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その前に、日中にメールで彼女との過去のスケジュールを送りつけてやったんですけど。。。昨夜、彼は笑いながら半分顔面蒼白で帰宅した。「あのさ~、あのね~、こんな事あるわけないじゃん。大体、ゲウチャイなんて行ってない。ラブホなんて。。。それも西五反田?普通五反田って言わない?どっちでもいいけど、山本モナじゃないんだから、そんな彼女がいたら、この年でそんなところでホテル入らん五反田には仕事関係の人が多すぎる!堀川も仕事の関係者と行くので予約入れたけど、結局鉄板焼きじゃ話しがしにくいって事になってキャンセルしたし。13日は本当に会社の連中と飲みにいったし、ただ確かにスターホテルの近くの居酒屋には行った。そして、その後いつもの新宿二丁目のマニマニ(オカマバー)にみんなで行ったし。調子にのってはしごして、確かに家に帰らなかったけど、会社で仮眠して仕事した。だけど、怖いのは銀座のスペイン料理屋さんに電話したのは事実だよ!多分、その日だったと思う。だけど、その日は貸し切りとかで行けなかったんだ。それも、仕事関係の人とだよ。で、スパって言うか、新橋にあるサウナだよ~女の人と一緒に行く感じのところじゃないよ~。エステがあるのも知らないよ。その日の仕事で会った人に「酒が抜けないから、この辺にサウナありません?」って教えてもらったんだからさぁ。・・・・だけどさ、なんで京都に夕飯にイタメシ食べたことまで知ってるの?」「知らないよ。そんなのあんたが話したら、わかってることじゃないの私が知るわけないじゃない」「でさ、14日の日なんて本当に忙しくてそんな女の人とランチなんてしてる暇なんてないつーのなんだよ、それ!ずーっと会社にいたって」「何よ逆ギレかい」「あのさ、まじめにそんな人いないって。。。そんな精神的余裕も金銭的余裕もあるわけないじゃんそれに、その人の話おかしくない?なんか興信所かなんかで調べたっぽくないなんか、まじに気持ち悪いんっすけど」「だったら、去年とかに別れた女でなんかすごくひどい事して別れた人とかいないの出張先とかでも」「しらねーよあのね、まじめに信じて下さい俺がね、他の女の人が一緒に生活できると思う」「おまえさぁ~、そう言えばいいと思ってるでしょ~だって、その人私がバツイチで子供がいて、あなたの両親が許していないことまで知ってるんだよ~」「だからさ~それが、おかしいってばそんな事、付き合っている女がいるなら話すわけないじゃんとにかくさ、今度その電話かかってきたら、まずは録音しろそれで、「主人に聞きました。なんか付き合った奴でしつこくてうざいしょうもない女がいたから、そいつかもしれない。って言ってました」って言え」「それとさ、なんか行動の詳細が2月に集中してるよね。3月の14日の話しは店の名前とか出てないんでしょもしかしたら、月ごとで興信所とかで調べてるのかな?4月に入ったら、3月分の報告があったりして・・・いいか絶対、次は録音しろよ」と、言うことでこれ以上話してもこんな人は全く身に覚えがなく気持ち悪い・・・と、明日からの生活が怖い・・・とぼやいてました。たしかに14年くらい前、まだ主人と付き合いはじめの頃に同じようなストーカーがいたんですよね。その人は、何故か私に主人のその時同時に付き合っている女性の事を全て報告してくれて、興信所で調べてはその相手の女性の住んでいる場所のチェックや仕事場まで行っていました・・・結局、その女性はその後違う人と知り合い付き合ったのですが、その男にだまされていくらかは知りませんが大金をだまし取られてしまったそうです。・・で、ある日殺されたんですその時には、主人も事情聴取を受けていました・・なんと言っても、生前彼女が「この詐欺は、あの男と○○ちゃん(主人)がぐるになって私をだましたんだ!」と周りの人に吹聴していたらしいので。主人はその殺人時間にアリバイがあったので釈放されたのですが・・・本当に、女関係に問題がつきない男です。。。さてさて、今回の件はどうなることやら
2009年03月26日
