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合併球団の選手会長である北川博敏内野手が今月27日にフリーエージェントの権利を獲得した。プロ入り13年目でのFA権獲得になるのだが、下積み生活が長かっただけに喜びも大きいと思う。今シーズンは選手会長の立場で、自ら先頭に立ってファンサービスにも努めており、タフィ・ローズ選手に負けないくらいのファンの支持を得ている。2004年の大阪近鉄バファローズ消滅の時は、合併球団へのプロテクトを拒否することも考えたようだが、35歳になる今では他球団への移籍は考えていないらしい。決して合併球団を支持することは出来ないが、2001年の「代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームラン」を忘れることはなく、北川選手個人をずっと応援し続けたい。
July 31, 2007
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正統派プロレスラーとして1960年~70年代に日本マットでも活躍した「プロレスの神様」カール・ゴッチが亡くなった(享年82歳)。当時は金曜日の午後8時からの日テレ系のプロレス中継が人気番組であり、力道山の後を継いだジャイアント馬場やアントニオ猪木などの試合を欠かさず見ていたものである。ゴッチはアマ時代には五輪の出場経験があり、ルー・テーズと共に反則技を使わない正統派レスラーの一人で、必殺技であるジャーマンスープレックスホールド(原爆固め)には感動し、興奮したものである。来日した外人レスラーにはディック・ザ・ブルーザー、アブドーラ・ザ・ブッチャー、タイガー・ジェット・シンなど悪役が多かったが、頑固なまでに「プロレス道」を究めようとするゴッチの姿勢には共感を覚えた。プロレス人気が低下して久しいが、馬場や猪木がブルーノ・サンマルチノ、フリッツ・フォン・エリック、ファンク兄弟等と死闘を演じた数十年前の熱狂ぶりが懐かしい。
July 30, 2007
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パリーグのペナントレースは、どのチームも残りが55試合前後になってきた。3位までが10月のクライマックスシリーズ(プレーオフ)に進出するのだが、これまでの展開から考えると楽天と合併球団はよほどのことがない限り、4位以内進出が難しい状況である。昨日から神戸で行われている合併球団と楽天の「最下位決定」3連戦だが、勝負の行方はともかくとして、「花火ナイト」に引かれて今日は2万人以上のお客さんが集まった。「いてまえ打線」の北川と礒部がホームランを打ち、試合はそれなりに楽しめたが、ローズは1安打を打ったもののホームランはなし。最早、今シーズンの楽しみはローズのホームラン王・打点王の獲得のみになりつつある。
July 28, 2007
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梅雨が明けて浪速の夏がやって来た。天神祭のクライマックスである船渡御が行われた大川沿いにある友人のマンションでビアパーティー。大阪名物お好み焼きを食べながら大川を行き交う多くの船の篝火や提灯灯り、奉納花火、「大阪締め」の掛け声を思う存分楽しんだ。さて、天神祭、えべっさん(十日戎)、大証の大発会など浪速の様々なイベントでは「大阪締め」が行われる。大阪式の手締めだが、テンポがゆっくりしていて何かほのぼのとした雰囲気になる。そう言えば、2001年の大阪近鉄バファローズパリーグ優勝祝賀会の際にも「大阪締め」で盛上がったものである。う(打)~ちましょォ チョン、チョンもひとつせェ チョン、チョンい(祝)おうてさんど(三度)チョン、チョン、チョン
July 27, 2007
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楽天イーグルスの岩隈久志投手は24日の西武戦に登板して、5イニングを投げて被安打2、勝利投手の権利を得て降板したが、リリーフ陣が打たれてチームは逆転サヨナラ負けを喫した。岩隈は近鉄バファローズ入団2年目の2001年に頭角を現し、2003年・2004年はそれぞれ15勝を稼いでエースにのし上がった(2004年は最多勝)。しかし、タイトルを獲得できたのは、ローズ・中村・礒部・大村・吉岡・北川など「いてまえ打線」がバックにいたおかげであること、12球団最強の破壊力を誇ったホークス戦での登板を避けてきたことが大きいと思う(2004年以降ホークス戦には登板0)。言わば、過保護の下でタイトルを獲得して20歳そこそこにして「エースの称号」を与えてしまったことが、今の岩隈の低迷の原因になっているのかもしれない。楽天打線もそこそこ打つのだが、「いてまえ打線」の足元にも及ばない。味方打線をあてにせず、相手を力でねじ伏せて勝利をもぎ取る「真のエース」になれるかどうか、今シーズンは正念場と言える。
