コメントありがとうございます。

この『善き人・・』も、同じセバスチャン・コッホの出ている『ブラックブック』も、シリアスな歴史状況の物語としてはどちらも後味が悪過ぎることがなく秀逸でした。どちらも2時間を超える長い映画ですが退屈しませんね。『ブラックブック』は2度映画館に行ってしまったのですが、昨日は『善き人・・』でちょっとした上映ミスがあって、お詫びということでその映画館で使える招待券をもらってしまった。『善き人・・』をもう一度見に行こうか、別の作品を見るのに使おうか迷っています。

推理・サスペンス等でのネタバレは問題かも知れませんが、普通のドラマの場合、良い映画っていうのはストーリーを知っていて見ても良いものだと思っています。ボクは基本ネタバレしちゃってますからお気をつてになって下さい。

名前の件はお気になさらないで下さい。もともと妙な綴りですから。一応それで「ラッコ」ないし「ラックォ」と読んでいます。昔からのボクのニックネームです。 (2007.06.05 15:43:36)

ラッコの映画生活

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2007.06.04
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カテゴリ: ヨーロッパ映画
DAS LEBEN DER ANDEREN
Florian Henckel von Donnersmarck
138min
那覇・桜坂劇場にて

0.jpg

寸評:壁崩壊による東ドイツ消滅直前の国家保安秘密警察シュタージを扱ったヒューマン・ドラマ。『ヒトラー 最期の12日間』や『白バラの祈り - ゾフィー・ショル、最期の日々』がごく平凡で、表層的に観客の心をつかもうとしているのに対して、この映画では淡々と静かな演出が登場人物の心を描き、また歴史的東ドイツを描いている。日本語タイトルとそれを中心としたコピーは誤解を招く。

1.jpg

邦題はなるべく直訳に近いものが望ましいが、この映画の原題は「他の人々のLEBEN」で、このLEBENの和訳が難しかったのだと思う。英語・仏語等は簡単にLIVESとかVIEで良いのだが、「生、生命、生活、人生」等々を同時に表す日本語はないのではないか。また日本は自分以外の人々を「身内と外部者」に分ける文化で、ANDERENの訳語も実はない。他者ではピンと来ないし、他人では別のニュアンスがついてしまう。ただ一義的に捉えるなら盗聴をするヴィースラーから見たドライマンとクリスタの生活と捉えればよいのではないかと思う。「善き人のためのソナタ」というのはベートーベンの『熱情』ソナタに関してレーニンが言ったという「この曲を真剣に聴くと悪人にはなれない」という言葉をなぞらえて映画に登場する「善き人のためのソナタ」という曲であり、またその題名をとってドライマンが出版する本の題名だから見当違いの訳題とも言えない。しかしこのソナタの映画の中での扱いはそれほど大きくない。ヴィースラー大尉はなるほどドライマンがこの曲を弾くのを盗聴で聴いて涙を流すけれども、それは盗聴することでドライマンとクリスタという心の通った人の生活を知ることの一部でしかない。チラシや予告編のコピーは「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」を中心としていて、日本版予告編でも終始このピアノが流れている。しかしドイツ版やフランス版の予告編ではこのピアノは流れない。日本のあらすじ解説では必ずこのソナタのことが語られるが、英語やフランス語の解説を読むとこのソナタにはほとんど触れられていないことの方が多い。(日本以外上のどのチラシにもソナタへの言及はない。)この映画のレビューを見ていて「ピアノ・ソナタがヴィースラーの心を変えたのが描かれてない」という不満も目にしたが、明らかに予告編とコピーが誤解を招く予備知識を与えてしまった結果だ。『ゾフィー・ショル、最期の日々』も『白バラの祈り』という情緒的なタイトルを付して、それをメインとしている。この映画についても各国の題を調べたが、イタリアで『La Rosa bianca(白バラ)』が付されていただけで、あとはだいたい原題の『ゾフィー・ショル、最期の日々』のまま。このイタリア語題も「祈り」などという情緒的な語はない。とりあえずは観客を呼び寄せることは必要でも、誤解を与えるようなコピー等はあまり望ましいとは言えない。情緒に訴えることで観客を呼ぼうというやり方はそろそろ卒業してもよいのではないだろうか。