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昨日のブログにある女性から、一昨日の夜電話が入りこんな人(主人)との関係を説明した挙げ句「離婚して!これはもう、あなたのご主人(実際には彼の通称○○ちゃんと言っていた)とはもう話ししていて、慰謝料も払わないといけないかもしれないけど、あなた鬱病でしょ!だから精神的に追いつめた方が早いと思って。」と言われた。この電話は一昨日の夜10時半くらいだった。こんな人が帰ってくるのは11時半くらいなので、妻はWBCの試合を何度もニュースで見て、良い気分でウトウトしているところだった。とんな時に珍しく自宅の電話が鳴ったのだその女性は後から自分で言っていたが30代そこそこの女性と言うことだった。「私、今あなたのご主人の○○ちゃんと付き合っているものですけど、○○ちゃんの奥さんですか?」「はぁ。・・?」(実は、ちょっと寝ぼけていた」「私、今年の1月の中旬頃知り合って、2月に入ってからよく会うようになったんですけど。最近は、奥さんと離婚して私と結婚するってことで二人で話しをしてるんですよ。邪魔なんです。○○ちゃんもそう言ってますよ。鬱病で自分の事でいっぱいで、おまけに自分の事は仕事でいっぱいで忙しいからって信じ切ってるからって言ってたし・・・奥さん気づいていないと思いますけど、2月に入って初めて会ったのは7日の日だったんですけど、その日奥さんのお母さんとか叔父さんとか東京に来てたでしょ。7日は奥さんのお母さんの相手をするのが面倒くさいとか言って、仕事だと言って出てきたって言ってました。だから、その日西五反田のラブホで時間つぶしてたんです。疲れていた感じだったからエッチの後マッサージとかもしてあげたりして。なんか、その日の夜は強制的に来ている親戚の方々と夕食を恵比寿で食べるからってあわてて出て行きましたけど、五反田からでしたから早めについたと思いますよ。」・・・当たってるんですここまで、イエイエ7日にその女性に会っていたとかっていうのは知りませんが、確かに私の母に付き合わせるのは可哀想だから妻だけで相手をして、こんな人は仕事なり家でゆっくりするなりしてくれればいいな・・・と。どうせ、夜は叔父や従兄弟も含めて恵比寿で焼き肉を食べる約束になっていたので。「次に会ったのは、2月10日!私、比較的火曜日が仕事暇なので。その日は目黒のゲウチャイって言うタイ料理屋さんで夕食を一緒にしたんです。でも、いつも奥さんがご飯作ってるからばれると困るって、軽くしか食べないんですよね。可哀想で。それから、12日の木曜日にまだ会ったばかりだったんだけど、また会いたいねってことになって、小田急サザンタワーの堀川で鉄板焼きごちそうになりました♪なんか、前は奥さんとも顔なじみの方がお店にいたけど、今は他のお店に行っちゃったから、ここに連れてこれるようになってよかったとかって言ってくれたんですそれから、13日は夜、スターホテル(新宿)の近くにある会員制のちょっとエッチなバーに言ってラブラブしちゃいましたそれから、また飲みに行って朝になちゃったので近くにあったラブホで時間つぶして、次の日はバレンタインデーだったので銀座に行ってスペイン料理をお昼に食べて、それから二人とも飲み過ぎたから新橋にあるスパに行ったんです。そこって女性用にエステもあるからって、○○ちゃんが言うから。でも、やっぱり夕飯は、奥さんと食べないと行けないからって8時前には帰って行っちゃったんですけど。」たしかに、その通りなんです。13日の日、会社の若い子たちと飲んでくると言ってご飯をみんなで食べた後、新宿2丁目で飲んで朝まで飲んだから、会社に戻って寝て仕事してたって・・・私は、こんな人から聞きました。「まったく若くないんだから、朝まで飲んで会社で寝て仕事するなんて、身体疲れるから止めなさいよ~」と言った覚えがあります。「で、それからはちょっと○○ちゃんの仕事が忙しくって19日に小田急サザンタワーでランチしました結構、サザンタワーよく使うんです。アフタヌーンティーとかで待ち合わせしたりとかして」「へぇ~、サザンタワーにアフタヌーンティーってあるんだぁ~」「それで、なんか月末は出張とかで忙しくって会えないと思うからって、21日の土曜日に仕事の合間にまたアフタヌーンティーでお茶したんです。ちょっと、ホテルの部屋も使ちゃったんですけど~。・・・知ってます?月末の京都では本当は夕食に豆腐料理が食べたかったんだけど、おいしそうなイタリアンがあったからそこに言ったんですって。おいしかったから、今度京都に一緒に行ったら、ランチに行こうねって。」・・・・「この前の3月14日は、なんか前の日に奥さんの付き合いで沖縄の友達たちとの飲み会に付き合わないといけないからって渋々でかけたみたですね。