July 26, 2007
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今年の2試合を消化してオールスターゲーム57年間148試合の通算成績は、パリーグの73勝67敗8引分けになった。そのうち近鉄の選手がMVPを獲得したのは9回あるのだが、最初は1962年第1戦のジャック・ブルーム内野手である。ブルーム選手はこの年打率・374のハイアベレージで首位打者及びベストナインのタイトルを獲得している(63年も連続で獲得)。近鉄へやって来た外人選手は総じて投手よりも野手の方が活躍したのだが、ブルーム選手はローズ・ブライアント・マニエル・ジョーンズなどと並び、歴代でも5本の指に入ることは間違いない。ブルーム選手は後に南海へ移籍し優勝にも貢献したが、日本での7年間の通算打率は・315で立派なものであった。その後MVPを獲得したのは、土井正博(2回)・平野光泰・梨田昌孝・ラルフブライアント・石井浩朗・山本和範・的山哲也の各選手で、いずれも名選手ばかりである。
July 25, 2007
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鱧料理が美味しい季節になってきた。5月頃から食べられるのだが、梅雨の水を飲んで鱧は旨くなると言われており、関西では祇園祭・天神祭を迎えるあたりから身に油が乗って来る。湯引き、焼物、照り焼き、天ぷら、卵とじ、寿司など料理方法は色々あるが、何と言っても鍋が1番。ポン酢で食べる「鱧しゃぶ」も絶品だが、今回は鱧の骨で取った出汁に玉ねぎをたっぷり入れて、鱧の身を炊き込んだ「鱧鍋」。玉ねぎの甘さが鱧にしみ込んでいくらでも食べられる。焼酎もよく合うが、今回は冷やした能勢の銘酒「秋鹿」で最高の贅沢。
July 24, 2007
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近鉄からオールスターゲームに初めてファン投票で選ばれたのは、第2回(1953年)の投手部門での関根潤三氏である。関根氏は法政大学から1950年に近鉄パールスに入団し、万年最下位のチームにあってエースとして活躍した選手で通算で65勝(94敗)を挙げている。その後打者に転向してからはクリーンアップを打ち、1965年に引退するまで通算で1137安打を記録している。1963年には外野手部門でもファン投票で選ばれており、これまで投手・打者両部門でオールスターゲームに選出された唯一の選手である(監督推薦を加えると投手で2回、外野手で3回出場)。関根氏は現役引退後は大洋とヤクルトの監督を6年間務めるなど指導者としても実績を残したが、古巣の近鉄に対する思い入れは深く、一時は球団OB会の会長もされていた。2003年には野球の殿堂入りを果たし、現在も解説者として活躍中であるが、いつまでも「球界のご意見番」としてお元気でいてもらいたいものである。
July 23, 2007
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プロ野球オールスターゲームが終了した。最近は出場する選手の殆どが「お遊び」に徹していて、真剣さが少し足りない印象がある。先日メジャーリーグのオールスターゲームをテレビ観戦したのだが、開催地のサンフランシスコ市民の盛上がり、前日のホームラン競争、試合前の選手紹介の式典など全てが素晴らしかったし、イチローがMVPを獲得した試合の内容も非常に濃いものであった。収入を確保したいプロ野球機構側の都合もあるだろうが、この際メジャーリーグと同じように、本拠地球場の完全持回りで年1回開催とし、勝利したリーグに日本シリーズのホームアドバンテージを与える方式を採用したらどうだろうか。「組織票」ではなく、誰が見ても納得できる選手が出場することが前提になるが、選出された選手の名誉と誇りも格段に上がってきて、真剣勝負が期待できると思うのだが・・・。
July 21, 2007
