コーチ賢ちゃんの「コーチング談義」

コーチ賢ちゃんの「コーチング談義」

2008年03月06日
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 水野教授は「生と死を考える会」の活動を通じて、がん患者のターミナルケアや遺族の悲しみを癒す活動に10数年関わってこられた、この道の日本での第一人者です。

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 「生と死を考える会」の3つの活動、「死への準備教育」「ホスピス運動」「痛みの分ち合い」を通じて、私は人々の人生途上で起こる様々な「受難」に立ち会って来ました。

 人々の受難の痛みを共有する体験から
1.生と死を受容する「従う知」
2.人の「弱さ」の隠された意味
3.死者に詫びる遺族の心に触れての、因果律の尊さ
などを学ぶ機会を得ました。



 「痛みを分ち合う」集いは、「二人で分ち合えば喜びは倍になり、悲しみは半分になる」という考えに基づいて開かれ、毎月の集いに20名ぐらいが参加されます。

 ここでの約束事は「お互いのプライバシーは絶対に護られます。スタッフは心を込めて聴かせてもらいます。どんな発言も非難されることなく受容されます。住所・氏名を名乗る必要はありません」というものです。

 ここで私が行っているのは、ただひたすら死別の悲嘆を聴かせてもらい、泣く場所を提供することだけで、出口を示す(アドバイスする)ことは一切していません。

 このような中で人々は次のようなステップ(作業)を経て心の痛みから解放されていくことが分かってきました。

 第1段階は「死者を悼む喪の段階」で、死者を悼み詫びる作業です。

 第2段階は「意味探求の段階」で、回想作業は苦痛を伴います。しかしここで死者の魂との一体感が得られるようになります。なぜ自分はこんなに苦しまなければいけないのかという受難への疑問を経て、神仏に出会うことでその回答を得ていきます。

 第3段階は、死者の魂を背負いつつ、自分の人生を「回生」する段階で、体験者はこの作業を意識的、無意識的に行いながら、新しい人生を構築していきます。

 具体的にはこんな例が上げられます。(実際には3つの事例を紹介されましたが、ここでは1例の紹介に留めます)

 念願の大学に入学した直後の新入生歓迎コンパで、多量の飲酒を強要されて死亡した息子の父親は、、深い苦しみと悲しみに沈みました。
 大切な、今後を期待していた息子を失ったのみならず、飲酒を強要した先輩が誰かも分からず、一人も謝罪に来る者がなかったからです。
 この父親は、飲酒を強要した先輩達を許せないまま、悲嘆の日々を過ごしていました。



 この時、この父親は彼らを許し、息子の分まで精一杯生きるように伝えたのです。これを聞いた先輩達は、許された自分に深く安堵し、泣き崩れたのです。

 この先輩達の「罪の意識」が、詫びる行動を引き起こしたことから、良心が体内に存在すること、神の因果律が働いていることを知りました。

 また、息子を亡くした父親や、罪の意識に苦しむ先輩達のスピリチュアルペイン(全人的苦悩)から、生と死、善と悪を包括的に支配する「大いなる存在」に出会いたいという、人間の持つ願いに気付いたのです。

 弱いからこそ神仏の恵に出会うことのできる彼等の姿に、深い畏敬の念を抱かずにはおれませんでした。

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 自分はコーチとして、一体どれぐらい相手の心の痛みを感じ取り、一緒に寄り添い、痛みを分ち合うことのできる感性を持っているんだろうか?

 そんな問いを自分に投げかけた瞬間でした。

 続きは次回に譲ります。







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最終更新日  2008年03月06日 16時11分33秒 コメントを書く
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