でも15日から出張だからって、14日は会社に出ていて、とても忙しいみたいでしたけど、ランチだけは一緒にしようねって言ってくれたので、ランチだけは一緒にしたんですよ」・・・あぁ、うざい・・・「○○ちゃんは、本当は週末とか出かけたいんだけど奥さんが鬱で調子が悪いことが多いから、出かけれなくてうんざりだよって言ってますよ。だから、私が時間を合わせて会ってあげるようにしてるんです。・・・奥さん、○○ちゃんと一緒にいる意味ないんじゃないんですか彼は、私といる方がもちろん楽しいし、私は奥さんんみたいにバツイチじゃないし子供もいませんし、まだこれから○○ちゃんの子供も産んであげれるんですよ離婚してあげて下さいよ。っていうか、離婚してよ。慰謝料いくら払えばいいの結婚して10年くらいなら300万くらいでいいんじゃない」「あの~。事実関係はよくわかりませんけど、慰謝料をもしいただいて別れると言うことになるんでしたら、主人との話の中で誓約書を書いてもらっていて、3億は払ってもらうことになってるんです。現実味がないと言うなら、3000万円~1億円くらいで考えてもらえません」「え~、それってボリ過ぎって感じじゃないですか~。でも、○○ちゃんと相談しますわ。とにかく、早く離婚する方向で進めて下さいね。離婚届けに奥さんのサインをしてもらったのを受け取ったら、指定した慰謝料を振り込みますから。それなら、文句ないでしょ。」「それ、逆でしょ。慰謝料振り込んでくれたら、離婚届は渡してあげますよ。」「ふ~ん。信じていいのかしらま、いいわ。また、電話するし。とにかく、私と○○ちゃんとの関係を知ったからって邪魔することはしないでね。これでも、今はかなり譲歩して二人の時間より奥さんの時間を優先してあげるようにしてあげてるんだから。とりあえず、GW前には離婚を目安にしてくれないGWには二人で旅行に行きたいし。じゃ、また電話しますね。」と、電話が切れた何?何今の電話?・・・で、昨日のブログへとなったのですが。昨夜、こんな人(主人)と話をしました。
2009年03月26日
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私のこんな人(夫)は結婚以前から浮気が頻繁にある。それでも、当初は数人はいた浮気相手も最近はなくなったなぁ~と思って、ちょっとは私も精神的に安定していましたが、あまかったらしい。昨日の夜ある人から電話が入った。2月7日には 五反田でラブホで会いました。2月13日の晩は 会員制のバーに行って、ラブラブしました。3月の14日も 自分が一番大事だからと会いました。 その他にも、タイ料理食べに行ったり、小田急サザンタワーで鉄板焼き食べたりもしました。って。離婚して欲しいと言われました。・・・って、コメントのしようがありません。誰か助けて・・・
2009年03月25日
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派遣に去年登録して、3社ほど書類送付したりして・・・2社で採用もらったのに、気分的に働く気分じゃなかった私は、お断りなんぞをして我が儘し放題だったんですけど、まさかこんな不景気になるなんて~派遣はお仕事の紹介は希望のものがなく、時間は過ぎて行ったのでした。やばいな~と先週、もう1社派遣登録をしてきました。ら、今週初めに「○○な仕事がありまして、まだ正確にご案内が出来ない状況なんですが・・・短期なんです。2年のブランクがあるのでこのままブランクがあるよりは、短期でつないで実績をつくられたらいかがですか?」とのご提案その通りでございます。「よろしくお願いします」とお答えしておりましたら、本日正式に依頼が入りました4月13日~6月5日までという短期採用・・・そう、ある区役所での定額給付金の受付対応のお仕事ですでも、ここから2駅の場所。朝8時半~ですけど、ちょっとがんばってお仕事してみようと思います。どうか、自分にとって良い経験につながりますように・・・(って、まだ1ヶ月弱あるじゃん!)でも、とりあえずお仕事して社会復帰にまずは、最初の一歩
2009年03月19日