2.jpg

思想的に国家体制を維持するための国家保安機関。スターリン時代のソ連では国民5830人に1名のKGB、ナチドイツでは国民2000人に1名のゲシュタポ、そして東ドイツではなんと国民63人に1名の割合のシュタージがいたという。この映画を見ながら(聞きながら)ちょっと思ったのはドイツ語という言葉の存在だ。国民性や文化が言葉を作るのか。言葉の性格が国民性や文化を作るのか。恐らくその両方だろう。シュタージのような徹底した綿密な管理システムは、やはりドイツ語と不可分のような気がした。ヒトラーの演説にしてもそうだ。チャップリンの『独裁者』の中のヒンケルの演説も英語ではあるけれどドイツ語を模していた。

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1984年東ベルリン。この映画で監視されるのは体制に認められた劇作家のドライマン。この人物はブレヒトになぞらえられてもいるのだが、決して反体制思想の持ち主ではなく、理想主義的社会主義者だ。「ネクタイはブルジョワ文化の残滓」と言いネクタイも結べない。彼もヴィースラー同様真摯な人間で、問題は現実の官僚体制の腐敗であり、結果としての生活の非人道性や表現の不自由なのだ。彼はやはり評価の高い舞台女優クリスタのパートナーで、彼女と一緒に暮らしている。しかしこのクリスタに文化大臣ヘンプフが関心を持ち、恋人であるドライマンを葬り去ろうとシュタージに監視を命ずる。担当はヴィースラー大尉。またヴィースラーとシュタージ養成学校で級友だったグルビッツ中佐はこの一件の成功で出世をしようと目論んでいる。

4.jpg

(以下ネタバレ)
ヴィースラーという人物、映画の最初の、40時間眠らせない尋問の仕方を養成学校で講義するのなんかを見ていると、その無表情さもあって冷酷で無慈悲な冷血漢に見えるけれど、ようするに真面目で真摯な人間。その辺が地位を利用して女をモノにしようというヘンプフ大臣や出世のためならなんでもするというグルビッツ中佐とは違う。ヴィースラーは「社会主義は身近なところから」と言い、役所の食堂では幹部席ではなく一般席で食事をするような人物であり、社会主義体制を信じている。ところが盗聴することでドライマンとクリスタの愛ある心の通った生活を知り、何か違うんではないかなと思い始める。そんな2人の生活に接していたたまれなくなり、人との交流を求めて娼婦を呼ぶけれど、ことが済むとその娼婦が時間でさっさと帰ってしまうのは寂しい。人とのつながりを希求するようになる。ようするに孤独。そしてクリスタがドライマンに嘘をついてヘンプフ大臣に会いに行くのに出会ったとき、「今あなたのしようとしていることは、本当のあなたではない」と言い、彼女を思いとどまらせもする。

5.jpg

(以下完全ネタバレ)


6.jpg

そして5年後ベルリンの壁は崩壊し、翌年1990年には東西ドイツ統一で東ドイツは消滅。自由になったドイツでドライマンの作品が前衛的なスタイルで上演されている。それはかつて恋人クリスタがヘンプフもいる前で演じた作品だ。いたたまれず途中で席を立ったドライマンがロビーに出ると、やはり途中で席を立ったヘンプフがいた。そして何も知らないドライマンに彼が盗聴・監視されていたことを教える。ドライマンが資料館に行くと膨大な彼の盗聴記録があった。その資料の最終部でコードネームHGW XX/7なるシュタージが自分を助けたらしいことを知る。調べるとかつてのシュタージ幹部ヴィースラーは広告のポスティングで細々と暮らしていた。仕事中の彼を見つけ話しかけようとするが思いとどまったドライマンは『善き人のためのソナタ』という本を書いて出版した。書店の広告を目にとめたヴィースラーが店に入りその本をめくると、「感謝を込めてHGW XX/7に捧ぐ」と献辞があった。レジの係に「贈り物包装にするか?」と問われたヴィースラーが「この本は自分のための本だ」というセリフで映画は終わる。

7.jpg

大袈裟な動作もなく、冷徹そうな無表情でヴィースラーという人物を演じたウルリッヒ・ミューエは見事な演技だ。この映画ではドライマンを裏切るクリスタが悪者に感じられがちだが、この点は実は監督は深く追求していないのかも知れない。監督の人間的な関心としては女性よりもドライマンとヴィースラーという男と男の触れ合いにあったような気がしてならない。実際に会うことなく本の献辞によるやり取りがそういう男の美学ではないかと思うからだ。その範囲ではクリスタを演じたマルティナ・ゲデックの微妙な心理を演じた演技も中々のものだと思う。

