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「弟子入りさせてください!がんばりますので」この後思いがけない言葉を耳にする。。。マスターは言った。「やる気があっても、能力がなければ出来るようにならないですよ」・・・目のまえが真っ暗になった。うすうす気づいてはいた。頑張れば何とかなると言いながら、自分にとってその頑張るが一番足かせになっていたのだ。頑張る自分こそが自分である、いい人を演じ、いい子を見せつけることが自分の全てであった。拒食の意味もそこにあった。厳格な父、正しく生きなさい、頑張りなさいの母親に対して、唯一「拒食」というメッセージでNOを伝えようとしていたのだろう。その言葉をもらった時、O先生も慌てふためいた。「いいですよ、勉強にいらっしゃい」と温かく迎えてもらえると思っていたから。。いろんな解釈のできる言葉だったが、今思うとはじめに真実を突きつけてくれた大人は初めてだった。みな理想論や何とかなるよ、頑張れって教育してくれたけど、、、どうやら本質を見てゆかなければならないと感じた一瞬だった。マスターは僕の全てを見抜き、課題を与えてくれたのだ・・・次回へ続く
Dec 24, 2004
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ピンポーン 玄関の扉が開いた。そこには白髪混じり普通のおじさんが立っていた。驚いたことに白衣ではなく、よれよれの綿の術衣を着ている。「入りなさい」どうやらこの人がマスターと呼ばれる人なのだろう。僕は中に入り挨拶して施術の見学を願い出た。今日はO先生が治療を受ける日らしい。施術が始まった・・・生まれて初めて電気がカラダを走り抜けた。ほんと頭から足先にびしっと!なんんだこの手技は・・・?見たこともない早業で全身の筋肉、関節がぐでんぐでんに緩んでゆくではないか。ひとつひとつのタッチにゴッドハンドと言われるべく繊細さと豪快さを感じる。ただ何を、何のために、どのようにしているのか見えてはいるけれど判らないという矛盾した状況に陥った。立ち振る舞いはまるで大リーグイチローにそっくりで優雅で的確だった。「これはすごい!」興奮を抑え切れなかった。施術も終わり話をされる。まったく、この人は「思想」で生きている。なみならぬ教養、開かれた心眼・・・。こんな人になってみたい!押さえきれずついにあの言葉を言ってしまった。 「弟子入りさせてください!がんばりますので」この後の言葉は一生忘れない。彼の背中がすっと周り、僕の目を見てこういった・・・・。
Dec 22, 2004
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O先生にどれほど聞いてもらえただろう。。。不思議と気持ちが落ちついてくる。こんなに自分の話を聞いてもらえたのはどれぐらいぶりだろう。。話によると彼は毎月ゴッドハンドとうたわれる熊野古道にすむ師匠に毎月会いに行くらしい。その師匠はいままで見たことのない的確なテクニックで患者さんを治す方らしい。電話の切るきわに彼は会ってみない?と。ただかなりの偏屈らしいから気合入れんといかんね、と。二つ返事で同行をお願いし、翌月を待つことにした。はやくこのおもっ苦しい気分から開放されたいと思っていたと同時に、そのゴッドハンドと呼ばれる先生のハンドリングを見定めたいと思っていた。自分自身いろんな治療法、セラピーを学んできたし、それぞれの創始者や開祖、セラピーインストラクターにもお会いしても上々の評価を得てきている。今の治療院の評判もいい、治癒率も決して悪くないという自負もあった。少々偏屈だろうが仙人だろうが人を見抜き、努力してマスターできるゆるぎない自信はあった。それこそが満たされない虚無感を支える唯一の柱だったのだ。そしてその日がやってきた。楽しく道中をO先生と過ごす。飛行機から、電車に乗り継ぎ彼と語り明かした。虚勢に満ちた最後の自分がそこにいた。仕方がないと今なら思える。。。その後に会う「おっさん」が一瞥をもって私の人生を変えてしまうほどの「マスター」だとはこのときはまったく知らなかったのだ。。ピンポーン・・・玄関が開いた。
Dec 21, 2004
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熱もさがり体調も復活しつつある。いまだにブログってなに?っって感じのままだが、この日記を立ち上げたのは何より自分のためだ。。気持ちを整理してみたかったから。続きを書いてみよう。大丈夫^^ 大阪の兄弟子、兄弟以上に面倒見てもらい心から信頼していたその先輩の些細な一言が人生を分ける一言となった。 「なに鹿児島でちまちま仕事しとんねん ベンツぐらいこうたんか?もっっとええ時計はめんかい、しけたやつやの~」話を聞いて欲しくって大阪まできたのに・・・確かに大阪に比べると田舎ではめいっぱいの患者さんの数をみていたつもりだったが、自分の本心をつかれた気がしたのだろう。売り言葉に買い言葉。昔のように兄弟子と取っ組み合いまではいかなかったが寸前で別の兄弟子に仲裁されすごすごと鹿児島に帰ってきた。言い返したくても何も言えなかった。 いつも聞いてもらえなかった。なにより何も言わなかった自分も悪かったかもしれない。絶対服従という徒弟制度から生まれたのはトラウマ以外なにがあるだろう。いまだに腑に落ちない。体力がいる職業。院長や副院長は80~120Kgという柔道家。拒食家で九州弁なまりの吃音症の自分は43Kgしかなく患者さんからもバイト生や後輩からもなめられて。。。その辛い修行を乗り越え鹿児島に帰りやっと出来た念願の治療院・・・結果は前述の通りである。 ふと見ると一枚の名刺が出てくる。なんばで偶然出逢った近所のO先生の名刺だった。すぐに受話器を取った。。。