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こんな人の両親はそれぞれ今からだと精神に病を持っている。こんな人の母はまだ弱いけれど痴呆症にかかっている。こんな人の父は膝に痛みがあり4月には手術を必要とする。そんな父が手術をする時に母はどうするのか・・・私なりに心配だった。なんだかんだ言っても私の主人(こんな人)の親である。父が手術で入院する間の1週間近く母の面倒をどうするのか・・・当初、こんな人は自分が夜実家に帰るからいいと言っていた。が、今日聞くとその期間母は母の実家のあった新潟の親戚に預けることにしたと言った。そう、以前も話したが妻はこんな人の両親に認めてもらっていない。お父様とは話しを一度したことはあって紹介をしてもらった・・・がお母様に関してはお父様曰く「一生、許すことはないからあきらめて欲しい」と言われたことがあった。でも、お母様が痴呆症にかかったらしいと聞いて私は試しにこんな人の実家に電話をしてみた。お母様が出た。妻の名前を言ったが、彼女は「○○(こんな人)のお友達ですか?○○はここにはいませんよ。」と言われ切られた。お母様は妻がわからなくなっていた。なぜなら、以前の彼女なら妻の名前を聞いたとたんに「この売春婦、人の息子を手玉にとりやがって、今に覚えてろ、お前なんかどうにでもできるんだ!」とまで叫んだ人だったから。だから、私はお母様の世話が自分にもできるんじゃないかと(環境的には)思っていた。今、この時期を利用させてもらったら何とか、普通の関係を築けるんじゃないかと期待していた。でも、こんな人とその父が出した答えは違った。いつまで経っても妻はかやのそとの人間なのだと実感した。前述したことがあるが、妻はこんな人の親類関係の誰一人として会ったことがない。私は認められてない人間なのだ。これ以上、何をする必要があるんだろうか?これ以上、こんな人が私にこの両親に関して求める事があるんだろうか?・・・だとしたら、私はこれ以上こんな人の家族関係、親類関係に関わる事は必要ないんだと拒否されたに他ならないんじゃないんだろうか。私は、こんな人の姓を語っている。が、こんな人の妻であるだけで、こんな人の親族でもなにもない。今、こんな人の会社関係の大変な事。自分たちの生活のやりくり・・・それでいっぱいになっていて、それを処理するのが妻の役割なんだろうか?だとしたら、妻はこんな人にとってはやはりこんな人の母親代わりであって、生活をするにあたっての管理をしてくれる人であって・・・それは他の人にもできる事何じゃないかと沸々と思う妻である。妻の幸せは、何だろう?妻の幸せはいっぱいある!やりたい事もいっぱいある!こんな人と妻の結婚生活はこの4月で11年となる。意味はあったのだろうか?こんな時、ふいに我が儘にも子供たちに会いたくなる妻がいる。悲しい。
2009年03月12日
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妻は離婚して、一人になった。そして、いる場所もなく離婚調停中から行っていた仕事もあったので実家に住まわせてもらっていた。そんな妻に父は「お前は、10年近くも専業主婦をしていて何ができるんだ!夜の商売にでも足を入れる気か!(別にそれはそれでいいと私は思うのだが、固いサラリーマンだった父には許されない事だったらしい)」と馬乗りになって殴られた事もあった。母には「近所の人や友達(私の大事な幼なじみたち)に離婚したっって言うんじゃないよ!恥ずかしい!本当はここに住んでいて欲しくないくらいだわ。」と言った。(この前ちらっと聞いたら全然覚えてないらしい)妻はなんとか実家から出て一人で暮らしたいと思っていた。だけど、所持金がなかった。自分で持ち出せたのは自分の衣類と車だけだった。離婚調停中には、幼なじみの一人(離婚の相談もしていた唯一の彼女)からある男性を紹介された。彼は東京の人で自分で会社は持っていないが実家の仕事を手伝いながらフリーで仕事をしている人だと言うことだった。彼とコンタクトをとってみると、その時の彼は東京観光のバスの車内で流す「東京案内」のビデオを作成している時だった。と言うことで早速仕事をもらった。その内容は例えば「浅草」なら浅草の歴史や見所なんかを自分の手で調べて文章として作成してナレーターの人が読む文章の原本にしたいと言うことだった。1カ所に付き3万を支払うと言うことだった。とりあえずは仕事が必要な私は即OKでお願いすることにした。が、実はその彼は私の友人がダイヤル0099で知り合った人だった(今で言う出会い系サイト)。とは言え、私は会うこともなく電話とFAXでのやりとりがメインで後はお金を振り込んでもらう形で仕事をさせてもらった。