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本日はムコドノの案内で岩国の寂地峡ハイキングと西条の酒蔵見学のドライブ寂地峡には日本の滝百選の寂地峡五竜の滝がある西条の酒蔵めぐりは読んで字の通り地元の酒蔵を試飲や買物を楽しみながらの散歩
2025/05/31
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毎年このブログで紹介しているササユリ今年もこの斜面に咲き始めたこれが個人の田んぼの土手で手入れももちろん田んぼの持ち主もう少し近づいて見ようこれだけの群生はそうどこにでも見られない今年も会えたかというのが感想いつ見ても素晴らしい!花の色も微妙に濃淡がある
2025/05/30
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付知峡不動公園案内図付知峡不動公園には三つの滝観音滝、不動滝、仙樽の滝があるというので訪ねた岐阜県中津川市付知町6−39訪問日:2025年5月4日一帯が公園になっているのでこの通り広い駐車場がある整備された遊歩道を進む新緑の中、シャクナゲも見られた付知峡の滝(観音滝)落差20mの人工瀑最初に姿を現すのがこの滝上記写真の遊歩道の側溝から流れ落ちて滝になっている余計なことだが、高千穂峡の水の馴れ落ちる景色を思い出した人工瀑であることなど知らない方がよかったかもしれない同上同上滝壷美しい水の色に癒されるすこし下りて右に回り込むと不動尊そこから下を見おろすと二番目の不動滝落差8mの直瀑ここからいったん上の遊歩道まで引き返し吊り橋を渡って仙樽の滝へ向かう仙樽の滝(せんだるのたき)落差12mの段瀑仙樽の滝へは通行止めになっていてこれがそうかなと撮った写真遊歩道を駐車場へと引き返した*当日はこのほかに中津川夕森渓谷の龍神の滝高樽の滝を訪ねている
2025/05/29
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「私の好きな言葉・格言」ふたつよいことさてないものよ日常生活であまり歓迎したくないものに〈怒り〉と〈ぼやき〉がある。自分が怒ったり、ぼやいたりするのも嫌だが、身近な家族をはじめ、他人の怒りやぼやきに触れるのもいい気持ちがしない。他人の怒りやぼやきは、こちらでは直接どうこうできるわけもなく、極力、関わらないようにするか、ただなだめるくらいしか手の打ちようがない。しかし自分のこととなると、気の持ちようなどで何とかなりそうな気もするのだが、今までの経験からそう簡単ではないとわかっているので悩ましい。一般的にいって、一生のうちには、肉体的でも精神的でも、不調の時が必ず何度か訪れる。そんな時には周りの他人に比べて自分だけが不幸を背負っている気分になる。そこでぼやきが出る。なんで自分だけこんなことになるんだ、と。でも考えてみるとぼやいているほど情けないことはない。自分でもみじめだし、他人からも良くは思われない。会社の定年も近くなった五十代の後半、心理学者・河合速雄のエッセイ「こころの処方箋」を読んだ。その中で「ふたつよいことさてないものよ」という言葉に出会った。この本には他にも「人の心などわかるはずがない」、「やりたいことはまずやってみる」、「説教の効果はその長さと反比例する」というような文字通り〈こころの処方箋〉が紹介されている。それぞれのタイトルだけでも内容が想像できて、説明文もまた平易でわかりやすい。「ふたつよいことさてないものよ」という言葉は、意味を改めて考える必要もなく、文字通りそのままでよいのだろう。昔からある「禍福は糾える縄の如し」という諺と同じような意味だ。この言葉が気に入ったのは、従来ある諺の「〇〇の如し」のように断定調でないこと、また「善は急げ」とか、「果報は寝て待て」などのように命令調で押し付けがましくないからである。この言葉に出会った時、ボクは何か救われたような気分になった。自分の体調が悪い時、精神状態が落ち込んでみじめな気分でいる時、ぼやきが出るのはそういう時だ。イライラが募って怒りにもつながる。しかし、その時にこの言葉を思い浮かべればどうだろう。いま自分には「悪い方の順番」が回ってきているのだと考えると「そうだ、ふたつよいことはないんだったよなあ」こう考えるだけでぼやかなくて済むではないか。何事にもこれで百パーセント解決という特効薬はさてないものよ、ではあるが、この言葉は、ぼやきと怒りを抑える効果は大きい。
2025/05/28
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勤務していた会社のOB会に参加した毎年五月は会費制の親睦会会員数349名、出席61名今までいつも挨拶をしていた諸先輩の顔ぶれがいつの間にか少なくなってしまった仕方がないことではあるが仕方がない親睦会のあり方についてあらかじめアンケートによる意見集約を参考に会費制の親睦会は今後中止と決まった同期のKさんから囲碁を強く勧められた家が比較的近いので、今度彼が通っている福祉センターの囲碁の会を訪ねることになった在勤中は昼休みや仕事の後に仲間内で楽しんでいた囲碁であるが、退職後は完全に封印した足が元気なうちは歩くことを中心とした趣味に専念したかったからであるところが最近、以前からの持病の右足の膝痛がひどくなってきて長距離のウォークが出来なくなったしからばそろそろ封印していた囲碁を解禁しようかという気分になっているさてどうなるやら‥‥‥。