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合併球団はダン・セラフィニ投手との契約解除を発表した。5月13日の楽天戦でKOされて降板後にベンチ裏で暴れて、自ら右手を壁にぶつけて右手小指の付け根を骨折し、治療のために一旦アメリカへ戻っていたのだが、元々コリンズ監督とソリが合わず球団としてはその時点で解雇を決めていたらしい。合併球団では2シーズンで2勝9敗の成績であったが、2年間の年俸が推定でおよそ3億5千万円だから、とんでもない高い買物をしたことになる。しかし、今シーズンは好投しても打線の援護がなく、また大事な場面で味方のエラーが出たりして気の毒な面もあったのは事実。若手の中山や加藤康にチャンスを与えるといっても、現時点では先発ローテーションに左投手が不在であり、編成面を考えるとシーズン途中での解雇には首をかしげてしまう。
July 20, 2007
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グルメ番組にもしばしば登場している南船場のカレー鍋の店「宮がみ屋」へ。カレーライスやカレーうどんは元々大好物で週に何度も食べるのだが、「カレー鍋」は初めてである。カレー風味の効いた出汁に牛肉・鶏肉・ちくわ・チーズ・野菜などを入れていただくのだが、「激旨カレー鍋のコース」(2480円)は1ドリンク付&90分間うどんが食べ放題で、最後には雑炊も楽しめ、カレー好きには堪らない。日本酒や焼酎も種類が豊富、鶏の唐揚や出汁巻卵など一品メニューも充実していて左党にも大人気で、平日は予約なしでは入れないほど。昼はカレーうどん、夜はカレー鍋で正にカレー三昧。11時から28時(朝4時)まで営業しているので、大阪ドームでのナイター観戦の後でもゆっくり出来るのも嬉しい。
July 19, 2007
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最近のプロ野球のキャンプ地は概ね沖縄か南九州あたりの温暖な地域に集中しているが、以前は本拠地周辺で行なわれることもあった(巨人ー伊東、西鉄ー島原、日本ハムー鴨川など)。近鉄は球団55年の歴史の中で初年度(1950年)のキャンプを藤井寺球場で実施している。2年目は高知へ移ったが、3年目は藤井寺球場と日生球場で行い、その後は宮崎(6年)-今治(3年)-今治・高知(2年)-藤井寺(1年)-今治(2年)-明石(1年)-明石・佐伯(1年)-延岡(7年)-宿毛(7年)-日向(22年)と変わった。また85年から16年間は第1次キャンプをサイパンで行っていた。キャンプ地にはプロ野球チームがおよそ1ヶ月滞在するわけで、地元には多大の経済波及効果をもたらす。選手・報道関係者・ファンが利用する交通機関・ホテル・旅館・飲食店などは年間売上のかなりの部分をこの期間で稼ぐことになる。バファローズが22年間キャンプを張った宮崎県日向市は例年2月になると大変な賑わいだったが、今やノンプロチームや大学野球部が来るだけで、閑古鳥が鳴いているとのことである。
July 18, 2007
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東心斎橋で4店舗展開している寿司「じねん」でランチ。五島列島などから直送される新鮮なネタを使ったお寿司屋さんである。手軽な値段で美味しいお寿司を食べさせてくれる店で、深夜3時まで営業しているのでナイター観戦後の食事にも便利である。ランチも超お得で、1人前で握り8貫と鉄火巻に小鉢・茶碗蒸し・赤出汁が付いて何と600円也。大抵1.5人前(12貫)注文するのだが、それでも900円だから近所のサラリーマンに人気があり、12時前後は行列が出来るほどである。ところで、タフィ・ローズも寿司が大好物で、鰻や穴子も平気で食べる。唯一食べないのがウニで、食感が苦手とのこと。来日してすぐに日本語をマスターして日本の文化(特に関西)にも馴染み、和食も大好物のタフィだからこそ、10年間トッププレーヤの座にいることが出来るのだろう。
July 17, 2007