Dec 17, 2004
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終わったこと、過ぎたこと感じたことを書こうと決心したまではいいが、一昨日高熱だして寝込んでしまった。向き合ったはずなのに自己開示するにはまだ早すぎたのだろうか。。。自分のなかにある重い思い、めいっぱい溜め込んでいたものをようやく吐き出す。。。なにか似ている気がします。今日も休養しよう。
Dec 16, 2004
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大阪での辛く長い修行のすえ念願の治療院を故郷鹿児島に開いた。毎日長蛇の列、大繁盛していた。同時に結婚、出産とおめでたい出来事がつづいた。地元ということもあって友人や親戚からも祝福されとても幸せな毎日だった・・・というのはうそです。財布の中は札束でいっぱいだったけど心の中はすっからピンの空っ風。言葉に出来ない虚無に悩んでいたんだ。先生ーーっつて毎日爺さんばあさんに拝まれて野菜に果物、魚介類にビール券をもってきていただいてもココロは何の感動もなかった。学生時代、修行時代を通して苦しんだ「拒食症」、160センチに45キロのがりがりのまま一日に数十人の患者さんをもんだり押したりするのも限界に近づいたある日DVが始まる。愛する家内に恥ずかしくも手をあげてしまったのだ。。仕事が終わるとえもいわれぬ衝動に駆りたたれベッドを倒したり、机をたたいたり。。星一徹状態。。もう治療家なんてやめたい・・・。すがる思いで修行時代の兄弟子に会いうために土日を利用して鹿児島空港を発ちなんばの駅のターミナル。そこで偶然にも運命の出合いをするのだった。後ろで私の名を呼ぶ声がする。まるで西郷隆盛のような巨漢、見るからにやさしそうな器の大きさを伺える同業のO先生だった。噂は聞いていた。まさかこんなところで会えるとは。名刺を交換した。三重の山奥に仙人みたいな治療家がいて治療を学びに行くそうだ。そこでお互いわかれて僕は大阪の町へ消えていくのだ。信頼していた兄弟子と大喧嘩することも知らずに・・・
Dec 13, 2004
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久々のオフでゆっくりしています。昨日の続きです。無感覚は摂食障害のかたに共通する徴候です。無感覚は乖離(かいり)や自分の存在感を感じれない非常に厄介な問題です。昨日「自分で作り出している」と書きましたが、私の場合もそうでした。意識的に自分からストレスを解消、緩和するために意識をはなれ自己防衛にはいります。私の場合、そのストレスの対象は「過去」でした。過去にあった辛い、悲しい、悔しい出来事がふっとよぎると、一気に拒食または過食の渦に入り込みます。「過去」に生きるので「今」の感覚は「味わえない」のです。常に満たされない虚無感にさいなまされてしまう原因でした。この「今」を感じることがセッションのそして摂食障害の克服するポイントではないかと思います。わたしの場合、初回に書いた、仙人、師匠(マスター)との劇的な出会いによって目覚めたのでした・・・・
Dec 12, 2004
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今日もようやくセッション終了しました。今朝の摂食障害のクライアントさん、過食で10年悩んでみえてあちこちカウンセリングや病院による投薬治療を受けられている。思えば全てとはいえないけれど摂食に問題を抱えている方々は共通の徴候がある。いくつかあるけどそのひとつに「無感覚」だ。無感覚とはなにか?ずばり「自分がわからない」である。カウンセリングしていてもクライアントさんがそこに「いない」感覚を感じる。まるで幽体離脱したような雰囲気をもっている。心理学用語では乖離(かいり)と呼ばれるもの。という自分も乖離になやみいつでもどこでも(笑)離れてしまう癖がありました。自分がここにないのでいくらでも食べてしまうし、逆に無感覚のときは食べる気力がなくなっていしまうのです。とくにストレスフルなときは一気に離れて聴覚、視覚、もちろん味覚もふっとんでしまうのです。今朝の方も「無感覚」を自覚していました。不思議とみなその無感覚はわかっているんですよね。つまり自覚するとは、自分で覚え、作っているとも考えられませんか?私の場合ある方法で「乖離」や「無感覚」を解消したのです。 あ、電車の時間だ。また書こっ~と^^
Dec 11, 2004
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悟風です。あれよっとゆうまに日記たちあげて二日たってしまいました。ブログって何?てなかんじなもので・・・。毎日寒い日が続くけど今日も一日頑張ろう!拒食から過食へ旅を続けやっと平穏な毎日をおくっています。悟風って悟りの風と書くけど、自分(ココロ)のなかに吾(われ)をもって、自分らしく・自分の色で、そよ風のように生きてみたいなあと思って決めたんだ。ある悟りを開いた仙人との出会いで僕の人生はダイナミックにかわってしまったんです。そのひとに「自分らしく、自由に生きてごらん」って導かれたんです。現在は福岡で今を遊んでいる悟風ですが、孫悟空のように飛んでみたいと冬空をながめているんです。。。
Dec 10, 2004
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