2025/05/27
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『ひとたびはポプラに臥す(2)』読了その1に続いてトルファンからカシュガル迄の移動の話その1では、西安や敦煌などかつて訪ねた地名がどんどん登場懐かしさに大いに興奮を覚えた今回は全く未知の土地を通過する話なので特別な興奮はなく淡々と紀行文として読んだカシュガルに到着する少し前のオアシスで昼食に立ち寄ったときのエピソードが愉快大量のハエがテーブルの周りを飛び回り店の親父がハエ叩きで叩いている中国では珍しくない光景であると思うこの一行も出発以来、ひどい下痢に悩まされ続けているようで、飲食にはとても敏感になっていることがわかる一行のガイドが気を利かせて厨房の冷蔵庫を点検こんな腐りかけた肉じゃだめだと文句を言うヨシわかった、新しい鶏肉を用意するから少し時間がかかっても良いかと親父は裏口へまもなく鶏のけたたましい鳴き声が‥‥‥という場面があるここでまた敦煌旅行中のことを思い出した*メモが残っていたのでほぼそのまま紹介する1998年10月10日(土)敦煌からバスでゴビ砂漠を三時間半楡林窟を訪ねる。(注:楡林窟は敦煌の莫高窟と同じような洞窟)どこまでもまっすぐなアスファルト道路が続く途中で立ち寄った公衆便所は床下がオープンで砂漠の強い風が、自分の小便ごと吹き上げてくる。内蒙古にも似た様なトイレがあった。途中から本通りをそれて踏実川沿いに脇道を走る。踏実村で羊を一頭買った。その羊を解体してもらっている間、村の人たちが珍しがって大勢集まってきてちょっとした賑わいになった。車内に戻ると添乗員が羊の値段当てクイズを出題正解は約一万円と別に大バラシをするのに三千円。楡林窟は他に何もない砂漠の真ん中にあった。莫高窟と違って見学者もほとんどいない。№10から19までの洞窟を見学した。見学後先ほどの羊の料理を食べた。これが実にうまい。ただボイルしただけで何も味付けはしていないというのだが信じられない。沖縄の豚料理、ぶつ切りにした足を煮こんでスープごと食べるアシテビチのことを思い出した。帰りのバスでは、来た時と同じパキスタンまで続いているという砂漠の中の単調な道路を走る。添乗員が退屈しのぎにクイズを出す。三十分の間に何台の対向車があるか?正解は十三台であった。羊の値段と対向車の台数、正解の人がいて何か賞品をもらっていた。敦煌に帰着後、みなさんは博物館へ向かった。ボクたち夫婦はどうしても鳴沙山(砂漠の砂山)を自分の足で歩いて登りたいので別行動をとる。強風で砂粒が飛ぶ中を頂上まで登った。頂上からは、昨夜、観光のラクダの背中からでは暗くて見えなかった月牙泉の三日月形の形状をハッキリと見ることが出来た。*上記記事関連の写真現在のシルクロード(西安~パキスタン)どこまで行ってもとにかくまっすぐ道路の両側は砂漠、時折ラクダ草が生えている羊を買った踏実村我々旅行者を珍しがって村人が集まってきた楡林窟に到着、羊を料理してもらう楡林窟見学写真に見える桟橋を利用して洞窟をめぐる羊肉の料理が出来あがったこれはうまいぞ!まったく手を付けない人も居た敦煌に帰ってから、砂漠の鳴沙山へ登った
2025/05/26
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櫛羅の滝(くじらのたき)落差15mの直瀑御所市櫛羅奈良県御所市の葛城山登山道の途中にある訪問日、2025年5月12日御所市のサイトによる滝の説明昔、弘法大師がこの地を巡錫し、天竺のクジラの滝によく似ているので、供尸羅(くじら)と名づけた。供尸羅の供尸という字は「供に屍」と書くのはいけないとあって、領主の永井信濃守が供尸の二字を櫛と改めたという。この滝は別に尼ヶ滝または不動の滝ともいわれている。この滝に浴するものは不動明王の功徳によって脳病によく効くといわれている。当日は葛城山のつつじを観るために出かけた5月楽歩会の下見でメンバー10人近鉄御所駅からロープウエイ乗り場までは奈良交通バスがあるが便数が少なく当日はタクシーを利用した車で出かけるならロープウエイ乗り場に広い駐車場がある(千円/日)登山口から約15分、滝の案内板がある白龍大神の碑と不動明王滝上部滝壷滝見物も早々に切り上げ、頂上のつつじ目指して楽歩会10人のメンバーは登山道にとりついた
2025/05/25
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今朝のNHKラジオ「サタデーエッセイ」で「秒で」という言葉を知った話しているのは片桐はいりという俳優さん初めて聞く名前であるGoogleのAIでは下記の説明がある「秒で」は、「すぐに、即座に」という意味です。例えば、「寝坊したので、秒で行きます!」と使います。2014年の「JCJK流行語ランキング」にて7位にランクイン、というからもう十年以上前から使われいることになる若者言葉のようだが別に知らなかってもどうということはないしまた知っていても悪くはないだろうでも実際に使ってみようとは思わないもし使うとすれば、歳相応に「分で」、いや「年で」くらいがちょうどいいところではないかな?
