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もう随分と昔に読んだ作品のなかで、登場人物が色濃く残照しているのは稀だと思う。しかも主人公ではなく。開高の闇三部作にあたるのだが、最近読み返して、この作家の力量というか、推敲を重ねて研がれた文章が妙に自分の水に馴染んでそれこそ全作品を漁り始めている。エッセイも含めて、ところどころに作家の文体が煌めきを放っており、ちょっと唸ってしまう。何故、この作家に惹かれているのだろうかと文体のみに固執せずに主題や思考を追っていくうちにひとつだけ同質な要素を見つけ出した。それは未だ個人を見つけられずにいるということだ。つまり自分とは何か。が解らないのだ。しかもそれを解っていること。私自身はそのことを根っこと表現するが、開高健は背骨というような言い回しをしている。小説家になってから戦場へ行き、そこから人間とは何かを感じようとした行動の奥にある理由は本人にしか解らないだろうがそうさせたのは自分を捜すためでもあった筈だ。報道の原点は、現場に嘘は無いということに尽きる。肌で感じなければ何も描けないと私も思っている。作文はその先の手段であり、それが絵画でも写真でも良かったのだろう。昭和40年に書かれた中国に対する考察に、鋭さを見つけた。私は中国については試行錯誤をつづけるよりほかあるまいと思っている。何でもかんでも北京人の言動にイエス、イエスと盲従するセンチメンタリストや教条主義者もイヤだし、その反対にただ恐れおびえて憎み、不信を抱いて、ノー、ノーと反対する教条主義者もイヤだ。この二人はいずれも観念的であることで根はおなじだ。私はしばらくイエスといい、ノーといい、イエスといいつづけようと思う。やがて日本はこの巨人と正面から向きあわねばならぬ日を迎える。私たちの国と人にとって最大の試練はその日である。その日までに私たちは私たち自身の背骨をつくっておかなければならぬ。(世界文化シリーズ18 中国)世界文化社 昭和40年10月20日
Jan 27, 2011
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蛍の群に垣間見える月が宵の深みに明るさを増していき乱舞する蛍の火が寝待月に融けてさらさらと溢れる飛沫の火が舞う沢は夏を待ちわびて清明のゆるやかな流れに銀河を映し灼熱の渇きが待つことさえ知らぬ天と地とゆるやかな揺らぎのなかで星火と蛍火が互いに行き来しているときに上にときに下に限りなく深い群青のなかで物思へば 沢の蛍もわが身より あくがれいづる魂かとぞ見る(和泉式部)
Jan 23, 2011
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風のない穏やかな日中が過ぎて落ちた陽とともに冷たい波が丘を覆った。海はまだ静かな躍動を繰り返す音に乗せている。反射する紫の音。迫る闇が膨らんで突然とその月は雲を割るように音を発したのだ。波とデユエットするような月の光。紫の月は満ちている。満ちている。取り巻く気は痛く冷たいのにその月の紫は暖かい。その月の紫は優しい。逃げる陽が遅くなって冬が色づいてその紫は命の優しさに暮れたのだ。更けた空に闇と月。そして煙草と。ベランダの紫煙が揺れて月とデユエットしている。
Jan 20, 2011
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緩やかな砂の丘陵に朽ちかけた防風柵が埋もれながら海からの強い北風に半割された竹を晒していた。細かい砂と小雪とが松林のなかに白い絨毯を紡ぎかけている。だらだらと長い砂浜に届く北からの便りは褪せた漂流だけではないのだ。足跡も轍もない冬の海に白い兎が跳ねて消えて風は容赦なく竹を割る。重く垂れた空。遠い異国への入り口。憑かれたように海水を割って進む。乾いた砂は舌をざらつかせ濡れた砂は足下を掬う。引き波に誘われている。意思のある波。海は誘う。深海へと。水面下の緩やかな安堵。豊穣の暗黒に染まる羊水。生命を育み命を奪う。こそが海なのだ。寒さに耐えていた。自問自答していた。なぜ海を乞うのかと。この海が想い人のもとにつながっていると?陳腐で安易な表現はしたくない。冷たさが膝のあたりに痛みを刺した。風に背を向けて歩きはじめた。歩きながらこの海岸線を歩き続ければあの人のもとにたどり着けるのだと思った。首に巻いたマフラーを届けよう。深海に身を横たえる前に。
Jan 10, 2011
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