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タフィ・ローズ選手が6月30日に達成した1500本安打(史上91人目、外人では2人目)の記念グッズが発売されている。直筆サイン入りバット・記念CAP・図書カードだが、ファンにとっては絶対に手に入れたいものである。タフィは昨日の西武戦でも試合を決める逆転の25号ホームランを打ち、打率も3割に近づいてきた。夏場に強いタフィだが、先週末にはお父さんのウイリアム氏と息子のカール君というタフィにとっては最強の助っ人が来日して、これからまだまだ調子を上げてくるはず。今シーズンは通算1000打点も達成したが、今年中にはあと15本に迫った通算400号ホームランと、あと50となった通算1000得点達成も視野に見えてきた。既に来シーズンは好条件での契約が約束されているようだが、タフィファンとしては「いてまえ魂」を継承する彼のフルスイングをずっと長く見続けていたい。
July 16, 2007
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パシフィック野球連盟は、パリーグの様々な記録を集めた「BLUE BOOK」(非売品)を毎年発行している。パリーグ略史・チーム別成績推移・在籍選手全名簿・年度別開幕試合一覧等々が詳細に掲載されており、ファンにとっては非常に興味深い資料である。その中に年度別観客動員表がある。パリーグは1950年に7球団(阪急・南海・東急・近鉄・西鉄・毎日・大映)でスタートしたが、初年度の観客数は全部で1,744,200人で1試合あたり4,200人であった。3年目の1952年からはチーム別も掲載されており、7球団合計で2,284,100人(@5,668人)、うち最も多い南海が656,002人(@10,843人)、最も少ない近鉄が95,202人(@1,763)人である。その後は少しずつ増えているが、70年代前半まで近鉄は年間30万人前後、リーグ全体でも300万人前後と低迷し、各球団共に赤字経営が慢性化した。近鉄球団は2004年まで続いたのだが、公共性の強い電鉄会社がよくぞ55年間持ちこたえたとも言えるのだろうか??
July 14, 2007
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西武ライオンズが夏休み(7~8月)の主催ゲームのうち、10試合にオールドユニホームを着用して戦っている。オールドユニは西武の創設時代から95年までビジターゲームで着用していた青色を基調としたもので、日本一を9度達成した西武黄金時代を思い起こさせるユニである。当時は投手では東尾・工藤・渡辺久・郭など、打者では秋山・清原・デストラーデなどを擁し、鈴木・野茂・阿波野・大石・石井・ブライアントなどがいた近鉄とも名勝負を演じた。巨人も今年は交流戦でV9時代の復刻ユニホームを使用、楽天、ソフトバンクなども交流戦ではサードユニホームで戦った。限定ユニホームは懐かしさや目新しさがあってファンの評判も良く、球団としてもレプリカユニの売上げにも繋がることでもあり、来年以降も続けてほしいものである。近鉄バファローズの復刻ユニといえば西本監督時代の3色ユニをイメージするが、残念ながら球団がなくなった今では2度と見ることは出来ない。
July 13, 2007
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元近鉄の投手で1961年には開幕投手を務めたことがある蔦行雄氏(享年69歳)が先般亡くなった。実際にプレーを見たことはないし、名前を知っているのもかなりのオールドファンだけだと思うが、1960年ごろの主力投手の一人だった。蔦投手は兵庫県の洲本高校から1957年に近鉄パールスに入団、在籍6年間で133試合に登板、16勝44敗、防御率3.75の成績だった。沿線の伊勢志摩名産の真珠から名付けられた「近鉄パールス」は当時万年最下位で蔦投手が2年目の58年のチーム成績は29勝97敗4分、勝率・238で、これはプロ野球史上最低記録である。名称は59年から「バファロー」に、62年からは「バファローズ」に変更されたが、球団創設の1950年から20年間のうち最下位が13回で、チームは「パリーグのお荷物」と揶揄され、周囲に自分が近鉄ファンだと公言するのが恥ずかしいほどであった。当時からのファンと是非1度昔話をしてみたいものである。
July 12, 2007