2025/05/24
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ハヤトウリの芽ハヤトウリは翌年の種用に数個残し新聞紙に包んで冬を越す冬越しの間に芽を出すことが多いが今年は一個も芽が出ていなかった四月末ぐらいが植え時である芽出しのために四個植えたら一個がこのように芽を出したハヤトウリは千成の別名がある一個植えたら千個なるという意味今日、畑に定植した
2025/05/23
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畑の片隅で咲いているカラーカラーはサトイモ科の多年草白い花が清潔感があってきれいだ知人から何度か苗をもらって庭に植えた湿度を好むというので古い火鉢に水を張って植えてみたこともあるしかしなぜか根付かず消えてしまう三年ほど前に畑のビワの木の下に植えてみた適当に湿りもある場所だカラーはこの場所が気に入ってくれたのか昨年から花をつけるようになった今年も一段と立派な花をつけているこの場所との相性が良かったらしい!でもここではボクとカミさんの他には誰も見てくれる人がいないのが残念
2025/05/22
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昨年、ジャカランダの苗木を二株買った冬の間、縁側に取り込んで寒さをしのいだ四月になってもう大丈夫と庭に出した一株はすぐに葉を出したがあとの一株はどうやら枯れたのか芽が出ない今朝、カミさんが新芽が出ていると教えてくれたあわてて処分しないでよかった!左側の木に新芽が出てきたどうやら二本ともセーフだったようだ昨年の六月十一日、長居植物園のジャカランダ関西では六月にジャカランダの花の咲く昨年は長居公園の植物園で鑑賞したこの幼木は何年経ったら花が咲くのだろう
2025/05/21
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庭の一角に植えたネモフィラの株が成長して地面も透けて見えなくなりある程度狙い通りの姿になった今年の経験から言えば来年はこの場所でこぼれた種からたくさんの芽が出るだろうそれを適当に間引けば早くからこのような景色が見られそうである
2025/05/20
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五月楽歩会「大和葛城山のつつじ」本日の参加者21名(下見時は10名)電車、バス、さらにロープウエイを乗り継いで959mの山頂まで約三時間、遠かった単独では来にくい所なので、よい企画だったと参加のみなさんからは好評であった先日の下見時は登りを歩いたが本日は最初から往復ともロープウエイ利用の予定山上駅から頂上までの往復は新緑の下を歩くウォークは8000歩ほどのミニウォークツツジの斜面をぐるっと一周昼食はツツジの中の縁台でゆっくり時間をとっておしゃべり昼食場所は写真中央のやや左多分ライブカメラに一部始終を撮られているツツジの最盛期は過ぎていたがまだ間に合った天気もよく、往復の車内も併せて和やかな一日参加者のみなさん、お疲れさまでした!
