〉と、「動物の吐く息」について言及するが、例句に動物の息の白さを読んだ句はない。

『いちばんわかりやすい俳句歳時記』(辻桃子、安部元気編)の記述は〈寒気で、人や動物の吐く息が白く見えること〉となっている。

『現代俳句歳時記』(現代俳句協会)では、例句三句のうち二つが動物の「息白し」「白息」である。

 殿(しんがり)の馬が一番息白し  矢沢 要一 

  白息を大きく牛の積まれけり    遠藤 郁子

『ザ・俳句十万人歳時記』(松田ひろむ編集、[監修]有馬朗人・金子兜太・廣瀬直人・宇多喜代子)の「息白し」の項にも〈冬になり気温が低くなると人や動物の吐く息が白くなると、動物への言及がある。例句もたくさんある。

《「馬(等)が白息を吐く」というかくも多くの例句》

 犇 ( ひし ) めきて白息競ふ子豚かな  河野  真

  声もなく寄り添ふ牛の息白し   海老名由美子

  鉄の意志かける輓馬の息白し    楽山せつ子

  倒木を曳き出す馬の息白し     本田 俊彦

白息の神馬に寄りて鼻を撫づ    金沢 一夫

逃げて来てかたまる鹿の息白し   紺野 信夫

  白息を交へて犬の争へり      前田 祐司

  嘶きの空に向けたる息白し     中島 詔子

白息の大学の馬曳きいだす     竹中 白湫

調教のすみし悍馬や息白し     日比野照雄

豪快に白息吐きて牛曳かる     都木すみ江 

朝日浴び助走の馬の息白し     片桐 敦子

牧の朝嘶く馬の息白し       原口 厚三

梳く人も梳かるる馬も息白し    角新 草人

  息白し梳かるる馬も梳く人も    石田 克子

 片山由美子や『合本俳句歳時記』第五版の立場に立っても、最後の二句(類想類句の二句であるが)は、「人の息が白い」ということが含まれているのでOKか。

《季語の本意にかなわないとはいえ・・・・・・》

 〈「息白し」も(中略)人事(生活)の季語であり、人間に用いるべきものだ〉(片山由美子)、〈(「息白し」は)季語としては人間の息についてのみいい、馬や犬など動物については使わない〉(『合本俳句歳時記』第五版)というのが、「季語は本意に則って使うべし」の立場からする主張である。

 だが、〈人や動物の吐く息が白く見える〉〈馬などの大きく豊かな白い息には、生命力を感じる〉(山田真砂年/『角川俳句大歳時記』「息白し」の「解説」より)と動物の吐く白い息についての言及がなされれば、既に見たように、馬(等)の吐く白い息の俳句が多く詠まれるのも必然であろう。

《動物の吐く白息の句を認める》

 小生の知る限りでは、〈「息白し」は季語としては人間の息についてのみいい、馬や犬など動物については使わない〉ということを明示している歳時記は『合本俳句歳時記』第五版のみである。

 多くの歳時記が「人や動物の吐く白い息」というような説明をしており、それは片山由美子のいう「適切といえない解説」だとしても、ここまで多くの作句例があり、今後も「動物の白い息」の句が詠まれていくことを考えると、子豚の白い息も、鹿の白い息も、牛や馬の白い息も、すべて認めてもいのではないか。小生はそう思う。

もちろん、「自分は(うちの結社では)季語の本意にはずれるものは認めない」ということはあっていいだろうが、一般的には「動物の吐く白息の句を認めるべきであると思う。文中敬称略。(初出「鴎座」 2020 年 1 月号)つづく


パカポコ牧場日記( https://pakapoko.at.webry.info/201111/article_2.html?reload=2020-06-10T02:12:56 )

(補足) 荒井類氏の文に若干の補足、補強をさせていただく。           松田ひろむ

角川書店『図説俳句大歳時記』(冬)昭和 48 年初版、昭和 57 年 10 版では、

息白 ( いきしろ ) し  🈪 白 ( しら ) 息 ( いき )

解説 寒いときに人の吐く息が白く見えるのをいう。あるいは動物の吐く息でもよい。物理的にみれば、水蒸気で飽和されている呼気が急に冷やされ、水蒸気が錮かい水滴になったのが向く見える理である。したがって、外気の温度が低いほど、また、空気がかわいているほど、向い息ははっきり見える。

  息の白いのは、気候のほうからみればきびしい寒さの現われであるし、いっぽう、人のがわからみれば、寒さの中に生きていることの象徴でもある。人間ばかりでなく、イタやウマなどの動物も白い息を吐いて、きびしい寒さの中で生きていることを主張している。   (庄中健吉)

考証  『明治新題句集』(明治四三)に「嫁ぐ日の近くなりけり息白し」宮林釜村」の句を所出。

息白し 飛行機雲おびただし我息白く     瀧井 孝作『雪間の菜』

     殺さるる犬蓬蓬(ほうほう)と息白し 山口 誓子『七曜』

かっこ内の「ほうほう」の読みは原句になし。

以下、例句がつづく。

季語としては江戸期になく明治になってからの新季語であることがわかる。

解説でははっきりと「動物の吐く息でもよい。」「人間ばかりでなく、イヌやウマなどの動物も白い息を吐いて、きびしい寒さの中で生きていることを主張している。」とある。犬も人間も同じように懸命に生きているということが強調され心あたたまる解説である。

さらに山口誓子の句は、犬の白息である。こうしてみると片山由美子の 「本意」 説はなんとも諸説を無視した珍説としか思えない。

解説の庄中健吉( 1915-  ?)は、片山由美子の同門の先輩である。『現代俳句大事典』(三省堂)の庄中健吉の項をひく。

庄中 健吉  しょうなか けんきち( 1915.1.3-  )

 神奈川県横浜市生まれ。東京帝国大学医学部卒。産業医。 1952 (昭 27 )年、秋元不死男に師事し、「氷海」と山口誓子の「天狼」に加入。いずれも後年同人。別に和知喜八「響焔」の創刊同人。 78 年には鷹羽狩行「狩」創刊に同人参加。評論や作品鑑賞を多く書き、文章力は俳壇で注目された。〈たんぽぽや母にてミニスカートの膝〉(『凧』)、〈身代りの凩を伸ばして滝の上〉(同前)等、童心からの明るい発想が多い。句集に、『凧』( 83.4 牧羊社)、『自解 100 句選庄中健吉集』( 87.3  同前)。著書に、『俳人秋元不死男』( 83.7 永田書房)、共著に、『誓子俳句 365 日』( 97.5 梅里書房)等がある。       [山口 速]

片山由美子の師は鷹羽狩行、そのまた師は山口誓子である。つまり片山由美子は俗にいう山口誓子の孫弟子ということになる。

 片山由美子が「白息は人間にしか使わない」というのは勝手であるが、自身の師系の誓子の句に言及しないで否定してはいけない。誓子の句を否定するならそれもいいだろうが、無視はいけない。さらに同門の庄中健吉の前述の解説も無視である。

こういう手法は正当な方法でも伝統を踏まえたものでもない。いいかえれば偏見と独断の珍説といっていいだろう。






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Last updated  2020年06月10日 17時43分42秒
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