見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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神戸男

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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2019.11.18
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カテゴリ: 日々の出来事
 話しが長くなりそうなので、事前に断っておきたいと思う。
ここで書かれている話は、非常に私的なはなしで、間違った言葉づかいや思慮不足と思えるような言葉が出てくることもある。この文章の大半は、その当時私が書いていた旅の記録が雛台になっていて、出来るだけその当時感じたままの言葉を書き綴りたいと思い、出来るだけ訂正も加筆も避けてる。
28年前に書かれた言葉。そのままの伝達にご容赦を。

ガキん頃に、話に聞いたり、雑誌で読んだりしてきた血湧き肉踊る物語には、きまってこの星が登場していたような気がする。あのよい子のための冒険活劇『怪傑ハリマオ』の主題歌の中でも、三橋のミッチーが声高らかに、過激にこの星を歌い上げ、イメージを高めていた。
 その星。冒険のシンボルたる南十字を生まれて初めてマニラで見た。
南十字なる星達が日本国内でも見られることを知ったのは、何度か旅をかさねた79年のことだった。それまではとにかく南十字星っていうぐらいだから南半球へ行かんと見られないのだと勝手に決め込んでいた。いったいどの辺りまで南下すればこの憧れの星とご対面できるのかと、百科辞典を引っ張りだして調べてみれば、なんと!ジャポニカの『南十字星』の項には「石垣島辺りまで南下すれば見られる」と書いてあって、ひっくり返っちまっただ。ならば15歳の時、時の内閣総理大臣佐藤の栄ちゃんからいただいたペラベラの身分証明書を持って、関西汽船「くろしお」に揺られ、遥々アメリカ合衆国占領下の沖縄へ行った時、その時すでにサザンクロスのスターライトを浴びてたかも…知らなかった。いつか南十字を見るためだけに南半球に出掛けて行こうと真剣に考えていたのに…えぇかげんな名前つけんなよな。
 78年6月。場所は同じくマニラ。そのマニラの星降る夜に、若い女性と一緒に星を眺めていた。
なんて書くとカッコいいんだけど、単に飛行機の出発を待っていただけ。たまたま隣りにいた女性と世間話しをしていたにすぎないが、音といえば微かに聞えるジェットエンジンの回転音…光といえば滑走路の誘導灯。
あとは…無数とも思える空のピンポール。
その中の四っのピンポールが南十字星とはつゆ知らず、かなり澄まし気取って彼女に話しかけていた。
「私はどうしても一度、南半球へ行ってみたいんです。見ておきたいものがひとつあるんです。子供っぽいんですがサザンクロス(感情を込めて叫ぶように!)南十字星が見たいんです。私の夢なんですよ」。
ようもぬけぬけとほざいたもんで無知ほど強いものはない。南十字様が頭ん上でチーカチカなさってるその下で「一度、南十字が見てみたい!」てか?。よく言えたもんだ、まったく。
まあ…女性を口説くためのロマンっぽい戯言でもなく、純粋な無知ゆえ、気障ったらしい言葉まで添えて、自らの無知を吐露する暴挙に出たわけで…いま思い出しても顔が火を吹きそう。
彼女は何も言わずに黙って聞いていたけど、思慮深い人だったのか、それとも南の空見て「ねぇ…北斗七星ってどれ?」って聞く程度の、私とどっこいどっこいの知識しか持ち合せてない人だったのか、どちらでもいいことだけど、もし彼女が事に詳しくて「あれが南十字ですわぁ~ん」なんて指差されていたら…ほんに喜劇ではないですか。
 76年に初めて海外へ出てから『貧乏ルート』と呼ばれる南廻りを使って何度もヨーロッパに出掛けた。
多い年には8度もマニラに立ち寄っていたのに北半球で南十字星が見えるなんて思ってもみなかったし、ひょっとしたら?なんて想像したこともなかった。
で、79年6月。マニラで憧れの南十字星を見た。そして、夢はこわれてしまった。
長い時を経て、いつも心の中で輝いていた冒険のシンボルたる星がただの天体の一部に戻ってしまった。
みんな瞞されたらアカン。そんなもん優雅なんは名前だけのコケおどしの星やで!十字に光っとるなんてとんでもない。ただ4個の星が並んでるだけなんや…。あんまりや……。
何かに思い馳せらせ心奪われるのは楽しいことだけに、その何かを失うことはあまりにも哀しく辛い。
勿論「きっとこうだ」とか「いや、ああだろう」とか、こっちが勝手に想像してアテが外れたと気落ちしているだけの話しだから、当然南十字星に罪はないんだけど、ドキドキしながら見るんだから、せめてドヒャーって驚くぐらいはギンギンに光っててほしかった。でもこの星達は北半球の北極星のように、その昔、多分六分儀もない頃に大海原命掛けで挑んだ船乗り達に真南を示し、行方を示す唯一の星座だったんだろう。この星は。
とは言えこれからは何を目指して何処を旅すればいいんだろう。
オーロラを見に北極圏へ行こうか?それとも…いやいや、そんな簡単に決められる軽々しいものであってはならない…。やっぱり奥底にロマンと冒険に満ちあふるるサムシングを秘めた、心奪われるものでなくては…。色気のなさすぎるイースターの巨石や、スエーデン辺りで見られるオーロラなんぞにやすやすと心を奪われたんじゃぁ物足りない…。
もっともっと凄いロマンを見つけてやるんだ!。いまは時を待つことにしよう。
79年。夏の夜の出来事だった。
 江戸時代。1770年9月17日、京都でオーロラが見られたという記述が東羽倉家の日記にある。太陽で爆発が起こりプラズマが太陽磁場とともに放出されて地球に到達すると、地球の磁場が弱くなる『磁気嵐』が起こり、極域だけでなく、文献に残る京都や青森、和歌山でもオーロラが見られたという。更に古くは1204年に藤原定家の『明月記』にも京都で『赤気{せっき、オーロラの意味と思われる}』が見られたと記されている。らしい…。
 無知、赤面物だね。





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Last updated  2021.02.14 04:35:29
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