2025/05/19
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牧場の牛の爪切り依頼せし獣医ペットの山羊連れて来る(沼津市) 石川 義倫獣医がペットのヤギを連れて牛の爪きりに来る微笑ましい光景であるAIも効率も無関係、ストーカー殺人も相手は誰でも良かったという殺人もそして知能犯の詐欺も全く関係のないそんな時間が流れている別世界三月ほどツバメに宿を貸しており掃除蛇除け家主の仕事(金沢市) 伊東 平隆ツバメも同じ生き物の仲間自然界とはそういうものだから共生という考えが芽生えるでも一方には、玄関を汚されては困ると出来上がった巣を叩き落す人も居る行ってきますなんて言っちゃっていつの間にメダカは家族になったのかしら(津市)亀井百合子あのちっちゃなメダカも同じ生き物人は、メダカにも、育てている花たちにも愛情をもって話しかけられる生き物であるらしいかたくりのうすむらさきに揺れる野に光なが れてみちのくは春 (仙台市)沼沢 修カタクリの花はユーモラスな感じがするだから何度も群生地を訪ねた*最近、殺伐たる事件が続いている今日の四首、いずれも自然と触れ合う人間の持つ豊かな感性が感じられて幸せな気分にひたらせてもらった人は子どもの時から、日常生活でもっと自然と触れ合う機会を持つべきではないだろうか親がそう仕向ける必要があるのに親自身が自然から遠ざかろうとしている
2025/05/18
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エッセイと小説の違いはこうですエッセイはホントウのことを書く小説はウソ(作り話)を書く最近、ラジオでこんな話を聞いた前後のつながりは忘れてしまいこの部分だけが頭に残っている以前、井上靖の「敦煌」という小説を読んだことがある〈あとがき〉だったか〈書評〉だったかでこの小説をを書くのに作者は一度も敦煌に行ったことがない、ということを知った現地に行かずに小説が書ける?そんなことが‥‥‥という疑問であるしかし、いま、ラジオの話を聞いて納得した作り話なら必ずしも現地を見る必要はないその後、小説「敦煌」は映画化されることになる作者が敦煌に出かけたのはその頃だったと聞いた*宮田輝のシルクロード旅行記を読んでいる今ボクが敦煌を旅行した当時のアルバムを引っ張り出して見たこともあって昔の旅の記憶が次々によみがえり頭の中は敦煌のことだらけになっている
2025/05/17
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高樽の滝(たかだるのたき)落差21mの直瀑(30mとの説明もある)岐阜県中津川市加子母高樽山からの沢が、付知川に注いでいる滝訪問日:2025年5月4日枚方の自宅を午前四時出発最初に同じ中津川の夕森渓谷にある竜神の滝を訪ね、続いて付知峡不動公園の観音滝、不動滝、仙樽の滝を訪ねたそして最後がこちらの高樽の滝へとドライブ橋のたもとにこの標識駐車場は特になくこの標識の付近に車を止めた、2~3台は駐車できそう橋の上からほぼ滝全景を見ることが出来る滝見台からの眺め標識のそばに、下に降りる階段がある階段を下りると滝見台のところまで行ける河原から見る滝の姿滝見台の手すりをかいくぐると川面まで下りる道がついている同上先におりていた息子と高さは30mくらいだろうかと話す付知川下流方向橋の上の二人はカミさんと娘橋から滝の全景が見られるのだから下に降りる必要はなくこれで十分だとボクはやはり滝壷の高さから眺めるのが最良と考えているので、なんとか滝壷へ行けないかと道を探す滝の上部同下部、滝壷渓谷の美しさと滝壷の水の色に癒される*この後、日帰り温泉「おんぽいの湯」で朝風呂木曽川河畔で昼食の後、帰路についた
2025/05/16
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宮本輝の紀行エッセイ「ひとたびはポプラに臥す(1)」を読み終えた著者の旅の目的は鳩摩羅什という人物の足跡を訪ねることにあり、その40日間のシルクロードの旅の記録である全行程は中国・西安からパキスタン・イスラマバードまで六千七百キロ全3巻のうちの一冊目は、西安から敦煌の西、トルファンまでの記録であるボクも何年か前、敦煌へ旅したことがあり読書中に、出てくる地名などが懐かしくおぼろげな記憶がつぎつぎに呼び起こされて読書中もそわそわと落ち着かなかったそれで読み終わるのを待ちかねて旅のアルバムを引っ張り出した*旅は1998年10月、西安と敦煌を訪ねる7日間の行程の旅であった敦煌に関しては、部分的ではあるが今でもかなりはっきりした記憶があり写真を見ながらとても懐かしい思いであるさらに「蘭州」「天水」という地名にもかすかな記憶があるので調べてみるとやはり同年の11月に「蘭州」「天水」を訪ねる4日間の旅をしたことが確認できたこれで「蘭州」「天水」についてのもやもやとした気分がスッキリしたカミさんと当時の写真を眺めながら驚いたことが一つある紺とグリーンの横じま模様のシャツを28年後のいまもまだ着用していること