8.jpg

この映画を見て一つ印象に残ったシーンは役所の食堂でのシーンだ。前述の通りヴィースラーはグルビッツと一般席で食事をするが、近くに若い所員か学生が数名がいた。一人が国家評議会議長ホーネッカーを揶揄ったジョークを言おうとして近くにシュタージ幹部の2人がいることに気付き話を思いとどまる。グルビッツに巧みにそそのかされた青年はジョークを話すが、彼が話し終えるとグルビッツは真顔になり名前と所属を問いただし「どうなるかわかってるな」と言い、青年は青ざめる。しかしグルビッツは「これはジョークだよ」と話をおさめる。後日談が描かれないので青年がお咎めなしだったか処分されたかはわからないが、誰を、何を、信じてよいのかわからない監視社会の恐ろしさを描いているという意味で重要なシーンだ。わが国だって共謀罪が成立すれば本質的に同じ状況になる。そういう意味で20年前の東ドイツのお話というだけではなく、現代的意味も持っている。

9.jpg



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Last updated  2007.07.05 03:12:57
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Re:『善き人のためのソナタ』フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督(独2006)(06/04)  
ご訪問ありがとうございます。
「善き人のソナタ」観ました。演技もすばらしかったし、内容もよかったのですが、日本語タイトルにず~とこだわっていました。
raeqyoさんのおかげで、すっきりしました♪
ありがとうございます。

私も映画大好きで、観た映画の感想をブログに書いていますが、ネタバレを気にしてさらっとしか書けません(笑

よろしかったら、またいらして下さい。 (2007.06.05 07:24:42)

ごめんなさい(汗  
お名前間違えて入力しちゃいました
racquoさん
申し訳ありません (2007.06.05 07:33:57)

とても観たい映画です。  
63名に1人のシュタージ・・そうだったのですか、
驚きました。そのシュタージが映画の主役だった
んですね、背景を知ると益々映画が楽しみに
なってきました。「ヒトラー最期の12日間」は
あまりの壮絶さに、最期まで見られませんでしたが
「ゾーフィージョル」は好きな映画の一つです。
邦題にまつわるお話・・知ることが出来てよかった
です。確か、白ばらというのが、ゾフィーらが
所属する反ナチス運動のサークルの名前でしたよね。そう考えると、祈りは、やはりいらないですね。「善き人のためのソナタ」、淡々としている
のですね、逆に胸に迫るものがありそうです。
近いうちに絶対観たいので、「他の人の生活」
が原題なのだ!と思って観ることにします。

なんか、ためになったわ~ほんと。
タイトルって大切ですものね!! (2007.06.05 08:00:15)

あかね空1043さん、  
racquo  さん

Nobubuさん、  
racquo  さん
基本、ボクは外国映画に関しては原題が何であるか調べてから見にいくようにしています。この映画の予告編を見て、ボクももっとソナタが重要なファクターになっていると思っていました。そしてその辺にかえって「過情緒的(場合によってはマスターベーション的)映画?」って警戒してしまいました。でも実際は全然違った。

『白バラ・・』の方はボクは駄目でした。最初からわかっていることを常套的映画表現で描いて感動を誘う、というように感じられたからです。Nobubuさんがお好きな映画の悪口書いて ゴ メ ン ナ サ イ。例をあげてちょっと言い訳をさせていただくと、例えば戦争なら戦争を問うような映画の場合、作る人が最初から「戦争は悪だ」という考えがあって、ただそれを提示したものはつまらないということです。映画を作ることで自らに問いかけ、結果としてなんらかのメッセージになるというのが本来なのだと思います。最初から「こうすれば観客は感動する」という常套的表現を使った映画というのはハーレククイーンロマンスと同じようなものです。純粋娯楽作品ならそれで良いのですが、戦争とか政治とか社会とかを問うような体裁をした作品がそれでは困ると思うんです。

追伸:Nobubuさんの日記の『チョコレートボール』に何度かコメント書きかけたのですが、どうもせっかくの感動を殺ぐような内容になってしまい断念してしまいました。またお邪魔させていただきます。 (2007.06.05 15:44:43)

