摂食障害・過食と拒食の回復日記
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それから2年、毎月一回マスターの自宅まで通うことになる。この間技術的な指導などひとつもなくただじっと見ているだけだった。特に話しかけてもらうわけでもなく・・・。つらかった。あまりの無愛想さに途中でなんど止めようかとも思った。のべ200万費やした。みようみまねで手技を行うもまったく進歩もない。いや進歩すらわからない。ある日マスターに「全くわかりません!」と愚痴った。「何がわからないのですか?」すると私「何がわからないかすら判らないのです。ですから学びようがないのです」と。するとマスターはわっはっはと豪快に笑い出した。 後になって気づくこと。人は言葉以上に雰囲気やしぐさにたくさんのメッセージを感じているんだということ。あれから約10年。今思うとマスターは無言のメッセージを事細かく送っていた。当時のメモや走り書きに無限の宝珠を見出せる。 そういえば幼いころから言葉にない親からのプレッシャーを感じていた。食卓に座る父親の無言のそれだ。愛された記憶のない父にとって子供は母親を占有する邪魔者にしか見えないのだろうか。常にその視線、しぐさにおびえていた。口の中で箸の先をぼりぼりかじったこともある。食べるという、欲求を満たす時まるでらライオンの食事の順番のように、飢えた父親の視線が今でも忘れられない。ただ唯一マスターに教わった最初の事、それは食事を楽しみなさいということ。新鮮な魚介類や珍しい食べ物、飲み物がそこに行くと常にたらふく食べさせてくれる。最初は全く味がしなかったしおいしさもわからなかった。楽しむどころか何を食べてもジャガイモを丸呑みした感じがしていた。マスターは食事の時はとってもやさしく笑顔だった。そしてこう続く、「これはこうやってたべます」「こうするとおいしく食べれます」そして気の抜けたビール顔の私に極め付けの言葉、、「これがおいしいという感覚ですよ」と。は~、、これが旨いという感覚なのか、と。「よくわかりません」というとマスターはこういった・・・・拒食と過食の意味を語る深い言葉だった。。。続く。
Jan 28, 2005
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