2025/05/15
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竜(龍)神の滝、落差12mの直瀑竜神の滝は岐阜県中津川市川上の夕森渓谷キャンプ場にある訪問日:2025年5月4日中央アルプス最南端に位置する標高1,810mの奥三界岳(おくさんかいだけ)を源流とする川上川(かわうえがわ)はいくつもの滝を作りながら木曽川へと合流する竜神の滝はその最下流にある枚方の自宅を4:00に出発キャンプ場到着は7:00広い駐車場もこの時間はさすがにガラガラ駐車料金は1,000円入り口左に夕森渓谷の案内右に竜神の滝、もみじ橋の案内滝入り口(吊り橋入り口)にある滝の碑流木を利用して作った龍のオブジェ誰が作ったのか、なかなかうまく出来ている碑の文字この滝には白龍が棲み、夕森の山々を守っていると言い伝えら れています。私たちは龍の魂を大切に祀り森やこの滝を大事にする心の拠り所としています。吊り橋吊り橋から上流の滝方向を見る川の両岸と二か所の橋で作られた回遊路親切なのか、おせっかいなのか?ボクはおせっかいだと考えるおりから中国浙江省で標高1500メートルの山頂まで続くエスカレーターが設置されたというニュースが流れている中国では「無痛登山」というらしいこちらでもやはり賛否両論があるというそれはともかく滝はなかなか優雅な雰囲気水は「岐阜県の名水50選」の選ばれている夕森渓谷は紅葉の名所でもあるので秋の紅葉も素晴らしいだろう見る角度によって滝の姿は微妙に変わる滝壷の水色も素晴らしく見とれてしまう滝上部からの眺め滝上部近くに竜神神社が祀られている伝説曰く、かつて川上川では氾濫が繰り返されており村は幾度となく水害に見舞われていました。ある時、竜神が宿る石を見つけた村人は、その石を滝の近くに祀ることにしました。ところが山から木を盗んで運ぼうとした悪党がその石を見つけると、「邪魔な石」と滝の中へ蹴り落としてしまったのです。すると突然、滝の中から大きな白龍が現れ、たちまち天に昇っていきました。瞬く間に雷鳴がとどろき、大粒の雨が激しく降り注ぎ、雨は大きな濁流となって村や田畑を飲みこみました。竜神の怒りを鎮めるために造られたのが、この竜神神社です。もみじ橋周辺の青もみじ川上川(かわうえがわ)の水早朝の澄んだ空気、滴るような新緑エネルギーを感じる滝、透明度の高い水心洗われる朝のひとときを過ごした
2025/05/14
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畑仕事などでかがんだ姿勢の作業はつらいしかし片膝をつくとずいぶん楽になるカミさんが生協の商品でひざ当てパッドを見つけて注文してくれた注文の品が今日届いた商品名は「ニューガーデンひざ当てパッド」左右セットで¥2,398早速使ってみたがなかなか具合が良いズボンの膝を汚す心配もない
2025/05/13
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参加者10名で五月楽歩会「大和葛城山のつつじ」の下見に出かけました近鉄てくてくマップ「葛城高原登山コース」を登った雨の後で足元が滑りやすくやや難儀したしかし全員無事に登頂ボクはノルディックウォークを試したが歩きのバランスも確保できて楽だと感じた大分使い方に慣れてきたようである道中、今年初めてホトトギスの鳴き声を聞いたもちろんウグイスも鳴いていたちょうどツツジが見頃なのでたくさんの人出を予想したが想像したよりは少なかった本番は来週だが、花の方はまずまず期待できそうで一安心であるこのつつじの咲いているところを以前に金剛山から写真に撮ったことがあるロープウエィへ向かう道花を堪能した後、帰路はロープウエィを利用久しぶりの登山で疲れを感じている
2025/05/12
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主として週刊文春だが、次々に有名人の不倫を報道している何故、それを報道するのかボクにはそれがよくわからないがひとつは本(週刊誌)を売るためでしょうねしかし、いくら相手が有名人とはいえ不倫はご当人とその家族の問題であり他人にはまったく関係のない話それをまるで犯罪であるかの如くしつこく報道しているこんな現場、みーつけたと時には証拠の写真も掲載するしかも、どうだ、当誌の記事は!と誇らしげでさえある他人の私生活をこのように公にさらすいわゆるゴシップ記事一流の出版社がそんな品のない行為をして良いものなのか‥‥‥そのことにとても違和感を感じている
2025/05/11