どうしても・・  
racquoさんへ
戦争映画は、どちら側からの視点で描いてしまう
方が多いですね。ゾフィーもそうですね、そう
言われてみると。私が好きな戦争映画って・・
意外とお涙頂戴的なのが多いかもしれないです。
どうも、見た後に苦しいだけの映画が辛くて・・
でも、実話をベースにしたものがやっぱり好きです。そういう風に生きた人が実際にいたという
ところで。racquoさんは苦手かもですが、「戦場の
ピアニスト」とか昔の作品なのですが「暁の7人」
とか好きですねぇ・・あっあと、キリングフィールドも好きだわ~

racquoさんがお勧めのブラックブックも楽しみ
です。 (2007.06.05 17:37:44)

Re:あかね空1043さん、(06/04)  
racquoさん
>名前の件はお気になさらないで下さい。もともと妙な綴りですから。一応それで「ラッコ」ないし「ラックォ」と読んでいます。昔からのボクのニックネームです。
-----
ありがとうございます。では、これからはラッコさんと呼ばせていただきます。
お勧めの「ブラックブック」は予告を観て気になっていました。
私はフルタイムで仕事をしているので、映画はたいてい夜観に行きます。
夜は限られた映画しか上映していないので、観たいとと思っていた映画を見逃すこともよくあります。

私自身は、ネタバレはOKなんですよ。ラッコさんのおっしゃるとおりだと思っていますから。
(2007.06.05 19:58:06)

Nobubuさん、戦争映画  
racquo  さん
戦争映画で何が好きかな?、って考えてみたのですが、思い浮かばない、思い出せないんです。戦闘場面等が出てくるような純粋戦争映画はたぶんあまり見てもいなにのでしょう。

戦争がらみと言えるかどうかもわかりませんが、『二十四時間の情事』は大好きです。恋愛映画で失望してもただそれだけですが、戦争映画で失敗すると頭にきてしまう場合もあり、それを避けてもいるのだと思います。 (2007.06.06 00:13:01)

あかね空1043さん、夜の映画  
racquo  さん
あかね空1043さんとは逆な条件の自分です。年中無休で夕方から早朝の仕事なので(お店やってます)、夜のみ上映の作品が見られません。見られないかった場合は後で出たらレンタルしますが、必ずDVDになるとも限らず、どうしても見たいとフランス盤DVD買ったりです。 (2007.06.06 00:13:34)

Re:『善き人のためのソナタ』フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督(独2006)(06/04)  
たーくん.  さん
タイトルへの違和感が少しわかった気がしました。
それに食堂でのシーンは違う緊張を感じ彼の行く末と
誰も信用できないと思いました。
時代背景など東ドイツのことはあまり知りませんが
ヨーロッパの映画を観たくなりました。  (2007.09.08 18:30:10)

たーくん.さん  
racquo  さん
国民のための国家のはずが、
どこかで反転して国家のための国民になってしまうんですね。
食堂のシーンは恐ろしいです。

メッセージ性と娯楽性を両立させた良い映画でしたね。

ドライマンを演じたセバスチャン・コッホの出演している『ブラックブック』も良い映画でした。
映画館で2度見てしまいました。

(2007.09.08 22:47:55)

Re:『善き人のためのソナタ』フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督(独2006)(06/04)  
aire_rino  さん
TB、コメントありがとうございます。
私、邦題に振り回されていました。
確かにソナタだけでヴィースラーの心が動いたという印象はないんですよね。ドライマンの生活、息吹みたいなものに対して人間の心が動いたという感じ?というか。。 (2007.12.17 13:50:56)

aire_rinoさん  
racquo  さん
>私、邦題に振り回されていました。

タイトルの外国語の原題のことをいつもやたらと書いている自分ですが、
「扉の後ろ」が『愛の謝肉祭』に、「シャーマン」が『ワルシャワの柔肌』に、
「完全な愛!」が『堕ちてゆく女』に、「ある冬の心」は『愛を弾く女』になり、
「渦」には『渦 官能の悪夢』と「官能の悪夢」が付される、
そういうお国柄なので、
どんな映画もまず原語の原題の意味を調べてから見るようにしています。

旧東独のシュタージによる国民監視とヒューマニティーを扱っていて、
テーマも内容も役者の演技も良いのですが、
時間がたってみるとどこか弱い。
それは体制/シュタージを悪、ヒューマニティーを善と
安易に最初から決めた発想で、そこに反省がないからかも知れません。
どんな自由な国においても、
国民がいて国家があり、また国家があって国民があるわけで、
こういう問題は多かれ少なかれ、かならずあることであり、
その根本に対する意識が欠如しているという意味です。
(2007.12.17 20:26:47)

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