初めて会ったのは紳士服店で勤めている時に、その彼が礼服を買いたいからと来てくれた時だった。それが今の主人。。。こんな人との初めての出会いだった。びっくりした。どう見ても大学生にしか見えない。私は「こんな子供に色々文句言われながら仕事してたの?」と失礼ながら思った。とは言え、初対面のお仕事相手の方ですから失礼のないように対応して礼服を購入いただいた。その後は時々、こんな人から電話がはいるようになったが私には子供にしか見えなかったので面倒だと「忙しいので。」と切ったりしていた。が、時々ランチに誘ってもらったりして、離婚調停中の子供がいない時間にはご一緒させてもらったりしていた。が、前述したが前の旦那の意図により実家に転勤となり会うこともなくなった。こんな人にはそんな女性がたくさんいたから私一人くらいが東京からいなくなったとしてもたいした事ではなく別に生活が変わることでもなかったに違いない。それでも、まめな人だった。こまめに連絡をくれた。その頃はポケベルという代物だったが、ポケベルだったり暇な時間の自宅の電話だったりに連絡をくれた。。。本当に、マメな人だった。私は、とにかく離婚をしたのだからこれからの生活を考える事が必須だった。もちろん、両親をあてには出来ない。そして、母からの「ここにはいて欲しくない」という言葉とおり愛知県内にいたいとは思わなかった。求人誌の中から東京の会社を1社みつけ書類を送って回答を待っていた。そんな時、盛岡にいる叔父が「盛岡でイベントがあるから盛岡に来て、仕事を手伝ってくれないか。」と誘ってくれた。GW明けから7月末までの仕事だった。その間、1ヶ月20万円出してくれると言う。(これは叔父の気持ちがほとんどだと思う)住む場所も、通勤場所まで車で30分はかかる御所湖という場所にあるリゾートマンション(叔父の会社の持ち物)に住まわせてもらい。家賃もいらないという。申し訳ないとは思いながらも叔父の気持ちに甘えさせてもらった。GWの最中に東京で叔父と待ち合わせをして、東京ではこんな人と会い、翌日には叔父を乗せて車で盛岡まで移動した。なんか、こうなると本当に離婚後バタバタとして楽しいことも何もなかったのかと言うと結構楽しいこともたくさんあった。旅行会社で知り合った陽子ちゃんと勤務期間(繁忙期)が終了した段階で旅行会社用に回覧されてきたツアーでケアンズに5日間行ってきたいもしてきた。その時に体験ダイビングしたり、ラフティングもしたりして楽しんだ♪思えば、お金もないのに本当に気楽な人間だと思う。だけど、その時には離婚出来たことが嬉しくて、暗い未来があるとは思えなかったから不思議だった。盛岡では、叔父夫婦にとてもお世話になった。仕事の休みの週末には叔父の家に泊まりに行き、伯母と日帰りで温泉巡りドライブしたりもした。岩手のおいしいものをほとんど毎日食べさせてもらったり、会社の人たちに夕食に誘ってもらったりした。叔父は盛岡ではとても有名な人だった。叔父の兄(母方の長男)が超有名人で、私が派遣された仕事場には関係者が皆挨拶にみえたりして面食らった!それでも、毎日、仕事に励み盛岡の一番いい季節(5月~7月)を過ごし、7月最終日に開催されたイベントを無事終了させることもできた。そんな盛岡での毎日を過ごしながらも、名古屋出発前に出した東京の会社では書類選考が通り、2次面接+筆記に上京し、3次面接もとおり、最終面接も合格して、盛岡の仕事が終了する7月31日の翌日である8月1日入社という形で採用が決まった。叔父には大変申し訳なかったが、全ての荷造りをして引っ越し先が決まったら送ってもらうように手はずをし、車は売ってもらい(50万で売れた)、イベント終了日の夜の東京行きの新幹線で盛岡を離れた。その晩は、品川のホテルに泊まり会社のある大崎に翌日は荷物をもったまま移動して、会社所有のマンションに宿泊して研修が約2週間行われた。この会社は研修終了後、各支店に転属となりその近くに会社が探してくれた物件に住むことが条件になっていた。6万5千円まで会社が補助をしてくれた。(この辺に惹かれたのが妻であった)女性が多い事から安全を考え勤務の場所から徒歩5~7分の場所に家を手配してくれるのが条件だった。離婚して何もない私にはありがたい事だった!そして、その頃から「こんな人」との付き合いは深くなっていったのであった。
2009年03月11日
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