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地元の小学生とのグラウンドゴルフがグラウンドがぬかるんで中止になった楽しみにしていたのに残念!苗屋さんとスーパーに出かけたどこへ行ってもマスクをしている人が多いコロナの時は仕方なかったけれどいまはもう心配もなくなったでもマスクをしている人してない人の割合は、場所にもよるがしている人の方が多そうだこんなに大勢の人が何故マスクを着用しているのだろうかボクの場合は息苦しいしメガネはくもりやすいのでとても苦手である他人のマスク姿も口元が見えない分印象が良くないし第一汚らしいそんな事情でコロナ流行時も必要最小限の着用で済ませていた花粉症など、特別の事情がある人は別として、もういい加減にやめてもいいのではと思うのだが‥‥‥
2025/05/10
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昨年四月のネモフィラ初めて種を播いて我が家に初登場でもプランターでは見栄えがいまひとつどうやらネモフィラは庭には合わないな来年はもうやめようと思ったところが、昨年のこぼれ種からプランターにたくさんの芽が出た捨て置くのももったいない気がしたので庭の一角に移植してみたすき間だらけで出来栄えはいま一つネモフィラは移植を嫌うらしいどうもネモフィラとは相性が良くないようだ来年もこぼれ種から今年と同じようにたくさん芽が出るだろうからもう一年だけ様子を見るかそんな心境であるもう一つ付け加えるならネモフィラの写真は難しい晴れてるとき、曇ってるときいろいろ撮ってみるが花の色がうまく出ない
2025/05/09
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独鈷の滝(どっこのたき)兵庫県丹波市氷上町香良 岩龍寺落差18mの直瀑訪問日:2025年4月29日滝は駐車場から5分駐車場(滝入り口)にある案内板これを見ると標高655mの五台山の森の中であることがわかる鹿対策の柵にある扉を開けて進むと5分で滝滝の全景滝上部同上下部滝の左側には不動明王の像が刻まれている当日は気がつかず見落としてしまった(今でも現場にあるのか疑問)この画像はWEBサイトから拝借独鈷の滝概要(兵庫県のサイトより)岩瀧寺境内に隣接する落差約18mの滝で弘法大師が岩瀧寺を開山した際、滝壺を棲みかとし村人に悪さをしていた大蛇を独鈷を投げ込み退治したと伝えられています。滝の対面の高台には岩窟があり弘法大師が自ら彫り込んだと伝わる不動明王が安置され浅山不動尊と呼ばれています。又、寛永年間(1624~45)剣豪・浅山一伝斎が修行し一伝流不動剣を編み出したとされ「浅山一伝流兵法根元地」とされています。すこし上部からの眺め滝から上部へ登山口、不動尊への道がある独鈷の瀧ひとつ上の写真右下隅に見える滝の碑滝から五分ほど上がったところにある浅山不動尊岸壁のくぼみにうまく配置されている弘法大師が自ら彫ったという不動明王が安置されているという剣豪・浅山一伝斎の案内板*滝の名前になっている独鈷について辞書には密教で使う仏具の一種。金属製の、両端がとがった短い棒。手で持って煩悩(ぼんのう)を打ち砕く意を表す。という説明があった我家にもその独鈷がある以前に内蒙古を旅行した時現地ガイドのマンドラさんから土産にもらったもので全長約10センチ彼女は我が家にも二度訪ねてきたことがあるがいまは音信が途絶えているボクの娘と同じ歳だという彼女いまはどうしているだろう?
2025/05/08
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「家はゴミ箱じゃありません」という本日の折々のことばは興味深い編者の説明もわかりやすいこれを読んですぐに思いだしたことがあるまだ息子が小学校の低学年だった時のこと親子四人で街を歩いていた時「お父さん、道路は灰皿じゃないよ」息子が突然こんな言葉を発したボクが吸い殻を道路に捨てたのを見とがめた言葉であったのだろう自分ではタバコのポイ捨てなどはしていないと思いたいが、それではつじつまが合わないし、ましてや通りがかりの人が……などと他人のせいにするのはよけいに罪深いあえて自分のせいにしておこう学校で教わったのか、テレビで観たのか息子がどうしてこの言葉を知っていたのかその時に確かめなかったので不明だたぶん息子自身もこのことは覚えていないだろうしかし、ボクは前後の事情はまるで記憶にないがこの時の息子の言葉だけは今でも覚えている
2025/05/07
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タネツケバナ(種浸け花)アブラナ科の雑草(1~多年草)名前の由来:イネの種籾を水につけて苗代作りの準備をするころに白い花を咲かせることから「種漬け花」と名付けられた名前を聞いたことはあるが、ご本人とお会いするのは今回が初めてである越冬している葉や、早春に出る若芽を食用にすると説明がある生でいただくとタネツケバナの美味しさを堪能できますが、ピリッとしたアブラナ科特有の辛味は、お味噌汁や炒めものにもあいます
