蒼い風 現象への旅
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秋が深まった頃、作品展がその歳の暮れ近くに決まった。それまで撮り貯めたカットは数だけはある。が、前半のネガを全部捨てた。クラブの部員たちにはそのことは伝えなかった。指導するにあたって自分を含めて月例会で持ち寄った全ての作品に対して質問と解説と批評をすることを義務づけたからだ。そのなかからベストをチョイスしていく。自分は残された日数では撮りきれないと思って切り絵の日以外にも園に通うようになっていた。最初に通い始めた頃、どう声かけしていいのか迷っていた自分はもうなかった。最初に描いていた障害者たちというくくりを捨てた。可哀想とか同情とかは必要ない。ごくごく普通の生活があり、その延長に切り絵教室がある。その日常を体感しなければ写真で語れないから。10月最初の土曜日、訪ねて行くと縁側でユウコさんがひなたぼっこをしていて、その奥にいたヨリちゃんがガフガフいいながら膝をバタつかせて近づいて来た。(脳性麻痺で歩けない)おはようと奥に声をかけて縁側に腰掛けると間髪を入れずにヨリちゃんが背中にぶつかって来た。「こらあ、ヨリ、あんまりくっつくとよだれがつくやんかー」ヨリちゃんは鼻水とよだれのい混ざった顎をしゃくりながらワオガフゴフと笑い声を上げている。ユウコさんが横で笑っているのがわかった。あまりに大きな声で言ったので、他の子供たちが集まって来て縁側が賑やかになった。「よっしゃあ、みんなで写真写るぞー、並べー整列ー」シンヤくんが他の部屋の子を呼びに行った。初めて会うキヨミくんだった。(名前から女の子だとずっと思っていた)ずんぐりむっくりの浅黒い、誰も近づけない眼光を持った極度の自閉症の青年だった。この数ヶ月人前に出なかったらしい。「よう!」返事はしてくれない。後に園長から聞いた話では、軽いストレスがかかっただけで自分の手を噛みちぎって血だらけになるらしかった。あの絵を描かせた心の中の絶望的な喪失感はどこに原因があるのだろか。本人はなにも語ってくれなかった。絵で語る以外は。挨拶代わりの集合写真が終わって、それぞれの日常に戻って行ったが、ヨリちゃんだけはべったり離れてくれなかったのであまり写真になってないのがその日。翌日、展示が近いということもあって、タイルモザイクの先生が午後から教えに来てくれるというのでクラブの二人と一緒に再訪問した。部員の撮影ポジションに気をくばりながら自分のポジションを探して見回すと、なんとなくみんなに緊張感があるのがわかる。ああ、しまったと思ったが気をとりなおして自分がピエロになってみんなに戯けてみせた。「あれえ、せんせー今日はあたまツルツルやん~、シンヤくんより光ってるよー」「油つけとるけんねー今日は、シンヤちょっと並んでみ」先生も素晴らしい人でこの一発でなごんだ。2時間ほどで3本。手応えのようなものはなかったが程よい疲労と満足感があった。土間の地べたを這いながら追いかけたダウン症のマリちゃんの真剣な眼。なんども呼びかけてやっと声が眼から聴こえたユウコさん。普段見せないムっちゃんのしたり顔。シンヤくんとキヨミくんのにらみ合い。呼ぶとそっくりかえって顔を向けるヨリちゃん。生きていた。みんな。ボランティアの方がお昼のうどんを差しいれにこられた。一緒にどうですかと言われて自分は子供たちと同じちゃぶ台に加わった。「すみません、どんぶり足りないので小さいのでいいですか」「あ、いやいいすよ、ヨリと一緒に食べますー」ひとつのどんぶりに二人で箸を突っ込んでいた。「あ、おまえこぼすなよーきたねーなー、かもぼこやるよー」「ガフアウゴフ」横に居たムッッちゃんが自分のかまぼこをどんぶりに入れてくれた。「おー、サンキュ。太るかなあ」「ケッケッッケ」初めてムッちゃんの笑い声を聞いていた。帰り際、珍しくシンヤくんが声をかけてきた。「こんどいつくるん?」「んと、来週の木曜かな、なんで?」「頭、髪切ったほうがかっこいい?」「そうやねー、いまでもかっこいいぞ」金魚の糞のキヨミくんがムスっとしている。カメラバッグから小型の水準器を取り出して手渡した。「ほらこれな、この小さい泡のまんまるがいつでも上をむくんやぞ。キヨミの絵の丸印とおんなじや。キヨミにプレゼント」キヨミくんはじっとその泡を見つめたあと上目遣いで自分を睨んで少しだけ照れた顔をしたように思った。昨日なら手を噛むかいなくなるかなのに、見送りしてくれた。「シンヤ、寝小便すなよー」「にいちゃん、またねー」帰宅してすぐに暗室に向かう。発表プリントは半切なので黒の締まりを意識して現像は1対1の希釈液を、時間を1分押した。ネガで見ても空気感が伝わって来た。ほかのふたりは撮れてるかなと気になったがプリントで判断することにした。その次の週、園長から電話が入った。予測もしてなかった壁だった。
Feb 11, 2015
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