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ランチタイムにしばしば行くのが「クリスタ長堀」にある「インデアンカレー長堀店」である。今では東京丸の内を含めて9店舗展開しているカレーチェーン店だが、発祥の地は法善寺横町の近くにある「南店」である。カウンター10席ほどの小さな店だが、小学生時代に母親に連れられて行ったのが最初で、恐らくこれまで数百回食べているはずである。インデアンカレーは一口目は甘みを感じるが、すぐに辛さが口一杯広がる昔と全く変わらない味である。一緒についてくるキャベツの酢漬けも絶妙のすっぱさがある。値段はレギュラーで730円だが、いつもオーダーするのは「ルー大盛りプラス生卵」で980円也。カレーの辛さと夏の暑さで汗が噴出して大変だが、また直ぐに食べたくなるのが不思議である。カレーといえばプロ野球キャンプでのランチメニューの定番。選手は15分間くらいの休憩時間にカレーライス或いはカレーうどんをかき込むように食べて練習に戻っていく。日向の近鉄キャンプを見学した際にご馳走になったカレーの味が懐かしい。
July 11, 2007
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広島市民球場が今月20日で50周年を迎える。10年以上前に1度しか訪れたことはないが、1979年と1980年に近鉄バファローズがカープと日本シリーズで死闘を演じた球場で、選手とスタンドの距離が近く、どことなく日生球場に似た雰囲気がある。復興のシンボルともされた球場も50年経つとグラウンドもスタンドも老朽化が進み、最近は設備の維持管理が大変とのことだが、再来年の春にはJR広島駅貨物ヤード跡地に新球場の建設が予定されている。地元財界と市民の「たる募金」協力があってようやく実現したもので、新しい名所になることは間違いない。今年のカープはエース黒田残留で上位進出が期待されたが、これまでのところ二ケタの借金生活で最下位と大苦戦。若手を鍛えて戦力を整え、新球場オープン時には優勝争いをするチームに変貌してほしい。
July 10, 2007
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合併球団が6月末のトレード期限直前にロッテ・日本ハムとの間で2つのトレードを成立させた。放出した選手は吉井理人投手、萩原淳投手、歌藤達夫投手だが、いずれも起用法に不満を持っていたとされる選手である。昨シーズンオフには谷(巨人)、早川(ロッテ)、中村紀(中日)を放出したのだが、全員が好成績を残している(谷・早川はオールスター選出)のに対して、入替わりで入団した3選手が現状では1軍の戦力になっていないことからMオーナーの逆鱗に触れて、急遽フロントの刷新?が行われ、今回のトレードに繋がった。チーム編成上の判断なら理解できるとしても、不満分子だからという理由でトレードに出すのもおかしな話である。今回のトレードの損得勘定がどうなるのか注目してみたい。
July 9, 2007
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大阪ドームでの野球観戦のあとで、時々立寄るのが心斎橋の日航ホテル西側にある「つじもとパスタ店」である。以前は「パスタ処1/3」だったが、数年前に移転して店の名前も変わった。いつもオーダーするのが前菜盛合わせに、ピザ、トマトとニンニクのスパゲッティ、それにデキャンターのワインである。メニューは豊富で本格的なイタリアンが味わえる。ボリュームも満点、味も満足できるもので値段も安い。マスターのニヒルな笑顔もなかなかのもの。深夜3時まで営業していて、ナイターが遅くなっても全く問題なし。
July 8, 2007
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楽天の「球宴ジャック」が物議をかもしている。楽天ファンの意識の低さを嘆く声もあるようだが、ファンとしては地元で初めて開催されるオールスターゲームにイーグルスの選手を沢山出場させたい一心で投票を集中した結果であり、ファンには何の落ち度もない。一方で投票方式に問題があるのは事実であり、今の方式が続く限りは毎年同じようなことが起こる可能性が強い。今年は監督推薦を含めて「近鉄」から5名の選手が選ばれた。抑え投手で福盛(楽天)、2塁手で高須(楽天)、外野手で礒部(楽天)、ローズ(合併球団)、大村(ソフトバンク)である。福盛はバファローズ最後の年(2004年)に抑えとして活躍、高須は楽天移籍後花が開いた。特筆すべきは外野手3人である。いずれも2001年は「1番センター大村、3番レフトローズ、5番ライト礒部」としてパリーグ優勝に大きく貢献した。6年後の今シーズンも変わらぬ活躍をしてくれているのは近鉄ファンとして嬉しい限り。出来れば全員近鉄ユニで出場してもらいたいものである。
July 7, 2007