2025/05/06
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駐車場にある案内板日ヶ奥渓谷は兵庫県丹波市東部の妙高山(565m)北麓にある渓谷である白龍の滝は雄滝、雌滝の総称で日が奥渓谷の森にある雄滝は10mの直瀑、雌滝は二段となって落ちる総落差7mの段瀑である兵庫県丹波市春日町多利訪問日:2025年4月29日当日は駐車場から雄滝、雌滝の順に反時計回りに廻った、約40分日が奥渓谷の碑白龍雄滝、落差10mの直瀑水量があればこの岩全体に流れ落ちているのだろう水が枯れていて淋しい印象であるが黒光りする岩は重量感がある雌滝最後は鎖につかまって滝壷まで登るこんなちょっとしたことがまた楽しい雌滝、二段10mの段瀑滝壷の水の色が深遠滝の伝説、内容は下記の通り白 龍 の 滝 の 伝 説白 龍 の 滝 に は 色 々 な 伝 説 が 残 さ れ て い ま す 。 そ の中 か ら 、 こ の 滝 の 名 前 に つ い て の お 話 し を 紹 介 し まし ょ う 。妙 高 山 の ふ も と に 神 池 寺 と い う お 寺 が あ り ま す 。そ の 昔 、 夕 方 に 鐘 を つ き に 行 っ た 小 坊 主 さ ん が 次 々と 大 蛇 に の ま れ て し ま う 事 件 が 起 き ま し た.大 蛇 を こ ら じ め て や ろ う と 、 小 坊 主 そ っ く り の 猛毒 入 り の 人 形 を お い た と こ ろ 、ま ん ま と 大 蛇 は こ れを の ん で し ま い ま し た 。大 蛇 は 高 い 石 段 を は い 下 り 、 中 腹 の 池 へ 飛 び 込 みの た う ち 回 り ま し た 。 そ の あ と 、 日 ヶ 奥 の 雌 滝 の 滝つ ぼ に 入 っ て き れ い な 水 を 腹 い っ ぱ い 飲 み 、 猛 毒 をす っ か り は き 出 し ま し た 。 す る と こ の 大 蛇 は 「 白龍 」 と 化 し て 、 妙 高 山 へは い 登り 、 天 に で も の ぼっ た の か 、 姿 が 見 え な くな っ て し ま い ま し た 。そ れ か ら 、 神 池 寺 の 池の 水 は 茶 黒 色 に に ご り「 す ま ず の 池 」 、 日 ヶ 奥の 滝 は 「 白 龍 の 滝 」 と 呼ぶ よ う に な っ た と い う こと で す 。石仏群、白龍雌滝のすぐ下流滝は古来、信仰と結びついているようだ熱心な信者の方がおられるようで像のそばには写経が収められている雌滝を下ったところにモミの大木雌滝から林道に出た所に「山の神」の小さな祠がある案内板には下記の説明があった薄くなっているがGoogleLensはちゃんと読み取ってくれる山 の 神 さ まお 祭 り山 の 神 は 、 全 国 一 般 に 見 ら れ る 民 間 信 仰 で 、 春 に なる と 山 か ら 下 り て き て 「 田 の 神 」 に な り 、 秋 に な る と再 び 山 に 戻 る と 言 わ れ て い ま す 。 こ こ 多 利 で は 、 毎 年 一 月 九 日 を 祭 日 と し て 、 集 落 の方 々 が 変 わ ら ぬ 習 わ し を 今 に 伝 え て い ま す 。災 難 逃 れ の 神 さ ま多 利 で は 、 山 の 神 の 祭 り で 親 指 ほ ど の 雑 木 の 枝 で つく っ た 鉤 を 神 域 に か け て お く と い う お も し ろ い 風 習 が今 で も 行 わ れ て い ま す 。 山 で 遭 難 し よ う と し た と き に 、山 の 神 が こ の 鉤 に 引 っ か け て 助 け て く れ る と い う の ですお 参 り し て い こ う !木 の 枝 で つ く っ た 鉤 を 山 の 神 に 納 め て山 で の 安 全 を 祈 願 し ま し ょ う 。危 な い と き は 、 山 の 神 さ ま が 助 け て くれ ま す よ う に !山の神に収めてある木の枝で作った鉤
2025/05/05
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娘夫婦の案内で岐阜県中津川市の渓谷を訪ねるドライブに出かけた今回は連休で帰省した息子夫婦も一緒訪ねたのは下記三カ所・夕森渓谷(ゆうもりけいこく)・付知峡(つけちきょう)・付知川の上流、高樽谷にかかる高樽の滝いまの時期、新緑が美しい歩いていると強烈な生命力を感じるモミジも多く紅葉の頃もまた素晴らしい景色を楽しめそう夕森渓谷・竜神の滝付近滝の周りを観光用に整備されている遊歩道滝をいろいろな角度から眺められるのはたしかに有難いけれど、自然好きのボクにはややおせっかいに過ぎる、そんな感想を抱いた同上・夕森渓谷キャンプ場などもあり自然を楽しむには絶好の場所川の水の透明度がまた素晴らしい付知峡、三つの滝をめぐるハイキングコース温泉で体を休める、午前11時ツルツルとした感触がいかにも温泉らしいしかし混雑ぶりにはビックリしたおんぽいの湯の「おんぽい」とは昔付知から付知川、木曽川を経由して下流の八百津まで材木を流していた頃の作業者のかけ声のこと入浴の跡、木曽川の河畔で緑のパノラマを眺めながらスーパーで買った弁当で昼食道の駅などどこも満員で適当な場所がなく仕方なくこうなったのだが、結果的にはこの方がよかったかもしれない*出発は朝四時、帰宅が午後四時ひと仕事、散策を終えての入浴が午前十一時であったボクはいつもの通り車中はほとんど寝て過ごしたおかげで往復ともゴールデンウイークの渋滞には合わなくて済んだこういう計画は婿殿に任せれば間違いない夕食はみんなで家で済ませて先ほど解散息子たちは昨日みんなで掘ったタケノコや我家の野菜をみやげに帰ったにぎやかだった我家の二日間の連休はこれで終了
2025/05/04
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ハナイカダ(花筏)桜の花びらが水面を流れるあの花筏と違って、こちらは木の名前ハナイカダ(花筏、青莢葉)落葉低木で別名、ヨメノナミダ(嫁の涙)葉の上に花が咲く珍しい植物白毫寺の藤を見に出かけた時隣の近藤藤園で咲いていた葉の中央に小花をつける様子が葉を筏に見立てて、花は船頭が乗っているように見えることが名前の由来だというウィキペディアによると以下のような別名が紹介されているが、それだけ親しまれているということだろうかイカダソウ、イボナ、ツキデノキ、ツギネツクデンハ、ママコナ、ママッコママコモチ(継子冬青)、ヨメノナミダなどまた、枝先につく若芽は、山菜として食用になるらしい雌雄異株で雌花と雄花がある雌花と雄花、ちょっと見にはどこが違うのかよくわからなかった雌花の後には直径は1センチほどの実ができて黒く熟すという山歩きの途中でであればうれしいな!
2025/05/03
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自宅近くから西方向の里山を見る山笑う(やまわらう)という言葉がある俳句における春の季語だと、知ったのはかなり歳をとってからのことだったそれにしても誰が言い始めたのだろうかうまいことを言うものだと感心するばかり故郷(ふるさと)や どちらを見ても山笑う (正岡子規)*南宋の呂祖謙編『臥遊録』に記された北宋の画家郭煕の「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く」に拠るとされているが、初出は郭煕の子の郭思が郭煕画論をまとめた『林泉高致集』中の「山水訓」にあるとされる。「鷹化して鳩と為る」「龍天に登る」などと同様、俳句の実作に関わらない者にとっては春の季語といわれてもなかなかわかりにくいかもしれないが、俳句が一定の約束のもとにつくられるものであることを示す一例ともいえる。(ウィキペディア)春山淡冶にして笑うが如く夏山蒼翠にして滴るが如く秋山明浄にして粧うが如く冬山惨淡として眠るが如くいいですねえ!表現力が豊かで
2025/05/02
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スマホ片手に写ン歩、自宅周辺の野の花ハルジオンが咲き始めたすぐそばではカキドオシの群生キンポウゲ(金鳳花) 別名はウマノアシガタ(馬の足形)珍しくもないけれど今が盛りと咲いているハイキンポウゲ(這金鳳花)スミレは見分けが大変で苦手だけれどこれはシロバナタチツボスミレキランソウ(金瘡小草)別名、ジゴクノカマノフタ(地獄の釜の蓋)薬草としての効能からイシャゴロシ(医者殺し)イシャイラズ(医者いらず)などとも呼ばれるセイタカハハコグサ(背高母子草)茎は基部で分枝するのが特徴らしいシュンラン(春蘭)庭にもあったが、消えてしまったクサノオウ(瘡の王)家の周りで咲いている有毒植物で皮膚病の薬として用いられたツルニチニチソウ(蔓日々草)家の周りで、カラスノエンドウとともに増えすぎて困っているヤエムグラ(八重葎)蕾らしきものが見え、もうすぐ花が咲くヤエムグラという植物の名前は知りながらこれが実物と知ったのは数年前のことえっ、これがヤエムグラだったのかと、びっくりし同時にうれしかった
2025/05/01
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