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会社の同僚と久しぶりに森ノ宮にある居酒屋「かぶと」へ出かけた。串焼きが美味しい店で、ママさんが一人で切盛りしている。単に肉や野菜を串に刺して焼くのではなく、全て手間暇かけたオリジナルの串である。イタリアントマ豚・青とうチーズ・イワシ梅肉・ネギトロ等々見ていても楽しいものばかり。地酒や焼酎も銘柄が豊富でこちらも楽しめる。仕上げは「いくら茶漬け」でいつも通り絶品であった。森ノ宮といえば近くに日生球場があった場所で、今はなき藤井寺球場と共に近鉄ファンにとっては聖地だった。球場が取り壊されて既に10年になり、今は大型バスなどの駐車場として使われている。観客席の土台の部分や球場へ登る階段の一部などが残っていて懐かしさを覚える。跡地には将来はマンションが建つとのことだが、西宮球場も大阪球場もなくなり、昔からの関西のパリーグファンにとっては寂しい限りである。
July 6, 2007
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シーズン当初からずっと2軍暮らしだった楽天の吉岡雄二内野手が昨日1軍に登録され、いきなりソフトバンクの右のエース新垣から逆転タイムリーを打ってヒーローになった。今シーズンは一時トレードも噂されたベテランにとって、ファームでの調整は相当きついものだったはずだが、ようやく苦労が報われたことになり、近鉄時代からのファンにとっても嬉しい限りである。吉岡はホームランを打っても派手なガッツポーズはなく、「円月殺法」でニヒルに人を斬る「孤高の剣士・眠狂四郎」のイメージがある。「近鉄いてまえ打線」当時のバッティングはローズ、中村ノリ以上の飛距離を誇り、打ち崩すのが難しいエース級のピッチャーから苦もなくホームランを打つ素晴らしい技術がある。今月で36歳になるが、まだまだ老け込む年齢ではなく、プレーオフ進出を目指す楽天打線の牽引者になってもらいたいものである。
July 4, 2007
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日曜日の日本ハム戦に合併後3シーズン目に入った大阪ドームのライトスタンドへ行ってみた。ファンの服装は、初年度(2005年)は旧近鉄ユニが大半だったが、今では合併球団ユニが圧倒的に多くなってきた。3年目にもなると合併反対で一致団結したファンの情熱もすっかり冷めてしまったのかもしれない??今は恐らく旧近鉄ファン・旧阪急ファン・旧オリファンなどが入り混じっているのだろうが、ドームでの合併球団の観客動員は明らかに近鉄時代より減っており、合併を容認出来ない多くの近鉄ファンの気持は離れたままであることは間違いない。
July 3, 2007
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トレード期限直前の先月下旬に合併球団の吉井理人投手とロッテの平下晃司外野手の交換トレードが発表された。吉井はコリンズ監督の中継ぎでの登板要請を拒否して、先発で働けるチームへの移籍を熱望していたのが実現したもの。全盛時の140キロ台後半の速球はもう見られないが、コーナーを丹念に攻めて打たせて取るピッチングは健在である。もう限界との声もあるようだが、打者に向かう闘争心は全く衰えていない。出来れば、今週移籍初登板予定の合併球団相手に白星を稼いでほしいものである。一方の平下は1995年のドラフト5位で日南学園高校から近鉄バファローズに入団、2000年には1軍で51安打の実績がある。当時はまだ荒削りで守備でのポカも多く大村の後塵を拝していたが、他チームで経験を積んで成長した姿を見るのが楽しみ。まだ29歳でこれから油が乗る年齢であり、何とか外野の一角を占めてもらいたいと思う。
July 2, 2007
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タフィ・ローズ選手が昨日の日本ハム戦で1500本安打を達成した。外国人選手ではロッテで活躍したレロン・リー選手の1579本に次ぐもので、来日11年目での達成である。春先はかなり太めでシーズンを通して活躍できるか心配したが、今では体重もほゞベストになり、夏場を乗り切る自信も出てきたようである。まだまだ気が早いがスーパーマンのタフィだけに、3年後くらいには2000本安打を達成して「名球会」入りしてもらいたい。
July 1, 2007
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